郊外の城の戦い 吹き飛ぶ扉
結局、『傲慢』の上層部は目の前にある街を即座に攻略することを選択した。その最大の原因はやはり物資不足である。彼らの目線では副砲をどうやって防いだのかわからない。そんな謎めいた相手が目と鼻の先にいるのだ。彼らから見れば不気味で仕方がないだろう。
また、主戦力とするのがプレイヤーという状況も大きい。彼らは風来者、異界の存在が女神の力で得た肉体によってこの世界に降り立っている者である。彼らには異界の、すなわちリアルの生活があるのだ。
プレイヤーによっては長時間のログインが難しかったり、翌日の予定があったりと時間を掛けていては去ってしまう恐れがある。彼らの目的はティンブリカ大陸に入植時の護衛や入植後の探索だ。こんな状況になっているのは想定外であり、明日が平日ということもあってあまり長時間拘束することは出来なかった。
相手は極悪な罠を多用する、卑怯卑劣な行為も躊躇わない相手だ。多くのプレイヤーがログアウトして防備が薄くなっている間に何をされるかわからない。決戦を急ぐ他に選択肢がなかったのだ。
攻めると決めた時、問題となるのは『エビタイ』から見える建築物は街と城の二つあることだろう。片方に全戦力を投入すれば、もう片方から敵が打って出る可能性がある。一部をそちらに向ける必要があった。
「上手く行きましたよ、ボス」
「フハハ、良くやった!」
その内、城の抑えに立候補したプレイヤークランがいた。彼らはティンブリカ大陸で独立国を築こうとしている者達だ。自然と本隊から離れて別行動をする好機とばかりに手を挙げたのである。
この時点で目的の一部を果たしたことになるものの、そこは交渉の達人を抱えるクランだ。城の抑え役を引き受けるということは、街から略奪して得られるアイテムが少なくなるということ。交渉の結果、彼らは城の所有権と『傲慢』に残っていた古代兵器の一部を前払い報酬として勝ち取ったのだ。
「弾丸の補充が利かねぇと思ってんだろうな、間抜け共は」
「ええ。こちらのことをちゃんと調べていないのもあるでしょうが、高い袖の下を贈った甲斐がありましたね」
与えられたのは重火器とその弾丸だった。銃器は強力だが弾丸が消耗品な上に高価だという欠点がある。爆薬も同様だ。魔力で全てをどうにかする銃器も存在しているが、渡されたのは普通に弾丸を消費するタイプだった。
しかしながら、彼らのクランにはお抱えの生産職が複数人存在している。彼らならば弾丸の量産は可能、それも安価な材料で大量に揃えられるであると言うのだ。よって補給に問題はなかった。
「後は向こうにいる協力者とタイミングを見て…」
「全部乗っ取るって寸法だな。ククク!」
彼らは事前に『傲慢』の内部で数多くの兵士を寝返らせている。本来はもっと時間を掛けて異なる方法で建国するつもりだったのだが、『傲慢』の上層部はあまりにも愚かであった。そのお陰で寝返り交渉が成功する兵士だらけな状況になっていて、彼らの作戦もそれに応じて変わっていた。
まず、この城を占拠して彼らのクランの拠点とする。次に、街の攻略に成功した場合はプレイヤー達がログアウトしていった後を狙って寝返った兵士達と共に『傲慢』内で蜂起し、これを奪取する。そして『傲慢』に加えて街を二つ抱える国家を立ち上げるのだ。
「勝率はどのくらいだ?」
「七割くらいでしょうね。向こうのプレイヤーの数に左右されると思われます」
プレイヤーの多くは街の攻略自体は上手くいくと予想している。確かに『傲慢』の副砲に耐えた理解不能な堅牢さには誰もが驚かされた。だが、破壊せずに城壁を乗り越えて中へ入ることも可能なはず。これだけの数のプレイヤーがいれば必ず突破口を見付ける者が現れるだろう。
後はその突破口を拡げていけば良い。ペナルティがあるとは言え、プレイヤーは死んでもベッドのある場所で復活する。それは『傲慢』の内部や占領下にある『エビタイ』の家などだ。このゾンビアタックを続けていれば負けることはない。これが多くのプレイヤーの認識であった。
一方でこのクランの見解は異なる。『傲慢』の副砲を防いだ者達にはプレイヤーが協力しているのは明白。ならば向こうプレイヤーもまた復活するので、復活を繰り返して泥仕合になることが予想された。
街に与するプレイヤーが何人いるのかはわからない。これまで情報が漏れていなかったこともあり、人数は決して多くないのだろう。だが、こちら側と同じく人員に補充が利くことを意味していた。
堅牢な城壁に守られ、死を恐れない兵士が補充される。楽な戦いにはなるまい。プレイヤーの人数とその腕前によっては王国が敗北する可能性すらも視野に入れていた。
「そういやぁ聞いてなかったな。連中が攻略に失敗した時はどうすんだ?」
「『傲慢』を奪取した後、交渉しましょう。奪った全てを返却することを条件に入れてでも、一度は和睦をまとめます。そして機を見て…」
「『傲慢』をぶん取るってワケだな」
王国が敗北する、という最悪の場合についても彼らには考えがあった。自分達はあくまでも雇われたプレイヤーに過ぎない。そのことを前面に押し出しながら交渉すれば、高い確率で自分達の安全は確保出来る。交渉に関する能力を誰よりも鍛えた者がいるからこその自信であった。
その後、『エビタイ』で本隊と合流したなら機会を見計らって予定通り兵士と共に反旗を翻す。ログインしているプレイヤーが少ない時間帯を狙い、既にいるプレイヤーは自分達で抑える。ログアウトしているプレイヤーはリスポーン地点であるベッドを破壊してログインしても別の場所で現れるようにし、兵士達に『傲慢』を奪取させるのだ。
和睦交渉のために自分達が占拠する城や『エビタイ』を返却することも視野に入れている。代わりに自分達が『傲慢』と共に退去することを認めさせるのだ。
『傲慢』さえ手に入れればいつでもどこでも建国は可能である。飛行させてどこか都合の良い場所を探してそこに王国を樹立させるのだ。
「最初の計画じゃ、身一つで建国するつもりだったんだ。あのアホ共にヘコヘコ頭を下げながらな。それに比べりゃどっちに転んでも『傲慢』が手に入る分、状況は良いってなモンよ」
「王国からすれば大損ですが、想定外な状況を上手く利用出来ました。とは言え、和睦の時に舐められないようにするためにも、この城は必ず落とさなければなりません」
「わーってるよ。油断はねぇ!だろ、野郎共!?」
「「「おう!」」」
彼らの士気は非常に高かった。いよいよ、自分達の国を作るというクランの目的が果たされるのだ。そのためには目の前の城の攻略が必須。油断などしている暇はなかった。
「しっかし、なんだってこんな微妙な位置に城だけなんだ?もっと櫓やら何やらだらけの防衛拠点を築くモンじゃねぇの?」
「ええ、少し不気味です。城下町などがあった形跡もありません。最初から城だけを築くことしか考慮されていないようにしか見えません」
彼らの疑問は王国側の誰もが一度は考えたモノだった。街から離れた場所に建つ城は、造られてからそう時間は経っていないように見える。城自体は見た目も良いのだが、防衛力の向上に繋がるモノが城を囲む城壁しかなかった。
今は近付いただけで城壁にまだ触れてはいないので、もしかしたら街の城壁と同等の防御力を誇っている可能性もある。だが、こちらの城壁は普通に乗り越えられそうな高さしかなかった。
斥候職が城壁を調べたところ、城壁自体に罠を仕掛けられてはいないことが判明している。鉤縄を引っ掛けてよじ登るだけで問題はなさそうだ。だからこそ、建てた者の意図が掴めずに首を捻ることになっていた。
「おっと、向こうが動き出したか」
「なら、こちらも始めましょう」
答えの出ない謎について考えていると、『エビタイ』付近で布陣していた王国軍が進軍を開始した。王国軍の動きに合わせて行動すると決めていたこともあり、彼らもまた行動を開始する。城壁に鉤縄を掛けた斥候職達が城壁の内側に飛び込んだ。
彼らは散開すると効率的に城の周辺を調査していく。そして罠の類が内部にもないことを確認すると、今度は城門の解錠に取り掛かった。
「は?」
「開いてる?」
ただ、不可解なことに城門には鍵がかかっていなかった。罠はなく、鍵も開いている。まるで自由に入っても良いとでも言いたげであった。
間違いなく罠だ。城の扉を開けたら何かが起きるのだろう。だが、ここまであからさま過ぎる罠に引っ掛かる者などいるはずもない。彼らはアイコンタクトで示し合わせると、扉に錬金術師が作った爆薬を設置した。
「やれ」
「はいよ」
十分に全員が距離を取ったところで、爆薬に向かって魔術師が火球を放つ。最も基本的な魔術の一つではあるが、仕掛けられた爆薬に火を点けるだけであれば十分な熱量を持っていた。
着弾した瞬間、爆薬は激しい音と共に爆発した。爆風の方向が調整されていたこともあり、爆風は扉を破壊しつつも破片は全て内側に飛んでいく。仮に扉の前で待ち伏せていた者がいたらしく、散弾のようになった破片と共に何かが後ろに吹き飛んでいった。
『ビビったぁ〜。いきなりだもんな』
『初手で爆薬って、俺達みたいじゃん』
「「「…は?」」」
破壊された扉の左右の陰から現れたのは、全長三メートルほどの人型兵器であった。球体から太い手足が二本ずつ生えたような形状であり、その両手には一丁ずつ大型の重火器が握られていた。
状況が理解できなかったらしく、プレイヤー達は揃って硬直してしまった。中世風の城の中から人型兵器が現れたのだから無理もなかった。
奥に吹き飛んだのも同じ人型兵器だったらしく、表面に小さな傷を負いながらも平然と入口にまで戻って来た。爆風程度で揺らぐ性能ではないようだ。
『うぅ、吐きそう…』
『だから危ないって言ったろ?』
『そうそう。それはともかく…他人の家のドアを壊すんじゃない!お仕置きが必要だな!』
『おうともよ!行け、兵士共!』
「「「「「カタカタカタカタ」」」」」
「っ!不死!?構えろ!」
人型兵器に乗る者達は緊張感のない会話をスピーカー越しに行っていたかと思いきや、その背後に音もなく控えていた不死の兵士達をいきなりけしかけた。プレイヤー達は慌ててその突撃を受け止めるのだった。
次回は6月17日に投稿予定です。




