エビタイの戦い 占領後
ティンブリカ大陸の港町、『エビタイ』を占拠した王国だったが、今回もまた勝利を手放しで喜べる状況ではなかった。地上からの激しい抵抗によって生き残っていた艦隊は壊滅し、浮かんでいるのはたった三隻のみという悲惨な状況だ。
その三隻も無傷ではない。あちこちが焼け焦げ、一隻に至ってはメインマストが折れたので航行は不能だ。海賊対策で海底からの攻撃には備えていたものの、地上から古代兵器で焼き払われるのは完全に想定外だったのだ。
帆船が火に弱いのはわかりきっていて、即座に対処出来るように訓練もしてあった。しかしながら、ここで効いたのが煙に含まれる即効性の猛毒だ。吸い込んだ船員はたちまち昏倒し、消火が間に合わなかったのである。
海に飛び込んで逃げようにも、海も撒き散らされた可燃性油によって炎上していた。浮かんでいる三隻の船員は半数も生き残っていない。生き残りをかき集めても、実質的に動かせる船はたった一隻だけだった。
被害が大きいのは艦隊だけではない。『傲慢』もまた大きなダメージを負っていた。装甲の薄い部分を貫いた砲弾は内部を食い破って様々な機関を損傷させたからだ。
特に最後に撃ち込まれた一発は最悪の被害をもたらしている。高い貫通力によってかなり深くまでめり込んだ後、大爆発を起こしたのだ。
艦隊を焼き尽くしたのと同じ薬品が使われており、爆発と同時に『傲慢』内部を猛毒のガスが充満した。流石というべきか、『傲慢』には優れた空調システムが搭載されていたのでガスはすぐに放出されている。ガスの被害が拡大することは防がれた。
だが、爆発による被害は甚大だ。着弾したのは機関部ではなかったので『傲慢』そのものの動作に支障はない。吹き飛ばされたのは兵士やプレイヤーの宿舎、そして倉庫の一部だった。
戦闘が起きていたので兵士にはほとんど被害がない。被害を受けたのはプレイヤー達だ。自分には関係ないこととくつろいでいた者達やログインしていなかった者達が、部屋やベッドごと消し飛ばされたのである。
ベッドはリスポーン地点でもあり、これを破壊された場合は最後に泊まった街の十二大神殿で復活する。流石の『傲慢』と言えども、内部に神殿までは用意されていない。つまり、強制的に『傲慢』内部から排除されてしまったのだ。
今はほとんどのプレイヤーがレベル100になっていることから、爆心地の近くにいた者達でもなければ即死はしてない。それでも数名のプレイヤーが『傲慢』から弾き出されることとなった。
爆発に巻き込まれた倉庫だが、火薬庫などではなかったので二次災害は起きていない。しかし、積まれていた食糧やポーション類などの医薬品の一部が焼き払われたのは武器弾薬を失うことよりも痛手であった。
本来ならば『傲慢』で生産可能なのだが、各種生産プラントは修復不可能な損傷を受けている。故に補給物資を運搬する船団が同行していたのだが、こちらも『エビタイ』からの反撃で壊滅してしまった。現在の王国軍は深刻な物質不足となりつつあったのだ。
無論、保管する倉庫は一つではないので明日の食事にも窮するような状態ではない。だが、今すぐに追加の物資を王国から送ってもらわねば、直にあるかどうかもわからない食糧を求めてティンブリカ大陸を彷徨うことになるだろう。
占領した『エビタイ』も当てにならない。何故なら物資の類はほぼ全て持ち出された後であり、略奪しようにもするためのモノがなかったのだ。待ち構えていたことや戦闘中に逃げ惑う民間人がいなかったことからも予想はされていたが、兵士にとっては楽しみでもある略奪の成果がないとなればただでさえ低い士気はさらに落ち込んだ。
また、『エビタイ』には様々な置き土産が残っている。街路には地雷が敷設され、建物の中には多種多様なブービートラップが仕掛けられていたからだ。
さらに兵士やプレイヤーの度肝を抜いたのは、一部が生きている家があったことだろう。罠があるかどうかを調べて安全を確認した部屋そのものが動き出し、中にいる者を食べようとしてくるのだから。
これらの悪意と殺意しかない罠のせいで多くの兵士が犠牲になった。少なくないプレイヤーが被害に遭い、貴重なポーション類を消費させられている。街そのものも発動した罠や生きた部屋との戦闘で荒れ果て、せっかく可能な限り無傷で確保しようとした努力が無駄になっていた。
「なりふり構わないっていうか、勝つためにやれる準備を徹底的にやってる感じだね」
「海賊も無関係ではないでしょう。プレイヤーがいるのは間違いありません。それも私達の想像以上の人数が」
ここまで来ると王国側の全員がこの街に多数のプレイヤーが深く関わっていることを確信していた。ここまで徹底的な防衛体勢が敷かれていたのが偶然であるはずがない。王国による開拓と植民の情報がプレイヤー経由で流出していたからこそ徹底的な事前準備が可能だった、と考えるのが自然であろう。
彼らの予想は大まかに正解であるが、根本的な部分が間違っている。ここはプレイヤーが街に深く関わっているのではない。プレイヤーが現地の者達と協力して作り上げた王国だ、ということだ。
ただ、これは彼らの察しが悪いということを意味しない。全くヒントがないのだから、真実にたどり着くのは無理というもの。何にせよ、彼らはすぐに知ることになるので誤差のようなモノだろう。
「お偉いさんは何だって?」
「見えている建造物は破壊するらしい。『傲慢』の副砲で何もかも消し飛ばすつもりだ」
王国が出した結論は、なりふり構わず目の前の不安材料を消すというモノだった。彼らは物資が乏しい。自分達が占領した『エビタイ』の再建をするには補給が必要だ。船団は壊滅的な打撃を受けているので、補給のためには『傲慢』を本国へ帰すしかなかった。
だが、『傲慢』が去った後に残された者達は確実に襲撃される。そうなれば遠征は失敗ということになるのだ。王太子は政治的にこの遠征を絶対に成功させる必要がある。そのためにも確実に不安の種を除くことにしたのだ。
「明らかに王国と敵対的な態度を取ったからには敵、だそうだよ」
「ハッ!最初に喧嘩を売ったのはこっちだろうに」
「こちらの事情も聞かずに撃ってきたのも理由だそうよ」
「説得や交渉なんて端からする気がなかったのに…随分と図々しい言い分だわ」
王国は強襲揚陸浮遊艇を警告もなしに撃ってきたことを大義名分として、今度はこちらから先制攻撃を行うという。そもそも自分達も『エビタイ』を占領させるためにプレイヤーを降下させたのだが、その件については完全に棚に上げているようだ。
プレイヤーの間でもこの厚顔無恥な大義名分は失笑を買っている。これ以上ないほどに身勝手な理由だと思わずにいられなかったからだ。
「…なぁ。向こうが先に撃ってきたのって何でだと思う?」
「それは攻めてきたからでしょ?」
「あの強襲揚陸浮遊艇の動きは遅かった。交渉の使者が降りてきた、と思っても良いんじゃないか?」
「それは、まあそう見えたかもしれませんね」
「…はは〜ん?ルーク、アンタはこう言いたいんだろう?情報を流してる奴がいるんじゃないかって」
仲間の問いかけに勇者の異名を持つプレイヤー、ルークは頷いた。強襲揚陸浮遊艇の動きは本来の用途を果たせないほどに鈍かった。見方によっては交渉するために降りてきたと考えられる速度であろう。
海上の船舶対策は当然あってもおかしくないとしても、明らかに『傲慢』を意識した対空用の防衛兵器を用意していたのは事前に情報を集めていたからに他ならない。ここまでは単純に敵がキッチリと情報収集を行っていた成果なのだ。
だが、住んでいたのであろう民が事前に避難済みであったことと、敵だと断じて躊躇なく攻撃してきた。これは王国の軍勢がやって来るタイミングと内情を完全に把握していたことになるのだ。
民の避難は早めに行ったのかも知れないし、先制攻撃も最初から行うつもりだったと言われればそこまでである。しかしながら、ルークは内情が筒抜けになっているような気がしてならなかった。
「状況を掲示板なんかに書き込む奴もいるし、そもそも烏合の衆だ。誰かがスパイだったとしてもおかしくはない」
「な〜んか怪しい動きをしてる連中もいるしねぇ」
「疑心暗鬼になったら背中を預けられなくなりますよ?」
「信頼出来るのは自分のクランだけ。いつものこと」
プレイヤーはどこまで行っても個人の集合体でしかない。もちろん依頼に忠実な者や、義理を大事にする者の方が多い。しかしながら、利益のために平然と裏切る者がいることも事実なのだ。
実際、裏でコソコソと動いている者達がいることは誰もが感じ取っている。だが、それをわざわざ咎める者がいないのも事実だった。確証もないのにほかのプレイヤーを非難するのはマナー違反であるからだ。
「もう動き出したのか」
「焦ってるみたいね」
彼らは半壊した『エビタイ』にある民家の一室から『傲慢』を見上げていた。装甲の一部が展開し、その内部から音叉のような形状の物体が迫り出して来る。その数は四つ。これこそ『傲慢』の副砲であった。
今の『傲慢』は最強の兵器である主砲が撃てる状態ではない。しかし、この副砲であっても街を廃墟にするくらい容易いこと。四門ある副砲全てで斉射し、一撃で終わらせるつもりのようだった。
「…また、街が消し飛ばされるのか」
「ルーク…」
『傲慢』を発見し、王国にそれを委ねたのは他でもないルーク達だ。彼は今の王国の暴走の一因が自分達であると自覚していた。
あのような兵器を王国に渡す判断は間違っていたのではないか?発見した時点でどうにかして破却する方法を探すべきだったのではないか?そう考えずにはいられなかったのだ。
度合いはどうあれ、彼の仲間達も大なり小なり責任感は感じている。そしてまた、自分達のせいで街が一つ消え去るのだ。
『傲慢』から伸びる四門の副砲は、バチバチと帯電した後に真っ赤なレーザーを放つ。四条の極太の光線が霧の中に沈む影へと真っ直ぐに飛んでいき、着弾すると同時に大爆発を起こした。
副砲はダメ押しとばかりに何発もレーザーが発射される。ルーク達はそれを黙って見ている他にないのだった。
次回は6月9日に投稿予定です。




