防衛成功記念オークション
再建されていく『エビタイ』を眺めた後、私は我らが『ノックス』へと帰還する。皆で力を合わせて守り切ったこともあり、ただ道を歩いているだけでもどこか誇らしい気持ちになっていた。
「王さまだ!」
「おーさま!」
私が歩いていると、子供達が手を振っている。側にいる保護者もまた、私に深々と頭を下げた。彼らの間で私は安住の地を作り上げ、さらにそれを守り切った英雄という扱いなのだ。
ただ、個人的には私を持ち上げ過ぎているように思う。魔王国を築いたのも防衛戦に勝利したのも、仲間達の力があってこそ。むしろ私なぞ玉座でふんぞり返った後、ルーク達と一戦交えただけ。『ノックス』の外で戦った者達にこそ感謝が向けられるべきだろう。
「よォ、兄弟ィ」
「戻ったのね」
水路沿いに歩いている私に声を掛けたのは、水路脇に座っているジゴロウと彼の頭の上に乗ったルビーだった。どうやら二人でくつろいでいたようだが、私の姿を見て切り上げたようだ。
「『エビタイ』はどうだった?」
「あの調子だと港町と言うより軍港になりそうだ」
「ハッハァ!そいつァいい!次ァ上陸すら許さねェことになりそうだなァ!」
「そもそも次がない方が良いんじゃない?」
『傲慢』の残骸を防衛設備として再利用することになった『エビタイ』の様子を伝えると、ジゴロウは面白そうに笑っている。そこへすかさずルビーが突っ込みを入れるが、私は彼女に全面的に同意であった。
この度の一戦で自国が戦場になることが、どれほどの損失になるのかを実感した。防衛力の強化も重要だが、それ以上にそもそもどの勢力も魔王国を攻めようとすら考えない状態にしておきたかった。
どうせ存在がバレてしまったのだ。これからは積極的に外側へ働きかけるようにしなければなるまい。この件には腹案がある。だが皆と、特に『ノンフィクション』のミツヒ子と相談する必要がありそうだ。
「私はこれから広場に向かうが、二人も来るか?」
「おう」
「行く行く!そろそろあれが始まるもんね!」
ジゴロウとルビーは私と共に広場へ向かう。広場には品評会の時にも使われたステージが設置され、今は複数人があるイベントの準備を行っている最中であった。
しばらくすると準備が整ったらしい。二人の人影が小走りでステージに上がってきた。すると、彼らがステージに上がっただけで広場に集まった者達がどよめいた。
「アハハ!何、あの格好!」
「漫才師かァ?」
上がってきたのは七甲と人型に擬態したネナーシの二人だったのだが、彼らは二人共背広を着ていたのである。七甲は金色の、ネナーシは銀色の大き過ぎる蝶ネクタイを装着していた。
どうやら兄弟の言う通り漫才師を意識しているようで、二人は自ら小さく拍手しながらステージの中央に立つ。そして広場全体を見回してから口を開いた。
「はい、ドーモ!みんなのアイドル、七甲やで〜!」
「みんなのヒーロー、ネナーシでござる!」
昭和の漫才師めいた格好の二人がオーバーな仕草でそんなことを言うものだから、広場は笑いに包まれた。つかみはバッチリと言ったところか。
そのまま二人の漫才が始まる…ということはない。二人はこれから始まるイベントの司会進行役なのだ。まさかあんな格好をして来るとは思わなかったがな。
「さてさて、ほんなら早速始めよか!題して『必死に戦ったけど要らんモンしか出なかったやないかオークション』や!」
「何でござるか、そのタイトルは!?違いますぞ!本当のイベントは『防衛成功記念オークション』でござるよ!」
七甲が嘘のイベント名を大声で宣言するが、ネナーシはそれを慌てて訂正する。再び広場は笑いに包まれたのだが、七甲の言っていることも決して間違ってはいない。むしろ、このイベント…『防衛成功記念オークション』の本質を捉えていた。
魔王国防衛戦では味方の魔物プレイヤーと敵の人類プレイヤーの間で激しい戦いが幾度も繰り返された。あれは運営が用意したイベントではない。言わばプレイヤー同士の私闘であった。
すると勝利したプレイヤーは、自分が倒したプレイヤーのアイテムをドロップアイテムとして一部奪い取ることになる。これがPKプレイヤー達の収入になるわけだが、防衛戦で戦った者達の大半がこのドロップアイテムを入手していたのだ。
このドロップアイテムだが、ポーションなどの消耗品だった場合は全く問題ない。自分が必要となった時に使えば良いだけだからだ。奪われる側にとっても消耗品ならば替えが利く。ある意味、消耗品はお互いにとって当たりと言えた。
しかしながら、運良く消耗品ではないアイテムを奪った時に問題が生じる。奪われた側にとって、消耗品ではなく希少な素材や武具を奪われるのは大損害だ。何が何でも取り戻したいと願うこともあるだろう。
だが、特に武具を奪った場合、奪った側のプレイヤーにとっては必要ないアイテムである場合があった。剣士のプレイヤーが杖を奪っても意味がないし、魔術師が頑丈な鎧を奪っても使えない。倒した敵が自分と同じタイプの職業だとは限らないのである。
そこで必要ないアイテムを大々的に売買する機会を提供したのが、このオークションなのだ。本人にとって必要ないのかもしれないが、魔王国に攻め込んだレベル100のプレイヤーの武具が次々と出て来ることだろう。どんなアイテムが出て来るのか、少し楽しみであった。
ああ、ちなみに私はこのオークションに出品するアイテムを一切持たない。何故かって?私は迷宮のボスになっていたからだ。敗北したらアイテムを奪うボス、というのは流石に設定出来なかったのである。
「ルビーは何か出品したのかよォ?」
「ううん。ボクは自分が使えるアイテムばっかり出たからね。日頃の行いだよ」
「オレと兄弟とジジィはそもそもアイテムをぶん取れねェ状態だったからなァ」
そして同じくエリアボスとして君臨していた兄弟と源十郎もまたアイテムを得られていない。二人は防衛の要であったのに臨時収入もなかったのだ。
また、戦った感想を聞いた者がいたようだが、二人共が嫌そうな表情になって口をつぐんだという。あまり戦いを楽しめなかったようだ。ルーク達が二人の下へ行ってくれていれば良かったのだが…この埋め合わせは必ず行わなければなるまい。
「ほな、早速始めるで〜!最初のブツは…これや!」
「商品ナンバー一番は『嵐王の宝珠輪』!風属性に関連する武技と魔術の威力増加と消費魔力軽減、さらに風属性の攻撃に対する耐性が付与されるアクセサリーですぞ!風属性弱点の敵に対しては無類の強さを発揮すること、疑う余地はありますまい!」
「ただデメリットもあるで。風属性以外の攻撃は威力と消費魔力が増えて、属性耐性も下がるんや。ほんまに風属性に特化するアイテムっちゅうこっちゃ」
七甲とネナーシは出品されたアイテムについて詳しく解説していく。良い部分だけでなく悪い部分も詳細に説明するのは、このオークションが我々の営利目的ではないからだ。
あくまでも不要なアイテムを入手してしまったプレイヤーから、それを魅力的だと思うプレイヤーへ渡る機会を設けたに過ぎない。手数料も取っていないので完全なボランティアだった。
「なお、これを奪取した本人は風属性の武技も魔術も使えないそうでござる。曰く、このアイテムを売った金で自分に相応しいアイテムを買いたいのだそうで。皆様、出品者のためにも奮ってご参加くだされぃ!」
「ピーキーなアイテムっちゅうことも加味して、十五万ゼルからのスタートや!」
「ふむ…」
十五万ゼルか…デメリット効果を無視出来る状況であれば安い買い物と言える。アイテムとしてのデザインも悪くない。緑色の大きな宝珠と、それを包み込むような金細工は見事と言う他になかった。
正直に言うと、欲しい。風属性が弱点のボスと対峙した時に役立ちそう…いや、結局は使わない気がする。特定の属性を大幅に強化するより、強化幅は低くとも魔術全体を強化した方が魔術の種類が武器である私には向いているからだ。
使うかどうかは別として、欲しいと思ったのは事実である。ならばこのオークションに参加するのかと問われれば、それは不可能だ。何故なら…今の私は金欠だからである。
迷宮のボスとして君臨するために必要となった金子は大金であり、そのための予算はほとんど消え去った。その予算は王国の税収とこれまでコツコツと貯めてきた私の個人資産なのだが、優先して消費されるのは私の個人資産の方。すなわち、今の私は無一文なのだ!
「三十二万!三十二万や!他におるか!?」
「…居られませんな?ならば三十二万ゼルで落札でござる!さあ、ステージへ上がられよ!」
ネナーシがいつの間にか用意されていたオークション用のハンマーこと、ガベルを打ち鳴らす。会場は拍手で包まれ、競り落とした者がステージ上へと上がっていった。
確か『Amazonas』のメンバーだったはず。オークションの最初から参加していたので、絶対に欲しかったという気概が伝わって来る。風属性を得意としている、あるいは特化しているのだろう。
こうしてオークションはどんどん進んでいく。欲しいと思うアイテムがいくつかあったのだが、無一文も私はただ指をくわえて見ていることしか出来ないのだった。
次回は10月23日に投稿予定です。




