郊外の城の戦い 怒れる城主
城の防衛についていた人型兵器と不死の兵士はプレイヤー達によって討伐された。多少は手こずったものの、誰も死亡していないことからも余裕ある勝利と言っても良いだろう。
「手間掛けさせやがって…おい」
「へいへい。見てきますよっと」
「さっさと済ませますか」
戦闘が起きることは想定していたが、想像していたのとは大きく異なっている。そのせいでリーダーが少し苛立っていることを察したのか、斥候職のプレイヤー達はそそくさと城の中へ入っていく。リーダーは普段こそ豪快で気の良い頼れる豪傑なのだが、機嫌が悪くなると苛立ちを誰かにぶつける悪癖があるからだ。
自分達が入口付近の安全を確認している間にリーダーも落ち着くだろう。ほとぼりが冷めるまで城内に避難しておけばよい。これが斥候職プレイヤー達の計画だったのだが、この計画はすぐに頓挫することになった。
「…何してんだ?入ったばっかりだろ?」
「いや、それが…」
「とにかく、入ってくれよ」
斥候職のプレイヤーは一分としない内に外へ出ることになったのだ。彼らの表情からは困惑がありありと浮かんでおり、彼らにとっても予想外の何かが起きているのは明白だった。
そこでプレイヤー達は警戒しながら城の中に入って行く。すると斥候職の者達が何故すぐに戻って来たのか、その理由を全員が共有することになった。
「何だよ、ここは…?」
「倉庫、なのか?」
城の中には壁も柱もない。部屋も廊下もない。床にこそ柔らかく、高級そうな絨毯が敷き詰められているがそれだけだ。城は外壁だけしかない、ハリボテだったのだ。外観は城だが、内部はまるで倉庫としか思えない状態である。
そして倉庫らしさを演出しているのが壁際に並べられた様々な美術品だ。子供の泥遊びに思える作品から、特殊な材質と貴金属を惜しげもなく使った作品まで品質は様々だ。ただ、カエルを思わせる何かをモチーフにしている作品が大半を占めていた。
プレイヤーのリーダーは想定とは大きく異なる内装に困惑していると、床の上に転がっていた人型兵器から笑い声が聞こえてきた。立ち上がれはしないようだが、まだ完全には沈黙していなかったようだ。
『ハハハハハ!期待外れだったか?まあ、そうかもなぁ。防衛拠点には向かないし、ベッドを置いても雑魚寝するしかない。個室がないんだから』
「おい、ここは何なんだ!」
『ん?知りたいのか?知りたいよな?俺がアンタ達の立場なら知りたくなるさ』
人型兵器はギシギシという金属が軋む音とバチバチという漏電の音をさせていて、いつ壊れてもおかしくない。だというのに慌てる素振りを見せないのは中にプレイヤーが乗っている訳ではないからだろうか?少なくとも余裕の態度はプレイヤー達を苛立たせているのは間違いなかった。
自爆するかもしれないということもあり、人型兵器に近付くことは憚られた。プレイヤー達は確実に何か知っている人型兵器の次の言葉を待つ。たっぷりと溜めてから、人型兵器は笑い出した。
『プッ!ハハハハハ!何期待してんだ?教えるわけないだろ?お前らは強盗した上で、その家まで奪おうってんだろ?そんな野郎共に教えることなんざ、一つもないね』
「…調子に乗んなよ、ガラクタ野郎!」
心底馬鹿にしたような口振りで人型兵器は煽りに煽った。そして自覚があるからだろう、プレイヤーのリーダーは怒りのままに人型兵器を思い切り蹴飛ばした。
徒手格闘に関する能力はないものの、レベル100の大剣を扱う戦士の筋力があれば半壊している人型兵器を蹴り飛ばすことは可能である。人型兵器は数回バウンドしてから、壁に飾られていた絵画や像に激突した。
絵画も像も耐久力が高いはずもなく、人型兵器がぶつかった衝撃でバラバラに壊れてしまう。絵画には大穴が空き、泥を固めたのであろう像に至っては粉々になってしまった。
『ガガ…ガガガ…』
「ケッ、負け犬の遠吠えも大概にしろよ」
『ガガ…アッハハハ!壊したな?ここにある…ガガガ…モノを!』
「何だと?」
『お前らは…ガガ…終わりだってことだ。やればできるモン…ガガガ…だな!ハーッハッハッハ!』
蹴られるまでの態度からは一変して、人型兵器からは抑えきれない喜びを感じる高笑いが聞こえてきた。挑発したのはここの何かを壊させるためだったらしい。何かが起きるのは間違いなかった。
まんまと乗せられたプレイヤー達は急いで城から撤退する。その背後からは人型兵器からの笑い声が聞こえていたが、すぐにその声はノイズになって完全に沈黙した。
「…おい!何も起きねぇじゃねぇか!」
「時間稼ぎのつもりだったのでしょうか」
急いで脱出したプレイヤー達だったが、城には何も変化がなかった。それらしいことを口走ることで数秒だけでも稼いだのかもしれない。そうだったとしたらペテンに掛けられたようなモノ。プレイヤー達は安堵しながらも、最後まで振り回されたことに憤慨せずにはいられなかった。
想定とは異なったものの、ハリボテだろうと拠点として使うことは可能だ。プレイヤー達は再び城の中へ入ろうとした。
『…やってくれたね、うん』
「誰だ!?」
その瞬間、プレイヤー達全員の頭へ直接響くように声が聞こえた。全員が素早く身構え、周囲を警戒する。リーダーは斥候職プレイヤー達に目配せするが、彼らは全員が首を横に振った。
どうやら彼らの感知範囲には何も感じられないらしい。それでも声が聞こえてきたことは事実。プレイヤー達は周囲を見回して声の主を探していた。
「…は?」
「…穴?」
変化に気付いたのは城の内部を注視していた者達だった。城の床に敷かれていた絨毯がいきなり消失したのである。
消失した、という表現が誤りであるのは絨毯の下から現れた穴を見てすぐにわかった。絨毯は穴に蓋をしていたであろうモノと共に穴の中へと飲み込まれたのだ。
その穴はとても大きかった。穴の淵は城の壁際に飾られた美術品付近であり、城の敷地のほぼ全域にわたる穴が空いていたということになるのだ。
あの穴を見たプレイヤーの一人の脳裏に最悪な予想が過った。あの城は穴に何かを封じるための場所だったのではないか、という予想である。
『小生の宝に手を出したんだね、うん。覚悟は出来ているんだろうね、うん?』
そのプレイヤーの予想は二つの意味で間違っている。一つ目の間違いはこの城は何かを封じてなどいないということ。そして二つ目の間違いは…彼の予想よりもさらに状況は悪いということだった。
「デッ、デカい…」
「カエル!?」
穴からゆっくりと現れたのは、穴の直径とほぼ同じ大きさのカエルの頭だった。その大きさにプレイヤー達はたじろがずにはいられない。ここは神々に次ぐ力を持つ龍帝の一体、フェルフェニールの住処だったのだ。
反射的に【鑑定】を使う者もいた。ただし、その者は見てしまったことでむしろ絶望せずにはいられない。何故なら、ほぼ情報が読み取れなかったからだ。
『失礼だね、うん。小生は神代闇龍帝のフェルフェニール。龍なんだね、うん』
フェルフェニールの名乗りを聞いた瞬間、プレイヤーの全員が撤退を決断していた。彼らは龍との戦闘経験はない。だが、その強さに関しては耳にしていた。
情報源は龍を従魔にした者達である。龍はレベルの上昇こそ緩やかであるものの、その分圧倒的な戦闘力を誇っているという。そして成長すればするほど大きくなる。ある意味、身体の大きさは龍という種族における強さの指標とも言えるのだ。
その点、フェルフェニールは尋常ではなく大きい。彼らが見たことがあるプレイヤーの従魔である龍を軽く丸呑み出来る大きさなのだ。戦っても絶対に勝てない。そう断言出来た。
「逃げ…られねぇ!?」
『逃すと思ったのかい?君達は必ず滅ぼすよ、うん』
絶対に勝てない相手と戦うことほど愚かなことはない。彼らは即座に撤退しようとした。だが、その前に城と周囲の城壁を全て囲う円筒状の膜が張られてしまったのだ。
走って逃げられないのなら、魔術を使えば良い。【時空魔術】の使い手は転移で逃げようとしたのだが、魔術は不発に終わる。それがこの膜が原因なのは一目瞭然であった。
「ど、龍帝様。何か誤解があるようです」
『うん?誤解?』
「はい。私達はここが龍帝様の御座所だとは存じておりませんでした」
『君達は知らない相手であれば、家に押し込んだ挙げ句にその財を壊しても罪に問われないと言うのかな、うん?』
「それは…」
『言い訳を聞くつもりはないね、うん。とても不愉快だね、うん』
交渉を有利に進める能力をいくつも持っていると言っても、相手が激怒していて最初から交渉などするつもりがないのでは意味がない。交渉のテーブルを用意しても、テーブルごと叩き潰そうとされてはどうしようもないのだ。
「こうなったら戦うしか…」
『そろそろ滅びると良いね、うん。二度と小生の縄張りに立ち入ることは出来なくしてあげるね、うん』
半ば自暴自棄になりながら戦うことを決意したプレイヤーのリーダーだったが、彼の覚悟など無意味であった。フェルフェニールには大きな口を限界まで開けると、口から長い舌を目にも止まらぬ速さで射出する。
その表面はイザーム達を地獄へ運ぶ時とは異なり、触れた物体を絶対に離さない強力な粘性を持つ唾液で覆われていた。長く、太い舌は一瞬でプレイヤー全員を捕獲すると、そのままその大きな口へと飲み込んだ。
フェルフェニールには口を閉じた後少し腹に力を入れる。そうするだけで飲み込まれたプレイヤーは一人残らず圧殺されてしまう。龍帝の隔絶した強さを人知れず発揮するのだった。
次回は6月25日に投稿予定です。




