ノックスの戦い 魔王VS勇者 その十
「グゴアアアッ!」
「ぐはっ…くっ!」
目の前に移動していたルークに対し、カルは思い切り頭突きをカマした。自分の角を叩き付ける動きであり、自分から近付いたルークには回避不可なタイミングであった。
しかしここまで戦えているルークもさるもの。力尽くで私の拘束を破り、角が直撃しないように自分の身体とカルの間に剣を滑り込ませていたのだ。
カルに殴り飛ばされたルークは空中で体勢を立て直して水面に着地する。彼は信じられないとでも言いたげな表情で私を凝視していた。
「そんな…何で…!頭を吹き飛ばしたのに!」
「おいおい、自分も復活したのに私が復活してはおかしいと?」
私はわざとらしく肩を竦めて見せる。確かに私は死亡した。だが、私には瀕死状態で復活する【生への執念】という能力がある。ボスとなっていてもこの能力は当然発動していた。
ただ、この能力はルークのような強化されての復活ではない。それに瀕死の状態で復活するという点はボスとなっていても変わってくれなかった。つまり、復活したことがバレてしまえば即座に斬られていただろう。
この点、天井に押し付けられた状態で頭を吹き飛ばされたという倒され方はちょうど良かった。全身をから力を抜き、浮遊の効果を切って落下するだけで騙せたのだから。
一番の懸念点は落下ダメージだったが、ボスとなって上昇した防御力と床一面に広がる軽液が守ってくれたらしい。これに関しては完全に運任せだった。この戦いにおける、勝つために行った最大の博打だった。
その後は軽液に沈んだ状態で【浮遊する双頭骨】を自分の頭に装着。【魂術】を自分に掛けてゆっくりと、しかし確実に回復を図った。その間はカルに頼り切りになった訳だが、私は全く心配していなかった。
カルの力を信じていたのが最大の理由である。カルは私が復活することを知っているが、それはそれとして激怒するのも想定済み。冷静さを保ちながらも堪えきれなくなってカルは攻撃的になることだろう。これでルーク達に私が死んでいないのではないか、という疑念を持たれないと計算していたからだ。
良い意味で想定外だったのは、私の『秘術』である【聖者を憎む腐焔】がルークに効果覿面だった点だろう。善良プレイを心がけていた者ほど効果が増すことは知っていたものの、まさか馬鹿みたいに上昇したステータスでありながら身動きが取れなくなるほどグロッキーになるとは思わなかった。
正直、あの時点でルークにトドメを差す誘惑に駆られたのも事実である。いや、ルークだけなら確実に倒せていた自信があった。ルークはきっと誰に何をされたのか理解する間もなく死んでいたはずだ。
ただ、それをやると逆上したローズと藍菜の攻撃が飛んできた可能性があった。その場合、私が死亡してボス戦としては敗北だ。外の状況はわからないが、迷宮を利用した戦術が瓦解するので大局に大きな悪影響が出るのは間違いない。
また、生き残ったローズと藍菜によって魔王国の国庫が荒らされることも無視出来ない。勝利したとて復興にはいくら金があっても足りないのだ。魔王国の宝物庫が暴かれるのは避けたい事態だった。
そうして軽液の底で身を潜めていた訳だが、カルは良く戦ってくれた。ローズと藍菜の二人を見事に討ち取ってくれたのだから。期待以上の働きをしてくれた。後で全力で労ってやろう。
「解せないな。何で割って入ったんだ。後ろから魔術なり何なりで僕にダメージを与えられたはずだ」
ルークは私を睨み付けながら私に詰問する。ルークの言い分は正しい。二人が死亡したことで強化されたルークが再起動し、身動きが取れなくなったカルは不自由な戦いを強いられていた。
幾度かの攻防を経た後、隙を突いてカルを倒せる状況にまで持って行ったルークの機転は敵ながら素晴らしい。ただ、勝ったと思った瞬間は最も無防備になる。仮にカルが刺されることを許容してルークに魔術を放っていれば、大きなダメージを与えられたのは間違いなかった。
「正論だな。勝つことだけ考えるなら、カルが刺された瞬間を狙った方が良かった。それは認めよう」
「なら…」
「だが、私はカルが死ぬ場面を見たくなかった。この戦いが終わった後は元通りになるとわかっていても、な」
私がその方法を取らなかったのは、偏に私の甘さが原因である。産まれた時からずっと私の側に居てくれたカルが死ぬ様子など見たくなかったのだ。
感情的過ぎるとわかっているが、それでも嫌なモノは嫌だった。ここまで手段など選ばずに勝利するために汚いことを幾つもやって来たのに、それだけは我慢出来なかったのである。我ながら自分勝手な話だった。
これで敗北した場合は大戦犯確定なのだが、勝てば何の問題もない。そして状況的に私達の方が有利である。油断するつもりはさらさらないが、自分のワガママのせいで勝機を一つふいにしたのだ。余計に負けるわけにはいかなくなった。
「それにしても…面白いことだ。魔王は情に流されて勝機を逸し、勇者が無慈悲な手段を取られなかったことに疑問を抱くとは」
「…………」
私の皮肉にルーク君は無反応だった。無反応というのが一番困る…いや、効いてるぞ。剣を握る手に明らかに強い力が入っている。僅かではあれど剣尖が震えているのが証拠であった。
やはり挑発に一定の効果はあるらしい。散々煽って来たので無視されるかと思ったのだが…ルーク君もまだまだ若いようだ。
「さて、カル。動け…ないようだな」
「グルル…」
カルの側に移動した私だったが、彼はまだ動ける状況にないらしい。効果時間はまだ続くらしい。動けないカルを壁として使うことは出来ない、となればやることは一つであろう。
「ならば固定砲台になってくれ。頼むぞ」
「グオォ!」
「くっ!」
それはルークを私に引き付けること。私は天井付近にまで飛翔しながら、早速魔術を放つ。するとルークは顔を顰めながらも私を追い掛けるように空へと舞い上がった。
どうしてルークが追い掛けてくるのか。それは彼の気持ちになればわかることだ。大前提として、今のルークは【聖者を憎む腐焔】によってステータスが大幅に低下している。その状態で私とカルの両方を倒さなければならない…と思い込んでいるのだ。
ならば彼が考えるのは頭数を減らすこと。身動きがとれない上に手傷を負ってはいるものの、近接戦闘では高い戦闘能力と鱗による防御力は未だに健在なカル。それとも復活後に最低限の体力を回復させただけだが、魔力はまだまだ豊富に残っている私。どちらの方が与し易いか?
ルークが選んだのは当然私であった。カルを倒そうとして私をフリーにすれば、背後や上空から魔術が降ってくるのは明白。数を減らすどころか、挟み撃ちによってヤラれるのがオチなのだ。理詰めで考えれば私を狙うしかないのである。
「随分と遅くなったじゃないか」
「くっ!」
ただし、今のルークは万全とは言い難い。特に【聖者を憎む腐焔】によって平衡感覚がおかしくなっているのだ。空中での機動力に明らかな悪影響が出ていて、彼の動きは精彩を欠いている。具体的には狙いを定めた方向に直進するしかない状態だったのだ。
確かに体力は減っているものの、私自身は空中での機動力に何ら影響はない。私は狂った平衡感覚のせいで直進するしかないルークを、まるで闘牛士であるかのようにヒラリヒラリと躱していた。
ルークが直線的な動きしか出来ないこともあり、逃げながら放つ私の魔術が面白いように当たってくれる。剣で切り払うことで直撃は防いでいるが、彼の体力はガリガリと減少していた。
「グオオオオッ!」
「しまっ…!」
ルークは私を追い掛けることに集中していた。さらに私は逃げながら魔術を放っている。早く倒さなければならないという焦りと、私への警戒心で視野が狭くなっていたのだろう。だからこそ、私がヒラリと身を翻した先にカルがいる位置に誘導されたことにルークは気付いていなかった。
彼の思考の中からカルが消えていたのは、私が固定砲台になってくれと頼んだのに何もしなかったことも大きいと思われる。高速で飛び回りつつ追いかけっこをしている私達の内、ルークにのみ魔術を当てるのが難しいとわかっていて頼んだのだ。
カルは私に当てるかもしれないと考えて攻撃出来なくなる。そして自分がボコボコにされている状態で、攻撃してこない相手にまで意識を割くのは難しいだろう。その心理的な隙を狙ったのだ。
ルークは慌てて急停止したものの、カルの尻尾による突きが胴体に直撃する。彼はその衝撃によって後方へ吹き飛ばされるのだった。
次回は10月3日に投稿予定です。




