ノックスの戦い 魔王VS勇者 その五
奇襲を仕掛けてきたローズを返り討ちにして大ダメージを負わせたものの、ステータスが向上したルークによって私達の攻撃を捌き切られてしまった。いくらステータスが上昇していると言っても、剣一本で攻撃を捌き切るというのは驚異的な集中力と言わざるを得ない。
やはりルークは脅威だ。彼の能力のことを考えると真っ先に彼を倒すべきであろう。回復するためのリソースを大量に吐かせたものの、遊びなど一切ないボスと化した私達を相手に立て直す時間を稼いだ手腕は厄介極まりなかった。
「ふむ…なら、こういうのはどうだ?」
「お札…?」
「まさか【符術】!?そんなマイナーな魔術を…」
魔術師は知っているようだが、私がバラ撒いたのは【符術】で作ったお札だった。【符術】は便利なのだが、【符術】は能力のレベルを上げるにはお札を作るしかなく、お札に出来るのは実際に使える魔術のみと融通が利かないところがあった。
さらにお札にした魔術の威力は本人が使った場合よりも弱くなるということもあって、非常に不人気であるらしい。発動時に魔力を消費しなかったり、魔術が使えない者でも発動可能だったりと利点も多いのだが…欠点の方が目に付くようだ。
しかしながら、私は【符術】を習得していることもあってボスとなってもお札を使える。流石に消耗品なので使える枚数に制限はあるものの、お札の内容は私が決めることが出来た。
「これは…誘雷針!?いけない!」
「もう遅い。星魔陣起動、呪文調整、黒轟雷」
魔術が使えない者にお札を売るなど、魔術師本人が戦闘で使うには向かないとされている【符術】だが、何事も使いようである。今回、私が用意したお札の一部が誘雷針だった。これは刺さった場所に電撃を誘導する魔術であり、直接的な攻撃力はほとんどないコンボ使用前提の魔術だ。
私はこのお札を五枚発動させ、五本の誘雷針はルーク達を囲むように地面に刺さる。これは外れたのではなく、まさに狙い通りであった。
誘雷針が突き刺さった直後に、私は【雷撃魔術】をベースとしたオリジナル魔術だ。誘雷針は電撃を誘導し、誘雷針が刺さった床は深淵の軽液が満たされている。すると誘雷針に誘導された電撃がその周囲に拡散されるのだ。
「雷矢!雷矢!うぐぅ!」
「ほう?やるな」
ただ、誘雷針の内の二本は魔術師が素早く放った雷矢を誘導してしまう。そちらはそちらで水面を拡散したものの、彼らにとって初歩の魔術によるダメージは誤差の範疇だ。結局、ルーク達にダメージを与えられたのは三本の誘雷針から拡散された電撃に抑えられてしまったのである。
一瞬で私の狙いを看破して対処する。あの魔術師はそれが可能な対応力があるということ。侮っていた訳ではないが、ルークは優秀な仲間にも恵まれているようだ。
「それは私も同じだが。星魔陣起動、呪文調整、黒轟雷」
「嘘っ!?」
私は再びオリジナル魔術を間髪入れずに放った。流石にこれは想定外だったのか、魔術師は対応に遅れが出る。二度目は五本の誘雷針全てから拡散した電撃が彼らを苦しめた。
どうして彼女の対応が遅れたのか?それは誘雷針についての正しい知識が邪魔をしたのである。誘雷針は電撃を誘導する特性を持つが、その効果は一度きり。二度目はないはずなのだ。
しかし実際に二度目のオリジナル魔術も誘導し、電撃は水面を拡散している。それは『錬金術研究所』が開発した特殊な紙をお札に使っているからだ。この紙を使ってお札を作ると、威力は半分以下になるものの魔術が二回分発動する。それ自体の威力は期待されず、他の魔術とのコンボを前提とした誘雷針にはお誂え向きな紙だったのだ。
他にも魔術の射程が短くなる代わりに威力が増したり、威力が落ちる代わりに範囲が広くなったりと様々な特性を持つ紙が発明されている。私もまた、ルーク以上に仲間に恵まれているのだ。
「こうなったらやるしかない。みんな、援護を頼む」
「…わかったわ。気を付けて」
「何?」
私が次の一手を打つ前にルークに動きがあった。彼の装備している鎧、そのマントが仄かに輝いたかと思えば彼は飛翔し始めたのである。
どうやら私とカルを相手に空中戦を挑むつもりらしい。自分の腕前に自信があるのだろうが…下からの援護があるとしても、たった一人で挑むのはいくらなんでも無謀ではないか?
「グルル…グルオォォッ!」
「ハァァァァ!」
カルもまた、舐められていると感じたらしい。不愉快そうに唸ってから爪を振りかざして猛然と突撃する。ルークはそれに応えるように剣で爪を迎撃した。
私は私で、下からの援護からカルを守る。防御系の魔術を駆使したり、大鎌を振り回したりして武技と魔術を迎撃していた。向こうの方が人数は多くとも、カルはずっと動いているしそもそもカルの防御力はとても高い。私が防ぎ切れなかった攻撃を受けるくらいでは怯むことすらなかった。
「ガアアアッ!」
「ぐっ、隙がない!」
そして空中で行われるカルとルークの一騎打ちであるが、圧倒的にカルが有利であった。大前提としてカルは空を飛べる龍で、ルークはおそらくマントの効果で飛んでいる人間だ。三次元的な動きを要求される空中戦への慣れと適性は、明らかにカルに軍配が上がっていた。
ルークはその差を培ってきた戦闘技術で埋められるという算段だったのだろう。しかし、甘い。甘すぎる考えだ。カルはジゴロウと源十郎に戦闘技術を叩き込まれている。空中での不利を覆せるほどカルに技量で勝っているプレイヤーなど、ジゴロウと源十郎の二人くらいなものだ。
このルークの甘い見立ては、一概に彼のせいとは言い難い。何故なら私の指示によって、ここまでずっとカルは接近戦よりも空中から打ち下ろす遠距離戦に徹底させていたからだ。
カルの立ち回りを見たルークは接近戦を避けているように見えたのだろう。つまり、馬鹿力はあれど技術面では拙いのだと判断したに違いない。遊びの要素を一切入れず、単純に有利な位置から一方的に攻撃するつもりであって勘違いさせる意図などなかったものの、私達の有利に働いているのだから都合が良かった。
「くっ!?」
「グオオオッ!」
そしてルークを討ち取れる好機を逃すカルではない。空中では絶対に勝てないと理解して地上に逃げようとするルークの下へ回り込み、逃げ道が上にしかないように巧みにルークを誘導していたのだ。
不利な空中戦を強いられる形になったルークは、必死にカルの猛攻を凌ごうとしている。地上の三人も激しく下から援護しようとするものの、そこは私が可能な限り防いでいた。
「ガルルルル!」
「がはっ!?」
「「「ルーク!?」」」
かなり粘っていたルークだが、遂に終わりが訪れる。カルがルークの剣を爪で強く弾いて彼の胴体がガラ空きになった瞬間、カルはその大きな口でルークに噛み付いたのだ。
ボスと化して強化された筋力に加え、牙による噛みつきを強化する能力である【龍牙】も持つカルの牙はルークの身体を完全に捕らえた。グシャリと音を立ててルークの鎧は一瞬で噛み潰され、明らかな致命傷を負ってしまった。
「こっ、のぉぉぉ!」
「ギャオォォォ!?」
「カル!?」
噛みつきながら首を振ってこのまま倒し切ろうとするカルだったが、思わぬ反撃に出た。彼は噛み付かれた状態のまま、武技を発動して連続で剣を振るい始めたのである。
光の刃が放たれ、それらはカルの翼を斬り裂いた。どうやらルークはこれを狙っていたらしい。カルは油断していた訳ではないものの、自分が攻撃している時という最も無防備な時を狙われたようだ。
カルには四枚の翼があるのだが、その右側の二枚に大きな穴が空いてしまう。空中でバランスを崩したカルは、飛行状態を維持出来ずに落下してしまった。
「グルアァ!」
「ごほっ…ぐふっ!?」
空中で身体を捻って四肢で着地してくれたお陰で、私がカルの下敷きになるような事態は免れた。落下の衝撃で軽液が舞い上がり、雨のように降り注いだ。
上手く着地したカルだったが、それだけで終わることはない。彼は仕返しとばかりにルークを床に叩き付けたのだ。カルの太い首が生み出すパワーで力一杯叩き付けられて無事でいられるはずはなかった。
さらにダメ押しとばかりにカルはその場で一回転して大剣のような尻尾をルークに叩き付ける。彼は鎧の破片を飛び散らせながら壁まで吹き飛び、激突してから動かなくなって…身体が粒子となって消えて行った。
「蓮華、任せるわ!藍菜、行くわよ!」
「はい!」
「ええ!」
ルークが死亡したことで士気が崩壊したかに思えたものの、意外にも遺された三人は冷静であった。ローズは私達に向かって突撃し、魔術師の藍菜は強力な魔術を連発し始めたのだ。
一方で神官の蓮華はルークが死亡した場所へと駆け出している。先程の会話に加え、この動き…やはり間違いない!
「カル、神官を狙うぞ!」
「グオォ?」
「させない!」
狙いに気付いた私だったが、絶対に邪魔させないという意気込みと共にローズが突っ込んできた。彼女の槍はカルの鱗を貫くこともあり、カルは反射的に退いてしまう。そこへ魔術が放たれたこともあり、私達は蓮華へ手を出す機を逸した。
当の蓮華はルークが消滅した場所で膝を付くと、祈りを捧げるように両手を合わせる。すると、蓮華の身体が粒子となって消えて行き…代わりにルークが復活したのだった。
次回は9月13日に投稿予定です。




