小島を再利用
「グ…オォォ…」
「ハァ…ハァ…ハッハァ!俺の勝ちだなァ!」
小島におけるジゴロウとカルの戦いは私が想定していた以上の激闘となった。小島は表面には戦いの傷跡が残されている。ひび割れやクレーターなどによって、元々何もなかったのが凸凹だらけになっていた。
そんな小島の上で最後まで立っていたのはジゴロウであった。カルは生きてこそいるが小島の上で力なく横たわっている。誰が見てもジゴロウの勝利であった。
ただし、ジゴロウと言えども決して楽勝ではない。むしろギリギリまで追い詰められた辛勝であった。全身にはカルの爪牙による裂傷だらけであるし、風にたなびく長髪も半ばから切り落とされている。これは尻尾によって切断されていた。
特に脇腹の部分は大きく抉られていて、倒れていないのが不思議なくらいだ。少なくとも私であれば十回と言わず死んでいたことだろう。それほどに激しい戦いであった。
模擬戦の枠を越えているように思えるかもしれないが、お互いに最後の一線は越えていないので紛れもなく模擬戦である。というのもカルは龍息吹を使っていないし、ジゴロウも『奥義』などを発動しなかったからだ。
殺し合いにしか見えない戦いであったが、この一線を越えない理性をお互いに保っていたことになる。カルは私には従順だし普段は温厚なのだが、戦闘になれば負けず嫌いで荒ぶることもあった。それが追い詰められながらも理性を保っていたのだ。素晴らしい成長と言えた。
それ以上に同じく必殺の『奥義』を封じて勝利して見せたジゴロウの強さたるや呆れてしまうほどだ。あのカルに敵として対峙し、素早く振るわれる爪牙を掻い潜るなど恐ろしくてとても出来ない。つくづく私は前衛職にしなくて良かったと思ったよ。
「リン、行くぞ。カルは任せる」
「クルルッ!」
これは二人が同意の上で戦った模擬戦ではあるものの、お互いにダメージは深刻であった。一刻も早く治療しなければなるまい。邪魔をしないように上空から見守っていた私達だったが、急いで地上に降りると二人の治療を開始した。
カルのことはリンに任せ、私はジゴロウの治療に取り掛かる。ただ、ジゴロウも限界を超えていたらしい。彼は治療を始めるや否や、その場で寝そべってしまったのだ。
「兄弟、カルはどうだった?」
「最高だァ。十回やりゃァ…そうだなァ、三回は俺が負けるかもしれねェ。そんくれェ強くなってんぜ」
「そこまでか」
ポーションを掛けつつ【魂術】で回復させているジゴロウに感想を聞いたところ、地面に横たわった状態でそんなことを言っている。そうか、あの小さかったカルが模擬戦でジゴロウに勝てるまでに成長したのか…何だか感無量である。
重傷ということもあって治療がすぐに終わるはずもなく、しばらくはここでのんびりと治癒を待つことになるのだろう。そんなことを考えていると小島の周囲を囲む海の中から勢い良く飛び出して来る者達がいた。
「ハァイ、王様」
「アン達か。驚かせないでくれ」
現れたのは『蒼鱗海賊団』のアン達だった。この小島を紹介してくれたのは彼女達なので、ここを知っているのは当然だ。だが、どうしてここにいるのだろうか?
「野郎共、やっちまいな!」
「「「ヒャッハー!」」」
「…んん?」
アンはクランメンバーに号令を掛けると、彼らはこちらに走り出す。もしや私達を暗殺でもしようと言うのか、と身構えたのだが、彼らは懐から出したのは武器ではなく大きな瓶であった。
その瓶には液体が入っていて、彼らはそれを小島の表面に満遍なく染み込ませていく。ジゴロウとカルの戦いの余韻によって煙を上げている場所も多かったが、その液体が原因で高熱を発しているのか小島全体の地面から大量の煙が発生していた。
「助かったよ、王様。ここは休憩所にちょうど良かったんだけど、アレがいただろ?」
「ああ、いたな。もの凄くいたぞ」
「アレ?何のことだァ?」
ジゴロウは寝そべったまま眉根を寄せる。あ、そう言えば教えてなかったっけ。ここは黒いアレが隙間がないほどに密集していて…ジゴロウとカルはそんな場所に横たわっていることになる。これは…教えずに後で知られたら恨まれそうだ。正直に伝えよう。
言い忘れていたと前置きをした上で小島がどんな場所であったのかを伝えると、ジゴロウは目を見開いて飛び上がった。最強に限りなく近いプレイヤーも、黒いアレが密集していた場所に横たわっていられる訳ではなさそうだ。
「アッハッハッハ!」
「アン、笑い過ぎだ。兄弟…本当にすまなかった。すっかり忘れていた」
「忘れてたんなら仕方があるめェよ、兄弟。でもよォ…万全だったらアンはブチのめしてるところだぜェ」
ジゴロウの反応が面白かったのか、アンは腹を抱えて笑っている。ジゴロウは治療中の重傷者とは思えぬほど殺意のこもった目付きでアンを睨んでいた。
睨んでいても彼女が態度を改めることはない。ジゴロウは不愉快そうに鼻を鳴らしてから身体のバネを活かして立ち上がった。
「それで、今は何をしているんだ」
「王様達がせっかくキレイサッパリ消してくれたんだ。ならこれを機に根絶しちまおうってね。錬金術士達から色々と仕入れてきたのさ」
どうやら『蒼鱗海賊団』が撒いているのは例のアレが二度と発生しなくなるようにするための薬品だという。何でもアレは卵を地面に産んでいることがあり、それを根絶させるための強力な殺虫剤であるのだとか。
私とジゴロウはチラッと目配せをし合う。そもそも私達はここで崩天邪衣によって強化された【深淵のオーラ】の実験を行っていたのだ。地中に埋められた卵など既に全滅しているのではないだろうか?
いや、アレの卵は卵鞘に入っているハズ。オーラによる侵食を防いでいた可能性は十分にある。彼女らの行為が無駄なのかどうかは判断がつかなかった。
「あらかた片付いたね。次は…こいつさ」
「何だ、それは?」
「何かの心臓みてェだが…」
撒かれた薬品によって発生していた煙が落ち着いたところで、アンはインベントリから鼓動するピンク色の肉塊が入ったガラス瓶だった。黄色い液体に浮かぶ肉塊はジゴロウの言うように心臓の形状をしていて、ずっと動き続けている。つまりこれは生きているアイテムということだ。
「『生体武器研究所』の連中から買った拠点の心臓さ。こいつを埋めればあっという間に拠点が完成する…らしい」
「実際に使ったことはないのか」
「ない。だってアホみたいに高いんだよ?こいつ一個作るのに戦船が四隻は作れるんだから」
それは確かに高額だ。それだけの金があれば『蒼鱗海賊団』の艦隊を増やすことも出来たということ。それを取りやめてでも作ったのには理由があるはずだ。
それにしても『生体武器研究所』か。確か生きている武器や建造物を作っている者達だ。私達は馴染みないが、住民達には結構人気な武具である。完全に壊れると取り返しがつかないが、生きているが故に戦うだけで強くなるし修理も手間が少ない。何よりも使えば使うほど愛着が湧いてくるようだ。
どうやらアンが購入したのは武具ではなく建造物の方らしい。この小島を拠点にしたいとは聞いていたが、生ける建造物にするつもりなのか。
「説明はしてくれるんだろうな?」
「ここをキレイにしてくれた駄賃に教えてあげるよ。まあ、見た方が速いと思うけどね」
アンはガラス瓶の蓋を開けると、中に入っていた心臓を取り出すと地面に放り投げる。ビチャリと湿った音を立てて地面に落ちた心臓だったが、そこから伸びる心臓が地面に突き刺さった。
そんな心臓にアンはインベントリから取り出した様々な液体を掛けていく。十種類以上の液体をアンが掛けたところ、心臓の鼓動は一気に急上昇し始めた。大丈夫なのか、これ?
「さっさと逃げるよ!」
「何!?カル!リン!飛べ!」
やはり大丈夫ではなかったのか、アン達は一斉に小島の外へと駆け出した。警戒していた私はカルとリン命じるや否や、ジゴロウの腕を掴んで急上昇した。
全員が離脱した直後、小島に大きな変化が起きる。小島の亀裂などから滲み出るようにピンク色の肉がモゴモゴと盛り上がると、小島全体を包みこんだのだ。それだけではなく、小島は肉は肥大化し、一定の大きさにまで膨れ上がると今度は表面に変化が起きた。
「ありゃァ…鱗か?」
ジゴロウが呟いた通り、表面は魚のような鱗に覆われ始めたのだ。最終的にまるで青魚の背の部分のようになったかと思えば、岩石が砕けるような音と共に泡が立ち…小島は自分から海中に沈んでいくのだった。
次回は2月14日に投稿予定です。




