魔王の迷宮
無色透明な部分が真っ黒に染まった水晶玉。しかし中に散っているラメのような何かは先程と変わらぬ輝きを放っている。そのお陰か、まるで夜空を球形にくり抜いたかのような見た目になっていた。
見た目の美しさは置いておくとして、これが一体何なのか【鑑定】して確かめておこう。その結果が以下の通りである。
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魔王の神鉄迷宮核 品質:優 レア度:L
迷宮を創造し、維持するために必要な核。
純度は非常に高く、大規模な迷宮を構築することが可能。
魔王の魔力が込められた影響により、作成される迷宮には魔王の配下の近親種のみ配置可能。
神鉄が混合されていることで配置される魔物の武装が強化される。
現在は待機状態。
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「ふむ…なるほど。最も多く吸収した魔力に影響するということか」
「混ぜ物も影響があるってわかったのは大きいよ。これで色んな個性が出せるし」
私が【鑑定】している間に近寄っていた研究員達が迷宮核を囲んで議論を始めた。ついさっきまで痺れて痙攣していた者達も混ざっている。意外と元気だな、と思ったがここは多種多様なアイテムの製造・販売も行っているのだ。誰もが懐に回復アイテムを忍ばせていて当然と言えよう。
そしてこの球体だが、私の魔力を空になるまで吸い取ったことで私の影響を大きく受けた物質になったらしい。それにしても…
「純度を高め過ぎた挙げ句、混ぜものまでやったのか」
「やれるだけやってみようってことになったからね」
「お陰で貴重なデータが取れた。感謝するぞ」
まず最初に稀少なアイテムなどをとにかく放り込んで様子を見る、というのは思い切りが良すぎやしないだろうか?先ずは無難に、そして徐々に攻めていくのが普通ではないのか?全く、マッドサイエンティスト達の考えはわからんわ。
「それで、これはどうするんだ?」
「無論、魔王国のために使ってくれたまえ。これは魔王陛下に献上すると決めていたのでね」
「そもそも防衛力強化の一端として作ったんだし。いっそのこと、『ノックス』全体を迷宮にしちゃえば?そのくらいの出力はあると思うけど。後で使用感とか教えてね。じゃあ、実験の続きを始めようか!」
しいたけ達は再び実験に戻るらしい。え?それだけ?献上すると言えば聞こえは良いが、私に丸投げしているだけなんじゃないか?
当然ながら、実験に集中するしいたけ達は私の疑問など聞いてはいない。放置されることになった私は、仕方がないので王宮に戻るより他に選択肢がなかった。魔力は枯渇し、迷宮核というアイテムの使い方も確かめなければならないからだ。
「おっ、アイリスじゃないか。珍しいな、こっちにいるのは」
王宮に戻ったところ、その一室に集まっていたのはアイリス、シオ、ネナーシ、そしてミケロであった。この四人が集まっているのも珍しいが、同じくらいにアイリスが王宮にいるのも珍しい。彼女は基本的に用事がなければ己の工房にいるからだ。
「イザーム!早速装備してくれているんですね!」
「ああ、最高の装備だ。これ以上はないくらいに。本当にありがとう」
「喜んでくれたのなら、こっちも嬉しいです」
トワに伝言を頼んではいたが、本人がいるのならば自分の口から感謝を告げるべきだ。私の気持ちは伝わったらしく、アイリスはその職種をウネウネと嬉しそうにくねらせていた。
アイリスに感謝している間に、他の三人は私の崩天邪衣をしげしげと見つめている。フフフ、良いだろう。私自身、これを装備するのは恐縮してしまうくらいには高性能なのだから。
「ところで、四人は何の話をしていたんだ?」
「『ノックス』に足りない施設について話し合っていたのですぞ、上様」
「ほほう、足りない施設か」
最初、四人は普通に会話していたようだが、ミケロが『最近は教会を訪れる者達が増えて手狭になっている』と言い出したらしい。すると徐々に足りない施設についての話に内容がシフトしていったようだ。
ちなみに、ミケロはこの地における『死と混沌の女神』イーファ様を祀る教団のトップに君臨している。私が加護を賜っていることもあり、住民は全員がイーファ様を信仰していた。
ミケロはイーファ様だけを信仰するように説いてはいないらしい。戦いに赴くならば『戦争と勝利の女神』グルナレ様に戦勝を、モノ作りや建築する時は『生産と技術の女神』ピーシャ様に成功や安全を祈願すれば良い。束縛しないこともあって住民に強く受け入れられているのだ。
「例えば、何が足りないと考えているんだ?」
「やっぱ空軍っすよ。飛べる兵士がもっと欲しいっすね」
指揮とかは無理っすけど、とシオは締めくくった。魔王国の航空戦力は決して脆弱ではない。カルとリンだけでなく、ゲイハや半龍人も含まれる。他にも飛べるプレイヤーがちらほらいる上に、浮遊戦艦シラツキまで存在するのだから。
だが、シオにとってはそれでも足りないらしい。ううむ、しかし飛べる戦力を追加すると言うのは相当に難しいぞ?浮遊するだけならば簡単だが、それが戦力となると一気にハードルが上がってしまうからだ。
「やはり文化面がまだまだ未熟ですぞ。博物館や美術館、図書館に植物園などがあると良いでしょうな」
「それは…もの凄く金が掛かりそうだぞ」
何気に知識人でもあるネナーシは文化面について切り込んで来た。いや、確かに文化面を充実させるのは良いことだと私も思う。疵人の紋様や鉱人が思うままに作るオブジェなど、魔王国にいる者達の作品を集めるだけならば簡単だ。
だが、ネナーシの言う博物館や美術館のためには他の大陸からも色々と集めなければならない。それにどれほどの金子が必要となるのか。博物館に揃えたくなる珍しいアイテムは高価であるし、美術館に収容するほどの美術品はそれこそ目玉が飛び出るほどの金額で取引されていると聞く。少なくとも巨人用の居住地を完成させなければ着手出来ないだろう。
「ああ、そうだ。先にここにいる皆には話しておこう。さっき研究区画に行って来たんだが、こんなモノを作ったらしい」
文化的に充実させるのに必要な費用のことから強引にでも話題を逸らすべく、私はつい先程預けられた迷宮核を取り出す。そしてこれが何なのかを説明した。
「これって使ったらどうなるんすかね?試してみないっすか?」
「それは良いですね。イザーム様、是非とも起動させてみて下さい」
すると四人は全員が興味津々らしく、起動させてみてくれと言い出した。かくいう私も使用感は確かめたかったこともあり、待機状態から起動状態に変えてみた。
起動すると迷宮核からはいくつものディスプレイが空中に浮かび上がる。それらは四人にも見えているらしく、物珍しそうに観察したり触ろうとしたりしていた。
「うわぁ…細かい数字やら文字やらが一杯っすね。自分はお手上げっす!」
「諦めるのが早いですぞ?」
「あっ、私達は触れないんですね。起動したイザームにしか使えないんでしょうか」
「そのようですね。船頭多くして船山に登る、細かな部分まで設定出来るからこそ数字に触れられる者は最小限に抑えた方が良いのは間違いありません」
どうやらディスプレイに触れられるのは私だけらしい。四人のラジコンのようになりながらディスプレイを操作し、ゴチャゴチャした数字や文字を読み進めて数字の意味と使い方について大体理解した。迷宮のボスとなるイベントを経験したこともあり、理解は容易であった。
うん、自由度が高すぎるね。作り出す迷宮の規模から出現する魔物の種類に頻度に至るまで、全て数字で管理することが可能なのだ。素材さえあれば迷宮核さえあれば迷宮となる建物や洞窟をポンと作ることも可能。突き詰めて行けば自分達にとって理想の迷宮を作成可能であった。
ただし、様々な制約もある。その最たるモノが維持費だ。基本的に高難易度になればなるほど維持費は上がる。広くしたり、大量の魔物を配置したり、罠を仕掛けたり…その全てに維持費がかかる。増やせば増やすほど必要な費用は増加するので、結果的に指数関数的な上昇幅を見せるのだ。
「起動状態と待機状態に切り替えられるのはありがたいっすねぇ」
「ああ。節約する方法はあるが、それをすると窮屈にも程があるからな」
その維持費を節約する方法も発見している。それを採用すると普段は不都合なことも多くあるのだ。幸いにも作った迷宮は任意で起動と待機が可能なようなので、使わない時には待機状態にさせれば問題ないらしい。
ただし、最大のデメリットは別にある。迷宮を攻略することの最大の旨味とは何か?それを考慮すれば自ずとわかると言うものだ。
「迷宮核が置かれる最深部には宝物庫を設置しなければならない。維持費もかかるのに、攻略されたら財宝も奪われるとは…」
「それも難易度に応じた価値の宝物が必要となると、あまり有用とは言えない気がしますね」
迷宮の最奥部には必ず宝物庫を設置せねばならず、難易度に応じた報酬を用意しなければならない。そして攻略された後、それを奪うのは攻略した者の権利なのだ。
以上のことから、ネナーシとミケロは迷宮はあまり使えないのではないかと主張している。アイリスとシオも同感であるらしい。私もそうか…と問われれば、むしろ逆であった。
「いや、それは違う。この迷宮は私達にとって切り札になるぞ。全員を集めて話し合う機会を設けよう」
私はこの迷宮に大きな可能性を感じていた。四人はそれが不思議そうだったが、私は確信している。早速集まる日を決めるべく日程をメッセージを送るのだった。
次回は1月25日に投稿予定です。




