ノックスの戦い 魔王VS勇者 その十一
カルの尻尾へと誘導したことでルークは間違いなく大ダメージを受けた。だが、私は全く油断していない。壁に激突した彼に向かって容赦なく魔術を放つ。ボス戦が終わるまで歯を見せる訳には行かないのだ。
それはカルも同じこと。突き出した尻尾をすぐに元へ戻し、私と同じようにルークが激突した壁へと魔術を放っていた。
「…おいおい。何でボス戦が終わらないんだ?」
私達はこれでもかと魔術を連打している。にもかかわらず、まだボス戦が終わっていなかった。ボロボロだったルークが耐えられるはずがない。一体どうなっているんだ?
私はあり得ないと考えつつも魔力探知で周辺を探ってみる。もしかしてルークが変わり身の術的な何かを使ったのかもしれないと考えたからだ。
しかし、結果は否である。確かにルークはあそこにいるらしい。私は身振りでカルに魔術の発動を止めさせる。しばらくして粉塵が晴れた時、何が起きたのかようやく理解した。
「魔力の防壁を発生させる魔導具…それも、かなり強力な防壁を張れるとは高級品じゃないのか?」
ルークが土壇場で使ったのは、能力でも武技でもない。防御用の魔導具であった。ここまで能力や武技ばかりでアイテムを使われなかったので、盲点を突かれてしまった形になる。
ただ、このアイテムはここまで温存していたことからもわかるように切り札だったのは間違いない。それも使い捨てのようだ。魔導具はバキッという音と共に脆くも崩れ去ったのだから。防壁の強度が高い分、魔導具そのものへの負担も大きいようだ。
「ゴクッ…ハァァァ!」
「ほう、防壁の裏で何か飲んでいたのか。ただ、ポイ捨てはいかんだろ」
「グルルルル…!」
そうやって私達の攻撃を防いでいる裏でルークは何かのポーションを飲んでいたらしい。飲み終えたのか空の瓶を放り捨てたルークが気合いを入れると、その声だけで水面が波打つではないか!
カルやジゴロウなどが持つ【咆哮】のように、声そのものによる攻撃が可能な能力は存在する。しかし、ルークがそれらの能力を保有しているとは思えない。あるなら私との空中戦でもっと優位に立てたはずだからだ。
だが、事実としてルークが声だけで衝撃波を起こしている。彼に何が起きているのだろうか?冷静なフリをしているが、私は動揺せずにはいられない。ポイ捨てなどと下らないことを述べたのも動揺を隠すためでしかなかった。
一方で私よりも勇敢なカルは警戒しつつも戦意を滾らせている。そんなカルがいてくれるからこそ、私は動揺に飲み込まれずに冷静さ取り戻せる。ボス戦を私一人にしなくて本当に良かった…その分、維持費相当な金額に跳ね上がったのだが。
「ウ…ウググ…ヴヴヴォォォォォ!」
「!?」
一度気合を入れた後、ルークは再び部屋全体を揺るがせるような雄叫びを上げる。雄叫びとは言語ではない、魂からの叫びだ。自分を昂揚させる効果もあるし、能力を習得していないとしても発破をかけるべく叫ぶのも悪くはない。
ただし、今のルークを見てただ気合いを入れただけだとは思えなかった。何故なら、その雄叫びの声はまるで獣のようなダミ声になっていたし…何よりも二度目の雄叫びを上げている最中に彼の瞳が赤く発光し始めたからだ。
「ヴヴ…ガルルルルル…」
「おいおい、一体何を飲んだ?まるで獣そのものじゃないか」
腹の底から全ての空気を出すかのように長い雄叫びが収まったかと思えば、ルークは真っ赤に発光する眼球をギョロギョロと動かす。逆手に握った剣尖を杖のように床へ突き刺し、空いている手を軽液の水面に着く姿は四脚獣そのものであった。
彼の豹変の原因は今飲んでいたポーションが原因なのは間違いない。この豹変ぶりからしてルークが飲んだポーションには強い副作用があったのだろう。自我を失って凶暴化しているようにしか見えないのだから。
そしてアイテムにせよ武技や魔術にせよ、強い副作用がある場合、その効果は強烈なモノである可能性が高い。自我を失うほどの副作用となれば、どれほどの効果があるというのか?
「グゥォオオオオオオッ!!!」
「ガオオ…ッォオオ!?」
「何だとぉ!?」
獣の雄叫びと共にルークは直進して来た。その速度は…遅い。四足歩行に向いていない人間、それも片手に持った剣を引きずるようにして走っていては速度など出るはずもない。強烈な副作用が出るポーションを服用したとは思えない状態だ。
これを迎撃したのは、横薙ぎに振るわれたカルの尻尾であっる。ルークに異変が起きている間に後ろ脚の拘束は効果が切れたらしく、突き以外でも尻尾を存分に振るえるようになっていたらしい。下を見る余裕などなかったので私も気付かなかった。
カルがいきなり大きな動きをすることには慣れているので、上に乗っていた私が落ちるような無様をさらすことはない。だが、私が思わず声を出さずにはいられない事態が起きてしまう。信じられないことに、カルが渾身の力を込めて振るった尻尾とルークの剣が激突した時、両者が弾かれてしまったのだ。
両者が弾かれるということは、お互いに込めていた力が拮抗しているのだと思われる。ボスになったカルが振るった尻尾と拮抗するパワーだと?私の『秘術』の効果はまだ残っているのに?
「ポーションの効果か。とんでもない切り札を隠し持っているじゃないか」
「ヴヴヴ…!」
「グルル…!」
自我を失ったことで得たのは、カルにも匹敵する…いや、カルにも勝る筋力らしい。飛び掛かって来た時の速度から考えて、強化されているのは筋力だけだと思われる。だが、武技を使っている訳でもない力任せの通常攻撃がカルの尻尾と打ち合えるのは強力過ぎるぞ。
実際、カルは姿勢を低くしながら警戒心を剥き出しにして唸っている。必殺の尻尾をプレイヤーによって防がれたことも、弾かれたことも、躱されたこともあった。だが力任せに打ち返されたことはない。警戒するなという方が難しい状態だ。
一方でルークはと言えば、こちらも野生の猛獣めいた唸り声を出しながらこちらを睨んでいる。私達と初めて戦うかのような反応だ。本当に一欠片も理性が残っていないのかもしれない。
「ヴアァァァァァァァ!」
「ガァァ…ゴォォォォ!」
ただ、睨み合いを続けていられるほど今のルークは辛抱強くないらしい。再び絶叫しながら直進してくる。カルは大きく深呼吸してから、後ろ脚で立ち上がると前脚の爪で迎撃し始めた。
今のルークの腕力とカルの前脚では、サイズからは信じられないことにカルの方が劣勢だ。そこでカルは爪によって受け流したり弾いたりと、まるでカルを相手にする源十郎のような戦い方で迎え撃ったのである。
「とりあえず強化して、と。私も参加しようか」
「ガァァァァ!」
力任せに滅茶苦茶な振り回し方をするルークの剣をカルが防いでいる間に、私はカルと自分の強化を行う。効果時間はまだ続いているが、妙に長引いた時のことを考えたからだ。
そして強化が終わると私も攻撃に加わる。カルの視界を阻害しないように爆発するような魔術や、カルを巻き込みかねない広範囲の魔術は避けるべき。使うのは点で攻撃する槍系の魔術か動きを阻害する拘束系だろう。
「…どんな腕力だ。一瞬すら拘束出来んとは」
「グゥゥゥヴゥゥゥゥ!」
ただ、私の攻撃魔術は回避されてしまう。野生の獣めいた状態であり、本能と反射だけで動いているからかもしれない。
拘束系の魔術は足元や腕の動く方向に置くだけで良いのでちゃんと当たったのだが、化け物染みた腕力のせいで一瞬で引き千切られてしまう。拘束に成功するだけでもダメージを与えられるオリジナル魔術を使ったので無意味という訳ではなかった。
私による妨害行為はルークを強く苛立たせたらしい。彼はその端正な顔を歪めて私を真っ直ぐに睨み付けていたからだ。
しかしながら、ルークはカルの鉄壁の防御を突破出来ない。元のルークが今の腕力を有していれば違ったのだろうが、雑で真っ直ぐなだけの攻撃などカルの敵ではないのだ。
ルークが最後に使った切り札は、どうやら私達にとってある意味で戦いやすくなるモノだったらしい。このまま堅実に、それこそ凶暴な魔物を倒すように戦えば良いだろう。
「ヴガァァァァァ!!!」
「グォッ!?」
「なっ、うおおおおおっ!?」
断言しても良いが、私にもカルにも油断はなかった。堅実に、確実に倒すために集中していたのだ。勝たなければならない私に油断している余裕などなかったのである。
しかしながら、あまりにも突拍子もない行動を取られて反応出来なかった。ルークは迫りくるカルの爪を剣を持っていない腕を盾にして受け止めながら、私に向かって飛翔して来たのである。
慌てて杖で防いだものの、私はカルの背中から打ち上げられる。ルークもまた飛翔して追撃に向かってきたのだった。
次回は10月7日に投稿予定です。




