アイテム回収と旅立ちの挨拶
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【暗殺術】レベルが上昇しました。
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下水道に入ってから、私はルビーの先導に従って慎重にアジトへと向かっていった。下水道でここまで慎重に進んだのは、魔術の教本を買うために図書館へ向かった時以来かもしれん。それほどに下水道はプレイヤーで溢れていたのだ。
「やっと到着だね…」
「ああ…疲れたな…」
恐ろしく疲れたぞ。ルビーは兎も角、私の【暗殺術】レベルは一桁で、これではトッププレイヤーの索敵から確実に隠れられなかったのだ。そのせいでかなり回り道をしてからここに来る羽目になった。くっ!足手纏いになってしまったか!
「私のせいですまないな。その詫び、ではないが、先に休憩をしてきてくれ。私はその間にアイテムを回収しておく」
「わかった。じゃ、お先に」
ルビーはアイリスが作ったベッドの上に乗ると、そのままログアウトしていった。誰かがログアウトしたベッドはその上に青い光が漂い、他のプレイヤーが使おうとすれば『使用出来ません』というインフォメーションが流れる。
因みに、使用中のベッドを破壊することは不可能だそうだ。設定上は女神が守護しているらしい。まあ、何日もプレイ出来なかった人が、気付けば地面に放り出されていたなんて笑えないからな。妥当な設定である。
「さぁて、回収作業に入りますか!」
私は部屋にあるあらゆるアイテムをインベントリに入れて行く作業を開始する。私の集めた本や遺されていたレポート類は当然のこと、回復薬や毒、魔物の素材などを片っ端からぶちこんでいく。
「短転移」
【時空魔術】の訓練がてら、素材を入れた容器の前に短転移で移動しては中身を移し、容器そのものも入れていく。
FSWに持ち物の制限が無いからこそ出来る事だな。その分、私のアイテム欄はとてもごちゃごちゃしているのだがね。元々、これが嫌でみんな容器に移していたのだしな。
「短転移…これでまだ三分の一も終わってないのか…」
自分たちながら、かなりのアイテムを溜め込んだものだ。軽く自嘲しつつ、私は作業に没頭するのだった。
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【時空魔術】レベルが上昇しました。
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あれからルビーが戻って来たので、交代で私が休憩。さらに私がリアルで昼食を摂ってから再度ログイン。そらから黙々と作業を続け、私達はアイテムの回収を終えた。
今のアジトには、見事に何もない。あるのは元々あった家具位のものだ。よくドラマなどでは家捜しされた部屋には無造作に紙切れなんかが落ちているが、そういう物こそ優先して回収したから、本当に何も残っていなかった。当にもぬけの殻、という状態である。
後から拡張した痕跡と最近まで誰かがいたことまでは解るだろうが、逆に言えばそれ以外は何もわからないはずだ。これでここに踏み込まれても私達に何の被害もなくなった訳だな。
「次は地下墓地だ。先導、任せるぞ」
「わかった。戦っても勝てそうなプレイヤーが多いけど、あんまり目立つのも、ね」
下水道に降りてきているプレイヤーに攻略組と呼ばれる者達はほぼいない。【鑑定】してもレベル20を越えている方が珍しい位だった。
どうやら、初期調査は既に終了し、狩場としては低レベルプレイヤーにしか旨みが無い事が判明していたらしい。私達が空を移動している時に報告されていたので気付かなかったのだ。
あ、因みにプレイヤーを【鑑定】しても名前と種族、そして職業のレベルまでしか見えなかった。能力情報を丸裸に出来ないのは面倒だが、それが出来ると問題が起こりやすいのだろうな。
それよりも、向こうからこっちがどう見えているのかが気になるぞ。こちらも隠れているのか、はたまた普通の魔物と同じく見えてしまうのか。気になるな!
閑話休題。なのでここに残った高レベルなプレイヤーは一攫千金を夢見る者達なのだろう。なのでさっきの追跡は運が悪かったとしか言い様のない事故だったらしい。
そうと解れば、怯える必要は無い。普通に隠れながら向かえばいいし、発見された時は倒してしまえばいいのだから。
しかし、ここで別の問題が発生した。
「ああ、コイツがいるからな」
覚えているだろうか?私が自分を改造する前に、あの洞窟で出会った死霊道士のやり方を真似て作った混合骸骨を!コイツの処遇をすっかり忘れていたのだ!
ここに放置してボスっぽくする、というのも考えた。しかし、周囲のプレイヤーが大して強くないと判明した今、コイツを連れたままでも地下墓地へ行くことは可能だとルビーが言い出したのだ。ならば、墓守への礼の一つとするか、という訳で連れ出す事にしたのである。
「さて、行くか」
「おおー!」
「カタカタ」
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【時空魔術】レベルが上昇しました。
【考古学】レベルが上昇しました。
【言語学】レベルが上昇しました。
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うん、そもそも南側はほとんど人がいなかったよ。どうやら地上の街からの入口がかなり北側にあったようで、皆さんそちらからマッピングしておられるご様子。緊張して損した気分だ。
その代わり、鼠男相手に【時空魔術】を使った奇襲戦法を試してみた。結構便利で、かつ楽しい。レベルが上がるまでやってしまった。まあ、地下墓地まで寄り道していた訳でもないから許して欲しい。
「おお。久しい、と言うには間が短い再開であるな」
「ああ、そうだな」
墓守と友好関係を結んでいる我々は、地下墓地の魔物に襲われることなく、最下層まで降りる事ができた。そしてそこには、前と変わらず流暢に話す大柄な動く屍体である墓守がいた。
「それで、今日は何の用で来たのだ?」
「ああ。貴殿から譲り受けた地図だが、とても素晴らしいものだった」
「おお!そうか!」
「その礼を、と思ってな」
「あれは我が礼として譲ったもので、返礼は不要なのだが…有り難くもらっておこう」
ここで固辞されたらここまで来た意味が無くなるから、貰ってくれるようで助かったな。
「それで、何をいただけるのかな?」
「先の鼠男王との戦いで、貴殿の戦力は随分と減ったはずだ。その補充を、と思ってな」
「…もしや、後ろの奇怪な不死を?」
「それだけではない。必要な数だけ、私が産み出せる不死を進呈しよう」
墓守は手を顎に当ててしばらく考えた後、首を縦に振った。
「わかった。その申し出を有り難く受け取ろう」
「承知した。して、何が何体ほど必要だ?」
「うむ、貴殿らのようにここへ来る者自体が稀であるし、数は必要無いぞ?」
「いや、その考えは間違いだ」
これから下水道を探索する者達は確実に増える。今でこそ北側に集中しているが、第二陣の狩場として利用されていく内に何時かは地下墓地も見付かるだろう。
そうなれば、連日のようにプレイヤーが訪れるはずだ。何よりも、私達は発見者ではあるが、攻略者ではない。ボスである墓守と共闘した上、ある種の友情を結んだのだからな。
初攻略の名誉を求める者は確実に出てくる。ならば、質と量を兼ね備えた部下が必要となるだろう。
「其奴らは貴殿らと違い、盗掘をするのか?」
「恐らくは。気にする者の方が少なかろうよ」
それを墓守に伝えると、彼は不快げに顔を歪めた。私達だって、源十郎が嫌がらなければしれっと回収していた可能性は高い。『これはゲームだ』という考えがプレイヤーの念頭にあるからだ。
「ならば、好意に甘えるとしよう」
「ああ。可能な限りの戦力を揃えるぞ」
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【死霊魔術】レベルが上昇しました。
【錬金術】レベルが上昇しました。
新たに混合獣作成の呪文を習得しました。
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「ふぅ、これで揃ったな!」
「おお、何と力強き同族か!」
うむ、墓守の反応は上々だ。全てかなりの力作だからな!【錬金術】の融合や変形を駆使し、有り余る魔骨を湯水のように使って創作意欲の赴くままに不死を作り上げた。紹介しよう!
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種族:混合骸骨剣士 Lv20
職業:剣士 Lv0
能力:【剣術】
【盾】
【体力強化】
【筋力強化】
【防御力強化】
【二刀流】
【暗視】
【状態異常無効】
【光属性脆弱】
【打撃脆弱】
種族:混合骸骨弓魔術師 Lv20
職業:弓士 Lv0
能力:【杖】
【弓術】
【土魔術】or【水魔術】or【火魔術】or【風魔術】
【闇魔術】
【器用強化】
【知力強化】
【暗視】
【状態異常無効】
【光属性脆弱】
【打撃脆弱】
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どうよ?これを五体ずつ作ったぞ!混合骸骨剣士は四本の腕に剣二本と盾二枚を持たせた前衛だ。そして、混合骸骨弓魔術師はジゴロウ救出時にプレイヤーから奪った杖を持たせ、残った腕には弓と矢を持たせている。後方から魔術と弓の両方で援護してくれるだろう。
どちらも自信作である。墓守の反応も上々だし、わざわざ来て作った甲斐があったというものだ。
「あの、イザーム?結構時間掛かってるけど…?」
「うおっ!もうこんな時間か!」
ルビーの遠慮がちな忠告で、私はようやく時間を掛けすぎたことに気が付いた。夢中になったいたから、時間の感覚がなくなっていたぞ!
「ぐ、墓守殿!これで良いだろうか!?」
「ああ!十分過ぎるくらいだとも!」
墓守は上機嫌で即答した。そんなに喜んでくれたなら、製作者冥利に尽きるというものだ。
「あ、墓守さん、一ついい?」
「何だね?」
「あの遺跡があった文明って、何で滅びたの?」
「ちょっ!」
このタイミングでその質問!?上げて落とす感じになるじゃないか!私だったらテンション駄々下がりだぞ!?
「むぅ、知りたいのか?」
「うん!」
お、おや?余り気分を害していないのか?
「我も詳しくは知らぬが、その原因は人類にあるのは確かだ」
「人類に?」
「ああ。当時、人類は大規模な戦争をしていた。最新鋭の魔道兵器に身を包んだ歩兵が殺し合い、戦場を焼き払う大規模魔術が飛び交う…それこそ、全ての大陸を巻き込む様な大戦争だ」
「大戦争…」
何だか、別のゲームの話を聞いているようだ。決して中世ファンタジーの世界観ではない。近未来SFものの戦争による世界滅亡シナリオそのものだな。
「そしてある小国が戦争に勝つべく産み出した生物兵器。これが崩壊の元凶だ。我は実物を見ていないからどのような姿形かまではわからんが」
「なるほど…龍ではなかったのだな」
月ヘノ妄執の前例があるからひょっとして、と思ったが、違っていたらしい。良かった!何かとても安心したぞ!
「龍族はむしろ生物兵器を下し、各地に封印してくれている。人類の尻拭いをさせてしまっている訳だ。同じ時代を生きていた者としては恥ずかしい話であるな」
「そうだったのか…ん?各地、だと?」
その言い方だと…
「ああ、生物兵器は複数いるぞ。正確な数は知らぬがな」
古代人が遺した物騒なお宝、という訳か。それらを封じる龍族、ね。心当たりが有り過ぎるが、この話題を出せば彼の龍との友情が壊れかねない。なるべく、考えないようにしなくては。
「貴重な情報をありがとう」
「気にするな。なら、次に会う時は冒険の話を聞かせてくれ」
「はっはっは!それくらいなら喜んで!それでは、達者でな!」
「応!良き冒険を!」
◆◇◆◇◆◇
墓守のいる地下墓地からおいとまし、下水道からも他のプレイヤーに気をつけて進み、私達はどうにか西の森へと出る事が出来た。
「私が時間を掛けたせいだが、もうすぐ日の出だ。急ごう!」
「了解!索敵は任せてよ!」
昨晩と同じように、私はルビーを頭に載せて空を飛ぶ。この時間帯、しかも既にほとんどのプレイヤーが訪れることはなくなりつつある西の森とは言え、誰かがいる可能性は0ではない。
空の移動という最短ルートを選択している訳だが、その分目立つしな。ルビーの索敵だけでなく、私も魔力探知を使いながら進むとしよう。
「ん?イザーム、左前方に誰かいるよ!」
「む…こちらも確認した」
魔力探知の反応は四つ。ルビー曰く、全員がプレイヤーだそうだ。ただし、三人が一人を追いかけているらしい。これはまさか…?
「PK、という連中か」
他のプレイヤーを殺すことを楽しむのがPKだと聞いている。その楽しみ方は私に共通する部分もあるので、否定は絶対にしない。
「弱いものイジメだね、アレ」
そう。目の前で行われているのは、娯楽としての狩猟だった。問題はその対象が魔物ではなくプレイヤーであることだ。
追い立てられているプレイヤーのレベルは低い。恐らくは余りログイン出来ずにレベルを上げられなかったのだろう。
追い掛けている連中はまあまあのレベルだ。なので一息に倒せるはずなのだが、わざわざ時間を書けている。どうやら、いびるのを楽しんでいるらしい。
「どうするの?」
「ふん!決まっている!」
私は飛行ルートを左に寄せ、追い立てるバカ共の上空へと位置取る。そして…
「巴魔陣起動、呪文調整…死ぬがいい。死!」
「「「!?」」」
呪文調整によって最大まで効果を高めた【邪術】の即死魔術、死を三人に食らわせる。すると三人の阿呆は抵抗も出来ずに即死してしまった。
相手のレベルが私よりも低く、更に私の装備が一級品かつ【邪術】の効果を高める力をもつからこそ、三人とも即死させられたのだろう。【邪術】が凶悪な魔術であるのを再認識させられたな。
「悪役には美学が必要なのだよ、ゲスめ」
私はもう生きてはいない雑魚に捨て台詞を吐く。プレイヤーを倒す事が目的なのは構わない。だが、己よりも弱い者を狩るのは低俗に過ぎる。狙うならトップ層だろう?
そのくらいの気概が無い者は小物にしかなれないのだ。あんな連中の事は忘れよう。目的地を目指して飛行するのを再開するか。
「イザーム、追いかけられてた人は生きてるし、見られたけどいいの?」
「いいさ。『空飛ぶ骸骨に救われた』なんて、誰が信じる?」
「あ、そうだね!」
こうして我々は仲間の元へと向かった。
しかし、この出会いが後に面倒なことになることを、私達は知る由も無かったのである。
やっぱり人類が悪いんじゃないか…
セリフすら貰えなかった目撃者の男性が再登場するのはかなり後になる予定です。
筆者の中でキャラ付けは終わっているので気長にお待ち下さい。




