ノックスの戦い 突入
マキシマ達による決死の自爆攻撃によって、『傲慢』は内部から大爆発して派手に煙を上げている。そして爆発によって内部へ侵入するのにちょうど良い大きな穴が開通してしまったのだ。
「今しかないわよ!」
「そのようですねぇ」
「ええ。突っ込むわ」
この好機に動いた者達がいる。彼女らこの状況までずっと雲の上で待機しており、確実に『傲慢』へ侵入するタイミングをじっと窺っていたのだ。
辛抱強く上空で待機していたのは二つのクラン。『Amazonas』と『仮面戦団』である。彼女らが待機しているのは、アマハが駆るヨーキヴァルが抱える金属製の小舟の上だった。
ただし、ただでさえ船は金属製な上に全員が乗るとヨーキヴァルには重すぎる。そこで彼女の身体には滞空するのを補助する気球が括り付けられていた。
片や魔王国が原因で謂れなき誹謗中傷を受け、その後原因となった魔王国に温かく受け入れられたクラン。片や嬉々として強者を襲い続け、偶然にも魔王国を築いた者達と繋がりを持ったクラン。共通しているのは全員が人類ということだけであり、クランの方針から魔王国に助力する理由に至るまで異なっていた。
しかしながら、彼女らの目的は共通している。彼女らは『傲慢』の内部に侵入し、これを制圧するための切り札として待機していたのだ。最初に飛び込もうとする仕草を見せた者達がいたが、彼らがすんなりと侵入出来るとは思っていない。警備がそこまでザルだと甘い見通しはしていなかったのだ。
『仮面戦団』のリーダー、ウスバは腰の剣を閃かせるとヨーキヴァルに括り付けられていた気球の縄が切り落とす。気球を滞空する補助としていたこともあり、ヨーキヴァルは重力に従って落下し始めた。
「窮屈な思いをさせて悪かったわね、ヨーキ。憂さ晴らしと行きましょうか…加速して」
「クオオオオオオッ!」
アマハに許可を得たヨーキヴァルは翼を羽ばたかせて一気に加速する。小舟を抱えて上昇するのは難しくとも、加速して下降するだけなら容易いこと。気球を括り付けられていた不満を爆発させるかのように、一瞬でトップスピードにまで達したヨーキヴァルは雲を突き破ると弾丸めいた速度で『傲慢』に接近していった。
上空から高速で接近する影に気付く者は当然ながら存在する。しかしながら、誰かが対応に動く前にヨーキヴァルは『傲慢』のすぐ側にたどり着いており、まだ黒煙がもうもうと上がっている傷口に金属製の小舟を放り込んでいた。
「く、クラクラするわね…」
「フフフ。ジェットコースターよりもずっとエキサイティングでした」
ある意味で最大の被害者は小舟に乗っていた者達だろう。ヨーキヴァルは急加速した上、乗っている者達のことなど考慮せずに隙間から放り込んだ。急停止させられた衝撃は小舟をグシャグシャに潰し、『傲慢』の内部に放り出されたプレイヤー達はごく一部を除いてダメージを受けていた。
そのごく一部であるウスバは薄ら笑いを浮かべながら『仮面戦団』のメンバーを立ち上がらせる。そしてそのままスタスタと歩き始めた。
彼らが去っていこうとするのを『Amazonas』の誰も止めようとはしない。何故なら、『Amazonas』と『仮面戦団』はここから別行動を取るからだった。
「楽しく暴れて来なさいね」
「ええ、そうさせていただきますよ」
『Amazonas』の目的は『傲慢』を墜落させる、もしくは司令部の制圧によって『傲慢』を無力化することだ。あくまでも優先目標は『傲慢』の墜落であり、司令部の制圧は墜落させるのに失敗した時のサブプランであった。
そのための大量の爆薬は『錬金術研究所』から預かっている。後はこの爆薬を『傲慢』の各所に仕掛けて起爆するだけだった。
ただし、爆薬は漫然と仕掛けても効果は薄い。『傲慢』を墜落、最低でも浮遊していられなくするためには最低でも機関部を機能不全に陥らせる必要がある。『ノンフィクション』の記者が生命と引き換えに設計図を盗み出すことに成功してはいたが、その正確な場所や行き着くまでの経路は不明であった。
「大丈夫?すっごい音がしたけど?」
「平気よ、ルビーちゃん」
「じゃあ行こうよ。こっち!」
アルテミスが彼女らを送り届けた後に空戦部隊と合流しているアマハを除いたクラン全員の無事を確認した時、彼女の頭上から話し掛ける者がいた。それはひと足早く『傲慢』に潜入していたルビーであった。
最初に空戦部隊の一部が『傲慢』へ肉薄した際、シオの肩に乗っていた彼女は密かに一人だけで『傲慢』に飛び付いていた。小さく透明、そして狭い隙間からも侵入可能という粘体の特性を存分に活かした彼女は『傲慢』の空調などの内部を通って構造を把握していたのである。
つまり、ルビーの案内に従えば効率良く『傲慢』を沈めることが出来るということ。『Amazonas』のメンバーは彼女の誘導に従って、警報が鳴り止まない『傲慢』の内部を移動し始めた。
この時、ルビーはなるべく人目につかないルートを選んで誘導している。その理由はもちろん、無駄な戦闘によって『傲慢』の破壊が遅れるのを防ぐためだ。だが、『仮面戦団』のメンバーは逆に人の声が聞こえる方向を目指して歩みを進めていた。
「クッソ!戦場に戻るぞ!」
「あぁっ!?レアアイテム落としちまった!」
今この瞬間も『傲慢』の外では激しい戦闘が繰り広げられている。転移罠によって強制的に移動させられた者達は死なない程度に足止めされ続けているが、全力でぶつかり合っている陸戦部隊同士の激突では手加減などしていられない。次々と死者が出ていた。
プレイヤーは死亡してもリスポーン地点として設定されたベッドなどから復活する。死亡した時に装備品や所持アイテムの一部を失うというペナルティはあれど、基本的に戦闘自体はすぐに行える状態に戻る。それ故に『傲慢』内にリスポーン地点を持つプレイヤー達は死んでも即座に戦線復帰するゾンビ戦術が可能であった。
「戻ったら目のもの見せてやギュッ!?」
「残念ながら、それは困るんですよね」
そうしてリスポーンし、戦線へ戻ろうとしていたプレイヤーの喉に短剣が突き刺さる。その短剣を投擲したのは『仮面戦団』のメンバーの一人、茜であった。
復活したばかりだったものの、そのプレイヤーは何が何やらわからぬまま不意打ちによって即死させられる。他のプレイヤー達も次々と討ち取られていく。あっという間に戦線復帰しようとしていたプレイヤー達は全滅してしまった。
「我々のスタイルからは離れていますが、今回ばかりは曲げましょう。愉快な王国を守るために、ね」
「ん。がんばる」
「ハッ!腕が鳴るぜ!」
「同じ相手と連戦かぁ…初めてかも?」
「モグラ叩きみたいなモンでしょ」
「ブハッ!確かにそうかも!」
『仮面戦団』の目的は『傲慢』で復活するプレイヤー達の排除と、彼らが復活するために利用しているベッドの破壊である。復活したプレイヤー達を『傲慢』の内部に押し込めつつ、ベッドの破壊によって『傲慢』内における復活を阻止するのだ。
ただし、この役目は陸戦部隊以上に激しい戦いが強いられる。というのも復活したプレイヤー達を復活地点のすぐ側で倒し続けるのだ。再び復活した怒れるプレイヤー達と即座に接敵することを意味している。つまり、プレイヤー達との連戦を強いられるのだ。
「侵入者!?ふざけやがって!」
「ぶっ殺してやれ!」
つい先程倒したプレイヤー達が廊下の曲がり角から姿を現した。完全な不意打ちで倒された先程とは異なり、臨戦態勢で既に武器を抜いている。不意打ちで倒すことが不可能となっていた。
そんなプレイヤー達を見ても『仮面戦団』のメンバーは誰一人として動じない。それどころか楽しげに笑う余裕すらあった。
「わざわざベッドがある方向を教えてくれて感謝しますよ」
復活したプレイヤー達がやって来る方向を追っていけば、いずれ彼らが使っているベッドにたどり着く。戦っては前進し、また戦っては前進する。それを繰り返してベッドを破壊するつもりなのだ。
復活したプレイヤー全員が『仮面戦団』と戦うことはない。他の者達に任せて地上へ降りる者達もいるだろう。だが『傲慢』の内部で彼らと戦っているプレイヤーは地上に降りられないので、彼らが戦えば戦うほど陸戦部隊が楽になるのだ。
「ママ達の工作で全て破壊出来れば良いのですが、そう簡単には行かないでしょうし」
「独り言とは余裕だな!」
「実際、余裕ですし」
プレイヤーと斬り結んでいたウスバだったが、その太刀筋は既に見切っていた。軽々とプレイヤーの攻撃を捌くと、『暴食』の力を封じた剣によって首を斬り飛ばした。
武技を使うでもなくプレイヤーの首を斬り飛ばすのは防具の隙間を正確に通す達人芸が必要なのだが、源十郎と同じことが彼にも可能である。多対一の戦いを幾度も切り抜けた修羅の業であった。
「さあさあ、このくらいで手間取っていては情けないですよ。どんどん進みましょう」
「「「へーい」」」
最強のPKクランという呼び声は伊達ではない。ウスバ達は自分達よりも多い人数のプレイヤーをあっさりと全滅させる。だが、彼らが進む先からは既に足音が聞こえてきた。
再度復活したプレイヤー達が向かっているのだろう。ならば再び討ち取ってベッドにまで向かうのみ。ウスバ達は仮面の下で激化するであろう戦いを楽しむように笑っていた。
次回は7月31日に投稿予定です。




