建築中の一幕
ログインしました。迷宮についての話し合いは日程が決まったが、まだ少し先になる。ならばそれまでの間私はやるべきことをやるのみだ。
「……………何してんです?」
「よく似合っているよ、そのヘルメット」
そんな私に話しかけたのは、魔王国における新参者であるコロンブスとケースケ君だった。今の私の姿を見るのは初めてなのだろうが、二人の反応は正反対である。
ケースケ君は何か理解不能なモノを見たかのように目線を上下させながら私を見ているのに対し、コロンブスは朗らかに笑いながら私を褒めていた。うんうん、そうだろうそうだろう。私にこの黄色いヘルメットは案外似合うのだ。
「見たらわかるだろう。建設作業だ。少し大きめの建物が必要でね」
私のやるべきこととは、巨人用の居住地作りである。建設現場は『エビタイ』の真横である。これは天巨人と海巨人の両方が使えるようにするため。巨人用の施設は巨大にするより他になく、ポンポンと作ることは出来ない。一つにまとめられるのなら、まとめてしまいたいのだ。
幸いにも装備を新調したこともあり、浮遊していれば私のステータスは上昇する。これまでは素手で運ぶことが困難だった重さのアイテムも、楽々と肩に担ぐことが可能であった。
「いや、そうじゃなくて。あんた、王様なんだろ?」
「うん?その通りだが?」
「なら肉体労働なんて自分でやるもんじゃないんじゃないのか?」
ふむふむ、なるほど。ケースケ君の奇妙な表情の原因は私が作業員の一人として働いていたからだろう。どうやら彼は私がどういう立ち位置なのか、正確に理解していないようだ。
「伝えたとは思うが、私はあくまでも魔王国のまとめ役的なポジションに過ぎない。皆で動くのなら、私も動く。それだけだ」
「えぇ…」
「王様らしくふんぞり返っていると思っていたのか?そんなことをしていたら味方に離反されるぞ。プレイヤーがプレイヤーを相手に上から目線であれをやれ、これをやれと言われても不快だろう?」
「うんうん。それはそうだ」
本物の王様のように振る舞うのは気持ち良いのかもしれないが、味方をしてくれているプレイヤー達の不興を買うのは間違いない。少なくとも私であれば面従腹背、隙あらば他の不穏分子と共に蜂起して奪えるモノを根こそぎ奪ってトンズラするぞ。
ケースケ君はまだ納得していないようだが、コロンブスは実感がこもった調子で何度も頷いている。自由を愛する質である彼女からすれば、王様らしい王様など耐えられないのだろう。
「それで、二人はどうした?『エビタイ』に何か用があるのか?」
「そうだね。地獄とやらに行ってみたいんだ。ちょうど『Amazonas』のメンバーが行くらしい。ついでに連れて行ってもらおうと思ってね」
「ああ、地獄か。他の大陸にも入口はあるのか?」
どうやら今日二人が探索に出るのは地獄であるらしい。行くための方法については伏せつつ、私は地獄についてコロンブスに尋ねてみる。すると彼女は嫌なことを思い出したかのように顔を顰めた。
「ある…らしいよ」
「らしい?不確定な情報なのか」
「いくつかのクランが共謀して地獄に行く方法を隠匿してるらしいんだ。地獄に入る方法を探ってるプレイヤーがいたら脅してる。脅された本人が言うんだから間違いないよ」
地獄という特殊なフィールドを独占したいという気持ちはわからんでもない。だが、独占するべく他のプレイヤーによる調査を妨害するのはやり過ぎだし反感も買ってしまう。決して良い方法とは思えなかった。
私なら自分達だけが知っている状況の間に儲けることだけに集中する。『ノンフィクション』しかりコロンブス達しかり、秘匿していたティンブリカ大陸にやって来た。仲間達の口がいくら固かろうが、いつか誰かが発見するのだ。それを防ぐことに全力を費やすよりも、独占出来ている間に可能な限り利益を得るべきだと私は思うのである。
「脅すだけならともかく、屈しなかったらPKに狙われることになります。依頼を出してるみたいですよ」
「とんでもない連中だな」
「だからとても楽しみなのさ!じゃ、行ってくるよ!」
「あっ!?待っ…そ、それじゃ!」
「ああ、いってらっしゃい」
上機嫌なコロンブスはスキップしながら去っていき、その背中をケースケ君は会釈してから慌てて追い掛けていく。さて、私は作業に戻ると…おや?
「イザームさん…その姿は…」
「おお、ミツヒ子か。今日は来客が多いな」
作業に戻ろうとした矢先、私に声を掛けたのはミツヒ子であった。ここ最近になって魔王国に加わった『ノンフィクション』のリーダーである彼女は、私が肉体労働に勤しむ姿を見るのは初めてなのだろう。ケースケ君と似たような表情になっていた。
ただ、ケースケ君と異なるのはその疑問を一端置いておくことにしたらしい点である。彼女は一度咳払いをしてから周囲を見渡して眉根を寄せた。
「人がいると話しにくい内容か?」
「ええ。後で新聞として発表する予定ですので、あまり聞かれたくはありません」
『ノンフィクション』は元来、ゴシップ誌を出版するクラン。得られた情報を先に教えてくれるだけであり、他の者たちに聞かれてしまえば利益にならないのだ。ミツヒ子達のためにも、私は一端作業を中断して彼女と共に少し離れた場所へと移動した。
「それで…古代兵器の話か?」
「はい。どうやら王国は古代兵器の起動と制御に成功したようです」
「確実なのか?」
「ええ。ウチの記者が命を賭して得た情報ですから。死に戻りするだけですが」
ミツヒ子からもたらされたのは、考えうる中でも最悪に近い部類の情報であった。かつてゲイハとその一族を一瞬で狩り尽くした古代兵器『傲慢』。強大な力を持つ兵器が復活したのだから。
これで国家間のパワーバランスは大きく崩れるのではないか。私はそれを危惧していたのだが、ミツヒ子はさらに詳細な情報を教えてくれた。
「ただ、往時の性能とは比較にならないほど弱体化しているようです。装甲は大部分が剥げていて、内部の機関もボロボロ。武装も大半が修復不可能な損傷を受けているとのこと」
「張り子の虎、であって欲しいが…」
「弱体化と言っても流石にそこまでポンコツではありませんよ。あくまでも新品の時よりも性能が落ちるだけですから」
…そうだよなぁ。ただ浮かぶだけのデカい棺桶なら、誰も修復しようとは思わない。封印すると言いつつ余人に利用されないように徹底的に破壊し、鋳溶かして金属として利用していたことだろう。
ここは当時の性能がそのままでなかったことを喜ぶべきか。もしそうだったなら、我々の持つリソースの全てを航空戦力に投資しても蹂躙される程度の力しか得られなかったかもしれない。
「この大陸について知られたかどうかはわかるか?」
「申し訳ありません。内部のデータについては何も…ですが、王国が解析途中の設計図などは入手しました」
「凄いじゃないか」
古代兵器のデータを吸い出すには内部に侵入せねばならず、これはミツヒ子達をもってしても不可能だったらしい。しかし、大まかな設計図があれば戦力の分析が楽になるはず。大手柄と言っても過言ではあるまい。
この設計図は『マキシマ重工』あたりに持ち込めば解析してくれるだろう。仮に古代兵器が使われることになったなら、その結果を踏まえてより詳細にスペックを推測することが出来るはずだ。
「王国は古代兵器を使う兆しはあるか?」
「まだ起動と制御に手一杯のようですが、直に実戦投入するでしょうね」
「その予兆を見逃さないように張り付いてくれ。費用は我々も負担する」
「フフフ。ジャーナリストというよりも諜報員ですね」
「私としてはそれでも構わないのだがね」
やはり古代兵器を利用する準備は着々と進んでいるようだ。私達はその動向をチェックしながら、万全の備えをしておく必要がある。さて、どうなることやら…。
次回は1月29日に投稿予定です。




