ノックスの戦い 分断
「クソッ!分断されちまったぞ!?」
「どうすんだよ!?」
「どうするったって…うわっ!?」
騎兵突撃によって分断されたプレイヤー達だったが、二つの集団の人数比はおよそ二対一と人数が多い集団と少ない集団に分かれていた。魔物の軍団が突撃したのは人数が多い集団であり、人数が少ない集団は戦場で浮いた存在となってしまった。
当然ながら、人数が少ない集団はすぐにもう一方の集団と合流しようと動こうとする。だが、それを咎めたのが騎兵隊だ。引き返して来た邯那達は、遠くから弓矢や魔術で人数が少ない集団を襲撃したのである。
「合流だけは許さない、ってことかい!」
「向こうの指示を聞いてきた」
「メグ!」
分断された直後にルークはパーティメンバーの盗賊であるメグを王国軍に送り込んでいた。その目的は王国軍としての指示を請うためである。
王国軍のトップは当然ながら王国の将である。彼は王国兵の中に混ざっており、混乱する戦場では指示を行き渡らせることは難しい。そこで彼女は急いで向かい、騎兵隊の遠距離攻撃をかい潜りながら戻って来たのだ。
「どうだった?」
「城壁の上を制圧しろだって」
「…なるほど」
王国の指示は単純明快。先ずは王国兵に向かって降り注ぐ城壁からの射撃を止めることを求めたのだ。この指示も理解は出来る。王国兵が動けるようになれば、魔物の軍団に対して有利が取れるからだ。
ただ、ここで指示を聞いた全員は同じことを考えてしまう。『王国はプレイヤーに消耗を強いながら、自分達の負担だけを減らそうとしているのではないか?』という疑念であった。
戦術として城壁上からの射撃を防ぐことに意味はある。だが、これまでの王国軍の、正確にはその司令部の振る舞いはプレイヤーからの信頼されなくなってしかるべき横暴さであった。
いくら復活するとしても、自分達にばかり犠牲を強いることにも限度というものがある。これまで溜め込んできた不満と不信が、彼らの疑心を補強してしまう。指示に従うべきか?それとも無視して仲間達を助けるべきか?彼らは選択を強いられた。
「…城壁の上を目指そう。依頼を無視は出来ない」
これが自然とリーダーの立ち位置にいたルークの決断であった。王国のことは最早信頼出来ない。だが、自分達は王国に雇われた立場だ。その指示を無視することは自分達の信用問題になる。不愉快だが、自分達のために指示通りに動くしかなかったのだ。
ルーク達は断腸の思いで苦戦している味方プレイヤーを尻目に城門を潜る。城門を潜った瞬間、彼らの頭には一つのアナウンスが流れた。
「だ、迷宮?『魔王国の都、ノックス』?」
「ここって、迷宮なのかよ!?」
城門の中に足を踏み入れたことで、彼らはここが、迷宮なのだと初めて知った。何度も続く想定外の事態に驚かされつつも、指示通りに城壁の上を目指そうとした。
「そうは問屋が卸さないってね!」
「思い通りにさせちゃあ、やりやせんぜ?」
しかしながら、城壁の上を狙うために乗り込んで来ることは想定済みだったらしい。物陰や建物の屋根の上に隠れていた複数の獣系や爬虫類系の魔物が襲い掛かったのだ。
何かに襲撃されることは想定済みだったこともあり、プレイヤー達は慌てることなく襲撃を受け流した。ただ、彼らにとって驚きだったのは目の前の魔物達の強さである。その全てが自分達と同等の強さだったのだ。
「まさか、ここまで多くの魔物プレイヤーが集まっていたとは…」
「そいつぁ当然でござんしょう?」
「迷宮の名前、呼んでないの?」
「魔王国…そういうことかい」
自分達と同等の強さの魔物が、種族の枠を越えて協力し合っている。そんなことが出来るのはプレイヤーであるからに他ならない。大勢の、それもレベルが100にまで至っている魔物プレイヤーが協力しているのだ。
何故、これほどまでにプレイヤーが協力しているのか?その答えが『魔王国』という言葉に詰まっている。このティンブリカ大陸に築かれていた港町『エビタイ』とここ『ノックス』は魔王国という魔物の王国の街だったのだ。
「なら、女神様が警戒しているのは…」
「ウチの魔王さんだろうね」
「ヒヒヒヒヒ!女神さんに暗殺者を送り込まれるたぁ、ウチの御大は大物でござんすねぇ!」
魔物プレイヤー達はアッサリと魔王が存在することを認めた。彼らにしてみれば隠すほどのことではないらしい。巨大な蛇のプレイヤーに至ってはケラケラと楽しげに笑っているほどである。
彼らと言葉を交わすのはどう考えても時間のロスだ。幸いにもルーク達の方が数は多い。突破するのは不可能ではなかった。
「ルーク、行け!」
「ここは私達が!」
「おっと!」
「やる気満々じゃあござんせんか!」
自分達の出番だ、とばかりに前に出た者達が魔物プレイヤー達に向かって突撃した。彼らが抑えている間に自分達の役目である城壁上の防衛兵器の破壊を遂行するべく、ルーク達は城壁へと上る階段を目指した。
リーダー的役割を果たしていたルーク達は集団の中央にいたこともあり、真っ先に階段に足を掛けた者は別のパーティである。その瞬間、階段を含めた一定の範囲に魔法陣が浮かび上がった。
「ヤベッ!?」
「罠…!」
魔法陣が強く輝いたかと思えば、範囲内に巻き込まれたプレイヤー達の姿はどこにも見えない。強制的に転移させる罠が発動した、ということである。
転移先が『ノックス』の内部であれば合流すれば良いだけのこと。だが、迷宮の転移トラップには遠方へ飛ばされるケースもある。もしそちらだった場合は厄介なことになるのは確実だった。
「ヒーッヒヒヒヒヒ!引っ掛かってくれやしたねぇ!」
「ふあぁ〜…今頃、飛ばされた先でブチのめされてるだろうね〜」
巨大な蛇はサディスティックな笑みを浮かべながら高笑いし、翼の生えた虎は大して興味もなさそうに欠伸混じりで冷静に転移させられた者達の末路を語る。この二匹だけは足止めに残った者達の脇をすり抜けて追ってきたようだった。
特に巨大な蛇は笑みをより深めてから口を開く。その表情からは蛇だというのに、ルーク達を絶望させようという魂胆がありありと伝わってきた。
「あの兵器は迷宮の一部、そして射手は迷宮の魔物でござんす。言っている意味はわかるんじゃあござんせんかねぇ?」
歴戦のプレイヤーだけが集まっているからこそ、その言葉の意味を取り違える者はいなかった。迷宮の一部ということは破壊不可能ということを意味し、迷宮の魔物ということは時間が経てば復活するということになる。つまり、城壁上の射手を無効化することはほぼ不可能なのだ。
「…攻略するしかない」
「え?」
「ここ迷宮のボスを倒して迷宮そのものを無力化する。それしか方法はない!」
王国の依頼を完遂しつつ、この状況をひっくり返せる唯一の手段。それが迷宮の攻略だった。迷宮が無効化されれば城壁の上は無力化されるし、転移の罠なども全て無効化するはずだ。
彼の理屈は間違ってはいない。それを証明するかのように目の前にいる魔物プレイヤー達の雰囲気がガラリと変わった。
「それは困るんだよね」
「魔王の旦那に手出しさせる訳にゃあいきやせんよ」
これまでの優越感すら見せていた彼らが一変し、声が低くなった上に真剣な表情になる。魔王がよほど慕われているか、迷宮を攻略されては困るのか、それとも他に理由があるのか。とにかく、目の前の魔物プレイヤー達が本気になったことだけは間違いなかった。
魔王を討伐することが突破口になる。そう直感したルークは魔王がいるであろう場所を最短で目指すことにした。となると、目指すべきは一ヶ所のみだ。
「宮殿へ行く!邪魔する奴らには目もくれるな!」
「あー、まあ、丸見えだもんね」
「全力で食い止めさせてもらいやしょうか」
魔王の座所となるのは宮殿しかない。翼の生えた虎は溜め息を吐き、巨大な蛇は眉間に深いシワを寄せていた。どうやら正解あったらしい。ルーク達は宮殿を目指して急いで駆け出した。
魔物達はあの手この手を使って妨害してくる。屋根の上から武技や魔術、見たことのない能力を使ってくる者もいた。
「シッ!」
「ヤッ!」
「ぐはっ!?」
「だ、闇森人!?」
妨害する者達には肌が浅黒い闇森人も交ざっている。ファンタジー作品では頻繁に現れる種族だが、人類プレイヤーは存在していることを知らなかった。ティンブリカ大陸にしか存在しないのだから当然である。
ティンブリカ大陸にしか存在しないのは四脚人も同じこと。騎兵隊として彼らの姿を見ていたのだが、人類プレイヤー達からは未知の魔物にしか見えなかったので闇森人を見た時のような衝撃は覚えなかった。下半身が馬ではない者の方が多い上に、上半身は獣人なのだから当然だ。
また、度重なる妨害によってプレイヤー達はその数を減らしていた。死亡した訳ではなく、無数に用意されていたらしい転移の罠に引っ掛かったことが原因である。どうやらどのルートを通られても良いように罠は無数に仕掛けたようなのだ。
「性格悪すぎ!」
「時間があれば見破れるのに…!」
一刻も早く宮殿を目指すことを優先していたこともあり、罠を事前に発見することは難しかった。遠くから聞こえてくる雄叫びや爆発音を背中に受けつつ、彼らはどうにかこうにか宮殿の前にたどり着くのだった。
次回は7月3日に投稿予定です。




