鳥の山
休憩して来ました。いやはや、テントって本当に便利だね。魔物に壊される可能性もあるけど、ある程度安全にログアウト出来るんだから。
しかもアイリスのテントは迷彩柄に染色してあり、さらにギリースーツのように草木に隠れる偽装まで施してある。魔物どころか、プレイヤーに見つかる可能性も低いだろう。
さて、集中して型稽古をしているジゴロウは放置して、この度新しく得た武技の詳細を見ていこう。【杖】の集魔陣と【鎌術】の大斬撃だな。
まず集魔陣だが、簡潔に言えば瞑想の範囲バージョンだ。自分が動いておらず、かつ呪文を唱えていない時に自身を中心とした半径0.1メートル×【杖】の能力レベルの範囲に周囲から魔力を集める円陣を出す、という武技である。
範囲内に入った味方の魔力も回復させられるので、手に入れてからは小休止に必ず使うようにしている。強い魔術や武技はもれなく大量の魔力を使うので、いくらあっても足りないのだ。
そして【鎌術】の大斬撃だが、こちらも斬撃の強化バージョンだった。振りが大きくなって威力が増した代わりに、出した後の隙が長くなった感じだな。
ただ、今の私なら使えないことも無い。発動させた直後に短転移使えば視界内のどこにでも移動出来るからだ。
実際、【時空魔術】のレベル上げと平行して鎌による奇襲を何度も行った。ロールプレイとしてはあまり直接殴りに行くのはしたくないのだが、身内との探検であるし構わないだろう。
【鎌術】がメインになる訳ではないな。魔術師が懐に忍ばせた短剣の延長のようなものだ。
新しい要素はこんなものか。あとは三人が戻ってくるのを待つばかりだな。
◆◇◆◇◆◇
全員、予定していた時間に戻ってきた。自分で言うのもなんだが、律儀な者ばかりだ。良いことなんだが。
山登りも佳境に入ったが、同時に敵も増えて来た。これまでは単独だった鳥たちが、集団で襲ってくることがあるのだ。しかも、群れを成す事を前提とした鳥まで出てきた!山頂に近付いて低草とゴロゴロした石ばかりの開けた場所に出てすぐに襲ってきたのがこいつらだ!
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種族:禿鷲 Lv15~19
職業:無し
能力:【爪】
【嘴】
【体力強化】
【敏捷強化】
【悪食】
【飛行】
【連携】
種族:大禿鷲 Lv23
職業:群長 Lv3
能力:【爪】
【嘴】
【体力強化】
【筋力強化】
【敏捷強化】
【悪食】
【飛行】
【指揮】
【連携】
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「何だか、鳥葬、されてる、気分に、なるな!」
「黙って、手を、動かせ!」
大禿鷲に率いられた、禿鷲の大群だ!数十羽はいるぞ!
想像以上に大きな禿鷲が、代わる代わる嘴で突っついたり、指先の爪で引っ掻いてきたりする。我々も反撃するが、当たったらすぐに他の個体に入れ替わるから仕留め切れないのだ。
「くっ!私が、魔術を、封じられる、とはっ!」
断続的に攻撃を仕掛けてくるせいで、私でも魔術を使う隙が無い!何と厄介な!ひたすら鎌を振り回して対処しているが、それでも追い付かない。じわじわとダメージを食らっている。
それに近接職ではないので当たっても威力が低く、仕留められない。だが、牽制としての役割は果たせているようである。今まで生き残っているのは鎌のおかげだ。護身用の近接武器って、大事だね!
「うがあぁぁぁ!うぜぇぇぇぇ!」
あ、ジゴロウがキレた。全身から金色の雷と真紅の炎が迸る。これこそ、炎雷狂大鬼であるジゴロウの切り札、【炎雷の化身】という種族能力だ。私の【深淵のオーラ】と同じようなものだな。
その効果は見ての通り、身体に雷と炎を纏わせること。攻撃力がとんでもない事になる代わりに、一度に使うとゲーム内で八時間は使えなくなり、魔力の消費も激しい短期決戦専用の能力だ。
ジゴロウが撒き散らす雷光と吹き上げる火炎が、禿鷲達を纏めて始末していく。あ、大禿鷲も死んだ。
んで全滅、と。まあ、順当だけど…この後にはボス戦が控えてるんですよ?わかってます?
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戦闘に勝利しました。
【鎌術】レベルが上昇しました。
【知力強化】レベルが上昇しました。
【精神強化】レベルが上昇しました。
【体力回復速度上昇】レベルが上昇しました。
【魔力回復速度上昇】レベルが上昇しました。
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おっ、能力のレベルが上がったか。ステータス向上系と回復速度系は取って間もないから上がりやすいな。どんどん上げて行こう。
「さて、剥ぎ取るか」
「数が多くて面倒だね」
「けど、レアドロップがある可能性も高いですよ?」
「うむ、手分けして取り掛かるかの」
「あー、スッとした!」
そりゃ、あんだけ派手に暴れたらスッキリするだろうさ。機嫌良さげに剥ぎ取りを始めるジゴロウを見て、私を含めた他の四人は苦笑するしかなかった。
そして剥ぎ取った結果だが、大量の羽に混ざってレアドロップらしきものがあった。これだ!
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禿鷲の胃袋 品質:可 レア度:R
腐肉食で知られる禿鷲の胃袋。
非常に丈夫で、鞄の内側や水筒などに使われる。
大禿鷲の胆石 品質:良 レア度:S
禿鷲を纏める大禿鷲から採取された石。珍品。
特別な力は無いが、コレクターに売却すればそれなりの値段で売れるだろう。
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ゲテモノじゃねぇか!胃袋を水筒の代わりにってのは大昔だと普通だったらしいからまだわかる。だが、胆石ってなんだよ。しかも欲しがるやつがいるのかよ。
まあ、蒐集家の趣味は千差万別だよな。問題は売りに行けないことなんだが…。死蔵確定かな?
何とか鬱陶しい群れを撃破したところで、大体九合目くらいかな?山頂には意味深な巨岩が置いてあるが、ボスの姿は見えない。近付くとやってくるのかもしれん。
皆を呼んで集魔陣を使って魔力を回復してから登山を再開。さて、ボスはどんな相手かな?やはり、鳥系なのだろうか?
警戒を怠らずに登ること一時間、幾度かの戦闘はあったが禿鷲ではなかったので苦戦はせずに山頂に到着。そして見た。山の向こう側にある、雲を突き抜けて聳える巨大なんてものではない巨木を!
「おお…」
言葉にならない感動を覚え、私は感嘆の吐息を吐くことしか出来ない。他の皆も同じであった。
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フィールドボスエリアに入りました。
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…もし、私に顔の筋肉と皮膚があれば、盛大に顔を顰めたことだろう。無粋にも程がある!もう少し、景色の余韻に浸らせろ!
「「ケェェェェェェ!!」」
バッサバッサという大きな羽ばたき音と共に、一羽の、しかしかなり大きな鳥が空から降りて来る。とりあえず、【鑑定】だ。
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種族:双頭風鷲 Lv35
職業:山の主 Lv5
能力:【爪】
【嘴】
【暴風魔術】
【体力強化】
【筋力強化】
【知力強化】
【防御力強化】
【敏捷強化】
【飛行】
【威嚇】
【指揮】
【連携】
【風属性耐性】
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双頭風鷲か。四枚の翼と二つの頭を持つ怪鳥だ。山のボスだから職業として『山の主』が出てくるんだな。
【鑑定】したらステータス強化系が多いのが良く解る。さらに魔術も風属性だけだが使えるらしい。ただし、一種類と言っても進化た【暴風魔術】だ。決して油断は出来ない。近接よりの万能選手、といったところか。
そして注目すべきは初めて見る【風属性耐性】。属性への耐性を能力として持つ個体は初めてだ。こらからはこういう敵も珍しく無いのかもしれない。
「キィェェェェ!!」
「声なら負けねぇ!ゴアアアアアアッ!!」
双頭風鷲の【威嚇】とジゴロウの【咆哮】がぶつかり合う。レベルでは向こうが上だが、能力の質では進化させているジゴロウの方が上。レベルと質の力比べは、質の勝利だった。
「キィィ!?」
「行くぜ…」
「待て!」
双頭風鷲は確かに怯んだ。しかし、墜ちる気配どころか飛行になんの支障もきたしていない。
私はとても嫌な予感を覚えてジゴロウを止める。私の制止によって、ジゴロウは突撃の寸前で踏みとどまった。ここで文句も無く止まる辺り、彼は私を信頼してくれているのだろう。
「キィィ!」
「やはりな!聖盾!」
【咆哮】が効いてスタンしているはずの双頭風鷲が、何故か魔術を放って来た。私の嫌な予感が当たったらしい。最所から用意していた現在最硬の魔術、聖盾でそれを受け止めた。
「どうなってんだ?」
「絶対に【咆哮】を食らってたよ?」
ジゴロウとルビーは説明を求めるとばかりに此方を見る。私は「おそらくだが」と予防線を張った上で自分の予想を口にした。
「奴は二つの頭、それぞれにスタンの判定があったんだろう。ジゴロウの【咆哮】は、片方にしか当たっていなかったと考えるべきだ」
二つの頭でそれぞれが独立した思考と判定を持った敵。それが私の予感だ。つまり片方が怯めばもう片方がフォローしたり、片方が近接攻撃に専念している間にもう片方が魔術に専念したりする、という訳だ。
「なるほどのぅ。片割れの隙を埋め合うわけじゃな?」
「予想でしかないがな」
「め、面倒な相手ですね!」
全く、アイリスの言う通りだ。
「それに、今はまだマシな方かも知れん。今の内に可能な限りダメージを与えておくべきだ」
これまで、私達はボスと言える魔物と何度も戦ってきた。その中で能力が腐っていたボスは『月ヘノ妄執』くらいなものだった。ならば、双頭風鷲もその能力を十全に使ってくると思うべきだろう。
「頭が二つ、思考も二つ。しかし身体は一つだ。捌き切れない飽和攻撃を加えよう。皆、遠距離攻撃をひたすら繰り返せ!」
「チッ!しゃーねーか!」
「行きます!」
我々は遠距離攻撃を開始する。ジゴロウは普段なら全く使わない【拳】や【蹴撃】の打撃を飛ばす武技を連打する。アイリスは武技だけでなく投擲アイテムもポンポン投げていた。
「ほっほ!飛ぶ斬撃を撃つのもオツなものよ!」
「楽しそうだね、お祖父ちゃん!」
「聖盾!楽しそうで何よりだ!」
源十郎とルビーも、それぞれが飛ばすタイプの武技を放っている。そして私は四人に攻撃を任せつつ、敵の攻撃を防御する事に専念していた。
これは我々のパーティーに純粋な盾役がいないせいだ。これまては基本的にジゴロウと源十郎が前線で暴れ、ルビーが撹乱し、私とアイリスが臨機応変に対応していた。
つまり、二人の戦闘能力に頼っていたのである。だが、今のように前線に出るのが趣味な二人が前に出られない時は守りが薄くなる。我々の新たな課題が見つかったな。出来ればボス戦の前に見つけておきたかったが!
「キキィ!」
「キェェ!」
しかし、飽和攻撃作戦は効果抜群だったらしい。下から雨霰のように飛来する攻撃を、双頭風鷲は回避しきれない。かといってジゴロウや源十郎の重い攻撃は風壁では防げない。確実にダメージは蓄積していった。
「「キィィィィィィ!!!」」
「…来たか!」
残り体力が半分を割ったタイミングで、双頭風鷲の両方の頭が空に向かって叫び声を上げた。私の予想が正しければ、ここからは死闘になるぞ!
「イザーム!本当に来たよ!南西から!」
いち早く察知したのはやはりルビーだった。私は南西を振り替えると、この山で遭遇した鳥達が種族に関係なく群れを成して此方へ接近していた。
「陣形を変形。アイリスと源十郎は私の護りについてくれ!ジゴロウとルビーは互いの背中を守り合ってくれ!」
「はいよ!」
「わかりました!」
「うむ!」
「わかった!」
さあ、ここまでは前哨戦だ。気合いを入れて行くぞ!




