第一回魔王国公式生放送 その三
『皆様、多くのコメントを寄せていただき、ありがとうございました。時間となりましたので、ここで締め切らせていただきます』
ミケロは淡々と時間通りに質問のコメントを締め切った。ギフトゼル機能によってそれなりの金額が集まっている。実はその金額は一度の生放送で集まった最高金額なのだが、そのことが明らかになったのは後の話であった。
ギフトゼルの金額の内、最も高額だったのがコンラートによる一億ゼルであることは言うまでもない。コンラートによる財力の暴力が圧倒的なだけであり、他のコメントも十分に高額と言えた。
そこからどのコメントを拾うのかは裏方である七甲の仕事である。彼は素早くコメントを流し読みして、質問の内容を大まかに多い順に並べてミケロに送信した。
『それでは質問に答えていただきましょう。最も多かった質問ですが…陛下の魔王という肩書きについてのようです』
最も多かったコメントは、イザームが魔王と名乗っていることについてであった。これが魔王国の国王という意味なのか、それとも種族や職業が魔王なのか。そこをはっきりさせて欲しいということだった。
イザームは一度頷いてからカメラ目線で語る。両方の意味で魔王なのだ、と。
『これは私と戦った者達にも言ったのだが、アルトスノム魔王国の指導者としての魔王であり、同時に種族と職業の双方でも魔王となっている』
『ズバリ、条件はご教授願えますでしょうか?』
『ふむ…自分の手の内を曝すのは流石に抵抗があるから、私の種族や職業の正式な名称は伏せておきたい。その前提でなら話そう』
イザームの返答に対して、コメントは賛同が大多数であった。プレイヤーは基本的に自分の手の内は隠すモノ。クランメンバーにすら黙っている奥の手を持つ者もいるのだから、イザームにだけ全てを公開しろというのは筋が通っていない話であろう。
それでも「勿体ぶるな」や「情報を公開しろ」などと攻撃的なコメントも散見される。ただ、イザームもミケロもジゴロウもそれらのコメントは一切無視していた。
『お願い致します』
『わかった。大前提として王には率いる民がいる。具体的な人数は不明だが、形式上は配下と言える者達が必要だ。つまり、最低でもクランのリーダーでなければならない』
魔王に限らず、王は民を導く者達。民なき王など存在し得ない。配下さえいない者には、王を名乗る資格すら与えられないのである。
『へッヘヘ。俺ァ兄弟の手下だからなァ!』
『思ってもないことを言って茶化すんじゃない。そして魔王とは同一系統の種族だけではなく、様々な種族を率いる者が至るようだ』
アルトスノム魔王国には不死系以外の種族も多数存在している。彼らがイザームを王だと認めているからこそ、彼は魔王に至ったのだ。
魔王になる条件について、イザームは何一つ嘘をついていない。だが、同時に彼が真実を話していると証明することも難しい。何故なら、検証するのが非常に難しいからだ。
『人類の事情はわからないが、条件がそう離れているとは思えない。それなりの人数を率いるようになれば人類プレイヤーも王になれるのではないかな』
『陛下、ありがとうございました。次はジゴロウ様への質問となります』
『おう。ドンと来いよォ』
確定ではないと言いつつも、イザームがほぼ間違いないと考えているのは間違いない。彼の言葉を鵜呑みにする者はいないだろうが、参考にしても良いと考えている視聴者は何人もいた。
『強さの秘訣は何かと…』
『秘訣ゥ?ある訳ねェだろォ。血反吐吐きながら鍛えただけだァ』
『なるほど。ありがとうございました』
次の質問はジゴロウの異様なほどの強さについてであった。だが、本人は己の努力の結果だと一蹴する。それなりに長い付き合いのミケロはこれ以上の答えは引き出せないと早々に諦めた。
視聴者、特に質問したプレイヤーが納得するはずがない。当然のようにコメントは荒れたものの、生放送は一切取り合わずに続いた。
『続きまして、魔王国にいた見たことのない人類について知りたいとのことです。恐らくは魔王国へ侵攻する王国軍に加わった方々からの質問でしょう』
『そうかもな。彼らは魔王国の民だ。この大陸の先住民であり、アールルに見捨てられた者達の末裔だ』
イザームは種族を強制的に変異される古代兵器の存在と、それによって変異された人類の末裔だと説明する。これだけでも驚愕の内容ではあるが、続く言葉はそれ以上に人類プレイヤー達へ衝撃を与えた。
『我が国の優秀な生産職達は、劣化コピー品の作成に成功している。魔王国に来れば気軽に種族を変えられるぞ…ああ、変異先は選べないがね』
薬品による種族変異。可能か不可能かの議論に上がることすらなかった現象が、魔王国では既に実用化されている。驚くなという方が無理というものだろう。
コメントの勢いは一気に高速化している。生放送側の誰も読み切れない速度ということもあり、裏方の七甲はもうコメントなど気にせずに進めろと指示するしかなかった。
『ありがとうございました。次の質問は、これからの世界情勢について陛下のご意見を賜りたいとのことです』
『私は別に何でも見通せる訳ではないぞ?まあ、一個人の意見で良ければ話そう』
『お願いします』
『まず、今の王国は間違いなく崩壊する。単に敗戦したというだけではない。散々に無茶苦茶をした上での敗戦だ。王家の権威は失墜し、王国の民は憎悪しか抱いておるまい』
『ハッハァ!ボコボコにした側の発言とは思えねェなァ!』
ジゴロウの鋭いツッコミにコメントは盛り上がっている。だが、一部の視聴者はイザームがここから先をどう見ているのかを一言一句聞き漏らさないように集中していた。
人類プレイヤーの視点で見えている世界情勢と、魔王国から見えている世界情勢に差異があるのか。そして差異があるとすれば、彼らにはどう見えているのか。それを知りたいと願っていたからだ。
『それは否定しないがね。話を戻そう。間違いなく王国は割れる。王家にはその勢威を維持することは不可能だ。先に教えておこう。王国のある貴族家が私達に接触されている』
『あァ。要塞に残ってた武器を売っ払うとか言ってたなァ?』
『その通り。王国のせいで素寒貧にされたんだ。これで一息付けるというものだよ』
平然と述べるイザームだったが、コメントは今日で一番というほどの勢いで流れていく。ただでさえ分裂しかけているのに、その勢力に武具を売却して戦力の増強に手を貸すと言ったのだから。
コメントの大多数は非難する内容だったのは言うまでもない。イザームも横目で見ているコメントでそれを察しているが、彼は怯む気配を見せなかった。それどころか椅子に深く座っていた姿勢から身体を起こし、カメラの方に顔を近付けたではないか。
『私を否定するのは結構。だが…それで良いのか?君達はこの好機をみすみす見逃すのかね?』
イザームは声を荒げるのではなく、心底不思議だと言わんばかりの口調で視聴者に問い掛ける。彼はミケロのように特別に聞きやすい声という訳では無い。だが、誰もが次に何を言うのか聞かずにはいられない。そんな雰囲気を自然と作り出していた。
『好機とはどういう意味でしょうか?』
『そのままの意味だよ、ミケロ。考えてもみろ。王国は荒れる。ただでさえ荒れる要素しかないのに、私は魔王国の利益のために確実に荒れる状況にしたのだから』
『そう聞くとろくでもねェ野郎だな、兄弟ィ』
『ろくでなしでも結構。私は自分の評判と魔王国の国益を天秤に乗せて、後者を優先しただけだ』
魔王国の国益のために批判を受け入れる。その覚悟は一定の評価を得ていた。だが、やはりコメントは批判する流れが出来ている。
批判をものともせずにイザームは続けた。彼の口から飛び出した言葉は、正当性を主張するような言い訳では断じてなかった。
『兄弟が話の腰を折って申し訳ない。どこまで話したか…ああ、好機という話だったか。これが誰にとっての好機かと言えば、王になりたい者にとっての好機なのだよ』
『と言いますと?』
『王国が割れるのは確定だ。国内の勢力が台頭するだろうし、ここぞとばかりに王国に攻め込む他大陸の勢力が現れるかもしれない。現に森人は攻め込んだと聞いているぞ』
王国で反乱勢力が蜂起した時、森人の国が港湾都市を奪取せんと派兵したのは記憶に新しい。弱いところを見せれば食い物にされるのは当然のことなのだ。
『回りくどいなァ。ハッキリ言ってやれよォ』
『そうだな。これは王になりたい者達が、一旗揚げる好機なのだよ』
王国が荒れるのなら、この混乱に乗じて小国の王となることは不可能ではない。無論、本人と仲間達の実力や運も関わってくるだろう。だが、王朝を拓くこれ以上の好機はないとも言えるのだ。
『王になりたいか?魔王国ならば多少の支援も可能だろう。本気で支援を受けたいのであれば、私に会いに来ると良い』
『本気の奴ァ歓迎するぜェ』
王になる好機。ほとんどの視聴者にとっては関係ないものの、一部の視聴者にとっては無視することは出来ない甘い誘惑だ。多くの視聴者は思ったことだろう。今のイザームは正しく魔王そのものである、と。
次回は11月8日に投稿予定です。




