人類の常識、魔王国の非常識
風来者と呼ばれるプレイヤーだが、クエストの受注などによって権力者と繋がりを持つことがある。そして時折、権力者に気に入られた場合は仕えることも可能だ。
権力者が王侯などだった場合、爵位を与えられることもある。さらに付け加えるならば領土すらも持てるようだ。上手く権力者に取り入ったクランが、リーダーを団長とする騎士団となって全員分の地位と自由に使える領地を得たという話もあるほどだ。
「でも自分達の王国を建国するなんて、聞いたこともありません」
「王様かぁ…敬語使った方が良いかな?」
「必要なことだったからな。敬語はいらない。同じプレイヤーだぞ」
「住民達がついてくるのはイザームの人徳だよ」
「大袈裟なことを言うな。王と言っても特権はない。プレイヤー達のまとめ役でしかないだろうが」
「人徳ねぇ…まあ見直しましたよ」
「見損なわれていたのか?酷いじゃないか」
ケースケ君は興味深そうにプレイヤーの王国という言葉を咀嚼し、コロンブスは上目遣いになって私に尋ねる。別に敬語はいらないのだが、それ以上にダンディなオジサンのアバターで上目遣いになるな。流石に気持ち悪いわ。
『アルトスノム魔王国』と私というプレイヤーの国王という存在を明かしたところで、私達にとっては本題に入ることになる。私の雰囲気が変わったと察したのか、ケースケ君は居住まいを正した。
「さて、そろそろ本題に移ろう。二人が知らなかったことからもわかるように、この国は存在を秘匿している。秘匿を保ってくれるのなら、探索は自由にしてくれて構わない。家賃を払って家を借りるもよし、税金を払って国民になるもよし。やりたいようにやってくれ。無論、他のプレイヤーや住民の迷惑になる行為を故意に行うのはNGだ」
「そこは常識の範囲内だとして…仮に秘匿しない、と言ったら?」
「その場合は申し訳ないが、魔王国の設備を利用するのは控えてもらう。街の構造や保有戦力について情報を垂れ流す訳には行かないのでな」
「どこか別の大陸に帰りたいのなら連れて行ってあげるよ?まあ、そうすると密輸業者からの逃亡生活が始まることになるけどね」
魔王国について情報を秘匿すること。他者に迷惑を掛けないという大前提を別にすれば、これだけが魔王国に滞在する際の条件だった。別に金を寄越せだとか、アイテムを献上しろだとか理不尽な要求するつもりはない。ただ、私達が気兼ねなく活動出来る場所を守りたいのだ。
私達の意図は二人に伝わったと思いたいが、コンラートの口から放たれたのは二人の現状を再認識させる一言だった。そう、密輸業者から船を分捕り、さらに追跡されている最中に積荷を眼の前で投棄している。他の大陸に戻れば密輸業者から追い回される日々が始まることだろう。
そうなれば探検するどころではない。二人が自由に探検したいのならば、選択肢は一つしかないのである。
「わかりましたよ。ここのことは誰にも話しません…それでいいんでしょ?」
「ケースケ君、お世話になるんだからそんな言い方をしちゃあダメだよ?よろしくお願いするよ!」
選択肢がないからかケースケ君は不承不承という雰囲気を出している。そんなケースケ君を宥めながら、コロンブスは朗らかに了承した。
抜け目ないケースケ君はともかく、コロンブスは裏切ることはないだろう。そしてコロンブスに嫌われたくないケースケ君はこちらを裏切るまい。フフフ、コロンブスに反感を持たれさえしなければ、ケースケ君を虐め過ぎない限り彼が妙なことはしないだろう。
「なら、早速だけどこの街を案内してくれないかい?」
「良いだろう。私は案内するが、二人はどうする?」
「俺はついてくわ。たまにはブラブラすんのも悪くないし」
「こっちはパスで。これからちょっと大きな商談なんだよ」
「そうか。忙しいのに悪かったな」
「誰の責任でもないから気にしないでよ。あえて何が悪かったかって言えば、天気なんだし」
セイはこのまま同行し、コンラートは別行動のようだ。コンラートは『ちょっと大きな』と言っているが、おそらくは普通のプレイヤーの総資産の軽く数倍の金額が動くのではないだろうか?あまり深く考えるのはよそう。
コンラートと別れた後、私は護衛に解散を告げて『エビタイ』の案内を始めた。案内と言っても『エビタイ』は港町でしかなく、見るべき場所はほとんどない。あるとすれば…あそこくらいのものか。
「あら?王様じゃない。見ない顔を連れてるわね?」
「やあ、アマハ。彼らは新顔だ。面通ししておくと良いと思って連れて来たぞ」
「ママはいないけど、いいの?」
「それは知っている。後で会わせるさ」
『エビタイ』で知っておくと良い場所は『Amazonas』のクランハウスだろう。彼女らは優れたプレイヤークランであり、探索の護衛として同行を頼むこともあるに違いない。知己になっていて損はないハズ。お節介かもしれないが、気を利かせたという事実は残るだろう。
アマハを始めとした『Amazonas』の面々は二人によろしくと手を振り、コロンブスも柔和そうな紳士の笑みと共に元気な女性の声でこちらこそと返す。だが、事情通のケースケ君はまたもや頭を抱えていた。
「『Amazonas』って裏切り者呼ばわりされてる人達じゃないか…こんなところに潜伏してるなんて…」
「私のせいで迷惑を掛けたからな」
「…は?じゃあ、あの街を襲撃したのってアンタ達かよ!?」
どうせすぐに知ることであるので、私は『Amazonas』が逃亡する原因であることを隠さなかった。ケースケ君は信じられないモノを見るような目で私を見ている。おいおい、そんな風に見ることはないじゃないか。
「人類プレイヤーは魔物の巣を攻撃することはよくあることだろう?なら魔物プレイヤーが人類の巣を…街を襲うことがあっても良いじゃないか」
「やられたからって、やり返しても良い理由にはならないのでは?相手は人類なんですよ」
あー…なるほど。やたらと突っ掛かって来ると思ったが、ケースケ君は実に健全な青年であるらしい。リアルでは私達も人類なのだから、近親種である人類に手を出すなど倫理的にアウトだと言いたいようだ。
彼の考えが間違っていると私は思わないし否定もしない。だが、少なくともこの魔王国で通じる論理ではない。他のプレイヤーや住民との軋轢になるかもしれないし、ここは説教臭く思われるかもしれないとわかっていても説明しておかなければ。
「それは人類の理屈だよ、ケースケ君。少なくとも魔王国の魔物プレイヤー達も住民も、人類から恩恵を受けたことなど一部を除いて皆無と言っても良い。誰にも何もしてやらないが、一方的に排除することは許されて、攻撃されるのは決して許されない…というのは虫が良すぎるだろう。この国ではあまり声高に叫んで良い内容じゃないよ」
ケースケ君の掲げる正論はどこまで行っても人類側の理屈でしかない。これまで人類の勢力圏で暮らしてきた善良なケースケ君にとっては常識なのだろう。だが、人類の理屈が一切通用しないここでは非常識なのだ。
私の所業がプレイヤーや人類の国家にとって略奪行為であることは自覚しているし、後ろめたさを感じないわけでもない。だが、少なくともこの国において人類の国家から略奪を働くことは今は違法ではないのである。故に責められる理由にはなり得ないのだ。
「で、でもここの住民だって人類じゃないか!」
「彼らは『光と秩序の女神』アールルに人類と認められていない。自分達のことを人類モドキだと自嘲していた。信じられないのなら聞いてみると…いや、デリケートな話題だから新参者の、それもプレイヤーとは言え人類に踏み込まれたら嫌われるか。やっぱり止めておいた方がいいな。仲良くなってから確かめてみると良い」
闇森人など古代兵器『純潔』によって強制的に種族を変えられた者達の末裔である我が魔王国の住民は、自分達のことを人類モドキだと自嘲していた。
魔王国の一員になったことが自信に繋がっているようだが、そのことにコンプレックスを抱いているのは間違いない。信仰していた、それも創造主たる女神に見捨てられるというのは想像を絶する絶望であったはずだからだ。
「『郷に入っては郷に従え』だよ、ケースケ君。小難しく考えず、ここの人々に触れ合ったり探検したりすればいいじゃないか」
「コロンブス…はぁ、わかりました。そう納得しておきますよ」
コロンブスに仲裁されたこともあって、ケースケ君は明らかに納得していない表情で矛を収めた。どれだけ理論的に説明したとしても言い負かすような形になってしまった。しかもコロンブスがこちらの肩を持った、というのはケースケ君の感情的にマイナスだろう。彼と私の間に埋めるのは困難な溝が生まれたのは確実だ。
ケースケ君が嫌な奴だったなら別に気にならなかっただろう。だが、彼はあくまでも人類側の正しい倫理観を持っているだけ。私のことは嫌ってくれて構わないから、徐々にこちらの常識に慣れてくれるとありがたい。
「さて、そろそろ移動しよう。またな、『Amazonas』の諸君」
「はいは~い」
ヒラヒラと手を振るアマハ達と別れた後、私達はボートに乗って水路を移動する。これは半龍人達によって牽引されており、コロンブスは興味深そうに彼らを眺めていた。
その後、彼女の興味は水路の先に見える『ノックス』に移っている。コロンブスはケースケ君と二人で絶句しているようだ。プレイヤーによって建造された都市と聞いていたので、もっと小さいと思っていたのかもしれない。プレイヤーと住民が総出で行った工事の賜物は、探検家達の度肝を抜いたようで私も誇らしかった。
「ようこそ。魔王国の首都、『ノックス』へ」
「歓迎するぜ、お二人さん」
私達の乗るボートを迎え入れるように開いた水門をくぐったところで、私とセイは改めて二人を歓迎する。衝撃からまだ立ち直っていないらしい探検家達は返事もせずに街並みを眺めているのだった。
次回は1月17日に投稿予定です。




