ノックスの戦い 魔王VS勇者 その二
カルとルーク達の戦いは白熱していた。カルの方が数では劣るものの、ただでさえプレイヤーなどよりも圧倒的に優れた戦闘力を誇る龍が迷宮のボスとして大幅に強化されているのだ。数の差など簡単に埋められていた。
むしろルーク達がよく食い下がっていると褒めるべきだろう。早々に一人欠けてしまったのは想定外であろうに、優れたチームワークによってカルと渡り合っているのだ。
「流石に強いな。ならば…」
この第一段階において、私は玉座から動くことは出来ない。まずはカルが挑戦者と戦う、というのがこのボス戦の設定であるからだ。ボスとしての設定に逆らうことは出来ない。ボスとしての強化を受ける代償と言ったところか。
この設定によって、私は挑戦者へ攻撃することも許されていない。メグに攻撃出来たのは彼女が私を狙ったからだ。このボス戦における順序を無視しようとしたので、ペナルティとして特別に手を出すことが出来たのである。
今の私は魔王としてどっしり構えつつ、カルの勇姿を見届けるのが役割だ。カルの勇姿を特等席で眺められるという楽しみはあれど、見ているだけでは暇であろう。ただ、何も出来ないという訳ではなかった。
「グオオオオッ!」
「きゅ、急に重く!?ぐはっ!?」
「ふ、【付与術】!?」
そう、攻撃によってカルを援護することは禁止されている。だが、攻撃ではない方法でカルを援護することは可能だった。具体的には【付与術】によってカルを強化することは可能なのだ。
さらに言えば、攻撃が許されないだけなのだから回復も許される。私は【付与術】によって強化しつつ、【魂術】で回復も行っていた。
やりたい放題に見えるかもしれないが、私は結構頭を使っている。というのも、ボスとなった私の魔力は膨大になっているものの、【付与術】も【魂術】もキッチリ魔力を消費するからだ。
この魔力はちゃんと回復するのだが、私の【魔力回復速度上昇】をもってしても明らかに回復速度が遅い。ボスのリソースが回復し過ぎてはならないという仕様だろう。魔力を無駄遣いしてはならないのだ。
「そんなのアリ!?」
「君達も強化と回復をしているじゃないか。ならば、こちらだって強化も回復もするさ」
文句を言う者もいるが、ルークのパーティーにもちゃんと回復を担う神官がいる。なので条件は五分だ…というのは我ながら苦しい言い訳だと思う。私はゲームに疎かったのだが、仲間達からプレイヤーに嫌われるボスの特徴についていくつか聞いている。その内の一つが回復するボスだった。
通常のゲームはプレイヤーに難しさというストレスを与えながらも、クリアされることを前提に作られている。爽快感を重視するか、達成感を重視するかはゲームのコンセプトによって異なるものの、クリアさせるつもりが全くないというゲームはほとんど存在しないようだ。
ただ、そんなゲームのボスにおいて最も嫌われる行動の一つが回復らしい。単純に戦闘が長引くというだけでなく、与えたダメージが無駄になるというのが徒労感を強くするのだろう。それをプレイヤー達は理不尽だと感じるのだ。
「勘違いするなよ?私達は普通の迷宮のボスではない。何せクリアさせるつもりなど毛頭ないのだからな」
理不尽?上等である。この迷宮は決して攻略されてはならないのだ。徹底的に理不尽なボスとして君臨し、侵入者を叩き潰してしまえば良いのである。
カルは全てのステータスを強化され、伸び伸びと戦っている。ただ、私はカルに一つ入れ知恵をしていた。その内容は仲間達から聞き出した嫌われるボスの行動の一つである。
「グオオオオン!」
「また飛んで!」
「ええい、メグさえいれば!」
その行動とはプレイヤーの手が届かない位置、すなわち上空に飛んで一方的に攻撃を撃ち降ろすのだ。飛べるという特徴を活かす戦い方であった。
これが普通に面倒くさい。地上にいる者達は攻撃を届かせる方法が限られるからだ。常時飛行するためのアイテムはかなり珍しく、ルーク達は持っていないか使うつもりがないようだった。
彼らの気持ちはわかる。仮に一人や二人だけ飛べたとしてもカルに食い殺されるのがオチであるからだ。飛ぶならば全員で、そうでなければ固まっている方がマシだと彼らもわかっているのだろう。
ずっと飛び続けている訳ではなく、急降下して接近戦を挑むこともある。カルはこちらの方が得意なのだから当然だ。ただ、無策に突っ込む訳ではない。ヒット&アウェイを繰り返し、地面に足を付けて続けないことを意識していた。
また、カルの戦術は狡猾である。これは私も思い付かなかった戦術なのだが、天井から吊り下げられているシャンデリアを盾にしているのだ。
迷宮と化した宮殿の調度品は決して壊れない。そのように設定したから当然なのだが、宮殿の調度品の一つであるシャンデリアもまた決して壊れない。その特性を活かしていたのだ。
この時、斥候職のメグがいれば彼らもここまで苦戦することはなかったかもしれない。何故なら彼女は私の生命を狙った短剣だけでなく、弓も背負っていたからだ。対空攻撃を担える仲間が欠けていては苦戦するのは無理もなかろうよ。
「グオオッ!」
「くぅっ!重過ぎぃ!」
「狡猾ね…!蓮華、気を抜かないで!」
「はい!」
遮蔽物を上手く利用したカルは、隙あらば蓮華というらしい神官を狙っていた。彼女はパーティーの回復や強化を担当しており、失えばパーティーの持久力は一気に低下するからだ。
既に一人欠けている上に全体の回復を担う者まで失う訳には行かない。それ故に蓮華は露骨に守られていて、今もカルが大剣めいた尻尾を叩き付けたところに大盾持ちが割り込んでいた。
あの守りを崩すのは容易ではなかろう。だが、カルは蓮華に固執しない。隙あらば狙うものの、隙がないのなら他の敵に狙いを変える。いつ、誰が狙われるのかわからないのでルーク達も気が抜けないことだろう。
「せいっ!」
「グルルル…!」
ただし、カルも余裕があるとは言えなかった。何だかんだで魔術や武技によって体力が削られているし、地上に降りて接近戦を仕掛けた際に多少は反撃を受けている。それ以上のダメージを与えたり、回復させることで消耗を強いたりしているのだが、無傷ではいられないのだ。
特に槍を持つ軽戦士が厄介だった。どうやらローズというらしい彼女の持つ槍がカルと相性が悪いらしいのだ。今も突きが掠っただけだったのに、カルの堅牢な鱗が何枚も砕かれていた。
もっと重量がありそうな戦斧の直撃でも砕けないのに、掠っただけで鱗が砕けるのは明らかにおかしい。まず間違いなく槍の性能だろう。硬いモノを砕く効果があるのか、それとも龍を討つための武器なのか。ハッキリしたことはわからないが、カルの天敵であることに間違いはなかった。
「ハッ!」
「グオォッ!?」
ローズによって鱗が砕かれた部分に、ルークの刃が突き刺さる。カルは短い悲鳴を上げながらも、素早く振り向いて爪を振るった。
ルーク達も【付与術】による強化は行っているものの、カルの爪を無防備に受けることは自殺行為である。ルークは剣を抜き、カルの爪を受け止めると後ろへ吹き飛ばされ…いや、自分から後ろに飛んだのだろうな。
「今!茨姫の抱擁!」
「どっせぇぇぇい!」
ローズとルークの連係によってカルはこれまでよりも長く着地していた。その好機を逃す彼らではない。魔術師が唱えたオリジナル魔術によって作り出されたトゲだらけの黒い茨、それがカルと同等の大きさの人型になってカルに抱き着いた。
【樹木魔術】をベースとしたのだろうが、【暗黒魔術】などの要素も取り入れているのだろう。拘束力の強い魔術であるらしく、空中に逃げようとカルが暴れれば暴れるほどトゲが鱗の隙間に食い込んで逃さなかった。
そこへ突っ込んだのが重戦士だ。大盾でカルの顔面を殴り付けてから地面に押し付け、その頭の付け根に戦斧を振り下ろす。何らかの武技を使っているようで、直撃すればボスと化したカルであってもただではすまないだろう。
「グルッ!」
「つ、角で!?うわっ!?」
大盾の下で頭を動かしたカルは、その角で戦斧を受け止める。爪や牙よりも硬い角は戦斧をしっかりと防ぎ、首を狙った一撃を防ぎ切った。その直後、カルは首を前脚と四枚ある翼を同時に広げて茨を力ずくで引きちぎると、再び部屋の天井付近にまで浮遊した。
ルーク達は巧みな連係によって茨の魔術を発動させる時間を稼いだものの、致命傷を負わせることが出来なかった。一方のカルは致命傷ではないにせよ、少なくないダメージを負っている。一連の攻防はカルの負けに近い痛み分けだろうか。
空中に浮かぶカルとルーク達は睨み合う。彼らの戦いはまだ続く。だが、長くは続かないだろう。私は自分の出番がやって来るまでカルを支援しながら観戦するのだった。
次回は9月1日に投稿予定です。




