楽々害虫駆除術
私達が袋叩きにした巨大壁蝨だが、一切の反撃を行わなかった。古代雲羊大帝の皮膚に牙を突き立てて噛み付いたままの姿勢で動くことはなかったのである。
「…頭がおかしくなりそうですぅ」
「いやぁ、おっしゃるとおりで」
「体力は間違いなく減ってるんですがねぇ」
だが、それでもまだ倒せていなかった。こちらはやりたい放題しているというのに、まだ討伐出来ていないのである。体力は減っている。それどころか奴の体力ゲージはもう見えないほどに減少していた。
しかし、これでもかと生存に関する能力を盛られている奴のしぶとさは常軌を逸している。倒し切る前にこちらの体力が尽きてしまいそうだった。
「コイツも不死身という訳ではないハズだ。もうウンザリするが、やるしかないぞ」
「ここでケツを捲っちゃぁ、これまでの苦労が水の泡ってなモンでござんす」
「もう一本、グィッといきましょうか」
「やっ、やってやりますよぅ!」
しかしながら、ここまで削っておいて諦めるという選択肢はあり得ない。私達は気合を、ではなく【付与術】とポーションによる強化をやり直すことにした。
想定していた数倍の時間がかかったものの、四人で袋叩きにし続けることで討伐することには成功した。正直、二度と戦いたくないと思うほど面倒だったぞ。
ともあれ、魔物を討伐した時の楽しみは剥ぎ取りと得られるアイテムだ。巨大壁蝨から剥ぎ取ったアイテムとその【鑑定】結果は以下の通りである。
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巨大壁蝨の粘体液 品質:良 レア度:R
古代雲羊大帝の身体に無数に寄生する壁蝨の体液。
可燃性が高く、着火すると高温の炎が長時間燃え続ける。
可燃性の高さ故に一度着火すると鎮火させるのは難しく、扱いには注意が必要。
巨大壁蝨の浸血牙 品質:良 レア度:S
古代雲羊大帝の身体に無数に寄生する壁蝨の牙。
古代雲羊大帝の皮膚を突き破る硬度を誇る。
対象を問わず血液を浴びると一定時間鋭さと強度が増幅する特性を持つ。
この強化は重複する。
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例のごとく魔石など他の魔物からも取れるアイテムは省略している。この巨大壁蝨からしか取れないアイテムの内、粘体液は鍛冶師が炉に放り込んでいたアレだった。よく燃える性質については知っていたので驚くことはない。しいたけやアイリスが喜びそうだ。
注目したいのは浸血牙の方である。象牙のような大きさなのだが、説明文を読む限りこれで作った武器で斬れば斬るほど刃はより鋭利に、そしてより頑丈になるようだ。
きっと牙をより深く突き刺して血液を啜るための性質なのだと思う。しかも強化が重複するとなれば、戦えば戦うほどに強くなる武器ということになる。連戦し続けられる腕前の持ち主ならば凶悪な武器として使えるのではなかろうか。
そんな腕前の者は源十郎とウスバくらいだろう。幸いにも巨大壁蝨の浸血牙は象牙のように大きい。彼らの剣にすることも可能だろう。これは教えておかなければ。
「ようやく一匹、いや一頭か?どっちでも構わんが倒せた訳だが…どう思う?」
「どうとは?」
「もっと楽に戦う方法があるんじゃあねぇか、ってことでござんすよね」
私はウロコスキーに頷いた。巨大壁蝨をもっと楽に倒す方法がなければ、害虫駆除の依頼を受ける者はきっと少なくなってしまう。目新しさが消えた時、プレイヤーにとって稼げるかどうかはモチベーションに繋がる大きな要因になるからだ。
私にはそれを事前に防ぐ必要がある。雲上国にプレイヤーが頻繁に訪れる状況を作って積極的に駆除を行い、両国の関係をより深くしていきたいと思っているからだ。
「たっ、確かにチャッチャと倒せた方が嬉しいですよぅ。見た目がアレですしぃ…」
「効率を上げた方が良いのは間違いですね」
「ヒヒヒ。開拓者になるってのも悪かぁないってもんでござんすよ」
「協力してくれてありがとう」
どうやら三人は協力してくれるようだ。どうにかして討伐時間を短縮する方法を模索しよう。幸いにも、と言って良いのかわからないが二種の害虫は両方ともとても大きい。目を皿のようにしなければ見付からないような事態にはならないだろう。
そしてもう一つ運が良いのは四人全員の得意分野は異なっていることだ。色々と試してみるとしようか。
◆◇◆◇◆◇
それから密毛林を探索し続けて巨大蚤と巨大壁蝨に遭遇した。その度に戦闘を行い、試せることは全て試していた。
その結果、十匹以上の巨大壁蝨を討伐している。二匹目で試せることを全て試した結果、効果的な討伐方法をいくつか確立したからだ。
なお、巨大蚤は一匹として倒せていない。小山のように大きく、いざという時は追い付けない距離まで一瞬で逃げてしまうのだ。たった四人で倒せるはずもない。実際に戦った経験のある三人が最初から無駄だと断じていたので、【鑑定】すらせずに戦わなかったのである。
「効率の良い方法は今のところ二種類。一つは状態異常にすること。そしてもう一つは牙を先に折ること、か」
そうして導き出した答えがこの二つだった。前者の状態異常だが、巨大壁蝨の能力を改めて見直してみると状態異常の耐性がなかったのである。
高すぎる回復力のせいで状態異常に備える必要がなかったのか、それとも状態異常にしてくる天敵がいなかったのかもしれない。何にせよ、毒だろうと麻痺だろうと面白いようにかかってくれるのだ。
ちなみに【呪術】でステータスを下げることだけは止めたほうが良いという結論に至っている。何故なら巨大壁蝨自身が【付与術】を使えるので相殺されてしまうからだ。同じ【呪術】で魔力を使うのであれば、他の呪いを掛けた方が良いのである。
ただし、この方法を用いると粘体液の品質が驚くほどに落ちる。試した全ての巨大壁蝨から得られた粘体液の品質は『屑』であり、とてもではないが使えるものではないという扱いになってしまうのだ。
その代わりに浸血牙の品質に影響は出なかった。浸血牙だけ欲しいのであれば、この方法を取るのが良いだろう。攻撃用ポーションはキュウリの専門外だが、研究所の連中ならば巨大壁蝨に特化した毒薬なんかを嬉々として作り出しそうだ。
もう一つの方法として、初手で牙を折ってしまうという方法があった。傷を負わせて戦いが長引くと、巨大壁蝨は古代雲羊大帝から血を吸ってしまう。血を吸えば回復すると同時に牙も固くなって、回復を妨げるのが難しくなった。
だが、ただ突き刺さっているだけの浸血牙は思っていたよりも脆い。どうやら刺していても常に血を吸っている訳ではないらしいのだ。
その性質を利用し、戦闘が始まる最初の一撃で牙をへし折る。牙を失えば吸血する手段が絶たれ、自慢の回復力も激減するのだ。後は牙が再生する前に再び折ることを意識しながら体力を削り切る。反撃の手段がない分、完全な作業であった。
注意しなければならないのは、状態異常によって削った時とは逆に浸血牙の品質が『屑』になってしまうことだ。代わりに粘体液の品質はゴリ押しで倒した時と同じく高い状態を保てていた。
「状態異常で楽をすりゃあ体液が、牙を折って楽をすりゃあ牙が手に入らねぇってことですかい。欲張りたけりゃあゴリ押しで張り倒せってんですから、上手く出来てるってモンでござんすよ」
「楽をした方が時間的には二分の一以下で倒せるから、数をこなす方が効率が良いのは間違いありませんねぇ。何よりも長時間にわたって延々と攻撃し続けなければならない苦行から開放されるのが精神衛生上ありがたいですよ」
「さっ、さっさと終わった方がいいですよね!」
他にももっと楽に倒す方法があるのかもしれないが、とりあえずこの二つは周知した方が良さそうだ。後でミツヒ子に話して拡散してもらおう。雲上国に来る前に知っておけば楽になるだろうからな。
それに先んじて『八岐大蛇』と『YOUKAI』のメンバーにはウロコスキー達から伝えられることになっている。これは検証を手伝ってくれた報酬として至極当然のこと。是非とも、滞在中は大いに稼いでもらおう。
こうして巨大壁蝨の攻略法は知れ渡ることになった。ならば次に巨大蚤の攻略法だが、そろそろ私は帰国しなければならない。拠点転移の札を持っているウロコスキー達は気楽なものだが、私達はシラツキに乗ってここまで来ている。復路に【時空魔術】を使う訳にはいかなかった。
明日には帰還することになるだろう。リュサンドロス君が留学してくるかどうかはともかく、巨人用の迎賓館的な施設は必要になりそうだ。帰ったらまた忙しくなる。そんなことを考えながら私達は雲上国へ帰還していくのだった。
次回は12月20日に投稿予定です。




