ノックスの戦い 墜落の影響
ジゴロウが戦うのではなく、処理する方向に考えを切り替えた頃。同じくエリアボスを務める源十郎もまたプレイヤー達によるゾンビ戦術に辟易していた。
まだ彼らは自動防御に任せるという極端な戦法にまでは至っていない。だが戦術を工夫して被害を少なくしようとするのではなく、ダメージが蓄積して体力が残り少なくなれば必ずわざと倒されるべく突っ込んでくるのだ。相手をしていて楽しいと思えるはずもなかった。
「むっ」
「よし!体力を三分の一くらい削ったぞ!」
ジゴロウとは異なり、源十郎はまだ一度もプレイヤー達を全滅させていない。一度も仕切り直しになっていないこともあり、少しずつ積み重なったダメージによって彼の体力は三割ほどが削られてしまった。
この調子であれば防御を重視しつつ、死亡と復活のルーティンを繰り返せば勝てる。彼らはそんな希望を抱き始めていた。
「ふむ…よろしい。ここからが本番じゃ。気を抜くと一瞬で全滅するぞい」
ただ、体力が三割削れた所で源十郎は持っていたナイフを放り投げる。するとどこからともなく大太刀と槍が二振りずつ現れた。
エリアボスとしての源十郎は最初こそナイフを四本装備しているが、体力が減少すると本来の得物が使えるようになる仕様である。いわゆる第二形態であり、源十郎との戦いは本人も言うようにここからが本番なのだ。
ちなみにジゴロウにも第二形態は用意されている。だが彼の場合は体力の残りが一割になった際に発動する仕様だった。ただ、ジゴロウは第二形態になることは実質的な敗北だと位置付けていた。彼らは『ノックス』を守るために勝利せねばならず、そのための最終手段であるからだ…発動することはないだろうが。
源十郎の武器が切り替わったことで、プレイヤー達は警戒していた。源十郎本人の口からもここからが本番だと告げられている。警戒するなという方が難しいだろう。
ただし、その警戒は余りにも足りていなかった。彼らは全く理解していなかったのだ。源十郎が武器として使ったことがほとんどないナイフから、得意とする太刀と槍に持ち替えたという事実の意味を。案外簡単に倒せるという希望が絶望に変わってしまうということを。
「えっ?」
「あっ?」
「はっ?」
「んぇ?」
誰一人として源十郎が動いたことに反応出来なかった。その代償は四人のプレイヤーの死亡である。大太刀によって二人の首が刎ねられ、槍が正確に喉を穿ったのだ。
源十郎は意図的に防御力の高い者達を選んで討ち取っている。これで残っている者達は丸裸にされたも同然であった。唐突なことに理解が追い付いていないようだが、そんなことは源十郎には関係ない。彼は淡々と、流れ作業であるかのように次々とプレイヤー達の急所を正確に斬り裂いていった。
気が付けば最後の一人の首を飛ばしてしまった源十郎はいつもの習慣通りに残心しようとした。だが、その前に彼の持つ得物は四振りのナイフに戻ってしまった。
「脆いのぅ。それに復活を前提とする戦術も好かぬ。ジゴロウの坊もさぞや苛立っておることじゃて」
戦闘を楽しむことに関しては自分以上にこだわりがあるジゴロウに源十郎は想いを馳せる。ただ、実際のジゴロウは苛立つどころか怒りを通り越して黙々とプレイヤーを倒す処刑人のようになっていた。
そして同じ源十郎も同じ状態になることを源十郎は知らない。知っていれば他人の心配などする前に失望してしまっていただろうが。
「ご、『傲慢』が…不落の浮遊要塞が…」
「お、終わりだ…」
「うわああああああっ!」
「にげっ!逃げろぉぉぉぉ!」
そしてエリアボスの二人が挑戦するプレイヤー達に失望している間、外では王国軍の士気が完全に崩壊していた。『傲慢』は王国兵の心の支えであり、同時に彼らを戦場に縛り付ける呪いである。それが黒煙を噴き上げながらゆっくりと、だが確実に墜落しているのだ。平静でいられる者は一人もいない。多少の冷静さを保っている者すらもごく少数に限られていた。
その間も『ノックス』からは雨霰と弾丸が飛んでくるのだ。指揮官が既に何人も討ち取られていることもあり、王国兵は蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出した。
「追うのは後で良いわよ〜。向こうから来てるみたいだからね〜。それよりもプレイヤーを優先しましょうね〜」
「はいよ、姐さん!」
「やったるでー!」
追撃する好機なのだが、最も追撃に向いているだろう騎兵隊は無防備な王国兵の背中を追わなかった。その理由は二つ。騎兵隊のリーダーである邯那は未だに士気が崩壊していないプレイヤー達を叩くことを優先したから。そして馬上からは水路の中から飛び出す半龍人の姿が見えていたからだ。
半龍人達は『エビタイ』の制圧を行っていたはず。そんな彼らがここに来ているということは役目を終えてこちらへ合流するべく駆け付けたのだ。
逃げる王国軍と半龍人は激突するのは目に見えている。士気が崩壊した王国軍と、これまで耐えていた分暴れたりないとばかりに意気軒昂な半龍人。この二つがぶつかった時の勝敗など考える必要すらなかった。
四脚人に交ざったエリとリアの二人は邯那に追従する。死亡するまでとは言え四脚人になれる二人は邯那達に教えを請うことも多い。当然のように騎兵隊に加わっていた。
「ああ、クソッ!やってられっかよ!」
「負けだ、負け!降参だ!」
プレイヤーの一部は『傲慢』の墜落を受けて、この戦争は敗北したのだと見切りを付けた。確かに、その考えは間違ってはいない。あらゆる状況の中で王国側にとって『傲慢』の墜落は最悪と言える。早々に見切りを付けた彼らの判断は素早く、それでいて正確と言えよう。
ただし、今は陸戦部隊との戦闘中だ。しかも王国軍の兵士は潰走している。そんな混沌とした状況の中で降伏すると言って聞く者がいるだろうか?
「知るかボケェ!野郎共ぉ!ヘタレた敵はさっさとブッ殺せ!ヘタレてねぇ敵は注意しながらブッ殺せ!」
「「「「ヒャッハー!」」」」
答えは断じて否である。魔王国側にとって、彼らを見逃す意味がない。『傲慢』が墜落したということは、『仮面戦団』のメンバーが手を出さずともベッドのある宿舎などが壊れている可能性は高い。そして残った部分も今頃は『仮面戦団』によって破壊されていると予想された。
ここで見逃したところでティンブリカ大陸から帰る方法のないプレイヤー達は、自ら生命を絶って大陸外のどこかで復活するか、大陸のどこかに潜伏することを選ぶだろう。最も安全と言える場所を魔王国が占領しているとは言え、そのプレイヤー達が安全な場所を見付けて居座る可能性は捨てきれなかった。
ならば後腐れのないように徹底的に叩く。『傲慢』が墜落した後はそうすると決めていたのだ。それに彼らを倒せばアイテムをドロップするのも事実。倒さない理由がなかった。
「愚かな…!もう立て直しは無理か!」
「い、いかがなさいますか!?」
プレイヤー達の指揮を執っていた者達は敗北以上に、敗北によって統率を失ったことに歯噛みしていた。この状況を覆すのは不可能であり、取れる手段は二通りであった。
「撤退する!隊列を乱すな!」
「させないわよ。焦らずゆっくり、一人ずつ仕留めるわ。エイジ、突っ込んで足並みを乱しなさい」
「ブオオオオオオッ!」
自分の声が届くプレイヤー達だけでも無事に逃がそうとする指揮官だったが、冷静に戦場を俯瞰している兎路はひとり残らずここで倒すつもりだった。倒した後は『傲慢』に攻め込み、残ったベッドを完全に破壊するのだ。
そのための一手として、最前線で暴れ続けているエイジを突撃させる。長期間の弱体化と引き換えに力を得た彼は、その突進力に物を言わせて突撃した。
「はははっ!やりやがった!」
「ヒーッヒヒヒヒヒ!さあさあ、お歴々。これからどうするんでござんすか?」
『傲慢』の墜落は『ノックス』の内部で繰り広げられる戦闘にも多大な影響を及ぼしていた。彼らは宮殿へ突入していった者達が迷宮となった『ノックス』を攻略することを信じて踏ん張っていたのだ。
だが、彼らの奮闘ももう無意味である。王国の力の象徴であった『傲慢』が墜落したことで、外がどんな状況になっているのか想像出来ない者はいないからだ。
「…こうなりゃ自棄だ!出来る限りお前らを倒して嫌がらせしてやるよ!」
「乗ったわ!ここでアタシ達が戦えば、外のみんなが逃げられるかもしれないしね!」
「ヒヒヒ!そう来やしたか。おっかない決断でござんすねぇ」
「お前ら、気を付けろよ!相打ちに持って行こうとするだろうからな!」
ただし、『ノックス』内部にいる者達はあくまでも最期の瞬間まで戦うことを選んだ。これまでは迷宮攻略を妨害しようとする『ノックス』の魔物プレイヤーを足止めするために戦っていたが、ここからは魔物プレイヤー達が『ノックス』の外へ出ないように押し留めるのである。
一方で、ここからの人類プレイヤーは魔物プレイヤーを押し留めるためなら何でもやるということを忘れてはならない。それは魔物プレイヤーを刺し違えてでも倒し、復活するまでの僅かな時間すらも稼ごうとする可能性だった。
墜落していく『傲慢』を前にして、『ノックス』の内部でだけは白熱した戦いが続いている。その決着が王国軍の敗北となるか、両者の共倒れとなるかは迷宮の最奥で行われるボスとの戦いに委ねられた。
次回は8月20日に投稿予定です。




