ノックスの戦い 怒れる闇森人と『DAIDARA』
転移の罠によって地獄と深淵という遠く離れた場所へ飛ばすという発想は、エリとリアの二人が引っ掛かった罠から着想を得ている。ただ、迷宮の制作において転移の罠は飛ばす場所が遠ければ遠いほどコストが掛かる。それを捻出するために、イザームは思い切って迷宮の魔物の数を削減することにしていた。
それでも地獄送りや深淵送りの罠を無数に設置することは出来ない。そうすると維持費がさらに高騰し、戦闘中に対価を払えなくなりそうな金額になってしまうからだ。
「ここは、森か?」
「そうっぽいな。フィールドの名称は…チッ。罠で送られた先の名前はわからない仕様か」
「転移系のアイテムも使えねぇ。面倒だな」
故に転移罠の半数ほどは地上に繋がるようになっていた。ただし、迷宮の罠の仕様によって簡単に元いた場所へ戻ることは出来ないようにされている。この仕様にすると維持費が余計に必要となるのだが、分断するには必要経費と割り切っていた。
閑話休題。彼らが転移させられた場所は大木が生い茂る鬱蒼とした森であった。同じ転移罠に巻き込まれたのは数人いたはずなのだが、ここには二人しかいない。どうやら巻き込まれた者達をバラバラな場所に移動させてしまう罠だったようだ。
森では木の枝同士が絡み合って屋根のようになっており、常に空を覆う雲のせいで弱くなっている陽光がさらに遮られている。夜に近いほど森の中は暗くなっており、二人はすぐに光源用のアイテムを取り出して周囲を照らした。
明るくなったとしても、ここがどこなのかわかる目印など存在しない。それでも二人の耳は近くから聞こえる戦っている者達の怒号や剣戟の音を聞き取った。どうやら自分達は『ノックス』のすぐ近くにいるらしい。ならば戦線復帰は容易いことだ。
「いや、待て…おかしいぞ」
「え?何が?」
「『傲慢』の副砲で街の周囲は更地にされたはずだろ?なら、この森は何だよ?」
ただ、片方のプレイヤーはあることに気が付いた。それは『ノックス』の近辺に森があるということそのものが不合理だという点である。
『エビタイ』での手痛い反撃を受け、王国軍は『傲慢』の副砲によって徹底的に砲撃を行った。貴重な副砲の一つが壊れるまで行われたことで、迷宮と化していた『ノックス』以外の周辺は更地にされた。なのに近くで戦闘の音が聞こえている。明らかに矛盾しているのだ。
地面を見れば雑草や苔が生えているので更地にされた場所とは思えない。やはりここは『ノックス』から離れた場所なのではないか?その疑念は大きくなっていた。
「お前の感覚が頼りだ」
「任せろって!」
この二人が幸運だったのは、片方が斥候職だったことだろう。罠や敵がいれば感知することは出来る。油断さえなければ奇襲を受けることはないはずだ。
二人は慎重に大きな音が聞こえる方へ進んでいく。森は相変わらず深いものの、前方から聞こえる音はどんどん近くなっている。森の出口に向かっているはずなのだが、斥候職のプレイヤーの表情は険しくなっていた。
「どうした?」
「何か変だ。こう、言葉に出来ないんだけど…」
「違和感があるってことか」
斥候職のプレイヤーは険しい表情で頷いた。言語化するのは難しいが、経験が違和感を感じ取っている状態らしい。得てしてそういう違和感は正しい。何があっても良いようにもう一人のプレイヤーは戦士らしく武器と盾を抜いていた。
そうして警戒しながら進んでいると、直ぐ側で戦闘が起きているかと錯覚するほどの音量の音が聞こえてくる。しかしながら、二人はまだ深い森の中にいた。
斥候職のプレイヤーは罠を感知する能力を持っているので、前方に何もないことはわかっている。それ故に彼らは躊躇なく前方へ進んだ。すると彼らは木の枝から吊り下げられている音の出る魔道具であった。
「ち、蓄音機…?」
「こんなモンで…!クソッ!」
二人がずっと追いかけていた音の正体は、蓄音機から垂れ流される録音だった。あまりにも人を馬鹿にしているかのような罠と、それに引っ掛かっていた自分達に腹が立つ。苛立ちを少しでも紛らわせるべく、力任せに蓄音機に武器を振るって破壊した。
迂闊な行動だったが、幸いにも蓄音機に爆弾などは仕掛けられていなかった。しかしながら、出口のヒントを失って振り出しに戻ったのだ。『ノックス』から離れていると疑っていたものの、もしかしてという希望があった二人を強い徒労感が襲っていた。
「じゃあどこに行きゃ良いん…後ろ!」
「ふっ!」
「ほう。やるじゃないか」
「他の連中は初手がかわせなかったのにね」
徒労感によって肩を落としていても、二人共油断はしていなかったらしい。斥候職のプレイヤーは背後から飛んできた矢に反応し、戦士のプレイヤーは盾でこれを防いだ。
二人は矢によって不意打ちを仕掛けて来た者を見上げる。それは周囲に生える大樹、その枝の上に立っている闇森人達だった。
「やあ、風来者のお二方。じゃあ死ん…だら面倒なんだっけ?」
「ええ。だからちょっと身動きが取れなくなってもらうのよ」
彼らは口調こそ朗らかで、あまり敵意がないように思えるかもしれない。だが、二人のプレイヤーは一瞬も気が抜けなかった。何故なら、樹上には闇森人が十人以上いて、彼らは全員が弓に矢を番えた状態でいつでも射抜けるように構えていたからだ。
彼らが強い敵意を見せているのにはもちろん理由がある。闇森人達は『ノックス』の外にあった林、その樹上に家を築いていた。万が一を考慮して家財は搬出してあったが、住み慣れた家と自分達が管理していた林を焼き払われたのだ。その怒りは凄まじく、顔は笑っていても目は全く笑っていなかった。
「分が悪い…逃げるぞ!」
「追うよ。ただし、付かず離れず。ジワジワ追い詰めよう」
「はーい」
このようにプレイヤー達が転移させられた先、『誘惑の闇森』の各地ではプレイヤーと闇森人による追走劇が繰り広げられることとなる。闇森人が各地に仕掛けておいた罠や各種状態異常を引き起こす毒薬が塗られた弓矢、龍をも麻痺させる果物を食べさせられるなど彼らが『ノックス』に戻ることは許されなかった。
地上の転移先は『誘惑の闇森』だけではない。驚くべきことに、『ノックス』の城壁の直ぐ側という非常に近い位置に転移させられた者達もいた。
「『傲慢』の位置的に街の裏側か?」
「早く戻ろう!」
『おっと、そうは問屋が卸しませんぜ!』
すぐに城門側へ戻ろうとするプレイヤー達だったが、街の裏側にまで聞こえていそうな大音声が響き渡る。地声ではなく明らかに拡声器を通しての声にプレイヤー達は警戒せずにはいられなかった。
どこにいるのかわからないのは一瞬のこと。彼らの目の前にある城壁の上に拡声器を持った巨大なキノコが…しいたけが現れたからである。
『あーあー、テステス。よっし!プレイヤー諸君!君達は不法に我が国の領土を侵している!一刻も早く立ち去りなさーい!さもなくば強制的に退キョッ!?』
彼女は拡声器に乗せて要約すれば『ここから出ていけ』と伝えたのだが、言い切る前に人類プレイヤーに射抜かれてしまう。キノコの傘の部分に矢を受けた彼女は後ろへ倒れ込むようにして消えていった。
邪魔者は消えたとばかりに移動を開始しようとしたプレイヤー達だったが、彼らが立っている地面が激しく揺れ始める。何かの攻撃かと身構えたが、揺れの震源地はどうやら目の前の城壁の向こう側だと察した時には元凶が姿を現した。
「デッ、デカいぞ!?」
『ブワハハハハハ!やってくれたねぇ、プレイヤーの諸君!この拠点防衛兵器『DAIDARA』でお仕置きしちゃる!』
城壁の向こうから姿を現したのは、皮が剥がれて筋肉が剥き出しになったかのような超大型の巨人であった。城壁から覗いているのは胸部から上だけだが、見えているだけでも天巨人や海巨人の全身よりも遥かに大きい。プレイヤー達がたじろぐのも無理はないだろう。
呆然とするプレイヤー達を尻目に、拠点防衛兵器『DAIDARA』は両腕を振り上げる。そして思い切りプレイヤー達のいる地面に向かって全力で振り下ろした。
純粋な質量による攻撃は凄まじく、両の拳は地面を砕いて大きな凹みを作っている。プレイヤー達は数人が直撃してしまい、即死こそ免れたものの瀕死にまで追い込まれてしまった。
『これだけじゃあないんだよねぇ!』
拠点防衛兵器『DAIDARA』は上体をゆっくりと起こすと、口を大きく開いて上を見上げる。すると口の中から赤い雷光と共に太いビームが上へと放たれ…『傲慢』に直撃した。
しっかりと装甲が薄い部分が狙われたらしく、『傲慢』の一部が激しい爆発を起こす。プレイヤー達の間に動揺が走った。
『さあ、どうするのかなぁ?さっさと街中に戻っちゃう?じゃあプカプカ浮いてる『傲慢』ちゃんは下から狙い放題だよねぇ?』
「こっ、こいつ…!」
ここでプレイヤー達の顔が明らかに引き攣った。しいたけは選択を迫っているのだ。拠点防衛兵器『DAIDARA』を無視して『ノックス』に戻って『傲慢』にダメージを蓄積させるか、拠点防衛兵器『DAIDARA』を抑えるためにここで戦うのかを。
これが平時であれば無視したことだろう。だが、今は魔王国の空戦部隊や天巨人によって『傲慢』は攻められているために地上からの攻撃に対応出来るようには見えなかった。
ここで自分達が無視すれば、『傲慢』に致命的なダメージが入りかねない。彼らは実質、ここで戦うしかないのだ。忌々しげな表情になりながら、プレイヤー達は拠点防衛兵器『DAIDARA』と戦うことを決意するのだった。
次回は7月19日に投稿予定です。




