ノックスの戦い 独立記念日
宮殿の城門前から転移させられた者達の半数はジゴロウの待つ闘技場へと送られた。しかしそれは三パーティーのみ。では、残りの三パーティーはどこへ転移したのだろうか?
「け、剣道場?」
「どうなってんだよ…?」
彼らが転移された先は天井が高く板張りの建造物であった。正面には神棚が設置され、その下には縦書きで『臨兵闘者皆陣烈在前』と書かれた達筆な書が飾られている。誰がどう見ても道場という印象を受ける内装であった。
実際、ここは道場である。あるプレイヤーが自分を師と仰ぐ者達に武術を教えるため、最近になって築いた場所なのだ。ここで魔王国の民は日々研鑽に励んでいた。
「ふむ。儂の相手はお主らかの」
「げぇっ!?アンタは!」
「こんな所にいたのかよ!?」
虚空から靄と共にプレイヤー達の前に姿を現したのは、この道場の道場主にして道場のエリアボス、源十郎であった。彼もまた、闘技大会で一躍有名となったプレイヤーだ。同時に闘技大会以外でその姿を目撃したという情報が全くない、幻のプレイヤーとしても有名であった。
そんな人物が目の前に現れたのだ。驚くなと言う方が難しいだろう。源十郎はプレイヤー達の動揺が収まるまで仁王立ちで待っていた。
「落ち着いたようじゃな。では、ここのルールを説明してしんぜよう」
プレイヤー達が平静を取り戻した所で、源十郎はプレイヤー達が必要としているであろう情報を全て伝えた。自分はエリアボスとしてここにいること、自分を倒せば迷宮のボスが弱体化すること、そして自分を倒すまで何度でも再チャレンジが可能であること。誤解しようのないほど、説明書を読み上げるように伝えたのだ。
ルールを懇切丁寧に説明されたプレイヤー達だったが、ありがたいと思うと同時に不思議でもあった。詳しく教えたのはただの親切であるはずがない。何らかの目的があるはずだが、その目的が全く掴めなかったからだ。
「さて、これがここのルールじゃ。何か質問はあるかの?」
「えっと、じゃあ一ついいですか?」
「うむ」
「戦わずに逃げるっていうのはダメなんです?」
「おお、言い忘れておったわ。逃げても良いが、宮殿には入れぬぞ。既に一つのパーティーが宮殿に侵入しておるのでな」
ここから逃亡し、再び宮殿の扉を潜ったとしても、ここにいる三パーティーの中の一つが宮殿に侵入出来るのかと言えばそうではない。宮殿に別のパーティーが侵入していると別のパーティーは侵入不可に設定してあるからだ。
侵入しようとすれば逃れられない転移罠が設置されている代わりに、複数のパーティーでエリアボスを討伐して『ノックス』そのもののボスを弱体化させられるようになっている。こうしてボスに挑んでいるパーティーを援護し、協力してボスを倒せる。そうやって難易度のバランスを取っているのだ…名目上は。
「そして人数の兼ね合いから、お主らは再びここに来ることになろう。どうしても入りたくば神護人形を倒さねばならんが……やるかの?」
ただ、ボスを弱体化させられないものの、複数のパーティーでボスに挑む方法も存在する。それが城門前にいる神護人形を倒して転移罠を解除することだ。
本当は人数で畳み掛ければ容易いことなのだが、そう思わせないようにプレイヤー達の思考は誘導されている。真の罠を見破られたという体で源十郎が問い掛けると、プレイヤー達は勢い良く首を横に振った。
人類プレイヤー視点では、ここで源十郎を倒すまで何度も挑む方が合理的なのだ。それをわざわざ教えてくれるからこそ、彼らは不思議に思わずにいられない。ただ、その理由は源十郎本人の口から述べられた。
「ここにおる者達は中々に猛者揃いではあるがの、たまには国外の猛者とも手合わせしてみたいのじゃよ」
源十郎が彼らを引き止める理由。それはジゴロウと同じく強者と戦いたいから。エリアボスとして君臨していれば、必ず大勢の猛者がやって来る。それを撃退して魔王国に貢献しつつ、猛者との戦いも楽しめるのだ。まさに一石二鳥であった。
落ち着いた語り口であった源十郎から唐突に飛び出した、非常に好戦的な言葉にプレイヤー達はたじろいだ。だが、どちらにせよ戦うことは既定路線である。彼らは落ち着いて武器を構えた。
「先ずは小手調べと行くかの」
そう言った源十郎の手にはいつの間にか大振りのナイフが握られている。ナイフは全て手に握られているので四刀流となった源十郎だったが、出だしが全くわからない一歩で最も近いプレイヤーに接近して斬り刻んだ。
四本のナイフは全て鎧の隙間から急所を抉っていた。ボスのステータスで急所を四ヶ所も同時に抉られて無事でいられるはずもない。そのプレイヤーはそのまま死亡してしまった。
「今のに対応出来んか。ふむ…急過ぎたかの?」
「ぼっ、防御を固めろ!」
「来るぞ!」
闘技場だけでなく、道場でもエリアボスとの戦闘が始まった。その頃、『ノックス』の上空での戦いは佳境を迎えていた。魔王国側の戦力は空戦部隊と天巨人の羊騎兵と浮遊戦艦の艦隊、王国側は浮遊要塞『傲慢』と龍を駆る人類プレイヤー達。兵器は兵器と、プレイヤーはプレイヤーと戦っていた。
龍を駆るプレイヤー達は『傲慢』そのものを傷付ける天巨人達を何とかしようとしているものの、飛行可能な魔物プレイヤー達に追い詰められていた。龍の数で言えば人類プレイヤーの方が多いのだが、魔物プレイヤー達は龍との戦いに慣れていた。
「カル坊に比べりゃぁ、大分弱いで!」
「乗り手との連係が甘すぎますね」
『フオオオオオオオオオオン!!!』
人類プレイヤー達にとっての不運は魔王国の空戦部隊が仮想敵として模擬戦を繰り返したのがここにはいないカルナグトゥールだったことだろう。彼はプレイヤーに育てられた龍の中では最も経験を積んでいる上に、プレイヤーでも最高峰の者達に戦闘技術を叩き込まれている。仮にここにいれば、龍達は本能的恐怖から怯えていたかもしれない。
空戦部隊が龍とそれを駆るプレイヤーとの戦いに慣れているのも人類プレイヤーがやり辛い原因の一つだが、もう一つの原因を挙げるならゲイハによる妨害だろう。幽霊の小さな鯨を無数に放ち、触れれば高い確率で何らかの状態異常になってしまうのだから。
距離を取ろうとすれば幽霊の鯨に行く手を阻まれ、逆に好機と見て空戦部隊に攻めかかろうとすれば出鼻を挫くように幽霊の鯨が立ちはだかる。砲台を破壊して回る天巨人の兵団を妨害するどころか、このままでは自分たちの生命すらも危うかった。
「うおっ!?ヤバそうな音が聞こえたで!?」
「あぁっ!?戦艦が!」
プレイヤー同士の戦いは魔王国が優勢であったものの、兵器同士の攻防は王国が優勢であった。最初から本来の性能とは程遠く、また魔王国による度重なる攻撃によって傷だらけになっている『傲慢』。各所から黒煙が上がり、漏電の火花を散らしていても伝説的な古代兵器は健在であった。
浮遊戦艦の艦砲射撃は確実に脆い部分を狙い撃っているので、『傲慢』の傷はどんどん増えている。だが天巨人達が砲台を破壊しているにもかかわらず、『傲慢』の砲台が多過ぎるせいで浮遊戦艦の艦隊の方がボロボロになっていた。
これまでは黒煙を上げながらも何とか浮遊しながら戦えていたものの、浮遊戦艦の一隻がついに爆発して半ばからへし折れて墜落し始めたのである。浮遊の機関はまだ生きているようで、ゆっくりと下へ墜落していた。
「あぁ?」
「何か出て来た?」
墜落していく浮遊戦艦を見ていたプレイヤー達は、その中から十ほどの小さな何かが飛び出していくのを目撃する。それを見た誰もが…それこそ、魔王国側のプレイヤー達までも困惑していた。
それもそのはず、それは研究区画の者達が秘匿していた秘密兵器だからだ。彼らは魔王国という最高の環境を手放したくない一心で迎撃準備に心血を注いで来た。ただ、それでも秘匿していた秘密兵器というロマンを捨てきれなかったのである。
『ウハハハハ!見たか!一人乗り用ミサイルだぁ!』
背後で爆発四散する浮遊戦艦から飛び出したのは一人乗り用の飛行機だったらしい。それらは収納していたらしい翼を開くと、炎をふかしながら真っ直ぐに『傲慢』へと直進していくではないか。
実はこの飛行機、自他共に認める失敗兵器であった。極限まで小型化させたことによって直進することしか出来なくなってしまったのである。多少は舵を利かせられるが、反転しようとすれば機体が耐えきれずに空中分解してしまうのだ。
ならばいっそ、とばかりに彼らは空いたスペースに重量限界まで爆薬を詰め込んだ。そうして飛行機は有人小型ミサイルと化したのである。
『ガハハハ!こいつをミサイルにすると決めてからよぉ、言ってみたかったセリフがあるんだよなぁ!行くぞ、お前ら!』
有人ミサイルに搭載されている拡声器からは非常に楽しそうなマキシマの声が響き渡る。『傲慢』から迎撃の射撃にさらされて数機が空中で爆散しながらも、残りは『傲慢』の傷口へと吸い込まれるように入って行く。
『『『よう、お前ら!帰って来たぜぇぇ!!!』』』
某名作映画のワンシーンのようにマキシマ達は『傲慢』の内部に飛び込む。その直後、『傲慢』の装甲の一部が内部から剥がれ落ちるほどの大爆発が起きるのだった。
次回は7月27日に投稿予定です。




