勧誘色々
とある大陸にある深い森。現れる魔物に特徴がなく、近隣に街や村すらもない。採取可能なアイテムにも特筆すべきモノが存在しない不人気なフィールドだ。
情報は多くのプレイヤーに共有されていて、誰かが滅多に訪れることもない。だからこそ、後ろ暗いことがある者たちの潜伏場所として都合が良かった。
「やあ、お久しぶりですね」
「抜け抜けとよく言う。あの時はこっちの戦闘員を何人やられたことか」
そんな森の奥で『仮面戦団』のウスバが会見していたのは、彼らと同じPKのクラン『旅狼』であった。ただ、場の雰囲気は決して良くはない。それもそのはず。彼らとウスバ達は一度本気で激突したことがあったからだ。
結果はウスバ達の圧勝。『旅狼』は大敗を喫し、立て直すのに苦労することになった。その屈辱を忘れられるはずもなく、リーダーの号令さえあれば即座に袋叩きに出来るように包囲していた。
「あれはお互いに雇われて戦っただけでしょう?」
「まあな。根に持っても意味はない。だからお前ら、そう殺気立つな」
リーダーに窘められたことで、『旅狼』のメンバーはとりあえず武器から手を放した。ウスバは襲われた時の対処もシミュレートしており、襲われなかったことを内心では残念に感じている。戦闘への渇望はジゴロウをも超えているのだ。
ただし、武器から手を放したところで誰も油断はしていない。『仮面戦団』のウスバを前にして気を抜ける者はまずいない。いるとすればクランメンバーとウスバ自身が友人と認めた極小数の人物だけであろう。
「で、用件はなんだ。俺達は世間話をしに来るほど仲良くないだろ」
「では、早速本題に入りましょう。私の友人が戦力を求めていましてね。私達も手を貸しますが、どうも人手が足りない。どうです?雇われて暴れませんか?」
ウスバが持ってきた用件は『旅狼』のメンバーが拍子抜けするほど至って普通の内容であった。PKクランという関係上、彼らの下に依頼して来るのは脛に傷のある者達。そして内容は敵対勢力への攻撃か暗殺、逆に襲撃に備えての護衛になりがちだ。
ウスバというPKプレイヤーの間で最強と目される人物がわざわざ持って来た案件を誰もが警戒していた。だからこそ彼らにとって普通の依頼だったことに驚きを隠せずにいたのだ。
「暴れるのは構わない。報酬次第だがな」
「ああ、そう慌てないでください。実は今日明日のことじゃないんですよね。必要な時が来たらまた声を掛けにくるので、その時までに受けるかどうか決めていただきたい」
「ほう?随分と大掛かりな襲撃になりそうだな、おい」
『旅狼』のリーダーはニヤリと笑った。ウスバの言い分だと、日時をキッチリ調べた上で入念な下準備を行っているようだ。単なる略奪の頭数を揃えるためではなく、何か大掛かりな作戦に一枚噛むことになりそうなのだ。思わず笑みを浮かべてしまうのも無理はないだろう。
無論、リスクは承知の上である。『仮面戦団』は少数精鋭であるが故に依頼によってはこなすのが難しいというのは想像に難くない。だが、それでもPKクランの中では最強だとされている集団が、自力では達成困難だと判断しているのだ。容易な依頼内容ではないのは一目瞭然である。
リスクとリターンを天秤に掛けた結果、リーダーの天秤はリターンに傾いた。彼はウスバの要請を受諾して暴れることを選んだ。そのことを予見していたのか、ウスバの反応はとても薄かった。
「じゃあ報酬の話をしようか」
「いいでしょう。倒した者達から奪ったアイテムは、得た人の総取り。加えて傭兵として依頼料は別口。これが友人の提示した条件ですね」
「へぇ?気前がいいな、おい」
「吝嗇では裏切られると助言しましたから」
「信用がないな」
『旅狼』のリーダーは困ったように苦笑していた。基本的にPKという行為自体が余人から嫌われる要素しかない。それ故にマイノリティとなるPKクランはクラン内の結束が固かったり、仲の良いクランとの繋がりが強かったりするのだ。
一方で自分達が信用されないことも知っている。使い潰そうとする依頼人が多いのだ。そこで割に合わないと見れば開き直って平気で裏切るクランも多い。腕が立つがクセのある彼らを動かすには明確な利益を示さなければならないのだ。
「オーケー。基本はその条件で行こう。後は報酬額の調整をしようぜ」
「そうしましょう、と言いたいところですがね。実は貴方達以外にも声を掛けていまして。彼らと待遇の違いを出す訳にもいきません。ちなみに、報酬額はこうなっていますよ」
「他の?おいおい、デカいヤマになりそうだな」
実はウスバが声を掛けたのは『旅狼』だけではない。既に複数のPKクランと接触し、彼らから協力を取り付けていた。そこで報酬については議論し尽くしており、相場よりは高いが高すぎない絶妙な金額が決まっていた。
ウスバが複数のPKクランから協力を取り付ける必要があるほどの案件だと知って否応なく興奮している。そして無意識ではあるが、PKクラン最強の称号をほしいままにしている『仮面戦団』に認められていることに高揚していた。
ウスバの場合、戦力の勧誘をしながらも魔王国防衛のためという最も大事な部分をわざと隠している。それはここで情報を漏洩したくないからだった。
「…ちゅうワケなんですわ」
「頼むよ、天狗の爺様。手を貸して欲しい」
場所は変わって、様々な妖怪達が鎬を削る天霊島では七甲とセイが大天狗に援軍を請うための交渉に来ていた。彼らは天霊島で肩を並べて戦った戦友でもあり、交渉によっては高い確率で援軍を得られると踏んでいた。
「…すまぬ。手を貸すことは出来ぬのじゃ。今は時期が悪いのよ」
しかし、彼らの期待とは裏腹に援軍の要請は断られてしまった。その理由は彼らもまた、他の妖怪達との抗争が激化しているからだ。大天狗という重石があったとしても、敵には彼に比肩する大妖怪が控えているので戦力を削って弱みを見せる訳にはいかないからだ。
「いやぁ、こっちも無理を言ってるのはわかっとります。無理は言えませんわ。むしろこっちから何人か送りましょか?こっちで戦いが始まりそうになったら引き上げさせますけども」
「良いのかの?それはありがたいわい」
大天狗の口から出ることはないが、むしろこっちを手伝って欲しいという気配がありありと伝わって来ていた。そこで七甲は逆に経験値を稼ぎたい者を送り届けることを提案した。稼いだ経験値は無駄にならないし、何よりも天霊島での戦いが早期に終結すれば援軍も期待出来るからだ。
以前に天霊島を訪れた者達は、勧誘するべく飛び回る必要があるので七甲を含めて鍛えることに専念は出来ない。そこで初めて訪れる者達を紹介しなければならないのだが、七甲は『YOUKAI』の者達は馴染むだろうと勝手に考えていた。
このように期待していたのに援軍を得られなかった場合もあるが、逆に援軍を期待などしていなかったのに直接的ではないにせよ援助してくれる者達もいる。それがアクアリア諸島であった。
「凄い食い付きだったわねぇ」
「ああ、そうだね」
アクアリア諸島の街道を軽快に駆けているのは羅我亜に乗った邯那だった。彼女らは以前、アクアリア諸島にいた経験からそちらの有力者に顔が利く。そこでやらないよりマシとばかりに話を持って行ったのだ。
すると彼らの反応は劇的であった。どうやらリヒテスブルク王国が古代兵器の起動に成功したという情報は彼らも掴んでおり、危機感を募らせていたからだ。
そもそも島国であるアクアリア諸島が繁栄しているのは積極的に海上貿易を行っているからだ。権益を守るためにも海軍に力を入れているのだが、浮遊要塞などと言う海軍をあざ笑うかのような存在の登場は安全保障上の観点から大問題であった。
それと戦うことになる勢力がある。それを知った彼らは全力で支援することを約束した。『ノックス』が滅ぼされた後、その矛先が自分達に向かないと言い切れる者はいない。彼らにとって『傲慢』が存在しているだけで都合が悪いのだ。
全力で支援することで王国に出血を強いる。そうすれば負けるにせよ、王国は必ず疲弊するはずだ。仮に『傲慢』を故障させることが出来れば大金星。そのような計算の上で支援を約束していた。
「勝てるとは思ってなかったわねぇ」
「あそこまで期待されていないと笑えてくるね」
ただし、二人が交渉した者達が期待しているのは王国を疲弊させることだけ。誰も王国に勝利することを期待している者はいなかったのだ。
二人は十分に理解している。自分達が詳しい実態について語っていないこともあり、勝算があるかどうか判断する材料がないことを。何よりも王国の国力は高いということを。
「でも…目に物見せてやるって気持ちになっちゃったわ」
「僕も一緒さ。必ず追い返してやろうじゃないか」
理解していても感情的に受け入れられることではない。ペア戦では全プレイヤーで最強の二人は戦意を滾らせるのだった。
次回は3月29日に投稿予定です。




