ノックスの戦い 魔王VS勇者 その一
明日が平日だと私が言うと、ルーク君達は何とも言い難い表情で固まった。急にリアルのことを持ち出されればあんな顔にもなるというものだろう。
扉から入ると同時に先制攻撃を仕掛けられる設定にしても良かったのだが、私はあえてそう設定しなかった。それは先程の問答を行って時間稼ぎを行うためだった。
迷宮と化した『ノックス』、魔王である私はそのボスとして君臨している。個人的には最も美味しいポジションであるものの、一つだけ大き過ぎる欠点があった。それはボスになっている間は外の状況が何一つわからないという点である。
今、外の戦況がどのようになっているのか私は一切知らない。陸戦部隊が有利なのか不利なのか、空戦部隊は無事なのか、『傲慢』は墜落したのかまだ健在なのか。全てを私は知らないのである。
それ故に負けるつもりはさらさらないものの、万が一に備えて少しでも時間稼ぎをしようと企んだのだ。小賢しいと自覚しているが、私は自分を過信していないのでこう言う方法を取ったのである。
もしも私に顔があれば、不安から真っ青になった顔色と引き攣った表情で何かを察する者がいたことだろう。骸骨の身体と仮面があってくれて本当に良かった。そうでなければ一目でルーク君達に胃が痛い思いをしていることがバレていたはずだ。
それに時間稼ぎの問答にも一定の効果はありそうだ。ルーク君達は自分達の雇い主は侵略者であり、自分達は侵略に加担しているのだと自覚させることに成功したからだ。
無論、彼らの事情は理解している。そもそも彼らが想定していた役割とは、無人のフロンティアを開拓するための護衛や調査だ。無人だと思っていた大陸に街どころか小国なれど国家があるなどと思ってもみなかったはず。状況に流されて侵略者となってしまったのだから、自覚していなかったのは然もありなんと思われた。
目まぐるしく動く状況に流されたことは理解している。理解しているが、だからといって私達が自分達で作った街を奪ったことを許す理由にはならない。私達は彼らの事情を考慮する素振りを見せるつもりも、手心を加えるつもりも一切なかった。
(悪党と言うのなら、私達の方がよほど外道なことを行ったがね)
絶対に口に出さないが、私達の方が余程悪辣なことを行っていることを私は自覚している。何せ王国で反乱が起こるように誘導したのは私達なのだから。実行したのは私でなくとも、その作戦の実行を承認したのは私である。決断したのは王太子であるし、遅かれ早かれ反乱は起きていそうな情勢だったとは言え、無数の住民が消し飛んだそもそもの原因が私にあるのは事実であった。
あの虐殺には私達も驚かされたし動揺もした。しかしながら、私達は、少なくとも私に後悔はない。私は博愛主義者ではないのだ。魔王国を守るために最善を尽くした結果として王国で虐殺が起きただけだと割り切っているのである。
虐殺の遠因を作っておきながら、自分達の街が壊されて怒り狂って全力で反撃する。身勝手だと言う者もいるかもしれないし、全くその通りだから私は否定しない。一方でそのことを彼らが知っていて、私を厳しく詰ったとしても私は「それが何か?」と動じることなく受け流す自信があった。
要するに私は私と私に近しい者達の幸福と安楽のためならば、その他の有象無象を踏み躙ることに躊躇を覚えないのだ。言うなれば魔王国至上主義なのである。
「とは言え、だ。私がすぐに戦うというのをこの子は決して許してくれないのだよ」
「グルルルル…」
閑話休題。今はルーク君達の精神をかき乱すことに成功したことが重要だ。動揺から彼らのパフォーマンスがほんの少しでも落ちてくれれば万々歳である。私は卑怯と罵られようが、勝てる可能性を上げるために何でもするのが私のやり方なのだ。
そんな彼らと私の間に入ったのは、力強く床を踏み締めながら立ち上がったカルだった。数歩動いただけでも広い部屋が揺れたのは、カルの重量以上に威圧するためだろう。ルーク君達が私の生命を明確に狙っているとわかっているからか、カルは扉が開いた瞬間から今にも飛び出しそうな勢いだったのだ。
問答をするために撫でて落ち着かせていたのだが、もうその必要もない。最初はカルだけで戦うというのが『ノックス』のボス戦の設定なのだから。カルが思うまま、全力で戦ってもらおうじゃな…おっと。
「うぐあっ!?」
「…なるほど、なるほど。まるで初めて会った時の焼き直しだな」
カルが前へ出た時、私の背後から苦しげな呻き声が聞こえて来た。その声の主はルーク君のパーティーにいる斥候職の…ええと、名前は何だったか?ルーク君のパーティーがどのように戦うのかは兄弟の試合で知っている。だが、彼以外の名前をわざわざ調べようとは思わなかったから知らないのだ。
とにかく、斥候職のプレイヤーが気配を消して私達の背後に回り込んでいたらしい。そしてカルが私から離れたタイミングで私の首を刎ねようとしたようだった。
「メグ!?」
「全く、私が備えていないとでも?」
そうそう、メグだったか。彼女を捕らえたのは私が座っている玉座だった。そう、この玉座はただ私が座るだけの金のかかった悪趣…いや、豪華な椅子ではない。これを作ったのはあのアイリスなのだ。ただ彼女の趣味全開のデザインではないのである。
実は玉座を構成する無数の骸骨は全て動くのだ。眼窩に埋まっている色とりどりの宝石はただの装飾ではなく、様々なセンサーになっている。全てのセンサーから逃れるのは難しく、どれほど隠形に優れていてもどれか一つには必ず引っ掛かるのだ。
そして一つのセンサーに引っ掛かれば玉座そのものが接近する対象を捕縛する。迎撃ではないのでダメージは与えられないが、その代わりに縄抜けの達人だろうと数分は確実に捕まえられる強い拘束力を発揮するのだ。
この状況、初めてルーク君に会った時を彷彿とさせる。あの時もメグは背後から私に接近した。違いは捕縛したのがアイリス本人か、彼女の作品かという部分であろうか。
「今はカルと戦う流れだろう?空気が読めない真似をして…全く、興が削がれるだろうが…死の魔弾」
「あぐっ!?」
私は座ったままメグを冷ややかな目で見つつ、【邪術】に関連の能力を全て解放しながらオリジナル魔術を発動する。すると私の手のひらに闇を固めたかのような紡錘形の魔力が出現し、私はそれをメグの身体に叩き付けた。
すると彼女は短い断末魔と共に動かなくなり、そのまま光の粒子となって消えていく。どうやら即死させることに成功したようだ。
オリジナル魔術、死の魔弾。これは即死させられずとも、ダメージを与えられることをコンセプトとして作った魔術だ。ただ、実は使い難さ故に実戦で使ったのはこれが初めてという少し残念な魔術であった。
ベースとしたのは【暗黒魔術】の闇弾であり、これに限界まで【邪術】の即死系魔術を組み合わせた。その結果、闇球の威力を保持しつつ至近距離で直撃すれば即死対策アイテムを持っていない限り必ず殺す必殺の魔術となったのである。
そう、至近距離なのだ。離れれば離れるほど即死効果は減衰していく。私は魔術師であり、近接戦闘は護身程度にしか行わないのである。
さらにベースとしたのが闇球というのも失敗だった。消費魔力をケチろうとしたからなのだが、当たった時のダメージは普通に闇球を使った時とほぼ同じ。つまり遠くの相手には無駄に魔力を必要とするだけの失敗魔術である。
ただ、今回のように捕縛された者に使うのなら絶大な効果を発揮する。しかも迷宮のボスと化した私が、【邪術】に関する強化をこれでもかと行ったのだ。即死対策をしていなければ、レベル100のプレイヤーを即死させることも可能であった。
「メッ、メグ!?」
「そんな!?こんなにアッサリ!?」
ルーク君達は動揺しているが、彼らは即死した理由がわかっていないらしい。【邪術】の存在は流石に知られているようだが、必要なSPのせいで使い手はほぼいないと聞く。そのせいで同じプレイヤーである私が【邪術】の使い手だという発想がないようだ。
ただ…メグのことに気を取られている場合ではないぞ?君達の前には最初から不機嫌極まりないカルがいるのだ。しかも彼は私に危害を加えようとする者を絶対に許さない。主人としては嬉しく、同時に照れくさい話だが、ルーク君達にとっては最悪としか言えまい。何故なら、カルは見たことがないほどに激怒しているからだ。
「グルオオオオオオオオッ!ガアアアアアアアッ!」
「ヤバッ!?」
「アタシの後ろに!」
全身の鱗を逆立てたカルは部屋のシャンデリアが大きく揺れるほどの大音声で咆哮してから、口から真っ赤な炎を吐く。色からもわかるように、あれは龍息吹ではない。放つ時は私の指示があった時という約束を律儀に守っているようだ。
ただ、カルもまた迷宮となった『ノックス』のボスであることを忘れてはならない。私とカルの一人と一頭のコンビがボスなのだ。全力で放った【火炎魔術】の威力が生半可であるはずがない。重戦士が大盾を構えて味方を庇ったようだが、ダメージを防ぎ切れずに大きなダメージを負ったようだった。
「カルは私の相棒。その強さを堪能すると良い」
私は玉座に背中を預ける。そんな私をルーク君達は憎らしそうに睨み付けるのだった。
次回は8月28日に投稿予定です。




