表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骸骨魔術師のプレイ日記  作者: 毛熊
第二十五章 迎撃準備
618/688

生産職の戦支度

 勧誘している者達もいれば、戦争の準備に奔走している者もいる。『ノックス』の研究区画では全てのクランが全力で生産していた。


 普段は自分達の研究を優先しがちなマッドサイエンティストの集団なのだが、彼らは必死になって防衛に使うアイテムを作り続けている。その理由はただ一つ。彼らにとって『ノックス』は最高の環境であるからだ。


 隔離された場所であるから、好きに研究して事故が起きても咎められない。プレイヤー達から様々な素材が持ち込まれるので、素材の調達には困らない。税が安い上にプレイヤーという顧客がいるので研究資金に困ることはない。ここ以上に不自由のない環境など存在し得なかった。


 仮に王国の侵攻によって『ノックス』が滅びた場合、この環境を失うことになる。同じ研究環境を自分達だけで再建出来るわけがない。それは彼らの総意であった。


 研究区画のプレイヤーはほぼ全員が人類だが、魔物を忌み嫌う王国から見れば魔物の国に手を貸していた裏切り者。工房をそのまま使わせてくれるとは思えなかった。


 そもそも彼らは人類の街で事故を起こして逃げ出した札付きでもある。受け入れてくれる街があるとは思えず、戦闘力に乏しい自分達だけで新たな拠点を築くのは不可能に近い。ある意味、『ノックス』の誰よりも切羽詰まっているのは彼らかもしれなかった。


魔導生物(マジカニマル)用のパーツの在庫はどこだ!?」

「うるせぇ!こっちはそれどころじゃねぇんだよ!」


 研究区画の傑作兵器、魔導生物(マジカニマル)。現在、大量に量産されている最中であるが、同時に次々と新型が作製されている。魔王国存続のために必死ではあるが、新しいモノを作りたいという欲求から逃れることは出来なかったのだ。


 それと並行して行われているのが、イザームが持ち帰った大量の古代兵器に関わる作業だった。古代兵器と言っても、古代における一般兵が使っていた汎用兵器でしかない。熟練の職人が希少なアイテムを用いて作った武具に比べれば数段劣る性能であった。


 だが、それが大量にあるとなれば別だ。魔導人形(ゴーレム)魔導生物(マジカニマル)に搭載すれば強力な兵団の完成である。レベル100のプレイヤーであっても数の暴力にさらされれば仕留めることは可能であった。


「アイリスの姉御にも言われたろ?とりあえずニコイチで構わねぇってよ」

「まぁそうなんだけどよ。直せた方が良いじゃんか」


 この兵器であるが、保存状態は比較的に悪くはなかった。そのまま使える兵器の方が多かったのだが、不良品も多数含まれていた。整備する者がずっといなかったので、経年劣化が起きていたのである。


 『マキシマ重工』のプレイヤーが言うように、本来であれば修繕出来た方が良い。だが、今はとにかく戦力を確保しなければならないのだ。直すのではなく、いわゆる共食い整備によって使えるようにすることを優先していた。


 特に大型兵器であればあるほど修繕には時間が必要になる。共食い整備によって壊れている部分を別の同型兵器から流用すれば時間も手間も省略出来るのだ。


「おう!お前ら、聞け!」


 こうして戦力を確保するべく作業に励んでいた『マキシマ重工』のプレイヤー達だったが、作業所に興奮した様子のマキシマが勢い良く入って来た。


 彼がここに来た。そのことが一体何を意味するのかを『マキシマ重工』のメンバーは知っている。知っているからこそ、彼らは一様に興奮を隠せない様子であった。


「イザームの野郎にも隠してた、俺達の夢。『メペの街』の鉱人(メタリカ)達の協力を取り付けてずっと極秘裏に研究してたアレ。そのプロトタイプの起動実験は成功だ!」

「「「ウオオオオオオオオッ!!!」」」


 マキシマが実験の成功をメンバーに伝えた瞬間、作業所どころか『マキシマ重工』の敷地全域が震えるほどの熱狂に包まれた。彼らの夢、その最も険しいとされた第一歩を踏み出すことに成功したというリーダーからの報告は彼らを狂喜させるのに十分であった。


 喜びのあまり作業を中断してしまっている皆をマキシマは何とか鎮めようと大声を出す。だが、彼の大きな声がかき消されるほどの熱狂のせいで『マキシマ重工』が静けさを取り戻すには少し時間が必要だった。


「ふぅ…お前らの気持ちはよく分かるぜ。俺も同じ気持ちだ。だからこそ、ようやく形にしたこの技術を奪われるのは絶対に許せねぇ。そうだろ、お前ら!」

「その通り!」

「パクられてたまるかよ!」

「なら、王国のクソ共には必ず勝たなきゃならねぇ!気合い入れて作業するぞ!」

「「「おう!」」」


 彼らのモチベーションはこれまでで最も高いと言っても過言ではない状態になっていた。敗北すればクラン全員で積み重ねてきた技術も奪われてしまう。そんなことは許せない。彼らにとって絶対に負けられない戦いとなった瞬間であった。


「あと、一つ土産があるぜ。ザビーネの嬢ちゃんからの差し入れだ」

「差し入れっすか?ザビーネって言うと…」

「あれだよ。貴族のお嬢様」


 婚約者に関するイベントの煩わしさから逃れるために、コンラートのコネを使って魔王国に避難してきたザビーネだったが、未だに魔王国に留まっていた。彼女にとっても誰かにとやかく言われることなく作りたいモノを作る環境が用意されているのだ。帰るつもりは毛頭なかった。


 だが、今は彼女の祖国がこの土地を狙っている。普通であれば内応を疑われるところだが、彼女に限ってそれはない。何故なら彼女は絶対に祖国へ帰りたくないからだ。


 彼女にとっては不本意なことに、婚約者イベントの上位三十位以内に入った人物は王太子謁見するようにとのお触れが出されたからだ。その順位に入りたくなかったザビーネからすれば迷惑なこと甚だしいのである。


「それで、差し入れってなんです?」

「この魔道具だ。使うと器用のステータスが爆上がりする香炉だってよ。ウチの敷地くらいなら全体をカバー出来るらしい」

「えぇ!?そんな高価そうなモンをポンとくれたんすか!?」


 『マキシマ重工』のメンバーは自分達を含めたあらゆる生産職が欲しがるだろうアイテムの登場に色めき立った。彼らがさらに高揚するのは無理もないことだろう。


 ただし、持ち込んだマキシマ本人だけは嬉しそうではなかった。彼の表情は苦虫を噛み潰したような渋面になっている。そのことに気が付いたメンバーは徐々に冷静さを取り戻していった。


「あのぉ…ひょっとして曰く付きだったりします?」

「おう。とりあえず、起動させる…覚悟しろよ」


 恐る恐る尋ねるメンバーに首肯したマキシマは、意を決して香炉を起動させる。内部にファンが仕込んであるようで、その効果で香りが広がる仕組みらしい。このような絡繰りはザビーネが『ノックス』で学んだ技術であった。


 こうして一気に香りが広がったのだが、その瞬間に『マキシマ重工』の工場は阿鼻叫喚の様相を呈することになる。その原因は香炉から発する香りであった。


「クッッッッセェ!?」

「オエェェ!?気分が…ウプッ!」

「騙したのかよ、社長!?」


 有り体に言って香炉から漂う香りは想像を絶する異臭であったのだ。嗅いだ者の正気を奪いかねないほどの腐卵臭であり、研究区画の異臭騒ぎに慣れている彼らであっても耐えられないほどであった。


 ある者はのたうち回り、またある者はえづきながら苦しんでいる。そんな仲間達をマキシマはガスマスクを着けた状態で眺めていた。


「やっぱり無理だよなぁ。かと言ってガスマスクを着けたら意味ねぇし…」


 この耐え難い異臭こそ、香炉の致命的な欠陥であった。器用のステータスが上昇したとしても、耐え難い異臭に苦しめられては作業どころではない。作業効率を上げるためのアイテムで作業が不可能になるのだから本末転倒であった。


 対策とばかりにガスマスクを装着すると、今度は香炉の効果を受けられない。香炉の香りを嗅ぐことがステータス上昇の前提条件であるらしい。マキシマはため息を吐いてから香炉を停止した。


「ステータスはマジで馬鹿みてぇに上昇するんだぜ?でもな、こんな感じで物凄くクセェんだよ。俺は事前に体験済みだ」

「なら先に言えよ!」

「何で教えてくれないんすか!?」

「俺と同じ不意打ちをくらう苦しみを味わってもらいたくてよ」

「理不尽だ!」

「横暴です!」

「そんなんだからモテないんだぞ!」

「やかましい!モテねぇって言ったの誰だ!?それに俺は他にも二種類の悪臭を体験してんだぞ!」


 この香炉は研究区画の全てのクランに提供されているのだが、効果は一様に生産で特に大事な器用のステータス上昇で統一されている。だが、香炉によって発生する匂いが異なっていた。


 匂いが異なるとしても悪臭であることは同じであった。他の二種類はそれぞれ呼吸するだけで鼻水と涙が止まらなくなりそうな刺激臭と、極限まで濃縮された焦げた魚の匂いであった。


 むしろマキシマはジャンケンで勝利し、最もマシな匂いの香炉を持ち帰ることに成功している。称賛されるべきなのにここまで責められるのは、事前に教えなかったのは彼の自業自得であった。


「あー、まだ気分悪ぃ」

「最早、これが新型兵器っすよ」

「悪臭爆弾的な?」

「おい。それ、良いアイデアなんじゃねぇか?例えばだな…」


 直前まで体験したことのないレベルの悪臭に打ちのめされていた『マキシマ重工』のメンバーだったが、この悪臭そのものを兵器に転用出来るのではないかと考え始める。つい先程までの怒鳴り合いや抱いてきた夢のことを忘れて話し合いを始めていた。


 この悪臭兵器についての構想は素早くまとまり、その日の内に試作品を作ることになった。なお、実際に香炉を起動させて試作品を作製したところ、品質が明らかに向上したこともあり、『マキシマ重工』では悪臭に耐えながら作業をするのが日常となるのだった。

 次回は4月2日に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >『マキシマ重工』では悪臭に耐えながら作業をするのが日常となるのだった。 結局悪臭を我慢してやってるのかw [一言] あ~確かに、かなり難しいが最悪自らまた基盤造ろうと思えば実力で作れる戦…
[一言] アンデッド系・無機物系のプレイヤーなら平気そう
[気になる点] 腐卵臭、焦げ魚、催涙ガスって並べたら焦げ魚が一番マシでは? 極限濃縮とか言ってっから息するのもつらいのかもしれんけど まあどれ選ぶにしろ臭いで失敗察知できなくなるからいずれ大事故起き…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ