第一回魔王国公式生放送 その二
『アルトスノム魔王国』の開国宣言。これを見ていた視聴者は急に言われても理解が追いつかなかった。そのことも織り込み済みだったのだろう。銀色の骸骨仮面を被った魔王を名乗るイザームは続けて口を開いた。
『すでにアクアリア諸島から定期的に商船がやって来ることになっている。これに乗船すれば、魔王国を訪れることも容易いはずだ』
イザームの言っていることは真実だった。王国の侵略を跳ね除けた魔王国に対し、アクアリア諸島の諸国家は友好関係を結ぶことを選んだのである…縁があったので戦前に交渉へ向かった邯那が再び訪れ、再交渉時に見せた圧力を感じずにはいられない笑顔に押し切られたのを知っているのは極一部の人物だけだが。
生放送のコメントは凄まじい勢いで流れていく。魔王イザームの発言そのものを疑う者、アクアリア諸島にコネがある事実に驚く者、魔王国へ行きたいと望む者。実に様々な意見が飛び交っていた。
『犯罪行為や迷惑行為を行わない者ならば、魔王国は誰であっても受け入れる。魔物プレイヤーも、PKも、そして勿論、人類プレイヤーもだ』
『待ってるぜェ〜』
魔王が治める国ではあるが、受け入れるのは魔物だけではない。既に『仮面戦団』や『蒼鱗海賊団』などのPKクランだけでなく、他の大陸で行き場を失った『Amazonas』もいる。魔王国は決して魔物だけの国家ではないのだ。
視聴者にはどうせ自分には関係ないのだろうと考えていた人類プレイヤーも多かった。だが、この発言によって彼らが生放送を見る目に真剣さが宿ったのは言うまでもないだろう。
『次に魔王国に来ることのメリットを挙げていこうか。まず、魔王国からアクセス可能なフィールドがいくつか存在する。このスクリーンショットを見てもらいたい』
イザームが手を振ると、それに合わせて生放送の画面に四つのスクリーンショットが表示される。その四つは全て別の場所を映し出していた。
溶岩の大河が流れる赤茶けた大地。漆黒の空間と物理法則がネジ曲がったとしか思えないすり鉢状の黒い海。肉にしか見えない地面から生える真っ白で枝のない大樹が繁る樹海。そして鈍色の砂漠に発生した砂嵐の向こうに見える巨大なシルエット。
最初の二つは見覚えがある者もいるだろう。だが、残りの二つについては魔王国の者しか知らない光景だった。
『これらは魔王国からアクセス可能なフィールドの一部に過ぎない。未知なるフィールドを探求したい者にとって、ここティンブリカ大陸はうってつけだ』
『建国だの何だので、俺らはこの大陸をそこまで探索してねェもんなァ』
このスクリーンショットすらも魔王国の存在するティンブリカ大陸の全てではない。手付かずのフィールドも存在している。勿論、そこでしか得られないアイテムもあるだろう。
イザームが真実を言っている保証はどこにもない。だが、誰も知らない何かを最初に自分が手にしたいと望むのは人の性と言っても良い。
『魔王国をティンブリカ大陸を探索する時の一時的な拠点とするのも良いだろう。しかし、魔王国はただ拠点にするのはもったいない場所だ』
イザームが再び手を振ると、今度は別のスクリーンショットに切り替わる。今度も表示されたのは四つであった。
数百人を収容可能な闘技場で行われる決闘。漫才師めいた格好をした魔物プレイヤーが進行しているらしいオークション。広場に設置されたステージで皿に乗せられた何かを食べる、人類に似て非なる種族達。ルーレットやポーカー、スロットなどがずらりと並ぶカジノ。
スクリーンショットに映っている者達がどんな種族なのか、一目で看破出来る者はいない。だが、全員が一様に楽しそうだということは誰の目にも明らかであった。
『魔王国はプレイスポットも充実している。特に闘技場で剣闘士として勝ちを重ねれば、ここにいる兄弟…ジゴロウや彼と双璧を成す源十郎と戦う機会もあるだろう』
『腕に自信がある奴ァ、どんどん来いよォ』
ジゴロウと源十郎。闘技大会で名を馳せた有名人であるというのに目撃情報がなかった二人に挑める場所がある。探索をメインで行っている者だけでなく、対人戦に重きを置く者達は食い付かずにはいられない情報であった。
『闘技場は剣闘だけではなく、他のイベントでも使える設計になっている。イベントは定期的に開く予定なので、是非とも参加して欲しい』
『具体的なイベントの内容と日時につきましては、生放送にて告知いたします。気になる方は是非ともチャンネル登録のほど、よろしくお願いします』
ここぞとばかりにミケロがチャンネル登録を促している。魔王国の生放送チャンネルを立ち上げたからには、やはり多くの人々に観てもらいたいというのが魔王国全体の総意だからだ。
仮に収益化が通り、それなりに儲かった場合の使い道は決まっている。魔王国のプレイヤーで集まってオフ会をする時の資金源とするのだ。
『後は…そうだな。魔王国の物価は他所と大差ないが、税率は安いぞ。拠点のランニングコストは抑えられるはずだ』
『オイオイ!捻り出したのがソレかよォ!』
イザームが台本なしに捻り出したであろう魔王国のメリットをジゴロウは笑い飛ばしている。だが、クランのリーダー達は全く笑えなかった。
クランを率いる者にとって、クランハウスの維持費は常に悩みのタネである。特に人数が多いクランはクランハウスも大きなモノが必要だ。
そして建築物は大きくなればなるほど、加速度的に増していく。クランの共有資産から出すのだが、この維持費が意外とバカにならないのだ。拠点の維持費が安いというのは移住の決め手になるほどでないにせよ、重要な要素なのである。
『続きまして、視聴者の方々からの質問コーナーに移らせていただきます。これから五分間、ギフトゼル機能を開放しますので、その中の質問について陛下とジゴロウ様にお答えして下さいます』
ギフトゼル機能とは生放送の際に視聴者から配信者へとゲーム内通貨を出資する…いわゆる、投げ銭機能だ。生放送はFSWと連携している動画配信サイトで行っているのだが、同じく連携しているアカウントからはゲーム内通貨を投げ銭可能なのである。
現金による投げ銭とは異なり、ゲーム内でしか使えない通貨である分、動画配信サイトからの査定もなければ上限も存在しない。今の魔王国公式生放送でもこちらなら投げ銭を受け取れるのだ。
『なお、このギフトゼルは魔王国の国庫に収まる。戦後ということもあって色々と入り用でな、こぞって寄付してもらいたい』
『金を払いの良い野郎の質問を優先すんぜェ』
質問に答えてもらいたければ、他よりも高額のゼルを支払え。これは現金化出来ないギフトゼルだからこそ可能な要求とも言える。現金の投げ銭機能を催促するのは乞食行為として嫌悪されるどころか軽犯罪法に触れる可能性もあるからだ。
かと言って全ての質問に答えられるはずもなく、質問を選別する方法として投げ銭の額は良い判断材料である。そこで嫌悪感が薄くなるギフトゼルはうってつけであった。
実際、ギフトゼルによる質問コーナーを設けている配信者も多い。特別に生放送のコメントが荒れるようなことはなかった。
『うおっ、一億ゼル!?』
『ハァ?どこのお大尽様だァ?』
『う、うむ…『コントラ商会』かららしい。魔王国に拠点を置いても良いか、か。もちろんだとも』
『ハッハァ!大物が釣れたなァ、兄弟ィ!』
コメントでは様々な金額のギフトゼルが贈られているのだが、文字通り桁が異なる金額は見逃せなかったらしい。終始落ち着いた雰囲気だったイザームが動揺していたのだから。
ただ、そのギフトゼルの主はイザームにとって身内であるはずのコンラートだった。生放送内でギフトゼルを贈るのは仕込みである。以前から繋がっていたのではないことを外向けにアピールするためだ。
この時、コンラートの質問を取り上げることは決めていたが、金額については何も話し合っていなかった。そこでコンラートはイザームを演技ではなく驚かせるために想像を遥かに超える額を贈ったのだ。
現に心底驚いたイザームの姿を見た視聴者は、大半が慌てる魔王に愛嬌を感じている。残りは何にでも文句をつけるアンチによる嘲笑だった。コンラートの策は見事にはまったと言えよう。
してやれらたイザームは頭に手を当てて椅子に深く座り、その様子をジゴロウがゲラゲラと笑う。その間にも次々と質問コメントが押し寄せるのだった。
次回は11月4日に投稿予定です。




