ノックスの戦い 強大なるエリアボス
エリアボスと化したジゴロウと源十郎。二人に挑むプレイヤー達は幾度も幾度も死亡していた。その度に復活するのだが、死亡してから復活するまでに待機時間が存在していた。
復活すれば再び戦線に加われるのだが、全員がこの待機時間になった場合、すなわち全滅した場合は最初からやり直しになる。このことはジゴロウも源十郎も説明していなかった。
「ハッハァ!ようやく全滅しなくなって来たなァ?」
何故なら、二人共まさか全滅してしまうとは思っていなかったからである。それも無理はない。彼らはエリアボスとなったことで、自分達の想定以上に強くなっていたからだ。
複数のパーティーでなければ戦いにもならないエリアボス。通常、それほど強力なボスは大型な場合が多い。身体が大きいということは体力や筋力などのステータスも高くなりがちだが、同時に的が大きいことを意味する。前衛が必死に防いでいる間に、後衛がダメージを稼げるのである。
また、エリアボスは強力な武技や魔術を使用するものだ。この武技などは直撃すれば大ダメージは避けられないものの、使用後は大きな隙をさらす。強大な攻撃を乗り切れば、全員で袋叩きに出来るのだ。
「ハァ…ハァ…クッソ!」
「手練れのプレイヤーがボスをやっちゃダメだろ、これ…」
しかしながら、そんなエリアボスと運営側が想定していた以上に相性の良いプレイヤーがいる。それは現実世界で格闘技や武器術などを修めた者達、いわゆるリアルチートを使うプレイヤー達だった。
彼らは普段と同じアバターを使っているので、身体が小さく、ボスとしてのステータス強化も最小限だ。それでもボスとしての強化はなされている上、小さいせいで的が小さくなって攻撃を当て難くなっていた。
さらに彼らは決まったパターンのない通常攻撃を主体に立ち回り、隙をさらすことを嫌ってここぞという時にしか武技を使わない。つまり、相対するプレイヤー達が反撃するチャンスが極端に少なくなるのだ。
「オイオイ、もう諦めムードかァ?」
「調子に乗んな!動きに目が慣れて来てっ…んだよ!」
ただし、戦っている人類プレイヤー達もまたここまでたどり着いた猛者達だ。ジゴロウの動きに翻弄されっぱなしという訳ではない。幾度か全滅の憂き目に遭いつつも、その動きにようやく順応し始めていたのである。
凶悪な威力のジゴロウの前蹴りを人類プレイヤーは盾で受け止める。後ろへ吹き飛ばされていくが、前蹴りを直撃して死にかけていた戦闘開始段階に比べれば大きな進歩と言えよう。
ただし、ジゴロウはプレイヤーの言う嘘に騙されていなかった。彼は純粋な技術によって予備動作、いわゆる『起こり』を消している。今の彼のステータスを考えれば、見てから防ぐことは不可能に近い。すなわち、目が慣れたというのは嘘なのだ。
背後から迫るプレイヤーの剣を屈んで回避し、肘打ちを顔面に叩き込みながらジゴロウは考える。今殴ったプレイヤーはやはり防御も回避も間に合っていない。これは『起こり』を消す技術を正しく扱えていることを意味していた。
追い打ちはせず、代わりに首を鷲掴みにして放たれた魔術の盾としてから魔術師に向かって投擲する。死角を突くように接近する双剣使いの両手首を掴み、頭突きで角を首筋に突き刺してから首の力だけで投げ飛ばした。
「ぐぅっ!?」
「があっ!?」
「あァ?」
そして左右から挟み込むように迫っていた者達に対応する。槍を持ったプレイヤーが放った突きは穂先の付け根を弾いて防ぎ、がら空きとなった腹部の鎧の隙間に貫手を突き刺した。そして背後から剣を振りかぶったプレイヤーは鞭のように炎と雷を纏う髪を動かす武技によって迎撃し…盾によって防がれた。
この時、ジゴロウはほんの少しだけ違和感を抱いた。防がれること自体は気にしていない。髪を動かしたのは武技であり、自分の打撃とは異なって発動の前兆を消せないからだ。
ただ、背後で振りかぶっっていたプレイヤーは剣を両手で持っていたはずなのだ。視界の端でしっかりと見ていたので間違いない。なのに彼女は背負っていたはずの盾で受け止めたのだ。
実際、彼女の得物はバスタードソード、すなわち片手でも両手でも使うことを想定された武器なので盾を持っているのは不思議ではない。強力な一撃を叩き込もうと意気込む時に両手持ちにするのも理解出来る。
だが、直前まで両手で武器を持っていたはずなのに一瞬で盾を装備出来ていたのは余りにも不自然だ。ただ、これに似た挙動をジゴロウは見たことがあった。
「あァ、思い出したぜェ。確か自動防御とかって【盾術】の武技だったなァ。お前ら、武技をずっと発動してたのかよォ」
「もうバレたぞ!」
「構うもんか!どうせいつかバレる!」
盾を持ったプレイヤー達が行っていたのは、盾で自動的に防御する武技を常時発動しておくという力技だった。自動的に防御するので、『起こり』を消されようが直前までをどんな動きをしていようが、必ず直撃を防げるのである。
これは【盾術】の使い手であれば誰でも可能な戦法であるが、実際に使う者は驚くほど少ない。何故なら少なくないデメリットがあるからだ。
「知ってるぜェ?これが苦肉の策だってことはなァ」
自動防御を常時発動しておくデメリットは二つ。一つは常時発動しているせいで魔力を大量に消費することだ。物理・魔術問わず装備している盾で防ぐという破格の性能だからこそ、発動時の消費魔力は多い。それこそ常時発動などしていては、あっという間に魔力を使い切ってしまうのだ。
この特性上、本来は目視が難しい攻撃を攻撃が来るタイミングを読んで直前に発動するのが一般的だ。これがあれば姿を消せる敵の攻撃にも、とんでもない速度の攻撃にも勝手に身体が動いて対応出来るのだから。
今、ジゴロウと戦っているプレイヤー達はこのデメリットを当然ながら知っている。そこでジゴロウの間合いに入っている間だけ常時発動していた。ただ、それでも魔力の消費は激しい。長期戦は厳しくなることは間違いなかった。
そしてもう一つのデメリットは、他の【盾術】の武技が使えなくなることだ。攻撃を受けても体勢を崩され難くしたり、特定の属性への耐性を上昇させたり、盾によって反撃したりと、【盾術】の武技には便利なモノが揃っている。この全てが使えなくなるのだ。
また、自動防御はただ盾で防ぐだけなので、防御の効果は盾の性能に依存する。極端な例ではあるが、特定の属性を全く防げない盾を使っていた場合は攻撃に盾を滑り込ませてもダメージはそのまま受けてしまう。実際、ジゴロウの髪から身を守ったプレイヤーは物理ダメージこそ防げたが、髪が放つ炎と雷のダメージは盾が軽減可能な割合以上には守ってくれないのである。
「魔力が保つのかよォ。俺ァしぶといぜェ?」
「魔力が足りなくなれば自滅すりゃいい。どうせ復活すりゃ全快だ」
魔力不足に陥った場合のことを彼らはちゃんと考えてはいた。それはどうせ死亡しても復活して戦線に復帰可能なのだから、魔力が切れた者はわざと死亡するように立ち回り、待機時間を経てから万全の状態で復活しようという仕様を利用した戦術だったのだ。
全滅すれば最初からやり直しという関係上、誰がどの順番で死亡するのかをマネジメントする必要があるものの、上手く立ち回ればリソースを回復し続けられるのは明確なメリットである。これまた立派な戦術と言えた。
「全滅すりゃァいいだとォ…?つまんねぇ奴等だなァおい」
「勝つためにやれることをやるのは当然だろうが」
しかしながら、ジゴロウにとって彼らの戦術は失望せずにはいられない内容であった。自分の持ちうる全ての力とリソースを注ぎ込んででも自分を倒すと言われたのなら、ジゴロウはその心意気に応えて真正面から戦ったことだろう。万が一、それが原因で敗北したとしても仲間達には悪いが構わないとまで思っていた。
だが、彼らはそうしなかった。死亡を前提とした戦術という、ジゴロウが最も忌み嫌う戦法を選んだのだ。彼の顔はこれまでの不敵な笑みから、全ての感情が抜け落ちた無表情へと変化していた。
「そうかよォ。なら、俺もそうさせてもらうぜェ」
興醒めだとばかりに頭を振ったジゴロウだが、一見すると表情以外に変化はない。雰囲気が変わっただけという以上、戦闘力に変化もないはず。誰もがそう考えていた。
もしもこの場に魔王国の者がいれば戦慄したかもしれない。戦闘中であるというのに、戦うことが心底楽しいジゴロウの顔から笑みが抜け落ちるというのはそれほどの異常事態なのだから。
「コォォォォ…シッ!」
「がひゅっ!?」
ジゴロウが息を大きく吸ったかと思えば、彼の全身から炎と雷が放たれ始める。そして目にも止まらぬ速さで盾を持ったプレイヤーの目の前に現れ…そのプレイヤーを地面に叩き付けた。
彼は反射的に自動防御を起動させていたものの、それが全く意味を成していない。それもそのはず、ジゴロウはプレイヤーの盾を掴んでから投げ落としたのだから。
どんな状況であれ敵と自分の間に盾を滑り込ませる自動防御だが、それは同時に盾を必ず敵に向けることとなる。そして盾によって反撃されるリスクもない。つまり、盾を掴むことは容易なのだ。
後は盾ごと投げるだけ。しかもジゴロウは受け身を取るどころか頭から地面に叩き付ける。さらに躊躇なくその頭を踏み潰した。
「こっからは遊びはなしだァ。戦いですらねェ…処理させてもらうぜェ」
ここからは戦いではなく、処理である。そう言い放ったジゴロウは無表情に、無感動に、淡々とプレイヤーを一人ずつ倒していく。再び全滅したプレイヤー達はようやく理解した。これまでは戦ってくれていたのだ、と。
次回は8月12日に投稿予定です。




