幼き従魔と古代の遺産
魔物の卵。迷宮イベントの時に報酬として愛用(?)の鎌と一緒にイーファ様からいただいたアイテムだ。品質とレア度が共に不明、産まれる魔物も不明。不明な事だらけのブラックボックスである。
わかっているのは説明文にもあるように、所有者である私の魔力を吸収しているらしい事だけ。それすらも意識した事がないのだが…
唐突なインフォメーションによると、そんな魔物の卵が孵るようだ。私は本当かよ、と思いながらも素直にインベントリから卵を出す。
相変わらず殻が禍々しい色合いになったもの…って、またデカくなってるぞ?卵が大きくなること自体、奇妙でしかないのにな。本当に、何が産まれるんだ…?
「イザーム、どうしたんですか?突然卵なんか出して」
アイリスの疑問も当然だな。隠す必要も意味もないので、私は正直に告げた。
「さっき孵化するってインフォが流れたんだ」
「そうなんですか!おめでとうございます!」
アイリスは我が事のように喜んでくれている。そんなに喜んでくれるとは思わなかったな。少し照れてしまうではないか。
「そういや、兄弟はそんなもん持ってたな」
「何が産まれるんだろうね?」
「わからんのぅ」
あ、三人の興味の矛先が卵に移った。この節操なし共め。
「まさか骸骨が産まれることは無いじゃろうし」
「いやいや、爺さん。わかんねェよ?これはゲームだからな。始めっから骨のなんかが産まれる可能性だって低くねェさ」
「ええ?それならボクはお世話したくないなー」
「み、皆…」
お、お前ら…!好き勝手言ってくれるじゃないか!
いいもんね!私だったら骨でも全然問題ないから!むしろ大歓迎だし!
「あ!殻にヒビが!」
何っ!?私は身を乗り出して卵を凝視する。確かに、卵の頂点部分にヒビが入っているぞ!そのヒビは内側からの衝撃で徐々に大きくなり、下へと伸びていく。
我々は緊張した面持ちでその過程を見守っていた。さっきまでの巫山戯た雰囲気は既に消し飛んでいる。
パキッ!
遂にヒビは接地面まで到達し、卵の殻が半分に割れた。そして、中にいたのは…
『おや、同族のようだね?』
「「「「う、うわあああ!?」」」」
「あ、アグナスレリム様!?何故ここに!」
び!びっくりした!卵に夢中になって、周囲を全然見ていなかったぞ!
それにしてもこんな巨体なのに気配を感じさせない事が出来るのか。何らかの能力の効果なのだろうが…。だが、今は考察している場合ではない。我々は慌てて振り返り、アグナスレリム様と対面した。
『いや、急に同族の…君の力が高まったのを感じてね。何があったのかを見に来たのさ』
「それは…ご心配をお掛けしました」
何とお優しい。我々を友だと認識しているからなのだろうが、湖からこんなに離れても大丈夫なのか?
『私には役割があるから、余りここには居られないんだけど…その小さな同族は?』
そう。アグナスレリム様の、同族。即ち、卵から孵ったのは一匹の龍だったのだ!
ただし、アグナスレリム様とは見た目が似ても似つかない。水龍王である彼は種族名の通りにの水を思わせる蒼系だが、この子は黒いのだ。
闇を凝縮したかのような深い黒の鱗、まだ未発達ながら鋭さを隠し切れていない爪牙と四本の角、今は畳まれているが身体に対して大きめの二対四枚の翼、そして金色の眼球と深紅の瞳孔。
こう言ってはなんだが、子供ながらすでに邪悪さが滲み出ているな!いや、可愛いんだよ?掛け値無しに!ただ、大人になった時にグレたりしないか心配だ…
そんな子龍は周囲をキョロキョロと見回している。そして私の姿を確認すると、その瞳でじっと見つめてくる。数秒後、後ろ足で立ち上がるとトテトテと近付き、私の脚に抱き付いた。
「キュー!」
『パパだってさ』
「パッ…!?」
ぱ、パパぁ!?わ、私がか?いや、私の魔力を吸収して成長したのだから、私がパパ…になってしまうのか。いや、まさか結婚もせずに龍の子供の父親になるとは夢にも思わなかったぞ?
私の脚に身体をすりつける子龍を不馴れな手つきであやしつつ、私はこの子が産まれた経緯についてありのままを語った。神に貰った卵がこうなったのだ、と。
『ふむ…あの女神…ここまで計算していたのか?』
おや?アグナスレリム様はイーファ様をご存知とな?だが、余り良い印象を抱いていないようだ。顔が何となく不機嫌そうだからな。
『まあ、いい。真実は彼女の頭の中にしか無いからね』
「左様ですか」
『それでその子だけれど、大切に育ててあげてね』
「勿論ですとも」
むしろ、何故そんなことを言って釘を差すのだろうか?この子は私の従魔だが、それはそれとして新たな仲間である。大切にしない訳がないだろう。
『そうか、ならいい。名前はもう考えてあるのかい?』
「情けないことにまだなのです。卵が急に孵ったもので…」
急に産まれると言われて取り出したかと思えば、産まれた直後にアグナスレリム様が来たのだ。考える暇など無かったわ!
よし、だったらアグナスレリム様には責任をとって貰おうか!
「そうだ、これも何かの縁。アグナスレリム様、宜しければこの子に名をつけてやっては貰えないでしょうか?」
『うん?いいよ。そうだね…』
アグナスレリム様はしばし考慮した後、口を開いた。
『カルナグトゥール、と言うのはどうかな?龍の古い言葉で、『夜空の支配者』という意味さ。その子にお似合いだろう?』
カルナグトゥール…『夜空の支配者』、か。素敵な良い名前じゃないか!
「ありがとうございます、アグナスレリム様。…よし!」
「キュ?」
私はいつまでも脚にじゃれついている子龍を抱き上げる。どうしたの?という感じで首を傾げている仕草はとても愛らしい。
「お前の名はカルナグトゥール!『夜空の支配者』だ!」
「キュー!」
おお、喜んでいるぞ!では、決まりだな!
――――――――――
従魔、幼龍の名前を『カルナグトゥール』に決定しますか?
Yes/No
――――――――――
勿論、Yesだ!これで、ステータスに反映されるだろう。
『うん、気に入ってくれたみたいで何よりだ。…じゃあ私はそろそろ帰るよ。またおいで』
「はい。是非、寄らせていただきます」
「キュキュー!」
こうしてアグナスレリム様は帰って行った。色々と世話になったな!いつか恩返しをせねばなるまいよ。
「行かれましたね」
「ああ、そうだな。カルナグトゥール…いや、カルよ。私の仲間達に挨拶しなさい」
「キュキュー!」
私の腕の中からカルは無邪気に可愛らしい声で鳴く。
「「かっ、可愛い!!」」
「強くなりそうだなァ!」
「うむうむ、赤ん坊のルビーを思い出すわい」
女性二人はこれだけでメロメロだ。とても可愛いからな。それに異論は無いぞ!
ジゴロウはいつも通り。源十郎は好々爺と化している。中々に混沌とした状況だ。
「イ、イザーム!」
「その子、抱っこさせて!」
「あ、ああ。構わんよ。…行きなさい」
「キュー!」
も、物怖じしないな!好奇心旺盛なのか、はたまたアイリス達が危険でない事がわかるのか…。
あ、そう言えば従魔のステータスは主人なら自由に見られるんだったな。この機会に見ておくか。どれどれ…?
――――――――――
名前:カルナグトゥール
種族:幼龍 Lv0
職業:幼龍 Lv0
能力:【爪】
【牙】
【体力強化】
【筋力強化】
【防御力強化】
【知力強化】
【精神強化】
【火魔術】
【闇魔術】
【無魔術】
【飛行】
【龍鱗】
【龍息吹】
――――――――――
いや、あの、強くね?普通に強くね?まだ産まれたばかりの赤ん坊なのに、鼠男くらい一捻りじゃね?
こ、これが龍族という訳か。他の魔物とは格が違う。まず、我々のような弱点が無い。その時点で真っ向勝負を強いる事が可能である。
しかも【龍鱗】と【龍息吹】という能力。明らかに龍専用の能力だろう。【龍息吹】はさっき私が使ったことでとんでもない威力を誇る事が判明している。では、もう片方の【龍鱗】も強力に違いない。字面で防御関連だと察しがつくものの、具体的な効果は使わせてみなければわからんな。
近接も遠距離もこなせる万能タイプだ。唯一の欠点は敏捷だろうか?しかし、それ以上に長所を伸ばすべきだろう。飛行要塞として育てるとするか!
育児(?)の方針が決まった所で、お次はここに来た目的を果たすとしよう。え?そんなもんあったのかって?墓守に貰った地図の目的地がここなんだよ!
思えば長い道のりであった。住み慣れた下水道を発ち、ジゴロウの実家がある北の山を越え、ただ迂回するはずだった湖で蜥蜴人と蛙人の抗争に参加し、そして鳥だらけの未踏破地帯を攻略したのだからな。かなりの大冒険である。
皆はカルナグトゥールに夢中だが、落ち着くのを待ってはいられない。いつまで掛かるかわからんからな!今の内に祝詞を読み上げてしまおう。
「ええと…
在りし日の憧憬は、我らの道程
曾て仰ぎし大空は、今や我らの桃源郷
されど業火は天を灼き、我らの全てを塵となす
これに記すは我らが夢、我らが誇り、我らが希望の残滓なり
我らが遺ししは時空の楔と、楔の秘術の真理なり
人よ、人よ、畏れるなかれ、求めし全ては前のみにあり
…でいいのか?」
祝詞の中身を要約すれば、『理想郷を作ったけど、滅びてしまった。遺したものが欲しければ、ビビらずに前へ進みなさい』というところかな?古代文明の遺産が手に入るのかもしれんが、滅びた原因も気になるな。
遺産について具体的なことはわからない。しかし、『時空の楔』というワードがヒントなのだろうな。『時空』はいいとしても、『楔』とは何の比喩なのか。うーん…わからん!
それにしても、私の【考古学】で解読した祝詞を読み上げたが、これでどうなると言うのか。まさか、天使でもやってくるわけでもあるまいに。やはり、ジゴロウの言ったようにただの怪しい紙切れ…
プシュー!
「「「「「は?」」」」」
何だ、今の圧縮した空気の音は!?工場とかで聞く奴じゃないのか?
あまりにも場違いな音に、カルナグトゥールを愛でていた四人も正気を取り戻す。そして私も含めて全員が音の方向へと向き直った。
「今のは、あの岩から…ですよね?」
「ああ。私にもそう聞こえた」
アイリスの戸惑いがちな確認に、私は肯定した。ボスエリアにあった巨岩が、音の発生源だと思われるのだ。
「…行くぞ」
「キュー!」
「…ぶふっ!」
…いい感じに緊迫していたのに、カルの元気一杯な返事で毒気を抜かれてしまったな。いや、無駄に緊張していたのを解してくれたのだと考えよう。
私はまだ上手く飛べないらしいカルを四本の腕で優しく抱き上げる。それだけで嬉しそうに鳴き声を上げるのに癒されつつある辺り、私も他の四人をどうこう言えんな。
巨岩までは数秒で到着した。異音が聞こえたので、大きな変化があったのではないか、と思ったのだがパッと見ただけでは私には変化がわからなかった。
「あ!あった!ここだよ!」
しかし、我々にはこういうのが得意なルビーがいる。彼女はすぐに岩肌にあった違和感を看破した。そこには随分と近代的なスイッチがあるではないか。
「ど、どうするの?」
「どうする、だって?」
ルビーは何故か不安そうだが、悪役と怪しいボタンと言えば古くから続くセットではないか。そして、ボタンを押すときには、お決まりの台詞も忘れてはならない!
「…ポチッとな!」
ウィーン…
私が押したボタンは、どうやら扉の開閉ボタンだったらしい。ボタンの横は扉だったらしく、それが自動ドアのように左右に開いたのだ。
「岩の表面そのものが扉になってるのか…」
「うわっ!これ、【探知】対策なんだ!」
ルビーの持つ斥候職に必須の【探知】能力。これは罠の発見や、先程のような隠されたスイッチを発見するのに役立つのだが、この扉のように岩そのものを扉にされると隠されていない判定となってしまうらしい。
能力の特性を利用した、狡猾な隠蔽手段だと言う訳だ。この方法、いつか我々が拠点を作る時に使えないだろうか?記憶の片隅に置いておこう。
いかん、いかん。思考が脱線しているぞ。何が待っているのかは知らんが、またもや新しい冒険の香りが漂って来るじゃあないか!
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イザーム達は隠しエリア『古代の移動塔』を発見した。
発見報酬として10SPが授与されます。
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やはり、ここも隠しエリアだったようだな。そして名前は『古代の移動塔』か。移動…そして『時空の楔』…か。何と無くだが、ここで得られるものが何なのか、わかった気がするぞ。
まあ、ただの勘でしかない。早速、中へ入るとするか!
色々と悩んだ結果、産まれたのは幼龍になりました。
やっぱり龍に乗った悪役って強キャラ感があっていいですよね?無理に奇を衒うよりはオーソドックスに格好いい方にしました。
ですが、進化するにつれて主人公色に染まって行く予定です。どんな化け物になるんですかね?
あと孵化のタイミングですが、『受け取った時から10レベル上がった時』と決めていました。上手いことボス戦と遺跡探索の合間になって我ながら感動していました(自分語り)。




