ノックスの戦い 魔王VS勇者 その三
カルとルーク達の戦いは、やはりルーク達が優勢に進んだ。カルはボスと化していて普段よりも高いステータスを得ているし、私の【付与術】による強化と【魂術】による回復も行われている。一対一ならジゴロウや源十郎とも渡り合えるカルが、何故ここまで追い込まれるのか?
「やはり、カルには狭すぎたか」
その最大の原因はこの部屋の狭さにあった。宮殿の他の部屋に比べて天井は高いし面積も広い。世界中を回ったとて、ここよりも広い部屋はそうそうないだろう。
だが、本来のカルは大空を飛び回りながら戦う。外であればカルはシャンデリアなどなくとも武技や魔術をもっと容易く飛行速度に物を言わせるだけでも回避出来ていたはずなのだ。
リンほど素早くないと言っても、カルの飛行速度は十分に速い。特に真っ直ぐ飛ぶだけならリンにも追いすがれるほど。つまり、カルはどうあっても全力が出せる空間ではないのだ。
「さて、ここからが本番だ」
「グルルルル…」
カルの体力が七割を切ったところで、彼は弾かれたかのようにこちらへ飛び退る。その動きには少し無理があったようだが、これはボス戦の仕様だ。カルにダメージなどは一切なかった。
私は玉座の肘掛けの先端にある骸骨の眼窩、その奥にあるスイッチを押しながら立ち上がると、フワリと浮かび上がってカルの背中に降り立った。ここからは私も参戦可能なのだ。
私が本格的に参戦すると察したのだろう。ルーク達は明らかに警戒している。気持ちはわかるが、残念ながら様子見は悪手だ。何故なら私は【付与術】を使えるからである。私は素早く私自身のステータスを強化した。
「ちょっ、何!?」
「黒い、水?」
「いや、なんかベタベタするよ!?」
ルーク達は私が自身を強化していることよりも、部屋の変化に動揺しているようだった。その変化とは、部屋の床が深淵の軽液によって満たされ始めたことである。
無論、これは私の仕業だ。玉座の裏に仕込まれたスイッチ、これを押すと部屋の床が深淵の軽液によって満たされるという迷宮としてのギミックであった。それ故に、宮殿の迷宮化が解除されれば軽液も消える。掃除いらずであった。
深淵の軽液は非常に粘性が高い。これが足首が浸るくらいまで部屋の床を満たしており、床に足を付けている以上は軽液に足を取られるのだ。ルーク達は選択を迫られる。機動力を犠牲にするか、何らかの装飾品の枠を犠牲にして水面に立つかだ。
『寛容』との戦いで彼らが水面に立てるアイテムを持っていることは知っている。ただ、水面に立つという余計な機能がある分、最強の装備からは一段劣るのは間違いない。さて、彼らはどちらを犠牲にするのだろうか?
「みんな、装備を水上用に切り替えるんだ!」
ルークの判断は早かった。軽液に足をとられながら今の装備で戦うよりも、多少装備の質が落ちたとしても機動力を確保することを優先したのだ。
そして全員がルークの判断に従って即座に装備を切り替えている。リーダーとしてルークが信頼されているのは明らかだ。判断が早く、パーティーメンバーに信頼されている、個人の武力も高いリーダーか。敵に回すと厄介な相手だな。
「菱魔陣起動、冥府の門…こうした方が不死の魔王と戦うのに相応しいだろう?」
「何か出て来た!?」
「お、オバケ!?」
私が発動したオリジナル魔術、冥府の門。これは【召喚術】と【降霊術】を組み合わせた魔術である。【召喚術】の要素は召喚した魔物の強化だけであり、残りはほぼ【降霊術】であった。
組み合わせたのは【降霊術】の雑霊召喚、悪霊召喚、そして暴霊召喚の三種類。その内のどれかがランダムで現れるという仕様だ。どうしてランダムであるかと言えば、そうした方が最も強力な暴霊召喚だけを組み合わせるよりも魔力が節約出来るからである。
冥府の門に使った魔術は、すべて幽霊系の魔物が現れるという部分が共通していた。どうして幽霊系で統一したのか?それは魔術や武技を余計に使わせるためだった。物理攻撃がほぼ通用しない幽霊は消耗を強いるという一点において最も効率が良い。勝つ為ならば手段を選ばな…あれ?
「無駄だ!」
「雑魚の幽霊なんてルークの相手になる訳ないでしょ!」
全ての冥府の門から現れたのは、運の悪いことに最も弱い雑霊だったらしい。それらはルークが剣を一振りすると、直接斬られた訳でもないのに全て消え去ったのである。ルークは確かアールルのお気に入り、その剣が光属性の力を持っていてもおかしくないか。
魔力の無駄遣いになったのか…いや、むしろこれで良かったのかもしれんぞ。何せ彼らが倒したのは最も弱い雑霊なのだから。
「流石は勇者と呼ばれるだけはあるな」
「そっちは魔王なんだろう?さっき言っていたのは聞いていたよ」
「自称してんの?それとも他の人にそう呼ばせてるイタい人なのかしら?」
カルの鱗を砕いた軽戦士、ローズが槍の穂先を私に向けながら嘲笑する。ルーク以外の四人も同じように私を侮るような目を向けた。ルークただ一人が何も言わず、ただジッとこっちを見上げていた。
ふーむ、なるほど。他称と自称なら、確かに他称の方が価値はあるだろう。自称なら何とでも言えるが、他称ということは他の者達に認められたという証左なのだから。
しかしながら、その価値観で判断するならば彼女らの嘲笑は大間違いだ。何故なら…私は究極の他称、世界に認められた魔王なのだから。
「勘違いも甚だしい。他人に呼ばせるも何も、私は魔王なのは事実なのだよ」
「はぁ?」
「わからないのか?私は種族と職業の両方において魔王にまで成り上がったのだ」
種族と職業の両方で魔王を持つ私は、魔王を名乗って当然なのである。私は魔王を名乗る条件を満たしただけではあるが、紛れもなく魔王なのだ。それ故に、魔王を名乗ることに抵抗はなかった。
私が文字通りの意味で魔王だと知ったルーク達は半信半疑であった。いきなり自分は魔王だと言われても信じられないのも無理はない。
ただ、彼らが信じようが信じまいが、私が魔王であることに変わりはない。むしろ信じられないのが自然な反応と言えた。
「信じないのならかまわんよ。どちらにせよ、私達と戦うことに変わりはないのだから。行くぞ、カル。私達の力を見せてやろう」
「グオオオオオオオオン!!!」
第二形態は私がカルに乗った状態での戦闘である。ここからカルは防御を重視し、本当に好機でしか攻撃は行わない。代わりに私が魔術でとにかく攻撃し続けるのだ。
カルは咆哮しながら跳躍し、天井付近を滞空する。当然ながら武技や魔術を放たれたが、シャンデリアの裏に回り込んで防いだり、すり抜けてきたモノは爪で撃ち落としていた。
それと同時に私は魔術を発動させる。それはもう、彼らが嫌がること間違いなしの魔術を、だ。
「霧?鬱陶しい!」
「無駄ですよ、風柱」
私が使ったのは何の変哲もない酸霧だった。それを魔術師が発生させた風柱に吸い込ませ、視界は即座に晴れていく。【煙霧魔術】への対処法は知っていて当然だ。
彼らは霧の範囲外から一方的に攻撃するつもりだった、と思っているのかも知れない。しかしながら、私の狙いはそう誤解させることにあった。
「げっ!また幽霊!」
「何度やっても無駄…だ?」
「え?」
酸霧によって一瞬だけ視界が塞がった。私は発動のタイミングと、冥府の門が再発動するタイミングを被せたことで霧の中から突然現れたように見えたことだろう。
ルークは適当に剣を振り、先ほどと同じように一蹴しようとした。確かに彼の剣は強力であり、先ほどは剣の一振りで全滅したという前例がある。彼らの目には冥府の門から現れる幽霊は脅威には映らないのだ。
だが、毎回弱い幽霊だけが現れるわけがない。今回は強力で凶暴な幽霊が現れていたらしい。武技も何も使わず、剣の性能だけで倒そうとしたようだが一体だけ消滅していなかった。
ダメージを負った幽霊は怒り狂った絶叫と共に神官へと襲い掛かる。神官が選ばれたのは単純に最も距離が近かったからだ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
「きゃあああっ!?このっ!これでっ!」
神官は接近されることに慣れていないのか、幽霊の攻撃をまともに受けていた。私のように万が一に備えるよう、味方に近接戦闘の技術を叩き込まれている後衛職の方が少数派なのは間違いない。
彼女は接近されても最低限、身を守れるように小盾を装備していた。だが、それだけだ。防戦一方で反撃することが出来ていなかった。
「カル、やれ」
「ゴォ…アアアアアアアアッ!」
「蓮華!」
「守ってみせ…!?」
ここで私は切り札の一つ、カルの龍息吹を放つように命じた。召喚した幽霊も巻き込まれるのは確実だが、それで頭数を一つ減らせるのならば儲け物である。
カルは待ってましたとばかりに龍息吹を放った。黒い光線は神官に直撃するかに思えたが、その間に割り込んだのが重戦士である。カルの龍息吹と大盾が激突し、大爆発を起こして部屋を満たすのだった。
次回は9月5日に投稿予定です。




