戦後の情勢
リヒテスブルク王国による、アルトスノム魔王国への侵攻。結果から言えば、魔王国はその国土を護りきった。侵攻して来た王国兵はほぼ全員がティンブリカ大陸で生命を散らし、プレイヤーもまた魔王国に与していた者達以外が別の大陸で復活している。
ただ、戦争の傷痕は深く、そして大きい。港町『エビタイ』はほぼ全域が瓦礫と化したし、戦闘によって水路の一部が破損したので破損箇所の修繕と水路の全体のチェックが必要だ。
迷宮化させていた『ノックス』そのものには傷どころか汚れ一つないものの、それ以外はとんでもないことになっている。初手で更地にするどころか、クレーターになりそうな勢いで『傲慢』の副砲を連射されたのだ。
この時点で地形はグチャグチャになっていたのに、そこで敵軍と陸戦部隊が戦ったことで妙に踏み固められた。そのせいで一部だけ均された状態になっている。とても不格好で大規模な戦いが起きたことを物語っていた。
ただ、闇森人達は自分達が住んでいた人工林があった地帯だけは既にほぼ復旧しつつある。闇森人達によって地面は均され、魔術によって成長された樹木が立ち並び、彼らの住居も完成しつつあった。
これほど急いでいるのは闇森人達の文化にとって樹木は切り離せない存在であるからだ。彼ら自身にしか出来ない作業だが、寝る間も惜しんで尽力したからこそのスピード復興であった。
他の荒れ放題の土地だが、アイリスを筆頭とした生産職達がこれを期に『ノックス』周辺を再開発しようと言い出している。単純に整地するのではなく、街の外に複数の施設が築かれることになりそうだ。
「ふふふ、はーっはっはっは!いやぁ、笑いが止まらないよ!」
「…随分と楽しそうだな?こっちは懐がすっからかんだというのに」
瓦礫の山となった『エビタイ』を並んで眺めながら、コンラートは高笑いをしている。その理由はただ一つ。崩壊した『エビタイ』が、より強固になって再建されている最中だったからだ。
この再建計画の中核に位置するのは『傲慢』、すなわち『エビタイ』が崩壊する原因になった古代兵器である。私が『ノックス』のボスとして君臨していた間に、仲間達は見事に『傲慢』を墜落させていた。この墜落した『傲慢』をそのまま再建中の『エビタイ』に設置することになったからだ。
ルビーやママ率いる『Amazonas』達の活躍によって、『傲慢』は主動力に致命的なダメージを受けた。それ故に二度と空へ浮かぶことはない。少なくとも、今の『マキシマ重工』の技術と知識では修理出来ないとのことだった。
しかしながら、浮遊させない前提であれば話は別である。修理によって『傲慢』の残された兵器を運用するだけの出力は確保出来るとのこと。ならば普通の要塞として使えば良いのだ。
敵が残した兵器を鹵獲して再利用することにマキシマ達は大喜びであった。運用と整備をしながら古代兵器の技術を吸い上げられると張り切っている。今も『傲慢』の残骸を重機を使って運搬していた。コンラートはその様子を見て高笑いが止まらないのである。
「まあまあ、そう言わないでくれよ。『エビタイ』がより強く再建されることは魔王国全体にとっても良いことじゃないか」
「それは否定しない」
「そうやって儲かれば、魔王国の国庫も潤う。そうだろう?」
コンラートが言っていることは事実である。『エビタイ』は魔王国の都市であり、ここからも税金が入るようになっている。『エビタイ』が復興し、より経済が動くようになれば魔王国にも利益が生まれるのだ。
ただ、『エビタイ』が復興して最も利益を得られるのがコンラートの『コントラ商会』であることは否定出来ない。より儲かっている者が隣にいるのだから、素直には喜べなかった。
「税率を上げてやろうか…?」
「ちょっ!ちょっ!ちょっと!勘弁してって!ここが一番税率低くて助かってるんだからさ!」
私の呟きを拾ったコンラートは慌てている。税率を上げるというのは冗談だし、実際のところ不可能な話だ。何故なら、魔王国は王国と名乗っていても私は絶対的な君主ではないからである。
税金を払っているのは住民だけでなく、魔王国に拠点を置く魔物プレイヤーのクランも含まれている。税金を理由なく上げれば彼らの突き上げを食らうのは間違いない。王というより複数のクランのまとめ役。その認識を決して忘れてはならないのだ。
「そうそう。話は変わるけど、今の王国がどうなってるのか知ってる?」
「いや、知らない。調べる余裕がなかったから」
今日は王国との戦いの翌日である。ルークが【龍息吹】で消し炭にされたことで、彼らはボス戦に敗北した。その瞬間、私とカルは全回復して、いつでもボスとして戦える状態に戻っていた。
仮に別のパーティが挑戦して来ても一応は戦える。だが精神的には疲れ切っていた。そんな状態で誰かが入って来るのを待っていると、次にボス部屋へと現れたのはミケロだった。
彼の口から『ノックス』の外での戦いに決着がついたと告げられると、私は迷宮化を即座に解除した。それからは仲間達と勝利の美酒に酔い痴れる…ような暇などない。被害状況の確認と『メペの街』に避難させていた住民に勝利を告げて街に戻るように指示してからログアウトしたのだ。
私を含めて多くの仲間達が同じことをしている。何故かって?昨日は平日だったからだ!
「そっか。って言っても上がってきた報告を読んだだけなんだけども。まず、王国で反乱の気運がまた高まってる。それも凄い勢いだよ。敗戦、それも完膚なきまでに敗れたって情報が何〜故〜か素早く拡がったからね。フフッ」
「何でだろうなぁ?クククッ」
無論、敗戦の情報が瞬く間に拡がったのは『ノンフィクション』のおかげだ。勝利が確定した後、このことを全世界に知らしめるとミツヒ子は言っていた。彼女の仕事なのは間違いない。
王国が混乱してくれればそれで十分だったのだが、それどころか反乱の炎が再燃し始めたらしい。国王は崩御し、王太子は戦死した…これ、王国は滅亡するんじゃないか?
「鼻の利く貴族はこれに合わせて動き出してるよ。王国に従属させられてた小国も、ね」
「ルクスレシア大陸は群雄割拠の戦国時代に突入するかもしれんな」
元々強国だったリヒテスブルク王国は、『傲慢』という古代兵器の中でも桁違いの兵器を手に入れたことで暴走した。その矛先は別の大陸に向いた訳だが、結果として王国は最強の矛である『傲慢』と国をまとめる支配者、そして彼らに仕える多数の兵士を同時に失った。
強国を強国足らしめる武力と、統率する頭が急に消えた。この時、野心ある者は自分が頭に座ることを狙い始め、不満や憎悪を抱えていた者達はそれを表に出せるようになる。王国に関わるあらゆる全てが大きな変容せずにはいられないはずだ。
「チッチッチッ。かもしれない、じゃないよ。間違いなく戦国時代に突入するね」
「根拠は?」
「はい。ザビーネ嬢経由で届いた親書だよ。正確には彼女の父君、その派閥の長にいる公爵から」
「…ほう」
軽い調子でコンラートが私に手渡したのは一通の手紙だった。内容を読めばコンラートの言う通りリヒテスブルク王国の公爵からの親書であり、王国の実権を握るために魔王国へ軍事同盟を打診するというもの。要旨だけなら一考の余地がある親書であった。
だが、私には二つの理由からこの親書をそのまま受け取ることが出来ない事情がある。一つは文章の内容が非常に高圧的だった点だ。まるで手伝わせてやるのだから感謝しろとでも言いたげな内容だったのである。
現実が見えているのか?徹底的な準備をしたとは言え、私達は公爵が逆らえなかった王国軍を叩き潰したんだが……交渉術の一つだとしても私の心象を悪くするだけだと思わなかったのか?ザビーネ嬢から詳しく事情を聞いた方が良いだろう。
「ザビーネ嬢から話を聞くだけ聞いてみるが…基本的に断ることになるぞ」
「えっ?何で?」
「話してなかったか?ビグダレイオという国が王国領を荒らし回ることになっている。そちらに助勢するからだ」
猪頭鬼達の国、ビグダレイオ。あそこにも王国からの防衛戦に援軍を求めたものの、距離が遠すぎることから諦めざるを得なかった。
だが、王国と陸続きというのは見過ごせない。私達が勝った暁には、共に王国領を荒らし回ることになっていた。
「ビグダレイオは略奪で潤うし、私達は王国のさらなる弱体化を見込めるからな」
「えっぐいこと考えるねぇ〜。頼もしいよ」
「そこで一つ、相談があるんだ」
「聞かせてよ」
口では非難しているものの、コンラートの顔には楽しげな笑みが浮かんでいる。そこで私は彼にさらなる謀略について相談した。コンラートは悪い笑みをより濃いものにすると、私と共に謀略の細部を詰めていくのだった。
次回は10月19日に投稿予定です。




