侵攻前夜
掲示板回と同時に投稿しております。
ついに明日から王国がティンブリカ大陸に出発する。様々な思惑が渦巻く出兵ではあるが、私達の思惑はたった一つ。侵略者を撃退する。これだけだった。
「それじゃ、行ってくるよ。王様達も気張りなよ?」
「ああ。だが、無理はするなよ。引き込んでからも仕事はあるのだからな」
私達は今、『エビタイ』にいる。ここでは『蒼鱗海賊団』が最後の補給を行っていた。普段は武器弾薬の補給には代金を取っているのだが、これは魔王国全体の防衛戦だ。そんなケチ臭いことなど言わず、必要な量を無償で提供されていた。
上空に『傲慢』が浮かんでいる以上、アン達に無理はさせられない。場合によっては海中にまで攻撃してくるかもしれないのだ。死にに行けと言うことは出来なかった。
「こっちにも意地があるんでね。多少の無茶はさせてもらうよ」
「その辺の塩梅は任せる。ただ、大陸に来られてからも任せたいことがあるのは忘れるな」
「はいはい」
アンはヒラヒラと手を振ってから海に飛び込む。彼女が着水する前に、海上に浮遊してきた彼女の相棒であるシャチが尻尾で彼女を高く飛ばした。
そのまま空中で何度か回転した後、アンは旗艦の甲板に着地する。そして『エビタイ』全体に響き渡りそうな大声を張り上げた。
「出港するよ!抜錨!帆を張りな!」
「「「ウオオオオッ!」」」
アンの号令によって『蒼鱗海賊団』は出港する。全ての帆に風を受け、彼女らの船はグングン加速して沖へと出ていく。私達は離れていく船を見守ることしか出来なかった。
『蒼鱗海賊団』が見えなくなったところで、私達は私達の準備に移る。王国を万全の状態で迎え撃つためにもやるべきことはいくつもある。タイムリミットまでやるだけのことをやるまでだ。
◆◇◆◇◆◇
魔王国で迎撃の準備が佳境に入っている頃、王国側でも最後の準備に入っている。王太子の募集に応えたプレイヤー達は『傲慢』に招かれ、下士官用と思われるスペースをパーティ毎に与えられていた。
ただし、プレイヤー同士での揉め事が起きることは避けたい。そのためにも同室になるプレイヤーは自然と良好な関係の者達で固められていた。
「はぁ。この狭い場所が一番落ち着くってのも難儀なモンだね」
「全くです!」
そんなプレイヤーの中には『聖火と剣』、通称勇者パーティも含まれていた。プレイヤーの中でも一、二を争うほど有名なパーティだが、だからこそ絡んでくる者達もいる。一々相手をしていられないということもあって、彼らは自分達に与えられた場所に引きこもるというのが色々な意味で楽だった。
ただ、ずっと引きこもっているというのも何のためにログインしているのかわからない。定期的に外に出ているのだが、辟易することがあって重戦士のキクノと魔術師の藍菜は部屋に戻っていた。
「あら、おかえりなさい。早かったわね?」
「あ、ニナさん。お疲れ様です」
「しつこいヤツにナンパされてね。ルークがいないといつもコレだ」
勇者とも呼ばれるルークはその実力を買われ、プレイヤー達と模擬戦を繰り返している。その模擬戦にパーティメンバー全員が加わっている訳ではない。すると必ずと言って良いほどナンパしてくる者がいるのだ。
特に今日ナンパしてきた者達は相当にしつこく、二人は逃げるようにして部屋に戻って来た。そんな二人を出迎えたのは仲の良いクランの女性プレイヤーである。お互いに気のおけない友人だということもあって二人は愚痴をぶち撒けていた。
「どいつもこいつも、ルークがいたら遠目に見てるだけのくせに。ちょっと隙があると思えばすり寄ってくる。不愉快だね」
「いるわよねぇ、そういうの。面倒でやってられないわ」
ニナも同じ経験があったからか、しみじみと頷いている。何も知らないプレイヤーに言い寄られて良い気分がする者の方が少ない。それがわからない者が一定数いるのだ。
しばらく愚痴を言い合った三人だったが、実は今日はまだマシな方だった。その理由はもっと衆目を集めることがあったからだ。
「そうそう。さっき見たんだけど、例の龍を従魔にしてる娘が来てたよ。この開拓団に加わるってさ」
「へぇ?頼りになるのかしら?」
「さあ?本人はともかく、周りは結構な腕利きって話ですよ」
イザームやアマハと同じイベントで龍の卵や幼体を得たプレイヤーも、この遠征に加わることになった。為人を知らないが、写真イベントの時からもわかるように自己主張がとても激しいプレイヤーなのは間違いない。トラブルだけは起こしてくれるな、というのが三人の共通認識だった。
「結局、例の話は信じてもらえたの?巨悪がどうのこうのってヤツ」
「無駄だね。聞く耳を持たないって感じだったよ」
「新大陸に植民して王国の領土を拡げることしか考えていません」
二人は渋面を作りながら首を振った。そもそもルーク達がここに来たのは、女神からの不穏な神託を不安視した神殿の依頼によるモノ。そうでもなければ残虐非道な行為を平然と行った王太子の野望に付き合うことはなかったのだ。
ニナや彼女の所属するクランは王太子には不快感を持ちつつも、新大陸を探索することへの好奇心を抑えられなかった者達だ。ただ、それはそれとしてルーク達の忠告を重く受け止めているのも事実だった。
「探索するにもその巨悪っていうのが邪魔になるかもしれない。それを先にどうにかするってのには私達も賛成だから」
「巨悪、なんて意味深な言い方で勿体ぶらずに正体を教えてくれりゃいいのに」
「女神にも事情があるんでしょう。私も不満はありますが」
女神がわざわざ忠告するほど強大な何かが潜んでいる。そんな場所を探索するのはあまりにも危険だ。ならばルーク達と協力して先に排除すれば良い。それがニナ達の出した結論だった。
ただし全員が具体的な説明が一切ないことに不満があった。忠告はありがたいが、何が巨悪を示しているのかわからない。それでは警戒することそのものが難しいではないか。
「っていうか、今更なんだけど今から行くティンブリカ大陸だっけ?そこって別に新大陸でも何でもないんじゃないの?大昔の人は知ってた訳だし」
「中世以前のヨーロッパにとっての南北アメリカ大陸みたいなものでしょ。自分達の文化が根付いていない海の向こうの大陸、ってこと」
「ふーん。じゃあ大昔の人の末裔とかがいるんじゃないのかい?」
「あー、その辺は私も疑問だったんです。ただ歴史考察が好きなプレイヤー曰く、その可能性は低いんだとか。古代兵器を作った時代は人類が絶滅しかかって、文明も崩壊しました。だからどの地域もほぼ同じ程度の技術レベルで…」
「要するに地元民はいないってことだね」
「そこは先住民族って言いなさいよ」
藍菜は詳しく説明しようとするが、キクノは要点だけ聞いて納得してしまう。憮然とする藍菜と微妙にズレた単語を使ったキクノにニナは苦笑した。
「そっちの方が気兼ねしなくていいさ。もしいたら王国がどう出るかわからなかったし」
「確かに。王国と言えば、聞いたかしら?この遠征に残った海軍の半分以上を同行させるって話」
『傲慢』はバランスブレイカーも甚だしい強力な兵器だ。様々な武装と生産プラントが修復不可能な損傷を受けているので、攻撃能力と持久力に関しては全盛期から程遠い。それでも使えない部分を倉庫として利用しており、大量の物資を詰め込むことが出来た。
しかしながら、詰め込んだ物資もいつか尽きる。生産プラントが壊れているのだから当然だ。それを補うためにも海軍の戦艦や輸送艦が同行することになっていた。
ただし、このために王国は保有する海上戦力の約半数を同行させることになっていた。これは少なくない先遣隊が一隻残らず海の藻屑となったことで、王国の海軍に甚大な被害が出ていたからだ。
諸侯も海上戦力の多くを失っており、事情を知っている者からすればただでさえ穴だらけの海上防衛網はさらにボロボロになっている。近海の海賊によって海は更に荒れることだろう。
「聞いたけど、海賊からはコレが守るんだろ?」
「個人的にはそう上手くいくとは思えないわ。何たってあの『蒼鱗海賊団』だからね」
「そう言えば戦ったことがあるんでしたか」
キクノは足で床を軽く小突くが、ニナは楽観視していない。何故なら、リスポーンしたプレイヤーの証言から手強い相手だと知っていたからである。
「一人一人の腕前も良いし、連係も抜群。普通の取引何かが難しいPKクランの割りに装備の品質も一級。そして何よりも…」
「海中から襲ってくるから予測が難しい、だね」
『蒼鱗海賊団』のやり口はプレイヤー間に知れ渡っている。だが、だからといって防げるのかと問われれば非常に難しい。探知の能力についての知識が豊富であり、範囲内に入ったと同時に海中から急接近してくるので迎撃の準備が整わないのだ。
「しかも今は海の魔物を従えてるだけじゃなくて、戦闘員として切り込む魔物プレイヤーも仲間に加わっているって聞くわ」
「海の脅威はそいつらだけじゃないですよ。海巨人っていう海に住む巨人族も襲ってくるらしいです。海賊団と共闘しているとも噂されています」
「そりゃないだろ。巨人ってのはプレイヤーを見たら攻撃してくる連中なんだから」
藍菜の言う噂は正鵠を射ているのだが、キクノとニナは笑い飛ばした。プレイヤーが接触している巨人族は存在するのだが、その全てが敵対的なのだ。
地上に住む巨人族にとって、プレイヤーを含めた人類は生存圏を巡って争う敵である場合が多い。天空に住む天巨人や深海に住む海巨人のように人類と関わること自体が少ない者達とは根本的に異なるのだ。
真実に一部触れていた三人だったが、どこかで何が起ころうと関係ないと高を括っていた。彼女らもまた『傲慢』になっていたのである。
次回は5月20日に投稿予定です。




