洋上の初戦
「見えてきました!情報通り、船団もいます!」
ティンブリカ大陸から少し離れた洋上にて、『蒼鱗海賊団』のメンバーの一人が大声を張り上げる。彼は海賊船のメインマストの上で望遠鏡を覗いていた。これは魔王国の技術で限界の倍率であり、魔術や能力よりも遠くまで見渡すことが可能だった。
「で、デケェ…」
「この距離であれって、『ノックス』よりもデカいんじゃないか…?」
見張りが指差す方向を見た海賊達は、『傲慢』の大きさを実感していた。望遠鏡を使ってようやく描画範囲内入ったというのに、その大きさは絶句せずにはいられない。実物を見ると圧倒されずにはいられなかった。
「こりゃ、この船で来て正解っすね」
「俺達だけじゃ無理だな、こりゃ」
アン率いる『蒼鱗海賊団』の目的はティンブリカ大陸へと遠征してくる王国軍の迎撃である。ただし、イザームは無理をしない程度で良いと言っていた。彼女らに無理を強いる気がないのが最大の理由だが、敵に『蒼鱗海賊団』を一蹴したことで油断させるのも目的だったからだ。
実際、ここに彼女らの旗艦や本拠地でもある回遊島海獣は来ていない。水中の移動手段でもある相棒の従魔と王国から鹵獲した戦艦の一隻だけ。仮にこの船が沈んでも損害はほとんどなかった。
「でもねぇ、ただケツ捲って逃げるってのも性に合わないんだよ。だろ、野郎共?」
「そうだ!」
「やれるだけやっちまおう!」
作戦とはいえ、ただ敗走するのは彼女達の好みではなかった。手を出すからには何かしら戦果を挙げたい。全員の考えは一致しており、戦意は非常に高かった。
盛り上がっている彼女達だが、決して忘れていないことがあった。それは自分達から見えているということは、相手からも姿が見えているという点である。
「敵要塞に動きあり!仕掛けて来ます!」
「読み通りじゃないか。面舵一杯!慌ててるように見せてやんな!」
「アイマム!面舵一杯…っ!?」
アンが命令すると操舵手が舵を切る。それと同時に『傲慢』の一部が光った…かと思えば、船の船首とメインマストが炎上したではないか。
「れ、レーザービームぅ!?」
「ふざけんな!」
「そんなのアリかよ!?」
『傲慢』はこの距離から攻撃してきたのだ。それもレーザービームという世界観を崩壊させるような手段で、である。実際は魔力と科学技術を併用して強力な聖光を発射しているだけなので正確には世界観が崩壊している訳ではなかった。
しかし小難しい理屈は今の彼らには関係なかった。重要なのはいくら使い捨てても良い船だとしても、ここまで一方的に遠くから蹂躙されてはたまったものではないのだ。
「チッ!まさかここまでとはね…!ほら、さっさと飛び込みな!」
「「「アッ、アイアイマム!」」」
『蒼鱗海賊団』は急いで海へと飛び込んでいく。その間にもレーザービームは海賊船を穿ちながら燃やしており、全員が脱出する頃には船は燃えながら沈没していた。
ただ、船は徹底的に破壊されても海賊団に欠員はいない。船への執着がなかったことで、逃げ遅れる者がいなかったからだ。仲間達がいれば出来ることはいくらでもある。
「…ってわかっちゃいるけど、腹が立つねぇ!」
しかしながら、アンは明らかに不機嫌になっていた。沈められることを前提にしていたとしても、自分の船が沈められて良い気分はしない。その苛立ちをぶつける相手が目の前にいるのだ。彼女は深く潜航しながら奥歯を噛み締めた。
潜航する『蒼鱗海賊団』だったが、逆に浮上してくる影が見えてくる。それは共に船を沈めていた海巨人達だった。海中で合流した彼らは言葉を交わすことすらなく、隊列を組んで船団目掛けて泳ぎ始めた。
「あぁ?」
「何だ、あれは?」
王国の船団に近付くにつれ、『蒼鱗海賊団』と海巨人達はあることに気が付いた。それは船団の船底に見たことのない装置が取り付けてあったからだ。
アンは苛立ってはいたが、頭の中は至って冷静だった。ハンドサインで全体に停止を命じ、それと同時に使い捨てにするために従魔としている魚の魔物を先行させる。その直後、彼女は自分の判断が正しかったことを思い知ることになった。
「ぐあああっ!?」
「みっ、耳がぁ!?」
「音を使った古代兵器か!」
船底に取り付けられた装置に電源が入ったかと思えば、そこから黒板を引っ掻いた時のような嫌な音が聞こえてきたのである。ただし、そこ音はうるさいだけではない。聞こえている者達に物理的なダメージを与えることも出来たのだ。
音源に近付けば近付くほどダメージも上がるらしく、アン達は被ダメージと自然回復量がほぼ同じなのでうるさいくて不快なこと以外に問題はない。だが、先行させた魚達はそうもいかない。元々弱い魔物だったこともあり、苦しそうに痙攣してから事切れてしまったのだ。
海中からは近付くのは危険だ。使い捨ての従魔によってそれがわかってしまった。きっと王国の船乗り達は得意満面になっていることだろう。対策済みだぞ、と。
「やってくれるじゃないか。でもねぇ…そのくらいウチの魔王様だってお見通しさ。野郎共、準備は良いかい?」
「何時でも行けるぜ、姐さん!」
海巨人達の背後からゆっくりと姿を表したのは、無人島を改造した海中の小拠点である。そのほとんどはプレイヤーや物資を運搬するための潜水輸送艦めいた運用をしていた。
だが、ここに来ているのは特別仕様の代物である。大型の魚のような形状は他と同じだが、頭の部分が異様なほどに大きい。それ故にバランスが悪く、遊泳速度はかなり遅かった。
「海巨人の旦那方はどうだい?」
「こちらも万全だ」
「じゃあ先ずは余裕ブッこいてる間抜けの鼻先に一発カマしてやろうかね!」
「「「おう!」」」
アンの号令と共に海中拠点の口が開かれる。その中には大型の水中用兵器が搭載されていた。海巨人達もまた、常に装備している槍から背負っていた別の武器に切り替えた。
それは巨人サイズに大型化された水中ライフル銃である。手口が割れている以上、アンもイザームも王国が対策をしていないとは考えていなかった。故に新たな武器を用意していたのだ。
「撃てぇ!」
アンの号令と同時に十を超える大型砲から弾が放たれる。弾頭は海水を切り裂いて真っ直ぐに進んでいって先頭の船に突き刺さった。だが、それだけだ。爆発することも、雷光が弾けることもない。それどころか、先端が食い込んだだけで貫通もしていなかった。
それを見たアン達に動揺はない。それどころかニヤリと不敵な笑みさえ浮かべている。この結果は彼女らにとって想定内であるのは間違いなかった。
アン達はそのまま連射し続け、船団の前半分に満遍なく弾頭が突き刺さる状態にした。衝撃などはなかったはずだが、王国海軍は海中から仕掛けられたことを察したらしい。再び船底に仕掛けられた兵器を発動させた。
「音、っていうより振動でダメージを与える兵器ってとこだろ?むしろ好都合ってね!」
再び海中に異音が響き渡り、アン達は不快感から耳を塞ぐ。だが、彼女らの不敵な笑みはより一層深くなっていた。
その理由はすぐに判明する。振動によって彼女らが打ち込んだ弾頭は全てが砕け散り…船底の木材を溶かし始めたのだ。
これこそアン達が使った弾頭の真価である。しいたけ達が作った海中で効果が上昇する酸のポーション。これが内部に仕込まれていたのだ。
「本当は適当な攻撃で壊すつもりだったんだけど、手間が省けたってモンさ。さあ、お次は船底をブチ抜いてやんな!」
ポーションを仕込んだ弾頭は数が少ない。最初の一斉射で撃ち尽くしていた。だが、ポーションによって表面が溶けた船底は驚く程に脆くなっている。アン達が一斉に放った通常の弾頭は面白いように船底を貫いた。
こうして接近することなく船団の約半数を沈没や航行不能状態にしたアン達だったが、彼女らの反攻もここまでだった。上空に控える『傲慢』が動き出したからである。
「ぐああっ!?」
「あの野郎…!味方ごと撃ちやがった!」
『傲慢』から放たれたのは対地用の機銃による斉射だったのだが、これを沈みつつある船を含めた広範囲にばら撒いているのだ。ただでさえ動けないというのに、上空からの攻撃を受ければひとたまりもない。船団は次々と沈没していった。
海中にいるアン達の正確な位置がわからないからこその行為なのは間違いない。ただ、まだ生きている船員がいる船を躊躇なく巻き込む。この冷酷さはやるかもしれないと知っていても動揺を隠せなかった。
広範囲にバラ撒かれたことで弾丸が直撃した『蒼鱗海賊団』は少ない。だが、大きな的である海巨人はダメージを負わずに済んだ者はいない。中には瀕死の重症を負った者もいた。
「もうちょいと被害を与えたかったけど…これ以上は意味がないね。撤退するよ!」
これ以上の戦闘継続は無意味だと判断したアンは撤退を指示する。海中拠点を盾として使いつつ、彼女らは海中深くに潜って逃げていく。盾になった海中拠点を粉砕されながらも、彼女らは未だに弾幕を張っている『傲慢』の射程から逃げ延びた。
味方ごと撃った価値があったかどうかは不明ではあるものの、アン達は『傲慢』の性能を前に完敗を喫した。王国側にとっては海賊を追い払っただけだが、魔王国にとっては海軍が手も足も出ずに敗北したことを意味している。想定通りではあれど、アンは舌打ちせずにはいられなかった。
「わかっていても敗走ってのは気分の良いモンじゃないね…この借りはノシ付けて返してやるよ」
負け惜しみの捨て台詞を吐きながらアン達は敗走する。魔王国と王国の最初の小競り合いは、魔王国の敗北という結果に終わった。
次回は5月24日に投稿予定です。




