ノックスの戦い 陸戦と空戦
ルーク率いる人類プレイヤーの一部が宮殿の前にたどり着いた頃、『ノックス』の外では激しい戦いが繰り広げられていた。城壁上から降り注ぐ弾丸が王国兵をジワジワと削り、魔王国の陸戦部隊と騎兵隊は人類プレイヤー達を大いに苦戦させていた。
「ブガアアアアアアッ!!!」
「こいつっ!?」
「何て馬鹿力!?」
その最前線で雄叫びと共に大暴れしているのはエイジであった。最初は小鬼だった彼だが、今では猪頭重戦巨鬼将という種族に進化している。その本領は魔王国随一の筋力と体力、そして回復力であった。
全プレイヤーでも五指に入るだろう耐久力を持っている上で、魔王国の生産職が希少なアイテムを湯水のごとく使って作り上げた武具を装備しているのだ。ジゴロウと源十郎に磨かれた彼の技量も相まって、同レベルのプレイヤーを同時に数人相手取ることも可能になっていた。
「食らえ…!?」
「ブオオオオオオッ!!!」
「全然効いてない!?」
今も背後から襲い掛かったプレイヤーが放った槍の鋭い刺突を鎧の隙間から突き刺されながらも、全く動じることなく戦斧を刺した者の胴体に叩き込む。性能の良い鎧のお陰で即死こそしなかったものの、すぐに治療しなければならない大ダメージを負ってしまった。
ただ、エイジ達が相手をしているのは同格のプレイヤーである。彼らも強力な武装を用意しているし、技量の面でも大きな差はないはず。どうしてここまで圧倒出来ているのだろうか?
「後先なんざ考えんな!どうせ次はねぇんだからよ!おっ死ぬまで暴れやがれぇ!」
「「「「ヒャッハー!!!」」」」
本人の肉体と鍛えた技と武具だけではない。チンピラも言うように、彼らの力は次を捨てた力であるからだ。
人型兵器を除く陸戦部隊と騎兵隊の者達は全員が特性のポーションを服用していた。しいたけ達『錬金術研究所』の錬金術師達が改良し続けた秘薬である。服用後、一定時間の間だけ飛躍的にあらゆるステータスを上昇させるのだ。
研究に研究を重ねた結果、『錬金術研究所』は効果時間を延ばしながらステータスの上昇量を高めることに成功した。現状で最も強力な強化ポーションを作成出来る集団が彼女らなのは間違いないだろう。
一方で強力な効果であるが故に副作用は尋常ではなかった。効果が切れた瞬間に自力で立つことすら難しいほどに身体能力が低下し、その状態がリアルタイムで丸一日、ゲーム内時間では四日続くのだ。
身体の不調はそれで終わりではない。副作用はゆっくりと治っていくので、本調子に戻るまでにリアルタイムで一週間ほど要するのだ。ここぞという時にしか使えない劇薬なのである。
「一度退きなさい、チンピラ」
「あいよ、兎路の姐さん!」
この陸戦部隊の指揮官は兎路であった。彼女は冷静に戦況を見極めて細かく指示を出しつつ、自分もまた最前線で人類プレイヤーを斬り裂いていた。
流麗な動きで敵の刃を弾き、鎧の隙間に刃を滑り込ませる。その動きは敵対しているはずの人類プレイヤー達が思わず目を奪われるほどに美麗であった。
彼女は両手に持つ曲剣にそれぞれ真紅の炎を纏わせている。その炎は獄吏の長、閻魔のシンキと友誼を交わしたことで使えるようになった獄吏の炎であった。
「火耐性があるのに…!?」
「どんな手品だ!?」
一見すると普通の炎と変わらないのだが、獄吏の炎は火耐性を貫通する。その理由は荒野と溶岩の川が流れる地獄に住むが故に火に耐性を持つ獄獣を討つためだった。
獄吏の多くも火耐性を持つと同時に火属性の武技や魔術を使うことが多い。最も頻繁に戦う相手に効きが悪い攻撃を得意としているのだ。
そこで彼らが編み出したのが耐性を貫く技術である。兎路はその技術を学び、己のモノとして使いこなしているのだ。
「臆するな!数はこちらが上ぞ!」
「その通りよ!」
突破力に優れた者も乱戦が得意な者もいる陸戦部隊に加え、騎兵隊にも囲まれている人類プレイヤーは劣勢ではある。だが、ほとんどのプレイヤーは健在であった。
当世具足に身を包む武士が一喝する。彼の指揮官としての手腕は相当に優れており、即死をさせなければ一度退かせて戦えるように最低限の治療後に前線へ戻していた。
兎路は武士のようなプレイヤーは自分やイザームよりも指揮に関して優れている。彼女はそれを受け入れながら、不思議な既視感を覚えた。それは二人が初対面ではなかったからなのだが…幸か不幸かお互いに姿も武装も変わっているのでお互いに気付くことはなかった。
ドオォォォン!
「今度は何だよ!?」
「か、火山の噴火!?」
拮抗した戦いになりつつあった城壁外の野戦だったが、そのバランスが一気に傾く出来事が起こる。それは『ノックス』の内部から飛んできた火山弾であった。
トロロン率いる『溶岩遊泳部』は能力によって小型の火山を作り出し、そこから火山弾を発射したのだ。溶岩の塊である火山弾は王国兵へ着弾し、爆発と共に溶岩を撒き散らした。
ただでさえ弾丸の嵐に見舞われていた王国兵にとって、この火山弾は最悪であった。最初から低い士気に理不尽な攻撃、さらに上空から降り注ぐ火山弾だ。王国兵は恐慌状態一歩手前になってしまう。将軍は声を張り上げていたが…そのせいで上から降ってくる火山弾が直撃してしまった。
将軍のレベルは高いこともあり、直撃しただけでは死んでいなかった。だが将軍が火山弾に直撃して落馬したという事実は兵士の心を完全に圧し折るのに十分な衝撃をもたらした。
「奮い立て、王国の兵士達よ!今は耐える時ぞ!将軍の命で突入した者達が必ずあれを止める!それまで耐えるのだ!」
「「「うっ、うおおおおおおっ!」」」
ここでも武士が全体を鼓舞した。彼に特別なカリスマがあるという訳ではない。彼の【指揮】の能力レベルが高いからだ。
城壁外での戦闘も白熱しているが、『傲慢』の周辺での戦いもまた激しいモノになっていた。『傲慢』は無数の対空砲台を有していたのだが、その約半数は既に沈黙している。これは魔王国の航空戦力が真っ先に破壊に走ったのが原因だった。
「動き続けて!絶対に止まらないで下さい!」
浮遊戦艦を束ねる旗艦はシラツキであり、これを動かしているのはアイリスであった。いつもは複数人が詰めている艦橋には彼女とトワしかいない。それは作戦でも何でもなく、ただの人手不足であった。
この人手不足というのは魔王国の致命的な弱点でもある。与しているプレイヤーはこの防衛戦争に全員参加していて、予備戦力など一切ない。状況をコントロールしているのは間違いなく魔王国側なのだが、彼らの方が実は余裕がない状態なのである。
シラツキ以外の浮遊戦艦は天巨人との取引によって得たモノを改修した代物だが、搭載されている砲台の威力はシラツキと同等の威力を誇っている。その砲台によって『傲慢』を砲撃しているのだ。
『傲慢』の周囲を回るように移動続けながら狙うのは、真新しい装甲が張ってある部分。『エビタイ』での戦闘でもそうだったが、『傲慢』の修理は完璧とは程遠い。その装甲が薄い部分を的確に狙っていた。
「うぐっ…!損害報告!」
「右舷に被弾。航行に支障なし」
『傲慢』も浮遊戦艦の艦隊を脅威だと見なしているようで、残っている半数の対空砲台からの攻撃は艦隊に集中している。シラツキだけでなく、全ての浮遊戦艦が幾度も被弾していた。
急いで修理したのはこちらも同じこと。シラツキはまだまだ健在だが、他の浮遊戦艦には黒煙を幾筋も上げているモノもある。いつ撃沈されてもおかしくなかった。
「今こそ我らの空を守る時!猛れ、戦士達よ!」
「「「ウオオオオオオッ!!!」」」
そんなことはさせないとばかりに突撃したのは、カロロス率いる天巨人の兵団だった。雲羊に跨って大空を自由に駆ける彼らは『傲慢』の砲台を次々と破壊していく。巨人族の巨躯から繰り出される一撃は、古代兵器の砲台と言えども形状を保つことすら難しかった。
浮遊戦艦と天巨人の兵団が『傲慢』を直接叩いている状況は、王国側にとって非常に危険である。リスポーン地点が『傲慢』の内部に設定されている者は多いし、何よりも『傲慢』は王国の力の象徴となりつつある。仮にこれが破壊されれば王国そのものが崩壊するかもしれない。
「クソッ!また砲台が!」
「あの巨人を叩かないと…!」
それ故に王国側の空戦部隊、龍を駆るプレイヤー達は天巨人の兵団を撃破しようと追い掛ける。だが、そんな彼らの前に立ちはだかるのが魔王国の空戦部隊であった。
『フォォォォォォォン!!!』
「ハハッ!ヤル気満々やな、ゲイハ!」
「一族の仇っすからねぇ」
「クルルルル!」
「リンちゃんも張り切ってるわね!」
魔王国では自前の能力で空を飛べる者が多い。彼らは一つの部隊となって王国の空戦部隊と激突していた。
憎悪を滾らせるゲイハが鳴いて無数の小さな鯨型の怨霊を放ち、ポップコーン達が遠距離から攻撃する。避けた先で待ち構える七甲やモツ有るよ達が近接攻撃を叩き込むのだ。
天巨人を一刻も早く排除したいが、魔王国の空戦部隊は何処までも追いかけて来る。ならば先にこちらを潰すしかない。空中という戦場で二つの戦いが始まろうとしていた。
次回は7月7日に投稿予定です。




