ノックスの戦い 開戦
『ふむ…美味しくはないね、うん』
フェルフェニールが飲み込んだプレイヤーに抱いた感想は味についてだけであった。戦いにすらならなかったのだから、強さに関する感想を抱けという方が無理というモノであろう。
腹の中で圧殺したプレイヤー達のことを彼はもう恨んではいない。唯一、何か文句を言いたいことがあるとすれば全く腹が膨れなかったことについてであった。
『二度と会うことはないし、気にするだけ無駄だね、うん』
フェルフェニールはただ飲み込んだだけではなかった。圧殺する際、彼はプレイヤー達に一つの呪いを掛けている。それはフェルフェニールに接近すると全てのステータスが大幅に弱体化するという呪いであった。
呪いを解除する方法はたった一つ。フェルフェニールを自分の手で討伐することだ。ただ、それを行うには弱体化したステータスで挑む必要がある。つまりは実質的に解呪は不可能なのだ。
ただし、この呪いはフェルフェニールにとって強力であるが故にプレイヤー達にとってメリットがある。それは呪いの効果範囲外ではステータスが微小ながら強化されるのだ。
呪いを解くには大幅に弱体化した状態でフェルフェニールを倒さなければならない。だが、フェルフェニールの縄張りから離れていればむしろ恩恵がある。ティンブリカ大陸を探索するためにリベンジするか、大陸に近付くのを諦めて恩恵を受けるか。それは彼らが選ぶことであった。
『失ったのは悲しいね、うん。まあ、自業自得なのだけれども』
フェルフェニールは積極的に魔王国の味方は出来ない。あまりにも強大な力を持つからこそ、積極的に手を貸すことは女神によって禁じられていた。
ただし、それは女神によって定められた決め事でしかない。フェルフェニールの感情としては魔王国に手を貸してやりたかった。それだけイザーム達とは良き隣人としての良好な関係を築いていたからである。
そこで彼は一計を案じる。『魔王国に手を貸すこと』が禁じられているのであって、彼自身の敵を討つことに制限はない。ならば魔王国の敵を自分と敵対させれば良いのだ、と。
ハッキリと自分の言葉でこの策を述べる訳にはいかない。そこで何かしら協力を得られないかと贈り物を届けに来たアイリスに、この策について非常に婉曲な言い回しで伝えたのだ。
『想像以上に上手く行ったようだね、うん』
フェルフェニールの意図を正確に汲み取ったアイリスは『マキシマ重工』と協力してことに当たった。彼女に裁量を任された不死の兵士の一部と人型兵器を配置し、フェルフェニールの巣を襲撃する者がいればその者達にフェルフェニールの財物を傷付けさせるのだ。
自分の縄張りの近くで小競り合いが起ころうと、寛容なフェルフェニールはあまり気にしない。だが、彼の財物を傷付けたとなれば話は別だ。彼には下手人に罰を下す大義名分が生まれるのである。
だからこそ、人型兵器を操っていたプレイヤーはわざと小馬鹿にしたような態度を取って煽った。怒らせて周囲にあるフェルフェニールの私物を破壊するように。偶然ながらあの戦闘でフェルフェニールの財物は傷付いていなかったのである。
『さて、こちらは片付いたね。後は君達が上手くやる番だよ、うん』
そんな独り言と共にフェルフェニールは地獄へ続く穴へと潜っていく。魔王国と王国の争いの勝敗が気にならないとは言わない。だが、フェルフェニールは遠目であっても見ていたら気になって思わず手助けをしてしまいそうな自分を自覚していた。
それ故に見えない場所へ自ら籠もる。次にこの巣へやって来るのがイザーム達であることを己が主にして神であるアルマーデルクスに祈りながら。
◆◇◆◇◆◇
『エビタイ』から水路で続く街こと『ノックス』への行軍速度は決して速くはなかった。プレイヤーと王国兵の混合部隊というのも大きな理由であるが、それ以上に王国兵の士気が低かったからである。
味方を使い捨てにする上層部、無敵の要塞から放たれた砲撃にビクともしない敵の城。兵士達は勝敗以前に、自分達が生きて帰ることが出来るのかどうかにすら不安を抱いていたのだ。
「おいおい、どうなってんだ?」
「罠だよなぁ、どう考えても」
『ノックス』が目視可能な距離にまで近付いた者達は、城門が全開になっていることに気が付いた。この状況で門が全開になっているなど、罠意外の何物でもないだろう。
王国側は知る由もないことだが、実はこれも『ノックス』を迷宮化させた結果であった。迷宮は明確な入口がなければならない。そんな仕様によって城門を閉められないだけなのだ。
魔王国側の事情を知らないこともあり、王国側は過度に警戒している。罠ではないのだが、そのまま突撃するのは憚られる状態であった。
「おい!あれ!」
「城壁の上に何か…げぇっ!?」
進軍しておきながらどうするべきか悩んでいると、城壁に変化が起きる。城壁の上にいきなり複数の設置型兵器が現れたのだ。
どうやら巧妙に隠されていたらしく、引き付けてから一斉に攻撃することになっていたようだ。王国軍は知らず知らずの内にキリングゾーンに入ってしまっていたのである。
「うざっ!これ、どうすんの!?」
「ダメだ!矢じゃ壊れない!物凄く頑丈だぞ!?」
先制攻撃を浴びた王国軍の反応は鈍かった。『エビタイ』でも隠されていた兵器によって不意を突かれたのだから備えるべきだったのに、それを怠っていたらしい。
何度もしてやられたものの、最終的には勝利し続けている。何をされても最後には勝つはずだ。そんな慢心をしてしまうほど、彼らは『傲慢』になっていたのだ。
「シッ…良し」
「良く狙え!隙間から射手に当てられる!」
この状況で最も冷静だったのはプレイヤーであった。彼らにとって突発的なトラブルとそれを打開することは日常茶飯事であったからだ。
防衛兵器は頑丈な作りではあるものの、動かすための射手がいるのは道理だ。狭い隙間を通すことにはなるものの、ここにいるのは手練れのプレイヤー達。弓や魔術で隙間を狙い撃てる実力者が揃っていた。
確実に射手へとダメージを与えているものの、射撃の勢いが止むことはない。射手はダメージを受けることなど何とも思っていないかのような振る舞いであった。
「さあ、みんな。行くわよ〜!突撃〜!」
「「「ウオオオオオオオッ!!!」」」
「何か来るぞ!」
「おい、あれって…?」
「嘘でしょ!?何であの二人が!?」
プレイヤー達が反撃を開始した直後、開きっぱなしの城門の中から勢い良く打って出る者達がいた。それは邯那と羅雅亜が率いる騎兵隊である。
騎兵隊はセイや四脚人の精鋭、それに騎兵型の不死で構成されていた。三人のプレイヤーと近接戦闘が得意な四脚人達が先陣を切り、不死の騎兵が損耗前提で傷口を広げ、騎射が得意な四脚人達がフォローをするのだ。
「え〜い、やっ!」
「ガルルルァ!」
「ぐはぁっ!?」
「無理無理無理ぃ!」
重装騎兵と弓騎兵の混成部隊ではあるものの、訓練の成果を遺憾なく発揮する。プレイヤーの集団へと突撃した騎兵隊は、その突破力によってプレイヤーの集団を二つに分断してしまったのである。
これは単純に騎兵隊の突破力が高かったのが最大の理由であろう。騎兵隊の突撃は防御に特化した者達でなければ止められないのに隊列を整える余裕がなかったのも理由の一つだ。
ただ、プレイヤー達の精神に最も衝撃を与えたのは邯那と羅雅亜のコンビが先陣を切っていたことだろう。ペアでは最強を誇る二人は、最近イベント以外での目撃情報が全くなかった。その二人がいきなり現れたのだ。動揺するなと言う方が難しいだろう。
「今だ!突貫!」
「ヒャッハー!ブッ殺せぇ!」
騎兵隊によってプレイヤーの集団が分断されたのを見計らったかのように城門から別の集団が姿を現す。それはエイジ率いる陸戦部隊であった。
陸戦部隊は近接戦闘を得意とするプレイヤー達と『マキシマ重工』製の近接仕様の人型兵器で構成されている。速度こそ騎兵隊には劣るものの、その衝撃力は騎兵隊に勝るとも劣らない。彼らはまだ隊列が揃っていないプレイヤー達に突っ込んでいった。
「よ、良し!やっと動き出したぞ!」
「遅いんだよ、バカ王子!」
魔王国がプレイヤー達に猛攻を仕掛けたタイミングで、城壁からの射撃は王国兵に集中することとなる。プレイヤー達も王国兵も想定外過ぎる劣勢に立たされていた。
ここでようやく動き出したのが『傲慢』である。上空に浮かぶ巨大な要塞は、その表面に無数の砲台を覗かせる。これは副砲のような強力過ぎる兵器ではなく、地上制圧用の機関銃であった。
『フオオオオオオオン!』
「今っす!気合入れて行くっすよ!」
「「「オオオオオオ!!!」」」
「…は?」
『傲慢』が動き出した、まさにその瞬間。戦場全体を震わせる大きな鳴き声が響き渡る。その直後、ティンブリカ大陸を覆う雲を突き破って現れたのは魔王国の空戦部隊と天巨人の騎兵隊、それに数隻の浮遊戦艦だった。
彼らは戦闘が始まる前から雲の上に潜んでおり、上へ対して『傲慢』の警戒が最も薄れる瞬間を狙って奇襲を仕掛けたのだ。彼らの目的は無論、『傲慢』の破壊であった。
『傲慢』は慌てて対空攻撃を行おうとするものの、数人のプレイヤーが『エビタイ』での戦闘で空けられた穴から内部へ侵入しようと素早く接近する。だが、そんな彼らの行く手を阻む者達がいた。
「グルルアアアアッ!」
「航空戦力はゼロじゃないのよ!」
彼女らは『傲慢』に残っていた龍を従魔とする者達だ。彼女らが阻んだことで、『傲慢』は対空兵器の起動が間に合ってしまったのである。
地上でも空中でも激しい戦闘が始まった。最初から激しい戦闘が繰り広げられる『ノックス』の戦いは、まだまだ序盤戦。戦いは徐々に激しくなっていくのだった。
次回は6月29日に投稿予定です。




