崩天邪衣の力 後編
黒光りするアレが埋め尽くされた小島をオーラで制圧した後、私は『ノックス』に帰還する。そして検証がしたいという事情を話した上で呼び出したのはジゴロウであった。
「付き合わせて悪いな、兄弟」
「水臭ェぞ、兄弟。気にすんなァ」
私達がいるのはついさっき私が制圧した小島であった。他の場所でオーラを全開にすると住民に被害が出る。色々と考えた結果、ここが最も気にする必要なく思い切りオーラを垂れ流せるのだ。
「この後のお楽しみが待ってんだァ。いくらでも協力するぜェ」
「わかった。では、始めるぞ」
「おうよ」
事情は説明してあるので、私とジゴロウは小島の両端に離れて立つ。そしてオーラを放つ私に少しずつ歩いて接近し、どのような影響が出るのかを試すのである。
まず最初にジゴロウは主要な装備を全て外した状態で接近してくる。平然と歩いているので状態異常には罹っていないようだ。やはり同格相手では効きが悪いようだ。
「おっ?」
オーラの効果範囲は円形で、その半径の半分辺りを越えた時にジゴロウのアイコンに状態異常のマークが浮かび始める。おお、同格であっても状態異常対策をしていなければオーラには一定の効果があるようだ。
それに魔物相手ではわかりにくかったが、半径の半分辺りから効果が強くなることがわかったのも大きい。そのままズンズンと前身したジゴロウのアイコンに浮かぶ状態異常のマークはどんどん増えていく。即死こそしないものの、状態異常が重複していくようだ。
こうして私に手が届く範囲にまで差し掛かると、彼は手を伸ばして私に触れる。直接私に触れた場合についても検証したかったのだ。
「何も変化はないか」
「なら、軽めに行くぜェ?」
何の変化もなかったので、ジゴロウ次は私を叩いてみる。無論、本気ではない。そんなことをされれば私は粉微塵にされてしまうだろう。
ただ、軽く殴っただけであるのに変化は劇的であった。殴った場所から濃いオーラが滲み出たかと思えば、ジゴロウの腕に絡みついたのである。すると彼が罹っている全ての状態異常が一段階強化されていたのだ。
状態異常に罹ったまま私を傷付けたなら、その者はさらなる状態異常に苛まれることになるらしい。状態異常に耐えながら近付いたのに、一太刀入れたらさらに苦しくなる。私と戦う者達はさぞ鬱陶しい思いをすることになるだろう。
「次は防具や装飾品アリの検証だ。治すから少し待ってくれよ」
「はいよ」
ただし、それは武具を装備していない者の場合である。大概の場合、同格の者達は私や『不死野郎』のような不死など【状態異常無効】を持つ者を除いて状態異常対策は行っていた。
対策をしていても完全に無効化することは難しいのだが、全く行わない者はまずいない。装備していても状態異常に出来るか否かを知っておくのは大切なことであった。
検証の前にまずジゴロウの治療を行う。私が付き合わせているのでポーションなどは全て私持ちだ。普通のポーションはどうせ自分には使えないし、そもそもこういう時に使うことも想定して持ち歩いている。出し惜しみするつもりはなかった。
「そろそろ次の検証を始めようぜェ」
「わかった。また配置についてくれ」
まだ回復しきってはいなかったものの、ジゴロウはさっさと検証を再開しようと言い出した。どうやら検証後のお楽しみが待ち切れないらしい。
私は頼んでいる側ということもあり、からかうこともせず了承した。最初と同じく小島の両端に立つと、ジゴロウは同じように歩き始めた。
「おっ?」
「普通に効いてんじゃねェか」
何も装備していなかった時であっても状態異常にならなかったジゴロウは、オーラの範囲内に入っても当然ながら状態異常にならない。だが、半径の半分以内に入れば状態異常になっていた。
ただし、状態異常になりにくくなっていることも間違いないらしい。先ほどと比べて状態異常のアイコンが増えるペースは露骨に下がっていたのだ。
何にせよ、私のオーラに対して状態異常対策は有効的だということが証明された。さらに私を小突いてみたところ、その瞬間に状態異常が強化されるのは同じだ。私を傷付ければより苦しむことになるのは確実らしいな。
「付き合ってもらって助かった。後は後日にマックでも捕まえて不死相手だとどうなるのか確かめることにする」
「あいよ。じゃ、そろそろお楽しみの時間と行こうぜェ」
「…好きだなぁ、本当に」
私がジゴロウに検証を手伝ってもらう際、私は要望があれば叶えると約束した。すると彼は久々にカルと本気の模擬戦を行いたいと言ったのだ。
カルとしても望むところだったようで、ジゴロウと戦うかと問うと喜びの雄叫びを上げていた。ジゴロウと源十郎の二人から戦闘の技術を仕込まれたカルは、二人の戦闘狂な一面も受け継いでしまっているのだ。
オーラを切った私は再びジゴロウに処置を行い、その後空中に待機して…いたはずが、いつの間にか海面スレスレまで降下して浮かぶ魔物を食べているカルを呼びに行く。あれだけ食べていたのに、まだ足りないようだ。
当然ながら魔物が浮いているということはオーラの効果範囲内ということ。その影響はカルも受けていたようだが、リンが甲斐甲斐しく治療していたらしい。苦労をかけるな。
「この食いしん坊め。腹ごなしというには激しすぎる運動になるが、大丈夫か?」
「グオオオオオッ!」
苦笑しながら問うた私にカルはもちろんだとでも言うように力強く返事をする。頑張れよ、と声を掛けてから私はカルを送り出す。そしてリンの背中に乗って彼女を労りながら、二人の戦いを見物するのだった。
◆◇◆◇◆◇
イザームの【深淵のオーラ】によって原生生物である海蜚蠊が全滅した洋上の小島では、ジゴロウが腕を組んで目を閉じている。その身体は微動だにせず、まるで彫像のようですらあった。
そんなジゴロウの前に音を立てて着地したのは、イザームの従魔であるカルナグトゥールだ。黒い鱗に四枚の翼、大剣を思わせる尻尾の高位破滅龍である。
ただの従魔と侮ってはならない。最強種の龍が魔王イザームの影響を受け続けて戦闘に特化した個体に成長したのだ。魔王国のプレイヤー相手でも正面からの戦いで勝てる者はごく僅かに限られていた。
「よォ、カル坊。ちったァ腕ェ上げたのかァ?」
「グルル…」
そんなカルナグトゥールを前にして、ジゴロウは組んだ腕を解くことはない。閉じていた目を開いてから不敵に笑うだけだった。その態度からは明らかな上位者の余裕が見て取れるだろう。
カルナグトゥールはこのジゴロウの態度に怒りを感じることはない。何故なら彼はまでジゴロウに模擬戦で勝利したことはなく、彼の態度は決して不遜ではないからだ。
そんな挑戦者であるカルナグトゥールは姿勢を低くして臨戦態勢に入っている。挑発的な態度に乗せられて不用意に飛び掛かるような真似はしない。彼に油断は微塵もなかった。
「いいねェ。でもなァ、お前ェは兄弟を守る最後の壁だろォ?それがどんくれェ戦えるようになったのか…俺に見せてみやがれェ!」
「グオオオオオオオッ!」
腕を解いたジゴロウは、仁王立ちの状態からいきなり加速してカルナグトゥールに迫る。唐突に始まった模擬戦であったものの、カルナグトゥールは雄叫びによって迎撃した。
【咆哮】の能力によって物理的な圧力さえ与えられるカルナグトゥールの雄叫びは、確かにジゴロウの速度を若干ながら下げることに成功している。だが、それは誤差の範囲に過ぎない。一瞬で間合いを詰めたジゴロウはその鉄拳をアッパーカットの要領でカルナグトゥールに叩き込んだ。
「へェ?今のを躱せんの、かァ!」
「オオッ!」
拳が当たる直前にカルナグトゥールは首を引いてギリギリで回避している。それは殴られる直前に気付いたからではない。ジゴロウがこう動いてくると予想しての行動であった。
低く構えて頭を下げる構えは、自分がより素早く前へ飛び掛かることが可能になる。しかし同時に頭が下がるので狙われ易くなるリスクを背負う。誘えばジゴロウならば頭を狙ってくる。その読みが見事に当たったのだ。
カルナグトゥールが首を勢い良く引いたのは回避だけが目的ではない。首を引くという動作は自然と上半身を後ろに仰け反るような姿勢にしてしまう。この力を無駄にすることなく、カルナグトゥールは回避しながら四肢で力強く地面を蹴り上げてバク転をするようにして尻尾を叩き込んだのだ。
ただし、その尻尾による打撃は有効打にはならなかった。ジゴロウ空振ったアッパーカットで伸び切った腕を畳みながら、下から迫る尻尾に肘を打ち下ろしたからだ。
力と力がぶつかり合った結果、吹き飛ばされたのはジゴロウである。体重と筋力を考慮すれば妥当な結果だが、力負けしたジゴロウの顔には好戦的な笑みが浮かんだまま。それどころか笑みは深くなっていた。
「面白ェ…楽しめそォだなァ、オイ!」
「グオオオオン!」
カルナグトゥールの一撃によって、ジゴロウのガソリンめいた闘争心に火が点いたらしい。再び真っ直ぐに突っ込むジゴロウを、翼を広げながら迎え撃つカルナグトゥール。両雄による模擬戦とは思えぬほど白熱した激突はまだ始まったばかりであった。
次回は2月10日に投稿予定です。




