混迷するルクスレシア大陸
「うーむ、まさかこんなことになるとは…」
「何がどう転ぶかを読むのって難しいです…」
私と作業中のアイリスは二人で工房で唸っていた。防衛戦に端を発する騒動は予想外に拡大しているからだ。
私達はリヒテスブルク王国がより混乱し、私達にとって都合の良い状況を作り出すために生放送で煽った。そしてその上でプレイヤー達の手腕を観察しつつ、武具を売ったり王国領を荒らしたりして防衛戦で消耗した分の足しにするつもりであった。
だが、蓋を開けてみれば想定以上に複雑怪奇なことになっている。というのも、王国の混乱に乗じて動き出したのは王国内の勢力とプレイヤーだけではなかったからだ。
「ルクスレシア大陸の諸国家が牙を剥くのは想定内だった。だが、まさか全ての国家が同盟を締結しているとは…」
「それなのに行動に移るまでの時間は一番短いなんて…」
第一の誤算はルクスレシア大陸にある他の小国だ。あの大陸においてリヒテスブルク王国は最大の国家ではあったが、他に国が存在しない訳ではない。国力では比べるべくもないが、いくつもの小国が存在していたのだ。
小国は大なり小なり王国によって抑圧されており、中には名目だけは独立国だが実際には搾取される属国もあった。諸国家は王国に対して一様に憎悪を抱いており、反旗を翻す機会を虎視眈々と狙っていたようだ。
「静観を決め込む国もあると思ったのだが…読み違えたらしい」
「情報には限りがあるから仕方がありませんよ」
私達の予想では属国やそれに準ずるほどに抑圧されている国々は軍を興すが、他は静観すると思っていた。その理由はそういう国には王国と血縁で結ばれていたからだ。
だが、実際には友好的だった国も王国に対して宣戦布告をしている。この原因は王太子の婚約者がどうのこうのというイベントが原因だ。王国は…少なくとも亡き王太子は嫁ぐことになる姫とその実家に対してリスペクトなどないことを内外に喧伝したからである。
あのイベントで諸国家の対王国感情は最悪にまで落ちていた。病死した国王が関係改善に尽力しようとしたかどうかはわからない。少なくとも悪感情がピークに達していた時に次の衝撃が彼らを襲う。それは古代兵器『傲慢』と、これを使った反乱鎮圧だった。
この事件に諸国家は震え上がった。王太子は自国内ですら吹き飛ばすのだ。気に入らないことがあれば、他国である自分達は平気で消し飛ばされるに違いない。彼らがそう思うのは無理もないことだろう。
「私達が勝ったのも大きいのだろうよ」
「衝撃的だったでしょうね。私達からすれば負ける訳にはいかない戦いでしたけど、向こうからすれば負ける訳がない戦いでしたから」
諸国家にさらなる衝撃を与えたのは私達の勝利である。それもただの勝利ではない。王国の後継者と大勢の王国軍、そして恐怖の象徴だった古代兵器を失っての大敗北だったのである。
私達にとっては辛勝かもしれないが、王国にとってはこれ以上ないほどの大敗北。諸国家にとっては自分達を恐怖のドン底に陥れた兵器からの解放を意味していた。
「それでも植え付けられた恐怖を拭いきれなかったのだろうな。王太子はやり過ぎたんだ…原因を作ったのは私だけれども」
「反乱を煽ったら自国民を虐殺するなんて誰も予想出来ませんって」
王太子が植え付けた恐怖が大きかった分、諸国家の反動は大きかったのは言うまでもない。コンラートの話によれば元々あった王国への憎悪に加え、短期的に強い恐怖を味わった彼らは一つの結論を出した。
それは王国を滅ぼして恐怖の元凶そのものを根絶やしにするというモノ。極端な発想ではあるが、それだけ味わった恐怖が大きかったということだろう。
王国にとって不運だったのは、この結論を出した国々が一瞬で対王国の同盟を締結したことだろう。普段は不仲な国であっても、この同盟に関しては文句一つなかったようだ。
どの国も恐怖に駆られていたからこそ、確実に王国を滅ぼすための最速ルートを求めたのだろう。その結果、諸国家同盟が王国に多方面から同時侵攻を開始したのである。
「これを上手く使えば王国を再び一つに固められたんだろうが…」
「無理でしたね」
諸国家同盟による攻勢は、王国が再び一つに固まる千載一遇の機会でもあった。死中に活を求めるような方法ではあるが、不可能ではなかったはずだ。
だが、そうはならなかった。この方法を実現するには一つの不可欠な要素がある。それは絶対的なカリスマの存在であった。
「王族に乱世を生き抜く力を持つ人材はいなかったらしい」
「王太子の性格から考えて、そんな人がいたら真っ先に潰しそうじゃないですか?」
「………そうだろうな」
しかしながら、王国にそんなカリスマは存在しない。王国が軍を興そうにも誰が音頭を取るのかで揉めに揉めた結果、国境沿いの都市は諸国家同盟によって早々に占領されてしまったのである。
こうなった時、王国の分裂は決定的になった。非常時の今を柔軟かつ的確に指示を出す人物が必要であるのに、誰がトップに立つのかすら決まっていない王族と官僚に愛想を尽かしたのだ。
私達が武具を売り払った公爵は、現在の王家に王国を導く力も資格もなく、王位の継承権がある公爵家という部分を押し出して自分こそ次の王に相応しいと公言した。王国きっての大貴族がハッキリと王家に反旗を翻したのである。
それに呼応するように各地の貴族が声明を発表していく。彼らは王国の貴族ではあるが、王国に吸収された小国の王だった家柄だ。これを機に王国からの独立を図ったのである。
ここで動かない訳にはいかないとばかりにプレイヤーも行動を開始した。自分達が目を付けていた場所で動き始めたようだ。出遅れた上に数の少なさとログイン時間というハンデがある彼らがどう立ち回るのか…ただなぁ、彼らよりも上手く立ち回ったプレイヤーが現れてるんだよなぁ。
「しかし、他大陸の勢力まで来るとは…」
「森人の前例があったのに見落としちゃいましたね」
ここで第二の誤算、他大陸からの遠征軍が現れたのだ。具体的にはフラーマ火山島の山人の国、テラストール大陸の獣人がそれぞれ外洋を越えて侵攻を開始したのである。
この二つの国は求めるモノが異なる。前者は以前から繋がりがあったとある侯爵家への援軍、後者は王国の豊かな国土と生み出される食料を求めて…すなわち国土を切り取るつもりで来たのである。
この獣人の軍団だが、率いているのは何とプレイヤークランらしい。獣人の国の中枢に食い込んでいたそのクランは、弱った王国の一部を飛び地として切り取ることを進言したのだとか。
成功した暁にはその土地はプレイヤークランが総督として管理せよと命じられているらしい。本国から離れた飛び地の総督など実質的には小国の主であろう。このクランこそ、状況を上手く利用して立ち回ったと言えた。
「いや、一番上手く立ち回っているのはコンラートだろうな」
「昨日、エビタイに行ったらこれ以上ないほどご機嫌でしたよ。教えてくれても良かったのに…」
ただ、最も上手く立ち回ったのは間違いなくコンラートであった。彼はあらゆる勢力に必要なモノを売り付けている。戦時中ということもあって割高で売れたこともあり、アイリスの見立てでは十億ゼルは稼いでいるようだ。
恐らくだが、コンラートは私よりも先が見えていたのだろう。流石に全てを見通せた訳ではないだろうが、そうでなければ説明が付かないのである。
知っていて教えてくれなかったのだろうが、コンラートは味方ではあれど部下ではない。報告の義務はないのだ。アイリスは不服そうだが、私にとってはむしろ頼もしいくらいだ。魔王の味方なのだから、曲者のくらいがちょうど良いだろう?
「…よし。出来ました!着て下さい!」
「む。ああ、わかった」
ずっと作業していたアイリスだが、彼女が作っていたのは戦勝の打ち上げで私に着せための服であった。特別な効果はないようだが、着飾るのも魔王としての義務だと熱弁されたのである。
最初期からずっと縁の下で支えてくれたアイリスに頼まれて無下に出来る私ではない。それから私は遠くの情勢のことなど考える余裕がなくなるほど、ログアウトするまで着せ替え骸骨に徹することになるのだった。
次回は11月16日に投稿予定です。




