完成した巨人用施設にて
ログインしました。巨人用の住居は突貫工事で、しかし巨人達が使っても問題ない強度を確保して完成した。それでいて疵人によって刻まれた紋様をはじめとして、様々な装飾がバランスよく配置されていた。
「おお…なんと雅な!感謝しますぞ、魔王様!」
「気に入っていただけて何よりだ、メトロファネス殿」
そんな巨人用住居にやって来たのは『シルベルド海王国』の王太子、海巨人のメトロファネス殿一行であった。完成した直後、ちょうど近海でアン達と交易をしていたようで連絡を受けてそのままやって来たのだ。
建物は外装だけでなく、内装もキッチリと整えてある。良くも悪くも、天と海の巨人の国の王族がここを訪れる可能性が高いからだ。それが功を奏したらしく、メトロファネス殿は満足してくれたようである。
「それにしても、メトロファネス殿が使っておられるのですか」
「ええ!父上…いや、国王陛下から賜ったのです。優れた武具は使ってこそ。玉座にて国を治める陛下よりも、大海を駆けて国を守護する私が携えよ、と」
メトロファネス殿が爽やかな笑みと共に掲げたのは、私達が技術の粋を結集して作り上げた『大魔槍・海鳴』であった。『シルベルド海王国』の国王へのプレゼントだったのだが、どうやら息子に貸し与えているらしいな。
私達としても使ってくれているのならば誰が使おうと構わない。メトロファネス殿自身も嬉しそうだし、本人が満足しているのだから問題はなかった。
何よりもメトロファネス殿には二人のお供がいるのだが、彼らは槍の話題が出てからずっと羨ましそうな視線を槍に送っていた。自分達もこんな槍が欲しい。そんな心の声が漏れ出ているようだった。
「それほど気に入ってもらえたのなら、私達も贈った甲斐があるというもの。これからも貴国とは良き隣人同士でありたいものですな」
「全く、おっしゃる通りですよ!ハッハッハ!」
メトロファネス殿は快活に笑っている。雲上国もそうだが、魔王国と海王国の国交は益々深めて行くつもりだ。いつか深海に行ってみたいものだが、その手間なく深海の素材が交易によって得られるのは大きいからだ。
無論、メトロファネス殿達が付き合っていて気持ちの良い者達であるのも理由と言えよう。ただ、仮にも為政者である私にとって利益の方が優先されるのだ。
「しかし、急な訪問であったのに魔王陛下に出迎えていただけるとは。それも手土産の一つも持参せず…」
「確かに驚きはしたが、それだけ楽しみにしてもらえていたとも言えましょう。それにこちらも何か用意することも出来ていない。お互い様ということにしておこう」
メトロファネス殿は今更ながら巨人用の施設が完成したと聞いて飛んできた自分を恥じているらしい。これからも基本的には洋上で取引が行われるだろうが、地上での交渉が容易になったのは大きい。何ならここがあれば魔王国への長期滞在も可能なのだ。気になってしまうのも無理はなかった。
私としても少なくともメトロファネス殿は魔王国へ強い関心を抱いていることが知れたのは収穫だ。彼の心をガッチリと掴んで海王国を魔王国の友好国であり続けてもらわなければ!
「…お気遣いに感謝する」
「感謝は受け取ろう」
「では、そろそろお暇しましょう。あまり帰還が遅れれば国の者達に迷惑を掛けてしまうので」
「わかった。私がいるかどうかはわからんが、気軽に遊びに来てくれ」
こうして完成したばかりの巨人用の施設を訪れたメトロファネス殿達は帰っていった。これからは『エビタイ』で海巨人達を見る機会も増えるだろう。より一層、『エビタイ』が賑やかになりそうで何よりだ。
彼らを見送っていると、後方から何か声が聞こえてくる。振り返ってみると大声を出しながら手を振って走る二人組が…コロンブスとケースケ君の見慣れたコンビがいるではないか。
「ああっ!もう行っちゃった!海巨人から話を聞いてみたかったのに…」
「多分間に合わないって言ったでしょ?」
どうやらコロンブスは海巨人と会話してみたかったらしく、その機会を逃したからか膝から崩れ落ちて『orz』の姿勢になっている。冷静なケースケ君は最初から間に合わないと予想していたらしく呆れているようだった。
「惜しかったな、コロンブス。そう言えば地獄はどうだった?」
「地獄…地獄!ああ!あそこは刺激的だったね!もっと探検してみたいよ!」
直前まで落ち込んでいたのに、コロンブスは一転して元気になっている。どうやら地獄の探索は彼女のお気に召したようだ。元気になるのが異様に早いが、切り替えが早いのは良いことであろう。
コロンブスは元気になった一方で、ケースケ君は私の方を半顔で見ている。そんな目で私を見る理由に心当たりはあるからこそ、私はとぼけてみた。
「どうした、ケースケ君?何か言いたいことがありそうだが?」
「…わざと黙ってただろ、地獄に行く方法を」
やはりそうだったか。私を含めて全員が地獄へ行く方法…フェルフェニール様に丸呑みされて運搬されるという方法を初めて地獄へ向かう者達に教えないという風潮がある。私は空気を呼んで教えなかったのだが、それを逆恨みしているようだ。
まあ一種の通過儀礼だと思って受け入れてくれ。そんなことを言って誤魔化そうとした私だったが、その前に瞳をより輝かせたコロンブスが口を開いた。
「とてもエキセントリックで楽しかったよ!ねぇ、ケースケ君!」
「えぇ…?確かに、そう、かも、しれませんね」
ケースケ君は抗議する気マンマンだったというのに、コロンブスは遊園地のアトラクションを思い出したかのような反応を示したのだ。これを否定出来ないケースケ君は肯定するしかないようだった。
「ああ、それは良かった。地獄に行くにはあの方法しかないから、気に入らなかったらどうしようかと思ったよ」
「毎回!?楽しみだなぁ!それにフェルフェニールさんも気さくで話しやすかったね。じっくりと腰を据えて話してみたいな」
「きっと喜ばれるだろう。あの御方とコロンブスは気が合いそうだ」
ケースケ君が肯定したという事実にかこつけて私は彼の抗議の意思を完全に黙殺した。何か言いたげにこちらを見ているようだが、コロンブスが楽しそうにしているから何も言えないらしい。フッフッフ。やはりコロンブスさえ抑えていれば余計なことが出来ないようだな!
ただ、あまりからかい過ぎると爆発するかもしれない。ここはケースケ君にも配慮しているポーズを取るべきだろう。
「ケースケ君は大丈夫だったか?あれは衝撃的だから、私達の中にもなれない者は多いのだが…」
「大丈夫だよ!ねぇ、ケースケ君?」
「ハイソウデスネ…」
しかしケースケ君が何か言う前にコロンブスが答えてしまった。違うとも言えないのか、ケースケ君は完全な棒読みで同意している。何と言うか、とても哀れだった。
「これからしばらくは地獄を探検するつもりなのだけども、深淵にも行ってみたいんだ。全く、行きたいところだらけで困ってしまうよ」
「嬉しい悲鳴というヤツか」
「でも深淵は見るようなモノはないって聞いたんだ。本当にそうなのかい?」
「うーむ…」
コロンブスの質問に対し、私は即答出来なかった。確かに深淵は観光や探検には向かない空間だ。周囲の景色に変化はなく、ところどころに瓦礫が沈んでいるだけ。魔物は強力で、中には魔王国の総力を結集して挑んだ化け物と同格の存在がまだ残っているのだ。
片方は有効的よりの中立だろうが、もう片方は嬉々として襲い掛かって来るだろう。素材の採集やレベル上げには良いかもしれないが、コロンブス向きとは言えないかもしれない。
「個人的には一度行ってみたら良いと思うぞ。深淵にしかいない者達には魔王国の住民もいる。彼らと話してみても良いだろう」
ただ、それでも私は深淵行きを後押しすることにした。私達は慣れてしまったものの、深淵を初めて訪れた時の衝撃は大きかった。あの感動を二人にも是非味わってもらいたいのである。
それに妖人と千足魔という魔王国の国民も存在するのだ。何もないと言うのは誤りであろう。
「そうなのか。よーし、テンションが上がってきた!早速行くよ、ケースケ君!」
「え?あ!ちょっ!待って下さいよ!」
即断即決と言わんばかりにコロンブスは爆走していく。敏捷のステータスが高めなのか、その速度は中々のもの。ケースケ君は慌てて追い掛けていった。
私は二人の背中を見送りながら、ふと疑問を抱いた。あの二人は深淵へ行く方法を知っているのだろうか、と。知らない場合はどうしようもないのだが…まあ、いいや。
次回は2月2日に投稿予定です。




