地獄からの依頼
「どうだろうか?」
「ううむ…すまない。せっかくの誘いだが、それは無理だ」
「そっかぁ」
「ふぅむ、残念じゃのぅ」
私とルビー、そして源十郎の三人は地獄の閻魔城でシンキと交渉していた。その内容は日程がようやく決まった戦勝の打ち上げに彼女らにも出席してもらうためである。
地獄も深淵も『ノックス』に入り込んだプレイヤー達を転移罠で飛ばした先である。シンキ達には無理を言って彼女らが使っている施設を罠として利用させてもらった。
その謝礼として様々な地上のアイテムや獄獣の討伐依頼をこなすことになっている。というか今はこの三人で討伐依頼を一部行った後で、帰る前に打ち上げへの参加を打診したのだ。
だが、その返答は不可能というもの。シンキも多忙であり、趣味の時間は取れても地上へ打ち上げに参加するほどの余裕はないらしい。世話になったこともあって労いたかったし、彼女に会ったことのない者達とも引き合わせるチャンスだったのだが…残念である。
「私の魔術で呼び出すのもダメだろうか?」
「それは可能だが…無意味だぞ?召喚によって呼び出された場合、我々は戦闘しか行えないからな」
どうやら私が使える獄吏召喚という呪文で呼び出すという裏技は通用しないらしい。ええい、オリジナル魔術なんて素敵なシステムがあるのに妙な部分で融通が利かないとは!
「それに深淵の者達も似たようなものだったのではないか?」
「その通りじゃ。深淵の外に出てみるつもりはないようじゃったわ」
「深淵の状況が落ち着くまで目が離せないから、らしいよ」
そう、シンキ達だけでなく私達は深淵の妖人と千足魔にも出席するかどうか聞きに行った。こちらの反応も芳しくなかったのである。
ルビーが言った通り、彼らは深淵から離れられないと言っていた。その理由は防衛戦の影響である。深淵も転移罠の送り先だったのだが、私達の想定とはかけ離れた顛末を迎えたからだ。
我々から支給された使い捨ての武装によって水中から一方的に攻撃し、深淵の海に引きずり込む…というのが作戦であった。深淵の海はただの水とは勝手が異なる。粘性が高く、同時に水よりも圧倒的に重いのだ。
転移罠の送り先を指定する際に地面が必要だったこともあり、プレイヤー達は島のように浮かぶビルの一つに送られた。彼らは優秀な者達なので、水に落ちた時のための装備を持っている。深淵の海を歩くことに困りはしないだろう。
だが、ベタベタとまとわりつく液体にいきなり沈み込まれればどうなる?パニックになる者が必ずいるはず。妖人と千足魔に与えたのもそのためも武器だったのだ。
しかしながら、その武器が役立つことはなかった。何故なら、プレイヤー達は深淵の二大領主の一角である深淵凶狼覇王に目を付けられたからである。
現場にいた妖人と千足魔の目には軽く追い払うつもりだったように見えたらしい。だが、その行動が原因で深淵凶狼覇王に目を付けられたのだから不運としか言えなかった。
しかも可哀想なことに深淵凶狼覇王はプレイヤーを多少頑丈な玩具だと判断したのか、ジワジワと嬲るようにして追い詰めていったらしい。罠にハメた張本人が言うのもなんだが、少し申し訳ない気持ちになった。
「とにかく、気持ちだけ受け取っておこう」
「…仕方がないか。代わりと言ってはなんだが、頼みごとがあればもっと言ってくれ」
「おいおい、その頼みごとを果たしたばかり…いや、待て。そうだな…」
打ち上げに招待できない埋め合わせをしようと提案すると、シンキは何かあるのか顎に手を当てて考え込む。そしてすぐに結論を下したのかこちらを真っ直ぐに見ながら一つの調査依頼を出した。
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調査クエスト:『地獄の異変調査』を受注しますか?
Yes/No
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これが私の画面に現れた内容である。地獄の異変だって?何か気になることでもあったのだろうか?
「これは?」
「うむ。説明しよう」
シンキによると、最近地獄で妙なモノが落ちていることがあるらしい。それは地獄にあるはずのないアイテムやゼルであり、それらが地面に無造作に散らばっているというのだ。
最初、魔王国のプレイヤーが獄獣に敗北して残したアイテムではないかと考えた。獄獣は我々よりもレベルは低いものの、群れていることが多い上に思いも寄らない攻撃方法を持っている場合がある。油断してやられることが稀にあるのだ。
ただ、そんなことになればすぐに取り戻しに行くはず。また、それを拾った日に誰かプレイヤーがやられたという話は聞かなかった。
「…心当たりがあるな」
「うん。あの二人だよね?」
「何の話だ?」
私達の心当たりとは、地獄で出会った二人のプレイヤー…エリとリアのことだった。二人はしつこいプレイヤーに追い回された挙げ句、転移罠に飛び込んで逃げた。その先が地獄の空中に繋がっており、落下したところを助けたのだ。
私達が原因だと推察したのは、彼女らが落ちた原因となった転移罠である。二人が飛び込んだのと同じ転移罠かどうかはわからない。だが、同じような状況になったプレイヤーがいれば…結果は察するに余りある。私達に助けられた二人は幸運だったのだ。
「そんなことが…どちらにせよ、依頼は出す。仮に転移罠のせいであれば、その場所を大まかで良いから特定してもらいたい」
「わかった。それに転移罠が原因というのはまだ推測でしかないから、色々な可能性を考慮するようにとも書いておこう」
魔王である私は、自分が受けた依頼を国からの依頼として国民に広く公布することが可能だ。つまり、私が受けた依頼はそのまま魔王国全体が受けたことになるのである。
設定は…そうだな。原因の特定に成功した者と有力情報を得た者に報酬が行くようにする。中抜きはなしで。防衛戦のせいで金欠気味ではあるが、仲間達を騙すような真似はしない。日頃の行いが信頼を生むのである。
「ふむ…一応、聞いておきたい。仮に転移罠から落ちてきた者が生き残ったとして、魔王国へ教えるべきだろうか?」
「難しい話じゃの。どうするね?」
「シンキ達が教えても良いと思える相手に限り、で構わない」
「ボクも賛成!変なヤツが来ても鬱陶しいだけだし」
シンキの質問に私は迷わず答えた。シンキ達獄吏の外見は個人的にはカッコいいものも、一般的には独特だ。彼らに偏見を持たずに接するような者達でなければ、いくら地獄で生き延びられるほどの強者であろうが魔王国に入れるつもりはなかった。
それに…そんなプレイヤーはフェルフェニール様に送ってもらえない気がする。あのお方はとても寛容だが、同時に興味のない者への対応は驚くほど冷たい。そして怒らせた者達は徹底的に自分から遠ざける。獄吏を相手に横暴な振る舞いをする者達に興味を持つとは到底思えなかった。
「では、そろそろ私達は帰還する。またな」
「ああ、いつでも来ると良い」
こうして私達は閻魔城を出立する。埋め合わせとして依頼を受けたが、それでは私の気が済まない。天空か深海のアイテムでも土産に持っていくか。
次回は11月20日に投稿予定です。




