ノックスの戦い 魔王VS勇者 その九
「グルルルル…グォ?」
カルナグトゥールはローズの消滅を確認した後、彼女によって投擲された槍を引き抜こうとした。しかしながら、ここで初めて彼は気が付いた。後ろ脚を貫く槍は確かに存在しているのに、何故か触れることが出来ないということに。
それだけではない。触れられない槍によってカルナグトゥールの後ろ脚は、まるで縫い付けられたかのように地面に固定されているのだ。
これは言うまでもなくローズの置き土産である。ただし槍の機能ではなく、ローズ本人が習得している武技だった。短時間ではあるものの、突き刺した槍によってボスでさえも動きを止める強力な足止めを行えるのだ。
「藍菜…ローズ…本当にごめん」
「グオォ!?」
ただ、ローズにとってはこの短時間の足止めさえ上手く行けば良かった。何故なら、藍菜とローズが死亡したことでステータスが上昇しているからだ。
彼自身が一度死亡したこともあり、メグとキクノが死亡したことによるステータスの上昇はリセットされている。だが、復活すると同時に死亡した蓮華と藍菜、そしてローズが死亡したことによるステータス上昇効果はきちんと発動していたのだ。
それでもイザームの『秘術』である【聖者を憎む腐焔】によって、身動きが取れないほど弱体化されていた。しかし追加で二人が死亡したお陰で、しっかりとした足取りで動ける状態にまで持ち直したのだ。
ボス化しているとは言え後ろ脚が地面に固定されてしまったカルナグトゥールと、【聖者を憎む腐焔】によって弱体化していても普通に歩き回る程度には動けるルーク。果たして、どちらが有利なのか?
「みんなのためにも、必ず勝つ!」
「ガアアアアアッ!!!」
その答えはすぐに明らかになった。マントをたなびかせながら飛翔したルークは、素早くカルナグトゥールの背後へ回り込む。カルナグトゥールは長い首によって後ろをしっかりと目視して大剣を思わせる尻尾で迎え撃った。
尻尾は長く、太く、そして重い。だが、それでいて鞭のようなに素早く、しなやかだ。ルークと言えど容易く接近することは出来ず、攻めあぐねていた。
「くっ…!」
「グルル…」
ではカルナグトゥールが有利なのかと問われればそれも正しくはない。尻尾で迎撃している状況は後ろ脚を固定されているせいで起きている。本来ならば彼の尻尾は必殺の一撃を叩き込むために使われるのだ。爪ほどに精密な動きは苦手としており、どうしても大振りになりがちであった。
この隙を逃すルークではない。大振りになった尻尾を回避してから踏み込むと、全身の力を込めて剣を振り下ろす。しかしながら、その刃は尻尾の表面に浅い傷こそ付けたものの、それだけである。切断など夢のまた夢、刃が食い込むことすらなかったのだ。
「やっぱり武技でないと…うおっと!」
カルナグトゥールはルークを追い払うかのように尻尾を振るい、彼は無理にその場に留まろうとはせずに飛び退く。今の攻防でルークは今の自分では武技なしでカルナグトゥールに痛打を与えるのは不可能だと思い知らされた。これはルークにとって頭の痛い話である。何故なら、ここに来て彼の魔力は底をつきかけていたからだ。
イザームとカルナグトゥール、一人と一頭を相手にするボス戦はルークの想定を超えて長期戦になってしまった。ボス戦ということもあって出し惜しみなどしていないにもかかわらず、蓮華の【付与術】の効果が切れるまでに終わらないという事態は滅多にないことなのだ。
無論、ルークも出し惜しみなどしていない。魔術師であるイザームほどに潤沢な魔力を持たないルークにとって、空中戦は魔力を大量に消耗させられる行為だった。結果、『奥義』まで使用して何とか倒したものの、残った魔力は強力な武技を二度ほどしか使えないほどに消耗していたのである。
武技を使わなかった場合、カルナグトゥールは傷付けることすら困難だった。ならば武技の発動には慎重にならざるを得ない。残り二回の武技をどう使うのか。そこに勝敗がかかっていた。
ただし、先程の攻防で得られたのは武技云々の情報だけではない。カルナグトゥールの尻尾は強力ではあるが、その分大振りになりがちだということをルークは見切っていた。確実に接近し、刃をその生命に届かせるには背後から攻めることは必須だと判明したのである。
ルークはジリジリと慎重に、にじり寄るような遅さでゆっくりと間合いを詰めていく。蓮華の『秘術』による強化のタイムリミットまで迫る中、勝負を急ぎたい気持ちを抑え付けての行動であった。
「………ッ!」
「グルルルル…」
尻尾の間合いに入った瞬間、カルナグトゥールは尻尾による鋭い突きを放った。カルナグトゥールよりもヒュリンギアが好む尻尾の使い方であるが、今の状況ではこちらの方が良いと判断したらしい。ローズの突きに勝るとも劣らない鋭さでありながら、生半可な刃を通さない硬度と尻尾の重量を兼ね備えた突きは文字通りの必殺技である。驚愕しながらも、ルークは一歩退くことでこれをギリギリで回避していた。
これまで一度も見せなかった突きで来るとは思っていなかったこともあり、これがアバターでなければ額や背中からは大量の冷や汗が出ていたかもしれない。そんな益体もないことを考えながら、ルークは自然と不敵に笑っていた。今の慎重な間合いの詰め方によって、カルナグトゥールの尻尾の正確な間合いが測れたからである。
それでもルークが踏み込まなかったのは、カルナグトゥールは突き出した尻尾を次の瞬間には素早く引き戻していたからだ。仮に強引に踏み込んでいれば、二度目の突きを受けていただろう。尻尾は大振りになりがちで、そこに一度付け込まれた反省を活かしていた。
尻尾による突きは確かに脅威だが、ルークは状況をそこまで悲観していない。何と言ってもローズのお陰でカルナグトゥールは身動きが取れないのだ。戦闘の主導権は常に自分にある。そう考えるのも無理はないだろう。
「ガアッ!」
「うっ!?」
ただ、ルークは忘れていた。カルナグトゥールは魔術も普通に使えるということを。来ないのなら魔術で焼き尽くすと言わんばかりに、振り向いているカルナグトゥールはその口から紅蓮の炎を吐き始めたのだ。
本業の魔術師ほどの威力はないにしろ、直撃すれば無視出来ないダメージを負うのは間違いない。ルークは魔術の届く範囲からも逃げる他になかった。
するとカルナグトゥールは使う魔術を切り替え、今度は闇球を連射し始める。魔術としては初歩の初歩でしかなく、弾速も遅い。ルークは回避したり剣で弾いたりしながら、魔術が途切れるのを待った。
「フシュルルル…」
「今!」
カルナグトゥールの連射が途切れたタイミングでルークは駆け出した。普段よりも遅くなった足を懸命に動かし、真っ直ぐにカルナグトゥールを倒すべく駆ける。待ち受けるカルナグトゥールは想定しているのか、動じることなく尻尾を揺らしていた。
そして間合いに入った瞬間、双方が行動を起こす。カルナグトゥールは必殺の威力を持つ尻尾による突きを放ち、ルークはマントを使ってその場で上へと高く跳躍したのだ。
ただでさえ少ない魔力を消費することになるものの、マントを使うことで回避方向として上という選択肢が取れるようになった。また、使ったのは跳躍する瞬間のみであって最小限に抑えられている。未だに強力な武技を二回使えるだけの魔力は残っていた。
「ガアッ!」
「これは!?」
ルークにとっての想定外は二つ。一つはカルナグトゥールにとって跳躍による上への回避は想定外でなかったことだろう。そもそも飛行可能な魔物である龍を相手にしていることを失念していたのである。
そしてもう一つはカルナグトゥールにもまだ隠している切り札があったこと。再び大きく開かれたカルナグトゥールの口、その喉の奥が眩く輝いたかと思えば、光球に酷似した何かが連続で放たれたのだ。
これは龍にしか使えない【龍魔術】である。龍息吹はイザームの指示で使うことにしていたが、こちらはカルナグトゥール自身の判断で使うようにと命じられていた。
切り札は使わずに勝てるなら良い。そして使う時は最後の最後。カルナグトゥールは戦闘技術こそジゴロウや源十郎の薫陶を受けているものの、戦術の組み立て方は敬愛する主人にそっくりであった。
「はあああああっ!」
「ガアアアアアッ!」
【龍魔術】についての知識はないルークだったが、カルナグトゥールがずっと隠していた切り札を切ったのだと察したらしい。彼もまた、二度しか使えない武技という切り札を切った。ルークの剣が純白の輝きを放ち、剣を振るえば巨大な飛ぶ斬撃となってカルナグトゥールへと迫る。
空中で【龍魔術】と武技が激突し、二種類の白い光が混ざり合って部屋全体が光で満たされる。まるで閃光弾が炸裂したかのような強過ぎる光は、ルークとカルナグトゥール双方にとって想定外の事態であった。
「これで、終わりだ!」
「グオッ!?」
ただ、この想定外の事態を上手く活かせたのはルークであった。彼は光に紛れてカルナグトゥールの上を飛び越して正面側へと移っていたのである。
カルナグトゥールが正面側に移動していたルークに気付いた時にはもう手遅れであった。ルークは弓を引き絞るかのように腕を後ろに引く。後は武技を発動させて引き絞った腕で鋭く突けば、カルナグトゥールが防御する間もなく彼の身体を貫くだけ。ルークは勝利を確信していた。
「星魔陣起動、呪文調整、黒呪鎖」
「何っ!?」
武技を発動させる直前で、ルークの動きは止まってしまう。彼の首と四肢は黒い鎖によって縛られていたのだ。
ルークは信じられないとでも言いたげな表情で声が聞こえた方向に視線を向ける。そこにじゃ消し飛ばしたはずの頭部が戻ったイザームが空中に浮遊しているのだった。
次回は9月29日に投稿予定です。




