反乱勃発
ログインしました。そしてログインして早々にミツヒ子に呼び出されている。火急の用事ということなのだろう。今の状況的に用件は一つしかないと思われるが、私は彼女が待っている部屋へと足早に向かった。
「遅くなってすまない」
「いえ、リアル優先なのは当然ですので」
「ありがとう。それで用事とはなんだ?」
「はい。実は王国の複数の都市で住民の反乱が起こりました」
「…そっちか」
私はてっきり王国がついに大々的に遠征を発表したのだという宣言でもしたのかと思ったが、まさかの内乱が起きたという報告だった。予想は大外れである。
ティンブリカ大陸探索のために物価が高騰し、派遣した海上戦力は帰って来ず、海上は海賊が荒らし、さらに物価が高騰する。そのせいで人々の間には強い不満が溜まっていた。
「三人のお手柄だな」
「ええ、おっしゃる通りです。三人が行った工作がなければここまで大規模な反乱は起こらなかったでしょうから」
しかし、不満を溜め込むことと武装反乱をすることには大きな隔たりがある。その一歩を踏み出させたのはモッさん達悪魔三人衆のお陰なのだ。
まあ、反乱したのは一般人なので鎮圧は時間の問題だろう。その間に少しでも王国が国力を落としてくれれば助かるのだが。
「三人は何と言っていた?」
「まさかここまで大事になるとは思っていなかったようですね。モツ有るよさんは楽しげでしたが、ウールさんと紫舟さんは少し怖気付いているようにもお見受けしました」
「想像通りの反応だな」
何だかんだで私と本質が似ているところのあるモッさんはきっと今の状況を楽しんでいることだろう。だが、残りの二人は性格的にとても善良だ。ここまで大事になってしまうと怖くなるのは予想出来ていた。
「引き上げだ。無理にやらせたくはない。ミスも出てくるだろうしな」
「モツ有るよさんもそうすべきと言っておられました。これ以上煽ったらバレそうな気がするとのことですので」
「なるほど。現場の判断も同じなら問題はない」
私は二人の精神衛生上、引き上げた方が良いと思っていた。だが、実際に現場で動いていたモッさんは別の方面から警戒するべきだと判断していたようだ。
王国が鎮圧に動いた以上、余計な手出しをすれば尻尾を掴まれるかもしれない。もしそうなれば王国は私達を決して許さないし、王国の国民の憎悪もこちらに向くだろう。
王国の内部が混乱することを望んでいる私達からすれば美味くない展開だ。欲張るよりも今の成果に満足して撤退する。私も正しい判断だと思った。
「コンラートに話を通しておく。王国を脱出させる手はずを整えなければな」
「それが宜しいかと」
「…例の件だが、どうだ?冗談のつもりはないのだが?」
「諜報機関の件ですか」
確認するミツヒ子に私は頷きを返した。本来はジャーナリストである『ノンフィクション』だが、彼女らは魔王国の一員として情報収集に励んでもらっている。最初の印象は最悪だったが、今は彼女らのことを信用していない者はいない。そして彼女らの働きを侮る者もいなかった。
そこで『ノンフィクション』を魔王国の諜報機関という立ち位置になってもらえないかと正式に打診していた。今も王国での活動費用は税金から出しているが、情報収集の依頼における費用を負担しているだけに過ぎない。あくまでも情報屋、という立場なのだ。
これは【国家運営】の能力の範囲内にあり、諜報機関となればその恩恵を受けられる。『ノンフィクション』にとっても悪い条件ではない。後は彼女らが決めることであった。
「クラン内の意見は割れています。曲がりなりにもジャーナリストである私達が情報を売る以上に接近するのはどうかと言う者もいれば、諜報機関となっても今まで通りで良いのなら得しかないと言う者もいるのです」
そもそもジャーナリストとしてゴシップ誌を販売していた『ノンフィクション』は、魔王国に与していても政府の機関になるのは嫌だという者がいる。これは完全に感情の問題なので、私が何か言えば意見を硬化させるかもしれない。
ただ、【国家運営】の枠組みに加われば諜報機関として斥候職、それも隠密や情報収集に関する能力に若干ながら補正が加わるのも事実。クランを解体する訳でもないので、引き受けた方がお得だと言う者もいるのだ。
「私の提案のせいで『ノンフィクション』が割れるのは本末転倒だ。急ぐつもりはないから十分に話し合って決めて欲しい。時にはジャーナリスト精神に反することもやらせるだろうしな」
諜報機関とジャーナリストの仕事は似ているが、決定的に異なる部分があると私は思っている。情報収集を行い、精査によって正しい部分を抽出する。この点は全く同じだと言えよう。
ただ、その情報の扱い方に違いがある。諜報機関は国のために使い、ジャーナリストは世間に問い掛けるべく広めるのだと私は思っている。この違いに耐えられないのかもしれない。
「そもそも私達がジャーナリストを名乗って良いものかどうかも個人的には疑問なのですが…ご厚意に甘えさせていただきます。皆にもそう伝えておきましょう」
「頼む。それで…ミツヒ子の目から見てこの反乱は王国にどのくらいの影響を与えそうだ?」
「おそらくですが、イザームさんが想像している以上に鎮圧には時間がかかるだろうと思っております」
「ほう?その理由は?」
「プレイヤーの存在、だよね」
私の予想以上に反乱による影響が大きくなる。そう断言する理由を述べたのはコンラートだった。呼んではいなかったので、彼自身も何か話があるのだろう。
そしてここでプレイヤーがどう関わってくるのか。それについてはミツヒ子が説明してくれた。
「実は反乱した住民にプレイヤーが紛れているようなのです。雇われたのか、それとも自発的に交ざっているのかは定かではありませんが…」
「そこなんだけど、両方っぽいよ。戦力として雇われた者達もいるし、反乱の機運に目ざとく気付いて煽ったヤツもいるんだ」
反乱するとなれば勝たなければならない。そこでプレイヤーはとても便利な存在だ。金さえ払えば手軽に雇えるのだから。
だが苦しむ市民による反乱となれば、資金は決して潤沢とは言えない。基本的に報酬が見合っていないとプレイヤーは雇われないのだ。
雇えるとしてもその報酬に見合ったレベルのプレイヤーか裏切る前提で話を受ける不届き者ばかりになるだろう。もしかしたら正義感に燃える者がいるかも知れないが…そんな奇特な者をあてにするような者が起こす反乱ならどちらにしてもすぐに鎮圧されるだろうな。
ただし、そうならないように動いているプレイヤーもいるらしい。というのも資金面での支援を行っている者がいるとコンラートは言うのだ。
「ウチの『コントラ商会』は主に海運で稼いでる訳だけど、陸運をやってる連中が中心になって支援してるっぽいね。どうやらこの反乱をわざと長引かせるつもりらしいよ」
「その方が儲かると踏んだのか」
コンラートはニヤニヤと笑いながら頷いた。投資分を回収出来ないと考えているらしい。どちらの見通しが正しいのか、今から見ものだな。
私が何よりも考えるべきは魔王国の防衛についてだろう。三人が燻った火種に油を注ぎ、そこに様々な思惑が入り混じったことで王国で大規模な反乱が起きた。これは間違いなく私達にとってプラスに働く。王国は国力を浪費し、我々は力を付けられるのだから。
「…この間にこちらも積極的に動くか」
「内乱に手を出すのかい?」
「それは…」
「いや、そっちじゃない。これ以上、王国に介入するのは徹底して避ける。あくまでも王国の失政で反乱が起きた。誰もがそう思う状況に持って行きたい」
私が内乱に介入しようと言い出すと思ったのか、二人は私を止めようとしていた。だが、私にそんなつもりはない。王国が内乱の原因を外部に求めるような事態にしたくないのだ。
では、何をするのか。王国をより弱体化させるには内側だけを攻めてはならない。たまには外側から働きかける必要もあるだろう。
「ミツヒ子、頼みがある」
「何でしょう?」
「王国で起こっていることを『ノンフィクション』で取り上げてくれ。有ること無いこと、ではない。事実だけで十分だ。そしてコンラートは…」
「色んな所で売りまくれば良いんだね?お安い御用さ」
私がやろうとしているのはルクスレシア大陸以外の大陸に王国の実情を広めてもらおうとしているのだ。古代兵器を発見したものの、そこに記された新大陸を目指しながらも成果は上がらず、内乱まで発生している。情勢が極めて不安定で関わるのは危険…全て誇張していない事実だった。
事実だから広く流布しても誰も文句を言えない。しかしながら、関わるのが危険な国を諸外国が避けるようになれば、王国は孤立を深めていく。もしかしたら王国の物価はさらに上昇してしまうかもしれない。ジワジワと国力を浪費させてやるのだ。
「それなら皆、喜んで引き受けるでしょう。筆が乗りすぎるかもしれませんが」
「大袈裟にやり過ぎるなよ?あからさま過ぎると目を付けられるからな」
ミツヒ子は見たことがないほどの満面の笑顔で頷いた。ゴシップ誌の編集長の真骨頂と言ったところだろう。張り切りすぎると効果が減少しそうなのだが…まあ、餅は餅屋と言うし口出しせずに彼女に任せよう。
コンラートも自分との繋がりを隠しながら『ノンフィクション』を売る場所を紹介すると言う。これまでとは比較にならない範囲で『ノンフィクション』が販売されることになる。それがどんな影響を及ぼすのか…今から既に楽しみであった。
次回は4月30日に投稿予定です。




