災魔王の崩天邪衣
ログインしました。コロンブスとケースケ君の二人を『ノックス』観光案内したのだが、どうやら二人にとってこの街は見るべき場所があまりにも多かったようだ。結局、隅から隅まで案内させられた。そのせいでサイケデリックな色の煙が立ち込める、異臭騒ぎ真っ只中の研究区画に入るハメになってしまった。
昨日は『ノックス』を一通り見て回ったが、他にも鉱人の『メペの街』や闇森人の隠れ里も行ってみたいと言っていた。きっと今日はどちらかを訪問することだろう…迷惑をかけていなければ良いが。
日課の水やりを終えた私が真っ先に向かったのはアイリスの工房だ。昨日はコロンブスとケースケ君のせいで受け取れなかったが、アイリスは私のマントを強化してくれているはずだ。それを受け取りに行こう。
「アイリス、はいないのか」
「いらっしゃいませ、イザーム様」
「トワか。お疲れ様」
残念ながら今日はまだアイリスがここにいないらしい。代わりにトワが店番をしていた。
トワは古代の魔導人間だが、既に古代文明について多くの知見を得たアイリスによって大幅な改良が行われている。壊れかけだった時の彼女はもういない。今ではフレームから頑丈になっていて、強力な武器がいくつも仕込まれている。アイリスと店の護衛として十分な性能を発揮することだろう。
「アイリス様からお預かりしております。お納め下さい」
「ありがとう」
私の用件はわかっているらしく、すぐに折りたたまれたローブを持って来る。私は受け取った新たな装備を観察するべく、肩の辺りを持って広げてみる。するとトワが私にローブの加工について説明し始めた。
不思議な艶のある黒い生地は昨日見せてくれた染料で染め上げた天井毛布だ。ひとりでに浮かぶようなことはないが、浮遊の性質は生きているようで重さを全く感じない。ローブの重さと浮かぶ力が均衡しているようだ。
袖口や裾、襟などの縁には金色や銀色の金属糸で装飾されている。疵人の紋様であるらしく、金属糸は黄金鼈鉱など鉱人が集めてくれた稀少な鉱物を原料に作られていた。
ローブの裏地には魔物の毛皮が張られていて、手触りはとても良い。襟からは落ち着く香りが漂っている。毛皮は四脚人の手による伝統的方法で加工されていて、香りは襟裏に縫い付けられた闇森人が調合した匂い袋から放たれているそうだ。
私達が入手したアイテムと住民達の技術をアイリスが結集させたのがこのローブであるらしい。私達のこれまでが詰まったローブだと考えると感慨深かった。
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災魔王の崩天邪衣 品質:優 レア度:L
災厄の化身である災魔王の力を宿した法衣。フード付き。
雲羊大帝の天上毛布と稀少な金属糸による刺繍は、纏う者が浮遊時に装備する者の力を強化する。
裏地に張られた毛皮と漂う香りは魔力の自然回復速度を向上させ、着る者の威厳を増大させる。
不死の魔王の力によって染め上げられたことにより、資格ある者の力を高め、資格なき者が纏うことを拒むだろう。
装備効果:【ステータス強化:浮遊】 Lv5
【魔力常時回復】 Lv5
【深淵系魔術強化】 Lv10
【オーラ強化】 Lv10
【物理耐性】 Lv8
【魔術耐性】 Lv8
【全属性耐性】 Lv10
※種族が不死系かつ職業が魔王でない者が装備した場合、ランダムな状態異常が毎秒発生するので注意!
作成者:アイリス
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う、うおぉ…【鑑定】した結果を見ればわかる。これは実質的に私専用の装備だと言うことが。恐らくだが、現状でプレイヤーが作成した装備では最強の部類なのではなかろうか。
あまりにも強力だが、これを装備している私を見れば魔王国を侮る者は減るに違いない。弱く見せて油断を誘うのも一つの策ではあるが、戦いを挑むこと自体がリスキーだと思わせれば魔王国を守ることに繋がるのだ。
「これは…凄いな」
「良くお似合いです、イザーム様」
早速装備してみると、私は進化した時のような高揚感を覚えた。あの高揚感は進化によって一気に強化されたことが原因なのだが、それと同じくらいに私は強化を実感している。それだけでもこの『災魔王の崩天邪衣』という装備がいかに強力であるかがわかるというものだ。
試しに浮遊してみると、私のステータスはさらに上昇する。魔術関連は間違いなく魔王国に所属するプレイヤーでトップ、物理関連もステータスは魔術師とは思えないほど頑強になっていた。
流石にジゴロウや源十郎が相手であれば一方的に張り倒されるだろうが、そこまでの腕前でなければ味方が来るまでの時間を耐えきれることだろう。それにカルとリンが側に控えていることを考えれば、よほど無謀な戦いを挑まない限り死ぬことはなさそうだ。
また、【オーラ強化】というのも嬉しい。オーラ系の能力は同格か一段劣る程度の敵には効かず、また味方を巻き込んでしまうので使用は控えている。特に私の場合は即死させてしまうこともあるので、レベル差がある者を巻き込まないように街中では絶対に使えなかった。
だが、装備によって強化されたとなれば試してみたくはある。ひょっとしたら私は雑魚狩りならば最高効率を叩き出せるプレイヤーになったのかもしれない。素材集めの時に邪魔もされ難くなるだろう…喜んで良いのかは微妙なところだが。
「まあ、今日からは巨人用の滞在スペースを作る予定だった。採取には便利だろう。トワ、後で私からも伝えるがアイリスに伝言を頼む。私がとても喜んでいた、とな」
「かしこまりました」
トワに伝言を頼んだ後、私は工房から出る。早速新装備の性能をチェックするべく外へ探索に出よう。さて、誰がいるかな…おや?
「しいたけからメッセージ?四球、研究所…?ああ、至急か。わかった、すぐに行く…と」
そんな時、しいたけからのメッセージが届いた。メッセージによるとすぐに研究所に来て欲しいとのこと。ただ、しいたけは普段から文面が簡潔なのだが、普段以上に短い。それも明らかな誤字を訂正すらしていないのも気になった。
誤字脱字は誰にでもあるが、これだけ短い文章の誤字に気付かないなんてことがあるだろうか?それは…とてつもなく慌てていたからではないだろうか?
私は何事もないことを祈りながら、身体を浮遊させる。私の敏捷は低いので浮いた方が速いのはこれまで通りだが、崩天邪衣のお陰で速度も上昇している。本格的に私の主戦場は空中になりそうだ。
「…おいおい、何をやってるんだ?」
浮遊しながら研究区画へと急いでいると、その内側から青白い電撃のようなモノが空へ断続的にスパークしていた。明らかな異常事態である。
ただ、私以外の者達はあまり気にしていないらしい。異臭騒ぎや爆発に慣れている『ノックス』の住民にとって、研究区画における騒ぎは日常茶飯事であって気にするほどのことではないと認識されているようだ。
これはこれで由々しき事態ではある。避難訓練でも実施しておくか?住民の代表者を集めて話し合いを…おっと、いかんいかん。今は研究区画へ急がなければ。
予想通り、電撃は研究所から放たれていた。一つのフロアの窓ガラスは全て内側から割られていて、そこから電撃が四方八方に飛び出している。普通に大惨事であった。
放たれている電撃はかなり強力であるものの、魔術で防御出来ないほどではない。防御を固めつつ、電撃が迸る階に窓から侵入すると…そこはまるで戦場のようだった。
「…何が起きている?」
「…ッ!無理だあぁぁ!」
「ああっ!やっと来た!」
「どわあああっ!?」
部屋の床には研究員らしき者達が転がっている。電撃を受けたのか、ビクビクと小刻みに痙攣していた。部屋の机などの下に隠れている者達も多く、立っているのは今飛び込んだ私と魔術で防御している者達だけだった。
この惨状を作り上げているのは、部屋の中央部で虹色の輝きを放つ球体である。一見すると水晶玉のように見えるのだが、その中にはラメのようなキラキラと輝く粒が入っている。虹色に輝いている原因はあれだろう。一体、あれは何なんだ?
「ひいぃ〜!ふぅ、助かっギャン!?」
「私を盾にしても隠れ切れないだろうに」
ハイハイして私の背後に回り込んだしいたけだったが、彼女の身体は私よりも縦幅も横幅も大きくなっている。私が自分だけを守るべく展開していた魔術では彼女までは守りきれず、電撃を食らっているようだった。
「それで、あれは何だ?簡潔に言ってくれ」
「異物混入させまくったら暴走しちゃった、最高級の迷宮の核だよ!」
こいつらは…何が起きるのかを確かめるためにやるのが研究ではあるが、本当に後先考えないな。色々と聞きたいことはあるが、それはこの事態を収拾してからにしよう。
「私は何をすれば良い?」
「直接触って、思いっ切り魔力を送り込んで!それで安定するはずだから…理論上は」
「おい、聞こえているぞ」
確実な方法じゃないんかい。そして魔力云々が関係していることもあって私に白羽の矢を立てたらしいな。仕方がない。やってやろうか。
私は防御の魔術を張ったまま前進する。すると、数歩歩いたタイミングで四方八方に散っていた電撃は私だけに集中するようになってしまう。どうやら一定の距離に近付く者を優先的に狙うようだ。
「だが、運が良かった。装備を新調したお陰で楽に進めるぞ」
しかしながら、アイリスの仕事は完璧であった。強化されていることもあって私は悠々と球体に歩み寄る。そして手で触れるために防御を解いたのだが、ダメージは許容範囲内でしかなかった。
ならば後は魔力を送るだけ。そんなことを考えるよりも先に変化が起きる。私の魔力がいきなり全て吸収された…かと思いきや、水晶玉は真っ黒に染まってしまったのだった。
次回は1月21日に投稿予定です。




