ノックスの戦い 魔王VS勇者 その十二
強引極まりない方法でルークは私との空中戦に持ち込んだものの、吹き飛ばされた私は驚きながらも内心で悪くない状況なのではないかと思い始めた。というのも空中戦の経験ではルークよりも私が上であることは既に判明しているからだ。
「よっとぉおおおっ!?」
「ヴアァ!」
だが、そんな私の甘い考えは即座に打ち砕かれることとなる。先程までならばヒラリと回避出来ていただろうタイミングだったにもかかわらず、ルークは素早く方向転換すると追撃して来たのである。
ギリギリで反応出来たので杖と大鎌によって受け流しながら、空中での動きが良くなったという事実を認めるしかなかった。おそらくだが、獣のようになったことで空中での動きも野生の猛禽類のように本能で制御可能になったということだろう。
私は複雑な軌道で飛行して逃げるのだが、ルークは猛然と追い掛けてくる。ルークの攻撃力は高過ぎるものの、その太刀筋は荒々しい上に読みやすいので何とか防げていた。だが、私は魔術師である上に近接戦闘の天才でもない。いつかは斬られてしまうのは目に見えていた。
「頼むぞ!」
「グオッ!」
「ヴガァッ!?」
だからこそ、私は任せられるところはカルに任せるのだ。逃げ回りながら私はカルに接近していた。翼を斬られたカルだが、跳躍することは可能である。高く跳躍したカルは、その長い首を鞭のように使ってルークに角を叩き込んだ。
水面を一度バウンドした後、ルークは再び変則的な四足歩行に戻る。角と身体の間に剣を滑り込ませていたらしい。あれだけの攻撃を受けて折れないということは、あれは私の杖と同じ何らかの試練の報酬なのだろう。雑な扱いをしても折れないのは、性能以上にルークにもちょうど良いはずだ。
体勢を立て直したルークは間髪入れずにこちらへと突撃してくる。ただし、空を飛んだ方が速いことを学習したのか、躊躇なく空を飛んで向かって来た。
「ヴアァ!」
「あくまでも狙いは私か!」
私による魔術の援護が相当に鬱陶しかったのか、それともルークの本人の意思なのか。ルークはカルの爪牙を掻い潜って私に襲い掛かった。スレスレで回避する軌道で飛べるというのは厄介だな!
自由自在に飛べる怪力の獣から逃れるべく、私はカルの背から再び空へと舞い上がる。このまま逃げるだけでは先程の二の舞いだ。それを避けるための方策を私は考えていた。
「呪文調整、浮撒菱」
「ヴァ?ヴアァ!」
私が使ったのは【虚無魔術】のみを使ったオリジナル魔術である。これは魔力盾の形状を撒菱状に変えただけの代物だ。元々がただの防壁なので、棘が地肌に突き刺さりでもしない限りダメージはほぼ与えられなかった。
ルークは脅威に感じなかったからか、無視してこちらへ接近しようとした。傍から見るとキラキラと輝く透明な撒菱が広範囲にばら撒かれただけにしか見えないからだ。
ポーションを飲む前であれば慎重に迂回していただろう。だが、今のルークは獣だ。分かりやすい攻撃でなければ無視するのではないかと考えてこれを使ったのだが…読み通りに回避するでもなく直進して来た。
「ヴヴッ!?」
「かかったな」
確かに浮撒菱は攻撃ではない。だが、これは攻撃力よりも魔力盾の仕様を利用した足止め用魔術である。魔力盾は融通の利く魔術であり、これを足場にして空中に立つような運用も可能だ。
この時、設置した場所に固定させるという運用法も存在する。私が行ったのはこの方法であり、こうすると破壊されるまでその場に固定されるのだ。
特に強化していない魔力盾でしかないので、ルークが剣を振るどころか拳で小突くだけでも浮撒菱は簡単に壊れてしまう。だが、逆に言えば攻撃を受けて破壊されない限り、その座標で固定することとなるのだ。
そんな撒菱だらけの場所へ突っ込んだらどうなるのか?棘に引っ掛かった鎧やマントがその場で固定されてしまうのである。唐突に身体が動かなくなったルークは混乱しているようだった。
「そろそろ消えてなくなれ!」
「ガオオオオオッ!」
空中で固定されたルークに向かって私達の魔術が炸裂する。浮撒菱は魔術の余波によって砕けるだろうが構うものか。私もカルも、瞬間的に出せる最大火力によってルークを仕留めようとした。
だが、それでもルークを死亡しなかった。爆風によって飛ばされると、空中で体勢を整えると一直線に距離を詰めてくる。速い!いきなり加速しただと!?
「ガアァ!」
「ぬぅっ!」
私に急接近したルークは剣を力任せに振り回す。その剣を杖と大鎌で防ぐ…のだが、私の手に返ってくる重さは先程の比ではないほどに軽い。剣を振るう速度は先程よりも上がっているが、いきなり筋力が下がっているような…?
ルークの剣を防ぎながら、私は彼をジッと観察する。表情からは必死さは感じても先程までの凶暴さはない。漏れ出る声はダミ声から低いだけのルークの声となっていて…何よりも剣を持つ手が逆手から順手に戻っている上に瞳の色が元に戻っているのだ。
「演技が下手だな」
「くっ!」
「グルアァッ!」
この反応で確定だな。ポーションの効果で獣のようになっていたルークであるが、正気に戻っているらしい。彼は勢いに任せて私を討ち取ろうとするものの、そんなことをカルが許すはずもなし。私達の位置まで残った片方の翼を使って跳躍したカルの爪の一撃がルークを襲った。
跳躍時の水音で気付いたのだろう。間一髪で爪を防いだようだが、ルークは軽液の水面を転がることとなる。あのポーションをまだ持っているのかどうかは不明であるが、強化と言って良いのか微妙な状態はもう終わったようだ。
「振り出しに戻る、とは少し違うか。どうする?大人しく敗北を認めるなら介錯してやるが?」
「…………」
私達に追い詰められたルークはここまで温存していたアイテムを使って凌ぎ、逆転を狙ったポーションを服用した。だが、アイテムは既に壊れ、ポーションの効果は切れている。私と同じようにまだ隠している切り札があるかもしれないが、あれば即座に使っているはず。基本的にないと思った方が良さそうだ。
私はカルの背中に着地してから堂々と、まるで既に勝ったかのような言動を心掛ける。私自身も万全からは程遠く、ボスと化したことで増えた莫大な魔力も残り僅か。これで彼が諦めてくれるのなら儲け物。私には勝ち方へのこだわりなぞないのである。
「確かに、もう勝ちの目は薄い。悔しいけど、それは認めるしかない。でも…」
「でも?」
「イザーム、お前だけでも道連れにしてみせる」
…おっと、そっちに行っちゃったか。追い詰め過ぎて相討ち覚悟で私を狙うと宣言されてしまった。勝利を諦めても、お前だけは許さんと言ったところか。
ここでカルではなく私を狙うのは、単純に私の方が体力が少ないという以前に煽り過ぎたからだろう。しかしながら、彼の狙いは一発逆転の可能性を秘めている。私を討ち取ればボス戦は終わってしまうのだから。彼は知らないし、教えるつもりもないが。
仮に相討ちになったとしても、私の敗北と同時に迷宮と化した『ノックス』は普通の街に戻ってしまう。外のことは一切わからないからこそ、私は討たれる訳にはいかなかった。
「随分と嫌われたものだ。まあ、自業自得という自覚はあるがね」
どうやら、もう私との会話に付き合うつもりはないらしい。微々たるものではあれど、【魂術】によってジワジワと回復している。体力を少しでも増やせばたとえ斬られたとしても即死を免れる可能性も高まるはず。そのために寸刻でも時間を稼ぎたかったのだが、もうそれも許されないようだ。
ルークは両手で握った剣の切っ先をこちらに向けて前傾姿勢を取る。真っ直ぐに突っ込んでくるようにしか見えないが、カルがそれを許すはずがない。必ず一工夫して来るに違い。違いないのだが…それ以前に私は受け身に回る気がなかった。
「呪氷散弾」
「ッ!」
「ガァッ!」
出鼻をくじくタイミングで放たれた魔術をルークは転がるようにして回避する。回避した先に向かってカルも火球を放って追撃していた。剣士が近付いてくるのを待つつもりはない。カルは私のことをよく理解していた。
ルークは回避に専念するばかりで、飛斬などによる反撃もして来ない。もう魔力が枯渇したのか、それとも私を討ち取る一撃のために温存しているのか。きっと後者だろう。
本当に油断ならない男だ。ただ、ルークも決着の時が近いことは感じ取っているはず。全ての切り札を使い切ってでも確実に勝利する。私は腹を括るのだった。
次回は10月11日に投稿予定です。




