ママの提案と新たな…
『古代雲羊大帝の天上毛布』を受け取ったアイリスが奥へ入っていったので、ここには私とママだけが残されることになった。二人になると雑談をする流れになるのだが、その内容はやはり古代兵器についてになっていた。
「あれから追加の情報はあったか?」
「いいえ、全くないわね。王国は情報統制に力を入れてるらしいのよ。雇われたプレイヤーからのタレコミもないし」
「情報を漏らさないことも依頼の中に含まれているのだろうな」
古代兵器についての追加情報はないらしい。これは『ノンフィクション』による取材も難航するのではなかろうか?情報が入ってこない以上、私達は最悪を想定して備えるしかないだろう。
それはママも同意するところのようだ。もしもここが狙われるとなれば、全力で防衛に加わるつもりらしい。ありがたいことだ。
「追い詰められた時に受け入れてくれたのは魔王国よ?そのために命を張るくらい当然じゃない」
「追い詰められる原因になったのは私達なのだがな」
「それはそれ、これはこれよ。ウチの娘達も魔王国は居心地が良いって言ってるの。プレイヤー同士でギスギスしてないからね」
「確かに。それは私も助かっている」
魔王国には複数のクランが集まっているが、その関係は良好だ。そりゃあ時には意見が対立したり喧嘩に発展したりもするが、修復不可能なまでに関係が拗れたことはなかった。
その空気が居心地の良さに繋がっているのだろう。人によっては馴れ合いだと言うかもしれない。だが、馴れ合いの何が悪いのか。プレイヤーどころかNPC達とも協力することで今の魔王国があるのだ。誰に何を言われようと、今のスタンスを崩すつもりは私には毛頭なかった。
「今すぐではないが、雲上国との定期便が開通したらママ達も行くだろう?」
「もちろんよ!空飛ぶ羊の上にある巨人の国なんて、行かない理由がないわ!」
「言うまでもないだろうが、揉めごとは起こさないようにしてくれよ。せっかくの友好国なのだから」
「わかってるわよん。心配性ねぇ」
ママ達に限って天巨人に喧嘩を売るようなことはないと思っているが、釘を差さずにはいられないのが私の性分であった。
「雲上国って言えば、大弓の改造に来たのもそれ関連なのよ。攻略情報を読んだのだけど、ダニはともかくノミは跳んで逃げちゃうんでしょ?それをどうにか出来ないかと思ってね」
「ほう?具体的にはどうしたいんだ?」
「方法はパッと思い付くだけで二種類あるわよね。一つは逃げられないようにする方法。こっちは皆がもう試してるでしょ。ならもう一つの方法…追跡出来ないかと思ったのよ」
一ヶ所から動かない巨大壁蝨とは異なり、巨大蚤は高く跳躍することで逃走を図る。これをどうにかするべく、雲上国へ上がったプレイヤー達はあの手この手を使って対処していた。
その主な対処法が真っ先に縄や鎖で縛り上げた後、筋力のステータスが高い者が複数人でそれを押さえて逃走そのものを封じる方法だ。これは効果的ではあるものの、大人数でなければ成立しない方法である。実際、私を含めた四人だけの状態では試すことすら出来なかった。
ならば少人数でもどうにかする方法はないのか?それが逃走されても追跡すれば良いと思うかも知れないが、これが斥候職でも難しい。何せ密毛林の長い羊毛を一息に飛び越える高さまで跳ねてしまうのだ。足跡や匂いで追跡する斥候職殺しな逃走方法なのである。
「追跡か。それが難しいから難儀しているのだが…腹案があるようだな」
「ええ。リアルの友人に探偵がいるんだけどね、その彼が言ってたのよ。時々、尾行に敏感な調査対象がには発信機を付けることがあるってね」
「なるほど、その手があったか」
逃げられるのを防げないなら、逃げた先がわかるようにすれば良い。これなら少人数だったとしてもしつこく追い掛けていつか倒せるのではないか。ママはそう言いたいのだろう。
それにしても、探偵に友人がいるというのは良い。だが、発信機を使っても良いのだろうか?犯罪スレスレ、というよりも普通に犯罪なのでは…いや、これ以上考えるのはよそう。
「しかし、発信機か。そんなモノを一体どうやって…ああ、そういうことか」
「気付いたみたいね。天巨人達のコンパスを応用出来ないかしらって相談に来たのよ」
天巨人が渡した魔力記憶羅針盤。あれは登録した魔力の方向をどこまで離れても指し示すという代物だった。指し示す魔力の発信源を貼り付け、魔力記憶羅針盤を見ながら追い掛ければいつかは追い付く。彼女はそう言いたいようだ。
面白い発想であるし、アイリスも困っていたようには見えないので技術的には可能なのだろう。ママの使う大弓でなければ放てないのではなく、普通の弓や投擲可能なアイテムになれば汎用性はグッと上がる。是非とも開発には力を入れてもらいたい。ただなぁ…
「それは研究所の連中に持ち込む案件じゃないのか?」
「…………やっぱり?でも、あそこ何が起きるかわからないからあんまり行きたくないのよね。異臭騒ぎもしょっちゅうだし」
アイリスは何でも作れるが、こういう発明的な分野はしいたけ達の方が向いている。そこに突っ込むとママは渋面になってそう言った。
どうやら彼女は研究区画を敬遠しているらしい。気持ちはわからないでもない。あそこに行くと事故による爆発や異臭騒ぎに巻き込まれない日の方が珍しいくらいだからだ。私はもう慣れてしまったが、嫌な人はきっと嫌だろう。それを否定することはできなかった。
「もうその話はアイリスにしたのか?」
「いいえ、まだよ。改造したいって伝えた時点でイザームが来たから」
「ならアイリスからではなく、私から伝えておこう。その方がお互いのためになる」
「…助かるわ」
私が伝えると言ったところ、ママは心底安心しているようだった。そんなに苦手だったのか。苦手なモノは誰にでもあるし、仕方がないさ。
そうして話していると、アイリスが奥から戻ってきた。その触手には真っ黒な布が引っ掛けてある。どうやら染色は上手く行ったらしい。きっと雲上国で雲羊の毛織物の染め方を教わったのだろう。彼女はアラタナ技術の習得に貪欲なのだ。
「見て下さい!キレイに染まりました!」
「これは…」
「何て素敵な布なのかしら…」
達成感溢れるアイリスが広げた布を見た瞬間、私達は思わず声を失った。ただでさえ天上毛布は美しく、艶のある布であった。それがどうだろう。見事に染め上げられたことで、全ての光を吸収するかのような染料の黒さと天上毛布の特徴だった光沢を両立する布になったのだ。
私の頭蓋骨を用いていることもあり、この布は世界に一枚しかないのは間違いない。いや、希少性などどうでも良い。この布は世界で五指に入る美しさなのではなかろうか。そんな感想が浮かび、目が決して離せなくなる魅力があった。
「完璧な仕上がりです!イザーム、ローブを貸して下さい!仕上げて来ます!」
「あ、ああ。わかった」
アイリスの圧に逆らうことは出来ず、私は急いでローブを装備から外して彼女に手渡す。すると彼女は嬉々としてこれを受け取ると、再び工房の奥へと足早に戻って行った。
「モノ作りになると凄いいきおいがあるわよね、あの娘」
「相当に好きなんだろう。彼女の熱意には助けられっぱなしだ」
「そうねぇ…イザーム、どこかデートにでも連れて行ってあげなさいよ?」
「デートだと?」
「そ。デートで楽しませてあげて、感謝の気持ちをちゃんと伝えなさい」
アイリスを労うべきだというのは前々から考えていたことだ。その方法としてママはデートにでも連れて行ってやれと言っているのだろう。
私とデートすることが彼女の気晴らしになるかどうかは微妙な範疇だが、私にはカルとリンとゲイハがいる。彼らの力を借りればアイリスが行きたい場所に連れて行くことなど容易であろう。よし、古代兵器関連のことが片付いたら必ずアイリスのために時間を作ろう。
「イザームさん!ああっ、いたっ!」
「んん?どうしたセイ?」
そんなことを考えていると、アイリスの工房に転がり込むようにしてセイが飛び込んで来る。彼は非常に慌てた様子であり、何か急を要することがあるようだ。
「船が!船が来たんだ!」
「落ち着け。コンラートの商船ではないんだな?どんな船だ?」
「ええと……何て言うんだっけ?ああ、そう!難破船だ!」
どうやらティンブリカ大陸に難破船が漂流してきたらしい。それだけならセイはここまで慌てないだろう……ああ、なんだかこの流れは一度体感したぞ。
「その難破船にプレイヤーが乗ってたんだよ!それも二人も!」
「わかった。会いに行く。ママ、アイリスにも教えておいてくれ」
「承ったわ。それと、替えの服は着て行きなさいよ」
おっと、私も慌てていたらしい。ママに指摘されて初めてローブをアイリスに渡していたことを思い出した。急いで代わりになる外套を取り出して装備すると、急いで外へ向かうのだった。
次回は1月5日に投稿予定です。良いお年を。




