第一回魔王国公式生放送 その一
「コイツをこうして…おっ!いつでも行けるで、ボス」
「おお、そうか。ありがとう」
今日、私は数人の仲間達と共に王宮内に設えた部屋にいた。部屋には三つの椅子が置いてあり、その中央の一つに座っている。左右を固めているのはジゴロウとミケロだった。
座っている椅子は『誘惑の黒森』産の木材をベースに『深淵』の魔物の革を張り、中には雲羊の羊毛クズを詰めた高級品だ。肌触りは抜群であり、クッション部分は柔らかい。それでいて仮に重武装のエイジが座ったとしても軋む音一つでない頑丈さまで有していた。
コンラート曰く、同じモノを手に入れようとすれば別の大陸なら家が一軒買えるほどの金が必要になるだろうとのこと。魔王国だからこそ簡単に揃うのだ。
他の調度品も超一流のモノを揃えている。壁紙は疵人が描いた美しい模様が描かれ、吊るされたシャンデリアは鉱人の作品。私達の後ろにはシンキの作品の、本日の出演者であるジゴロウを象った金属像だった。
「ほな、放送待機状態にするで。人数集まってきたら始める合図を送るから…ってうおっ!?もう結構集まっとるやんけ!」
これからも頻繁に活用することになるだろうこの部屋の使用目的。それは魔王国の広報活動の一つ…生放送を行うために作った部屋なのだ。
魔王国の存在が明るみに出た以上、コソコソとやる意味がなくなった。これから私達が自分で自分達について発信していかなければならない。今の状況下で秘密主義を貫き通そうとすれば、部外者にあることないことを吹聴される恐れがあったからだ。
そこで私達は複数の掲示板を通じて魔王国による生放送が行われることを告知した。魔王国についての掲示板に限ったものの、多くの反応があったのは言うまでもない。
無論、騙りだと決め付ける者達は多かった。視聴者の少ない配信者による売名行為だという意見が最も多かったように思う。まあ、あまりにも荒唐無稽だから信じられない気持ちもわかった。
『ノンフィクション』によって宣伝させればもっと増えるのだろうが、それを行うと我々との繋がりがバレてしまう。ミツヒ子達はこれまで通りにゴシップを扱いながら、魔王国の雇われ諜報員としても活動してもらう予定だ。わざわざ自分達から繋がりをアピールする訳にはいかなかった。
それ故に視聴者は中々集まらないと思っていた。本当に放送している姿を見せることで、ジワジワと視聴者が増えるようになっていくだろうと。
だが、蓋を開けてみればかなりの視聴者が集まっている。まだ待機状態だというのに、一万人以上が集まっているではないか!この部屋にいない魔王国の仲間達にはサクラをやってもらっているのだが、頼む必要はなかったようだ。
「時間の無駄とか書き込まれていたはずだが…」
「へッヘヘ。何だかんだ、マジかもしれねぇって可能性を捨て切れねェ連中が多かったらしいなァ」
純粋に驚く私を後目に、ジゴロウは人の悪い笑みを浮かべていた。眉唾物だという意見の方が多かったはずなのに、実際は好奇心の誘惑には逆らえなかったようだな。
配信者は生放送の配信画面とコメントが視界の端に仮想ディスプレイとして浮かび上がる。そこで素早く流れるコメントを拾ってみると、全体的には本物かどうかを疑う者が一番多い印象を受けた。
攻撃的な言葉使いのコメントもあるが、それは一部だけ。これが支持されるか、それとも炎上するか。どっちに転がるかはこれからの生放送次第であろう。
「ほな、始めるで。こっからは三人で頑張ってもらうけど、ワイらもカンペとかでサポートするから気楽に行こうや。三、二、一、アクション!」
それはアクション映画の撮影じゃないか、とツッコミそうになるのを寸前で堪えた私は椅子に深く腰掛けた状態を維持する。ジゴロウはニヤニヤと笑いながら腕と脚を組んでいた。
放送が始まると、画面にはまずミケロだけが映った状態だった。そこに『メペの街』で購入した蓄音機からゆったりとした曲が流れ始める。BGMもちゃんと用意されているのだ。
「ご視聴の皆様、はじめまして。こちらは第一回、魔王国公式放送となっております。司会進行は魔王陛下の忠実なる下僕、ミケロがお送りさせていただきます」
ミケロは聞き取り易く、速過ぎず遅過ぎない口調は本職のアナウンサー顔負けである。いや、本当に聴きやすいぞ。こんな特技があったのか。司会進行に立候補してくれたから頼んだのだが、大正解だったようだ。
コメントに目をやると、魔物プレイヤーが本当に映っていることに驚く者や撮影場所がどこなのかわからず困惑する者、ごく少数ながら私と同じくミケロの聞き取り易い声に驚く者もいた。うんうん、気持ちはよくわかるぞ。
ミケロ関連では彼の巨大な眼球という外見の方に引っ張られているようだな。見慣れていない者にとっては中々に刺激的な外見である。そちらに目が行くのも無理はなかろう。
「この放送は魔王陛下とゲストの方をお招きし、アルトスノム魔王国の最新情報をお届けする番組となっております。ご紹介しましょう。こちらが我らがイザーム陛下です」
「この国の魔王、イザームだ。これからは定期的に放送させてもらうから、よろしく頼む」
ミケロが紹介すると同時にカメラマンを担当する『不死野郎』のサーラがカメラを私に向ける。私が簡略な挨拶をすると、コメントが一気に盛り上がった。
ただ、その多くは挨拶が短すぎるとか、魔王発言を嘲笑するかのようなモノばかり。こうなることはルーク達の反応でわかっていたが、ここまで多くの人に笑われると直接的ではないにせよ悲しいものがあるなぁ。
「ありがとうございます、陛下。では本日のゲストはこちらの方、陛下の兄弟分でもあらせられるジゴロウ様です」
「よォ、見えてっかァ?」
ジゴロウは私以上に短く、それでいて雑極まる挨拶にツッコミを入れるコメントで溢れ返った。ジゴロウにも見えているはずだが、兄弟はどこ吹く風といった様子で反省するどころか欠伸までしていた。
物凄く態度が悪い。そこに不快感を覚えた者達が攻撃的なコメントを書き込んでいるのだが…兄弟はそれを見てニヤリと不敵に笑った。
「文句がある奴ァ、俺達と同じぐれェ強くなってから言いに来なァ。手始めに勇者とか呼ばれてる野郎のパーティと一人で渡り合えるようになるところからだなァ」
おいおいおい、無茶苦茶言い出したぞ!?そりゃお前は公の場で倒したのは事実だが、同じことが出来る者がそう何人もいてたまるか!
それにルーク達からすれば完全にとばっちりである。これで本当にルーク達に挑む馬鹿が現れたら大事だ。防衛戦が終わった今、私達は彼らに嫌がらせをしたい訳ではないのだから。
「そこまでにしておけ。ここにいないプレイヤーを巻き込むな。視聴者諸君、この馬鹿の暴言については謝罪する。そして勇者ならびにその仲間達を襲撃しようと、魔王国は優遇措置を取ることも報酬を出すこともないとここで宣言しておこう」
私はジゴロウの失言とルークを襲っても意味はないことを明言した。これでルーク達が襲撃したのだからと何か要求されようと突っぱねることが出来る。
即座に謝罪したこと、そして生放送とは無関係のルークを巻き込まないように配慮したこと。この二点に関しては評価する者もいるが、ジゴロウの挑発でヒートアップしている者の方が多いらしい。やれやれ、こちらにも段取りがあったのだが…私は七甲に目配せすると、彼は大きく頷いた。
「ともあれ、兄弟の暴言を許せない者もいるだろう。ならば直接、兄弟と戦いに来ると良い。そのための闘技場も魔王国には用意してあるのだから」
私はここで一度言葉を区切る。そしてあえてコメントを読まずに大きく息を吸いこんだ。
「私はここに、我らが『アルトスノム魔王国』の開国を宣言する!」
次回は10月31日に投稿予定です。




