エリとリアのノックス訪問
「はぇ〜!ここ、ホンマにあんたらで作ったんかいな」
「見たことないんが一杯おる…まるで別ゲーや」
地獄で会った二人のプレイヤー…姉のエリと妹のリアは私達と同行する道を選んだ。そうと決まれば話が早い。情報を決して漏らしてはならないと述べた上で『ノックス』に連れて来た。
二人には全てを話した訳ではない。ただ私達は魔物プレイヤーや人類プレイヤーから爪弾きにされた者達、そして現地の住民を含めた共同体であり、二つの街を協力して作り上げたことは話してあった。
「活気があるなぁ。ええ街やね」
「そうだろう。ここを壊されたくない気持ちはわかってくれるな?」
私の問いに二人は首肯した。かつて街を滅ぼしたこともある私にどの口が言うのかと言う者もいるだろうが、それが私の本音であった。
エリとリアは初めて『ノックス』に来たこともあって、結構目立っている。だが、そんなことはお構いなしに私達の下へ駆けてくる者達がいた。
「あっ!王様だ!」
「おーさまー!」
「王様?」
「誰のことや?」
それは子供達である。丸くなって眠っているカルの上で遊んでいた子供達の一部がこちらに気付いたのだ。カルほどではないが、私達も子供達に懐かれているのである。
羅雅亜から降りた邯那は近くに居た子供達を抱き上げているし、羅雅亜も子供達を背中に乗せてゆっくりと歩き始めた。このようにクランメンバーの全員が…いや、ほぼ全員が懐かれているのだ。
「ああ、言っていなかったか。実はこの…」
「何やこの子ら!?めっちゃ可愛い!ヌイグルミみたいやん!」
「こんにちは!ウチはリア。こっちはお姉ちゃんのエリや。よろしゅうな」
…私の言葉など聞くことなく、エリとリアの二人は子供達に夢中になってしまった。特に二人が今抱きしめているのは四脚人の子供である。ただ、力一杯に抱くのではなく優しく、それでいて安心させるように撫でてもいるので子供達は嫌がるどころか気持ち良さそうに目を細めていた。
ひとしきり撫でた後、二人は子供達を地面に降ろして解放する。子供達は笑顔でバイバイと言ってカルの方へ走っていく。すると寝ていたカルが目を覚まして頭をもたげた。こちらを一瞥すると、一度大欠伸してから再び眠ってしまう。今日はまったりしたいようだ。
「…………何や、アレ?」
「アレとは失礼な。私の従魔だぞ」
「子供達の人気者なのよぉ」
「愛嬌がある性格をしているよね」
エリとリアは呆然とカルを見ている。カルをアレ呼ばわりされたことには少しムッとしたが、絶句するほど驚いていたので帳消しになっていた。
するとここにはいなかったリンが空から舞い降りた。力強いカルとは対照的に優美な雰囲気のリンは女の子に人気がある。今も背中に数人を乗せて飛行していたようだ。
リンはチラリとこちらを見てから、カルの側に伏せる。そしてリンが戻ってきたことに気付くことなくスヤスヤと寝息を立てるカルの頭を長い尻尾で軽く叩いていた。
「もう一頭おるんかい…とんでもない場所やで」
「ホンマやなぁ。せや、あの子らはなんなん?入れ墨入れてる子とか、黒い森人とかおるけど…」
「ああ、それについては説明しておこうか」
エリとリアの二人に私はここの住民が女神に見捨てられ、本人達が自分達を人類モドキと自嘲する者達のことを軽く説明した。誇張など一切交えていなかったのだが、二人は同情するどころか憤慨していた。
「アールルっちゅう女神はろくでもないやっちゃな!」
「お姉ちゃんの言う通りや!腹立つわ〜!」
「ま、まあそういうことだ」
まさかここまで感情移入するとは思わず、私の方が二人の勢いに圧されてしまいそうだった。プリプリと怒っていた二人だったが、姉のエリがふと思い付いたかのように私に尋ねた。
「なあ、イザーム。ウチらも四脚人になれへんの?」
「あ、それウチも気になったわ。そこんとこどうなん?」
おっと、説明の時に端折った部分だったか。種族を強制的に変化させる薬品のせいだと教えていなかったはず。だが、あれもまた貴重な古代兵器だ。今日来たばかりの二人に投与することは出来ない。ちゃんと説明して無理だと教えておこう。
「実はな…」
「話は聞かせてもらったよん!」
「何やコイツ!?」
「キノコのバケモンや!」
薬について説明しようとした時、背後から聞こえてきたのはしいたけの声であった。私や住民は既に見慣れた姿だが、毒々しい色で棘が生えた傘を持つ手足の生えた巨大なキノコは初見の者にとって絶大なインパクトを与えるらしい。エリとリアは咄嗟に身構えていた。
まあ、仮に二人がパニックになって襲い掛かったとしてもしいたけは無事だっただろう。圧倒的なレベルの差が存在するのだから。
「フッフッフ!そんな態度でいいのかなぁ?君達にうってつけのポーションが完成したというのにねぇ?」
「ポーションやて?」
「彼女は腕の良い錬金術師なんだ。それで、今回はどんなポーションを作ったんだ?」
「腕が良いだなんてぇ〜!まあ事実なんだけどぉ〜!」
端的にしいたけについて説明したのだが、彼女はこれ見よがしに身体をひねっている。照れるような性格でもないだろうに。というか、そんなに動いていると…あ、やっぱり転んだじゃないか。
クネクネと奇妙な踊りを見せつけられた挙げ句、足をもつれさせて転んだしいたけにエリとリアの二人は得体の知れない何かを見るような目を向けている。その後、何かを訴えかけるように私を見てくるので、私は目を反らしながらわざとらしく咳払いをした。
「で?何を作ったって?」
「アイタタタ…ああ、そうそう。新作の話ね。ほい」
もう一度新作のポーションについて尋ねると、しいたけはインベントリから取り出したアイテムを私に放り投げた。随分と扱いが雑じゃないか、おい。
受け取ったアイテムだが、薄紫色の液体で満たされた注射器である。この中身が重要なのだろうが、地味に注射器で注入するタイプのポーションは初めだ。とりあえず【鑑定】してみよう。
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シュゾク・カ・エール 品質:優 レア度:S
古代兵器『純潔』の劣化コピー薬。
人類プレイヤーにのみ作用し、対応する種族に変異する。
効果時間はリアルタイムで二十四時間。
死亡後にリスポーンすると効果が切れてしまう。
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このネーミングセンスはともかく、『純潔』の劣化とは言えコピー薬を開発したのは偉業と言っても良い。効果の対象が限定されるようだが、むしろこんなアイテムはプレイヤーしか求めないだろう。ならば全く問題にならなかった。
また、効果時間が切れたり死に戻りすると元に戻ってしまうというのも薬を売る側からすれば都合が良い。変異した状態を保ちたい者なら、効果が切れた時のことを考えてストックを定期的に購入することになるからだ。
「しいたけ、量産は可能か?」
「うん。この大陸で手に入るモノだけで賄えるし、値段もそこそこに抑えられるんじゃない?」
「それは重畳」
これは売れる。私は確信していた。特に闇森人の容姿に憧れを抱く者が一定数おり、制限時間付きとは言えその姿になれるとなれば大枚はたいてでも買う者はいるに違いない。
身近な所で需要があるとすれば『Amazonas』のメンバーなどだろうか。仕方がないことだが、彼女らは人類ばかり。私達も住民も気にしていないが、疎外感を全く感じないというのも無理がある。きっと求める者はいるだろう。
売り出せば大陸の外でも売れること間違いなしだ。まあ宗教上の兼ね合いで大っぴらには売れない場所もありそうだが…コンラートに渡せば莫大な利益を出しそうだ。
「今はもっと凄い薬を研究中なんだぜ?」
「そうか。それより、これはもう試したのか?」
「うんにゃ、まだだよ。被験者を探してたんだよね」
そう言ってしいたけはエリとリアににじり寄っていく。いや、言いたいことはわかるが怯えさせるような動きをするんじゃない。私は杖で頭を叩いて止めさせた。
「だから初対面の相手に変なことをするなと言うのに。普通に頼め、全く…」
「は〜い…ってな訳で、こいつを試してみな?トブぜ?」
…全く反省していないことだけはわかった。エリとリアは物凄く警戒しているじゃないか。仕方がないので私の口から薬品について説明し、試してみるかどうか確認する。二人は顔を見合わせてから即座に頷くのだった。
次回は3月1日に投稿予定です。




