鳥の山の主 前編
私達が警戒していた能力。それは言わずもがな、【指揮】である。【指揮】があるということは、漏れ無く指揮される配下がいるという事を意味する。
では、双頭風鷲にとっての配下とは一体どんな魔物なのか。それを考えた時、私は奴の職業を思い出した。
山の主。つまり、この山の魔物全てが奴の配下なのだ。そんな双頭風鷲が配下を呼び出した時、一体何が起きるのか。
「「「「キィッーーー!!」」」」
「「「ゲァッ!ゲァッ!」」」
答えは鳥の大群が押し寄せて来る、だ。さぁて、遠目に見ても凄まじい数である事は疑いようも無い。遠くの空を覆い尽くす勢いなのだから!
「魔法陣展開、呪文調整、暗黒界!」
私は敵の大群が近付いて来る前に、少しでも我々にとって有利な状況を作り出すべく行動を開始する。先ずは最大まで効果を引き上げた暗黒界によって【闇魔術】と我々を強化する。最初の下準備だな。
「召喚、鬼火、闇、体力強化、体力強化、体力強化、体力強化!」
さらに【召喚術】と【付与術】により体力を最大まで強化した闇属性の鬼火をありったけ召喚する。加えて…
「不死強化!」
ボボボボボッ!
【死霊魔術】で鬼火達を更に強化。術の効果を受けた鬼火がその温度の無い炎を揺らす。強化は上手く作用しているようで何よりだ。
この時点で私の残り魔力は半分を切った。あと、やるべき事は一つ。タイミングを見計らって…今!
「星魔陣遠隔起動!悪霊召喚!」
「「「「「キャハハハハハハハ!!」」」」」
鳥の群が双頭風鷲と合流する直前に、私は私以外の近くにいる相手を無差別に攻撃する悪霊を群れのど真ん中へ召喚する。悪霊は手当たり次第に近くの生者に襲い掛かるのだが、こうすれば仲間を態々襲うことは無いはずだ。
「行け!鬼火達よ!」
悪霊によって敵が混乱している所へ、私は召喚した鬼火を向かわせる。下僕達が鳥の群に入り込んだら、させる事は一つだけだ!
「自爆せよ!」
「「「キィェェェェ!?」」」
全ての鬼火が一斉に爆発し、残り体力と同じだけの闇属性のダメージを周囲に撒き散らす。暗黒界によってただでさえ暗くなった空に、黒い花火が乱舞した。
「これで最後だ!魔石吸収、星魔陣遠隔起動、呪文調整、闇波!」
最後に残った魔力のほとんど全てを注ぎ込み、更に魔石によって杖を強化した上で闇波を五発叩き込んだ。
私の渾身の魔術連打はかなりの効果があったらしい。生き残った鳥は二十もおらず、双頭風鷲もボロボロになっている。十分な戦果と言えるのではないだろうか?
しかし、これで私も打ち止めだ!もう魔力がすっからかんである。このままではただの黒い骸骨でしかない。急いで回復せねば!
「集魔陣!皆、しばらく任せる!」
「十分過ぎるぜ!」
私は尽き掛けた魔力を回復させるべく、集魔陣を展開する。あとはアイリスと源十郎に守って貰いつつ、なるべく急いで魔力の回復に勤しむのみだ。それまではジゴロウとルビーに頑張ってもらおう。
「行くよ、ジゴロウ!」
「ヨッシャア!」
二人は傷だらけの鳥達に向かって遠距離技を乱射する。私の魔術で少なくないダメージを負っているので、避けられずに墜ちる個体も多い。よし、このままなら行ける!
「「キイアアアアア!!」」
「「「「キキィ!?」」」」
くっ!そう上手くはいかないか!双頭風鷲の一鳴きで混乱が収まってしまったぞ。しかも残存する鳥達に指示を飛ばし、部隊を再編成させたのか再び綺麗な編隊を組み始めた。
既に十六羽まで数を減らしているが、統率がとれた敵は侮れん!一頭の狼に率いられた羊の群れは、一頭の羊に率いられた狼の群れに勝ると聞く。一羽のボスモンスターに率いられた猛禽類なら尚更だ!
鳥達は双頭風鷲を先頭にジゴロウに突っ込んで行く…かと思えば双頭風鷲と三羽の空襲鷲を残して此方に来るではないか!後衛狙いにシフトチェンジだと!?
しまった!私が狙われる可能性は考慮していたが、ここまで徹底的とは想定外だ!
ド派手に魔術を使い過ぎて、ヘイトを集め過ぎたのだろう。だが、あの局面で数を減らす選択をしていなければ今頃物量で押し潰されていただろうし…
「チィッ!」
「ごめん!抜かれた!」
っと、今は目の前の緊急事態に対処すべきだ。ジゴロウとルビーの焦燥に駆られた声が聞こえてくる。十三羽という数は、アイリスと源十郎の二人でも相当苦戦する数である。しかも今は私という足手まといがいる。これでは圧倒的に不利だ!
双頭風鷲め、確実に此方の数を減らすつもりだな?だが、そう易々とやられてはやらんぞ!
「解呪!防御力強化!」
私は少しだけ回復した魔力を用いて戦闘前に自分に掛けていた【付与術】を解呪で無効化し、防御力強化で物理防御を高めつつ鎌を構える。動くことで集魔陣の効果は切れるが、私も防御に徹して時間を稼ぐぞ!
「私は自分でどうにかする!二人は数を減らしてくれ!」
「無茶はしないで下さいね!?」
「了解じゃ!」
心配そうなアイリスとは対照的に、源十郎は声が弾んでいた。こ、このジジイ!私を守るのよりも敵を倒す方が楽しいのを隠そうともしてねぇ!…まあ、骸骨を守る事に喜びを覚える奇特な者は少ないだろうしなぁ。
とにかく、私は自分の身を自分で守らねばならなくなった訳である。まさかこんなにも早くジゴロウ達によるスパルタ特訓の成果を確認させられる羽目になるとは思わなかったぞ。
「あとは…やらないよりマシか。【深淵のオーラ】発動」
私はエフェクトが格好いいが目立ってしかたないので普段は切っている【深淵のオーラ】を発動した。私の身体から見ているだけで不安感を煽るどす黒いオーラが滲み出て来る。
あれ?前よりもオーラの量が若干増えているし、より濃くなっているぞ?これは能力レベルが上昇したお陰だろうか?うん、格好いいけどやっぱり目立ってしょうがないわ。
レベルが上がったことで各種状態異常にさせる可能性は6%まで上がっている。確率は0ではないのだから、少しは効果があると信じたい!一度くらいは効いてくれよ?
「キィィー!」
「ふっ!」
私は上空から飛来した空襲鷲の【突撃】を鎌で受け流す。高速で突っ込んでくる空襲鷲に正面から対峙するのには結構勇気がいるぞ。よく近接職の皆は耐えられるな!
だが、怖くはあっても対処出来ないとは言っていない。奴の【突撃】は軌道が真っ直ぐなので、しっかりと見ていればどうにか防御は可能だ。欲をかいて此方から攻撃しない限り、どうにかなるだろう。
「ホォォッ!」
私が空襲鷲に対処しているのを隙と捉えたのか、森梟が背後から鳴き声に乗せてなにかの波動を放ってくる。確か、これは【睡眠】という能力の効果だ。この音を聞くと眠くなるのである。
始めて出会した時は大変だった。【奇襲】で大ダメージを食らうわ、【睡眠】で源十郎が眠りこけるわ…。全く良い思い出が無い相手である。
「効かん!」
「ホォッ!?」
だが、相手が悪かったな。私は【状態異常無効】を持っているのだ。【睡眠】など効かないのだよ!
むしろ能力を使っていた隙に、私は鎌によって森梟を斬り付ける。狙った通りに翼を傷付ける事に成功したので、奴は地面へと墜落した。すかさず杖の先端で頭を殴り付けてトドメを刺す。
空を飛んで翻弄してくる鳥系の魔物だが、体力が少ない事だけが救いだな。私の腕力でもどうにか倒す事が出来る。
「キィーッ!」
「ケェーッ!」
ぐぐっ!今度は空襲鷲と鉄啄木鳥が二羽で襲ってきた。流石に私では二羽を同時に捌くことは出来ない。なのでより一撃が重い鉄啄木鳥の攻撃を確実に受け流す事に専念する。空襲鷲の方は諦めるしかないか!
「くっ!ぐぅっ!」
鉄啄木鳥の攻撃はどうにか受け流せたものの、空襲鷲の攻撃は身を捩ったもののかすってしまった。やはり私ではノーダメージとは行かないらしい。
それに、鉄啄木鳥の攻撃を受け流した腕に若干の痺れがある。これは完全に力を反らせていない証拠だ。ジゴロウ達にスパルタで戦闘技能を叩き込まれたが、人型以外が相手だと応用が難しいのが原因だな。
だが、【付与術】と鎌のお陰で何とか持ちこたえられている。ジゴロウ達が来るまでは何とかこのまま耐えて…
「きゃああ!?」
「アイリス!?」
「むっ!?いかん!」
アイリスの悲鳴が私の意識をそちらに向けさせる。背後から迫っていた鉄啄木鳥の嘴を食らってしまったのか!あれには彼女の硬い細胞壁でも耐えられない程の破壊力があるのだ。
しかも双頭風鷲の采配なのだろうか、空から絶妙なタイミングで空襲鷲が急降下しているではないか!当然、狙いは彼女の破壊された部分だろう。
大ダメージは確実、悪ければ即死するかも知れない!源十郎は距離があって間に合わん。ジゴロウ達もそれどころではない。ならば…
「うおおおおおっ!大斬撃!」
私が行くしかあるまいよ!アイリスと空襲鷲の間に割り込んだ私は、今のところ使える【鎌術】の武技で最も威力が高い大斬撃を使って迎撃した!
「がはっ…!」
「キェェ…!」
しかし、かなりのスピードファイターである相手にカウンターで攻撃を当てながら自分は無傷で凌ぐ、というのは私には厳しすぎたらしい。なんとか鎌を当てることは出来たものの、奴の攻撃をマトモに食らってしまった。
吹き飛ばされた私は幾度かボールのように跳ねた後、地面に転がった。視界がぐるぐると回って気分が悪くなってきた…
…気分の悪さを感じられる事から察しが付くが、どうにか生きていた。しかし、私の体力バーは風前の灯火である。一割どころか一分も残っていないのではないか?
一撃でこれとは…だが、進化とその時に増やした骨のお陰で若干ながら防御力が増していた事と、アイリス製の防具がなければ確実に死んでいただろう。
全く、自分の貧弱さに涙が出そうだ。それに地面をバウンドした時のダメージが矢鱈多かったのは【打撃脆弱】のせいか?やってられないな。
視界の端には私に止めを刺そうと迫る空襲鷲がスローで見える。おそらくは私が迎撃しようとした個体だ。くそっ、仕留めていなかったのか。手応えが軽かったからそうではないかと思っていたのだが、悪い予想は得てして当たるものだ。
あーあ、こんな所で初死亡か。敵は倒し切れず、仲間も守れたとは言い難い。格好悪いなぁ。カッコいい悪役への道は未だ遠い事を痛感させられる思いだ。
…って、何故まだ私は生きてるんだ?さっさと止めを…ん?あれ?本当に相手がスローモーションになってるぞ?これはよくフィクションである死ぬ間際に周囲がスローに見えるアレでは無いのか?
「ああ。あったな、そう言えば…」
私は一つの心当たりを思い出す。手に入れてから一度も使っていなかったので、すっかり忘れていた私のとある能力を。
「ギィァ!?」
「初めて発動したな、【龍の因子】」
私は【突撃】してくる空襲鷲を無造作に手掴みしながら呟くのだった。




