ノックスの戦い 騙し騙され
数多の犠牲を払いながら魔王国の宮殿の前にたどり着いたルーク達だったが、彼らの前に立ち塞がったのは一体の魔導人形であった。これが普段であれば、誰も何も気にせずに排除すべく動いたことだろう。だが、問題はその魔導人形の前に立てられていた一枚の看板にあった。
「『戦って無為に時間を費やすか、あえて罠を潜り抜けて時間を短縮するか。好きに選ぶが良い』だって?」
「所詮は魔導人形だろ?さっさとぶっ壊して…」
「ダメ!そいつ、都市防衛用の特別なヤツだよ!」
看板の挑発的な文言など無視して魔導人形に攻撃しようとした者がいたのだが、それに待ったをかける声が間に合った。忠告したプレイヤーが言う通り、この魔導人形はかつてイザーム達が街を襲撃した際に討伐して奪い取った『神護人形の天核』を用いた神護人形なのだ。
『ノックス』を迷宮化させた場合、神護人形にとって非常に奇妙な形になってしまう。何せ守護する街は無事なのに、街が街でなくなってしまうのだから。
ただ、この件に関してはちゃんと仕様として定められていた。神護人形は魔王国の持ち物として扱われるため、迷宮となった後でも配置することは可能である。しかしながら、街を守護する時の性能のままであって良いはずがない。イザーム達が戦った時のように、魔導人形としての性能しかなかった。
魔王国の技術を結集させているので、プレイヤー数人相手なら戦える性能は担保されている。それでもこの状況では時間稼ぎくらいにしかならないのだが、プレイヤーの視点では都市防衛時の性能だとしか思えない。自分達を一方的に殺戮可能な化け物だと誤認させていたのである。
「あっぶねぇ!助かった!」
「実質、罠を踏んで乗り込むしか選択肢はないってことかい。嫌らしいね」
罠を仕掛けた者の想定通り、プレイヤー達は倒せるはずの神護人形との戦闘を回避しつつあえて罠を踏みに行くことを選んだ。致命的な罠を回避出来たと彼らは喜んでいるが、仕掛けた本人は魔王らしく悪い笑みを浮かべていることだろう。引っ掛かったな、と。
神護人形は最初に攻撃されない限りは動き出すことはないように設定されている。こちらから仕掛けて化けの皮が剥がれては困るからだ。それをプレイヤー達も理解しているらしく、神護人形が反応しない距離から城門に仕掛けられているであろう罠について調べてみた。
「…城門を潜ると一つのパーティー以外が別の場所に飛ばされるっぽい。逆に言うと一つのパーティーだけは城に入れる」
「完全にランダムなの?」
「そう」
斥候職のプレイヤー達が慎重に調査したことで、城門そのものに仕掛けられた罠の詳細が明らかになった。運の良いパーティーだけは罠によって転移せず、残りはどこか別の場所へ転移させられる。送られる場所がどこなのかはわからなかった。
これはプレイヤー達にとって僥倖でもあった。一つだけと限られるものの、宮殿の内部にこのまま乗り込める者達もいる。それが誰になるのかは完全にランダムではあるものの、この迷宮を攻略するチャンスが巡って来たということなのだから。
「誰が選ばれたとしても文句は言いっこなしだぜ?」
「おうともよ!」
「七分の一かぁ…」
ここまでたどり着いたパーティーの数は七つ。だが、宮殿に立ち入れるのは一つだけ。完全にランダムなのだから、誰が選ばれようが運でしかなかった。
ある意味、戦況を一気に引っくり返せるかどうかの瀬戸際である。ここで迷宮のボスを倒せれば、間違いなくこの戦いにおけるMVPだ。英雄として称えられるかもしれない。そんなほんのりとした野心を抱きつつ、プレイヤー達は城門を潜った。
『干渉するならここね!』
◆◇◆◇◆◇
「あー…俺達はハズレか」
「そういうことっぽいな」
城門を潜った瞬間に視界がグニャリと歪んだかと思えば、彼らは明らかに宮殿とは異なる場所に現れた。どうやら自分達は英雄にはなりそこねたらしい。彼らは落胆と安堵を同時に味わっていた。
宮殿に入れた者は確かに英雄になれるかもしれない。だが、同時に英雄になれなかった時、すなわち迷宮のボスを倒せなかった時の責任が問われる立場となってしまうのだ。
英雄となるか、敗北の一因となるか。成功した時に得られる名声と、失敗した時に問われる責任の重さは釣り合っているのか。彼らの安堵は責任を問われない立場になったことで得られたモノだった。
「で、ここは何だ?闘技場?」
「多分街の中の施設なんだろ」
そんな彼らが送られた先は闘技場であった。闘技場はそれなりに広く、ここで何が待ち構えるにせよ共に飛ばされた三つのパーティーが動き回るのには十分である。ただ、それだけの広さがあるのに観客席には誰一人座っていないので、少し殺風景な雰囲気は否めなかった。
プレイヤー達は何もせずにここから出られるとは思っていない。現に闘技場の扉は閉ざされており、『ノックス』が迷宮である限り絶対に壊せないからだ。
「闘技場に強制参加しろってことか?」
「へっ、なら相手はここのチャンピオンかもな!」
「ハッハァ!良い勘してるなァ、兄ちゃんよォ!」
観客の誰もいない闘技場に、ここにいるプレイヤーではない声が響き渡る。声のした方を見上げると、貴賓席だと思われる特別に豪華な観客席に腰掛けている者がいるではないか。
その何者かは椅子に沈み込むようにリラックスして身体を預けながら脚を組み、瓢箪を傾けてその中身をグビグビと飲んでいるではないか。瓢箪から漂うのは甘く、芳しい桃の香り。闘技場にいるプレイヤー達から随分と離れているはずだが、彼らの嗅覚が反応するほどに強い香りを放っているようだ。
「え、あ、そ、その瓢箪!まっ、まさか!」
「プハァ…あァ?瓢箪…ああ、そういやァこいつァ人前で貰ったんだっけかァ?すっかり忘れてたぜェ…あらよっとォ!」
瓢箪の中身を最後まで呷ってから、何者かは自分の持つ瓢箪を眺めて何かに納得した様子で独りごちる。その後、全身のバネを活かしてその場から大きく跳躍し、闘技場へと降り立った。
腰の辺りにまで垂れ下がった輝く金色の長髪、鍛え上げられた肉体には複雑な紋様の入れ墨が浮かんでいる。両腕には戦闘用と思われる籠手を装着し、虎柄の腰巻きを巻いていた。
そして最大の特徴は頭から天を衝くように伸びる鋭い角であろう。その姿を知らないプレイヤーは誰一人として存在しなかった。
「お、お前!闘技大会の!」
「パーティーの部なのに個人で優勝した…!」
「改めて名乗ってやらァ。俺ァ、ジゴロウ。迷宮になった『ノックス』、その闘技場エリアのエリアボスってのが今の俺の肩書だなァ」
広い迷宮には最終的なボスの他にも特定のエリアのボスを設定出来る。倒したとしても迷宮を攻略したことにはならないものの、倒せば何らかの報酬が得られることになっていた。
その報酬は強力なアイテムであることもあれば、倒すことで迷宮内の隠された場所への道が開通することもある。だが、ジゴロウ達の場合は上記の二つではないパターンであった。
「気張れよォ、テメェら。俺を倒しゃァよォ…魔王国のボスは弱体化すんぜェ」
迷宮と化した『ノックス』において、エリアボス攻略の報酬とは迷宮そのもののボスの弱体化であった。つまり、ここに転移させられた者達の働きによってジゴロウを討ち取ることに成功すれば、迷宮攻略に大きく貢献することになるのだ。
ジゴロウが何者か、目の前のプレイヤー達は知っている。あの勇者パーティーと戦い、単独でありながら引き分けにまで持ち込んだ怪物。それが迷宮のボスとして立ちはだかった。驚愕や困惑など様々な感情が渦巻いていたが、その中で最たるものは絶望であった。
彼らは勇者パーティーと遜色ない力量だと自負しているし、客観的に見てもそれは事実だ。だが、そんなパーティーと引き分けた怪物が、迷宮のエリアボスとして大幅な強化を受けて自分達の前に立っている。この人数であろうと勝てるとは思えなかった。
しかしながら、ジゴロウ本人によって彼らの戦意は焚き付けられることとなる。倒せれば勝利に大きく貢献出来ると教えてもらったからだ。冷静に考えれば、こちらの人数は勇者パーティーの三倍もいる。いくらステータスが強化されていると言っても勝てる目算の方が大きいのではないか?彼らの中の天秤は絶望からの諦念よりも、勝利への希望へと傾いていた。
「あァそうだァ。俺にヤラれても、俺を倒すまでなら何回でも再挑戦可能だからよォ…その分、手加減抜きで行くぜェ?」
「来るッ!?」
「は、速ッ!?」
事前に言っておくべきことを全て言い終えた瞬間、ジゴロウは瞬間移動したかのような速度で間合いを詰める。そしてその速度を乗せた前蹴りで最前線にいたプレイヤーを壁まで蹴り飛ばしたのだ。
そのプレイヤーは重装備の盾役だったのだが、一撃で吹き飛ばされたのである。防御が間に合わなかったことを考慮しても、エリアボスと化したジゴロウがプレイヤーの枠を大幅に超えているのは誰の目にも明らかであった。
「絶対に倒すぞ!」
「おう!速ぇなら目が慣れるまで防御を固める!」
「ハッハハァ!いいねェ、いいねェ!楽しませてくれよォ!」
普段の『ノックス』よりも静かな、しかし戦いの熱量だけは普段通りの闘技場では激闘が始まる。圧倒的な数的不利を強いられているジゴロウだったが、その顔はこれ以上ないほどの笑顔に彩られていた。
次回は7月23日に投稿予定です。




