ノックスの戦い 魔王VS勇者 その十三
「ぐっ!くぅっ!」
「ゴォォォッ!」
「…ぬぅ」
私とカルによる魔術を必死に回避しているルークだったが、徐々に追い詰められていく。私達には一切の油断や慢心などはない。淡々と、粛々と、ルークを確実に仕留めるべく魔術を放ち続けた。
圧倒的に有利だと思える状況だが、私はむしろ恐怖していた。この状況にあってルークが諦めないのは、ごく僅かではあっても勝機があると考えているからだと直感していたからである。
この状況を覆す一手とは何か。まだアイテムを隠し持っているのか。はたまた一発逆転の武技を習得しているのか。全く見当も付かないが、だからこそ今の状況にあって油断出来なかったのだ。
「どう来る?何を企んで…何だと?」
私とカルはなるべく交互に魔術を放つようにしているので、ルークが息をつく暇はほとんどない。だが、全く存在しない訳でもなかった。
とは言え、私達に接近出来るほどの間隔は空いていない。だからこそ、魔力を無駄遣い出来ないルークは私達に急接近することは叶わなかった。
そんな短い時間を利用して、ルークは剣を持ち替えていた。今、この魔術にさらされているというのに冷静に装備を変更する度胸は称賛に値する。
だが、そんなことよりも武器を切り替えた理由の方が重要だろう。彼の剣はどれだけ雑に扱っても折れない代物だったのに、それを危険を承知で持ち替えた。それも爆風に隠れるようにして、だ。間違いなく逆転の一手、そのための布石なのだろう。
では剣だけに集中していれば良いのかと言えばそれも違う。武器の入れ替えがブラフである可能性もあるからだ…我ながら疑り深いことだ。
「ふっ!はっ!ぐっ…やあっ!」
「む…?」
相変わらず魔術を連発していた私だったが、ルークの戦い方が変わったことに気が付いた。これまでは回避主体だったせいでお互いの距離が徐々に開いていたのに、急に強気になったかのように魔術を斬り払い始めたのだ。
どうやら彼の持ち替えた剣は武技などなくとも魔術を斬ることが可能らしく、私達の魔術を斬りながら接近しようとしている。当然ながら武技のアシストもなく全ての魔術を斬り伏せることなど不可能だ。源十郎であれば可能かもしれないが、少なくともルークには無理な様子だった。
残り少ない体力を削るような真似をしながら魔術を斬る。この行動が無意味だと思うのは無理があるだろう。私はブラフだという可能性を排除し、魔術を放ちながら観察し続けた。
「剣が光っていく…魔術を斬っているのが原因か」
するとルークの剣の刀身が徐々に青白く発光していくではないか。間違いない。ルークの狙いはあれだろう。
魔術を斬っているのが変化の原因なら、魔術を撃たなければこれ以上の変化は起きない。しかし、実際に魔術はルークの体力を削っている。魔術を中断すればルークの剣の異変を止められるが、同時に彼を自由にしてしまう。それは避けたい。故に魔術を止めるという選択肢はあり得なかった。
だが、ルークは身を削りながらも自分の剣に宿る輝きをどんどん強くしていく。私自身の手によって、私達を倒す逆転の一手を育てているようで不愉快であると同時に不安が膨らんでいった。
「そろそろ、倒れろ!」
「ガアァァァァァッ!」
「うっ!?ああああああっ!」
不安を払拭するためにも、私はルークが何かする前に決着を付けると決断した。一気に押し切るためにも怒涛の如く魔術を連発していく。魔力を使い切る勢いであり、その全てが強力なオリジナル魔術であった。
カルも私の決断に呼応するように、口から放つ魔術の威力を上げている。先程までの魔術の連射を小雨とするなら、差し詰め今は豪雨と言えよう。
この魔術の豪雨を前に、ルークは一瞬だけ恐怖に固まっていた。だが、すぐに意を決して剣を振るう。魔術の密度が上がる前から防ぎ切れていなかった上に、私のオリジナル魔術には軌道が読みにくいモノも含まれている。彼の被弾は明らかに増えていた。
魔術で削り切れるのが先か、それともルークの企みが成就するのが先か。そのチキンレースの勝者は…遺憾ながらルークであった。
「間に、合った!くらえぇぇぇぇっ!超・聖飛斬!」
「これはっ!?カル!?」
「ギャオオオオオッ!?」
ルークの剣が一際強く輝いたかと思えば、彼が次に剣を振った瞬間に私の視界を真っ白に染め上げるほどの青白い光の奔流が放たれる。私達の魔術を食い破りながら、その光は私達を飲み込まんと迫って来た。
唐突な光によって頭の中が真っ白になりかけた私とは異なり、カルの反応は早かった。彼は片翼を強く羽ばたかせながら横に跳び、光の奔流を間一髪で回避したのである。
ただし、完全に回避することは出来なかったらしい。カルは痛そうな悲鳴を上げる。立っていられなかったようで、私は背中から投げ出された。
軽液に浸かる前に浮遊した私はカルの容態を確認する。光の奔流によって彼の左半身は焼け爛れていた。カルは生きてこそいるものの、その身体はぐったりと横になったまま浅い呼吸を繰り返すばかりであった。
凄惨な状態のカルの下へと駆け寄りたい。その傷を少しでも癒してやりたい。私はそんな衝動に駆られたものの、理性によって衝動をのみ込んだ。
「当然、そう来るよなぁ!」
「はあああああああっ!!!」
何故なら、私がルークであればこの瞬間に私を狙うからだ。予想通り彼は爆風の中から飛び出して来る。その手に持っているのは、持ち替えるまで使っていた彼の愛剣であった。
ルークが魔術を受けていた地点には剣の柄だけが転がっている。おそらくは魔力を吸収し、強力な飛斬のようにして放つが一度使うと壊れる剣だったのだろう。使われる前に削りきれなかった私の力量不足を痛感せずにはいられなかった。
「ぐっ、うぉぉ…!」
「お前だけはっ!絶対に!斬る!」
反応は追い付いたものの、裂帛の気合と共に振り下ろされた一撃は受け流すには重すぎたらしい。私は壁に叩き付けられてしまった。
さらにルークは剣を私に向かって押し付けて来た。当然ながら力負けしている私の首に刃はゆっくり近付いてくる。絶体絶命のピンチだが、私の舌は不思議と饒舌に動いていた。
「どうした?ジワジワ追い詰めるのが君の流儀か?」
「このっ…!」
「武技は使わないのか?いや、使えないんだろう?使えるのなら、さっさと使っているはずだからな」
「くっ!」
ルークは私の言葉を聞いて露骨に顔を歪める。図星を指されたらしいな。ルークは魔力が尽きた、あるいた私を確実に倒せる威力の武技を使えるほどの魔力は残っていないと見るべきだ。
ここで出し惜しみをする意味がない。私だけは必ず倒すと口にした彼が、絶好の好機に武技を使わなかったのが何よりの証拠であろう。後は筋力のゴリ押しで私を即死させるべく首を落とすことを狙っているのだ。
「ところで…私にもまだ最後の切り札が残っているのだよ」
「なっ!?」
刃が迫る中、私はガパリと口を大きく開ける。口腔内には残りの魔力全てが集まっていくのを見て、ルークは驚愕から目を皿のように開いていた。
私がここまで隠していた切り札。それこそ【龍息吹】であった。この距離ならば絶対に外さないし、かわせない。仮に距離を取ろうとしたところで、余波だけでもボロボロのルークは消し飛ぶ。それほどの威力が込められていた。
「うおおおおおおっ!」
この状況でルークは剣をさらに押し込み、私の首を斬るのを急いだ。実はこれ、大正解である。【龍息吹】が放たれる前に首を落とされれば、私は死ぬ。既に一度復活している以上、今は再度復活することは出来ないからだ。
逃げるのではなく、ここでも前へ出る。咄嗟の決断力とその正確さにおいて、ルークは称賛されるべきだろう。ここぞという時に正解を選べるのは、言うなれば勇者とまで呼称される彼の『主人公力』を示しているのかもしれない。
「おおお、え?」
「そうそう、まだ切り札はあったのだった」
彼が主人公なら、私は悪役だ。悪役は平気で嘘を吐く。卑劣な手段を平気で使う。私は土壇場で使った明らかに強力な能力をわざとらしく見せ、最後の切り札という言葉でルークにこれ以上の隠し玉はないと刷り込んだ。それが今、効果を発揮したのである。
私がやったことは単純明快。ここまでずっとローブの下に隠していた尻尾、その先端にある針をルークの胴体に叩き付けたのだ。突き刺すつもりだったのだが、武技も使わない状態ではいくらボスになっていると言っても筋力が足りないので鎧を貫くことは出来なかったらしい。
だが、武技も使えないほど消耗し、力任せに剣を押し込んでいるルークにとって、不意に胴体を押されるのは想定外過ぎたらしい。彼はその場でよろめいた。よろめいて、しまったのだ。
「次こそ…」
「頼むから、もう来ないでくれ」
十分な力が溜まったところで、【龍息吹】が放たれる。亡霊や怨霊の集合体めいた黒い奔流がルークを飲み込み、その身体であった粒子をも飲み込んでいく。こうして勇者と魔王の戦いは決着したのであった。
次回は10月15日に投稿予定です。




