天空の密毛林
私とウロコスキー、ユキとキュウリの四人は早速、古代雲羊大帝の羊毛の中へと入っていく。昨日は上空を飛んだが、こうして中に入ったのは初めてだ。
「フィールド名は『天空の密毛林』だったか。三人は昨日、もう探索したのだろう?どうだった?」
「結構面白い場所でござんすね」
「そうですなぁ。こればっかりは行ってみないとわかりませんよ」
ウロコスキーとキュウリは含みのある言い方をして、ユキはコクコクと頷いている。どうやら面白いが言葉にし辛い場所のようだ。ますます楽しみである。私は雲上国の外に出て『天空の密毛林』へと赴いた。
そして『天空の密毛林』の前にたどり着いた時点で私はその異様さに気が付いた。雲上国の周辺は長年に渡って古代雲羊大帝の羊毛を踏み締めてあるので、硬い地面のようになっている。だが、雲上国から離れるとその羊毛は立っていて…私達は、古代雲羊大帝の地肌を歩く形になったのだ。
地面はピンク色でブニブニとしている。歩くだけでも独特な感覚だ。周辺に生えているのは真っ白でサルスベリのようにツルリとした大樹を思わせる太さの羊毛。羊毛の長さ故に密毛林はとても暗く、真昼であるのに薄暗かった。
「…『誘惑の闇森』よりもよほど暗くないか?」
「そうなんでござんすよ。天空っていやぁお天道様に近くて明るいってのがお約束ってモンなんでござんすがね」
「ただ、ある意味で安心出来る要素もあるんですよねぇ。ほら、あれをご覧なさい」
そう言ってキュウリが指さした先にいたのはリスのような小動物であった。そのサイズは地上にいる魔物と大差ない。自分よりも小さな魔物の姿を見て私は安心してしまった。
ともかく、新たな魔物を見たら【鑑定】せずにはいられない。その結果は以下の通りである。
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種族:天空鼯鼠 Lv10
職業:風魔術師 Lv0
能力:【知力強化】
【敏捷強化】
【風魔術】
【滑空加速】
【風属性耐性】
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弱い!そして能力の数が少ない!魔王国のあるティンブリカ大陸のようにそこら辺にレベル70オーバーの魔物がいる危険地帯だとは思っていなかったが、逆方向に振り切れているとは思わなかった。ログイン初日には難しいかもしれないが、二日目くらいなら誰でも倒せるのではなかろうか?
「弱いな。弱すぎる。ビックリしたぞ」
「そっ、そうなんですよぅ。だから倒す意味がないんですぅ」
「天巨人から見ると羽虫同然のようで、狩っても金になりません。本当に害虫駆除以外で戦う価値はありませんよ」
天巨人にとって人形のようなサイズである私達よりも小さな魔物など、彼らにとっては羽虫のようなモノなのだろう。羽虫からもぎ取った羽など誰が欲しがる?需要が皆無であれば値段はつかないのだ。
では私達であれば必要とするのかと問われれば首を捻らざるを得ない。何らかの特殊な効果があるのかわからないが、これほど弱い魔物の素材など誰も欲しがらないことだろう。
他にも魔物はいるようだが、レベルは五十歩百歩だと言う。この密毛林で稼ぐには自然と害虫駆除をする以外に選択肢はないようだ。
「私が杖で小突いただけで倒せそうな魔物の素材など高が知れている。やはり巨大な害虫を倒すしかないか」
「試しに倒して剥ぎ取ってみましたが、労力に見合いませんからなぁ」
「ただ、その害虫を倒すのも骨が折れるんでござんすよ」
その件についてはステルギオス王から聞いている。実際に見て戦った者達から苦労したと聞くと、やはり一筋縄ではいかないのだと実感させられた。
『八岐大蛇』と『YOUKAI』は両方とも巨大蚤と戦ったらしい。彼らは何とか数匹倒したようだが、それ以上に何匹も逃げられたらしい。防御力が高い上に体力は膨大なので即死させるのは難しく、危うくなれば逃げるというのは倒さなければならないというのはひたすらに面倒なのだと彼らはため息交じりに愚痴をこぼしていた。
「倒した報酬は美味しかったんでござんすよ?織物やとんでもなく大きな野菜が山程貰えやした」
「苦労は大きいが、報酬も良いってとこですねぇ」
「ふーむ、そうなると…む。魔力探知に反応がある。大きいぞ、これは」
「うぅ…虫は嫌いですぅ」
愚痴を聞きながら歩いていると、周囲を警戒していた私の魔力探知に反応があった。どうやら狙いの巨大昆虫のどちらからしい。奇襲を仕掛けることも考慮しつつ、私達はひっそりと慎重に反応の下へ移動した。
「こいつぁ何とまぁ…」
「あっちを見ていても圧倒される大きさですねぇ…」
「大き過ぎですよぅ…」
私達が遭遇したのは駆除依頼が出ているもう一つの害虫、巨大壁蝨だった。これらを目の当たりにした感想はただ一つ。大きい。その一言に尽きた。
見上げるような大きさである天巨人。彼らが見上げるほどの大きさということもあり、大きさで言えば十階建てのビルほどもある。ずんぐりむっくりとした形状も相まって、工業地帯にある球形のガスタンクかと錯覚するほどだった。
そんな巨大壁蝨は牙を古代雲羊大帝に突き立てている。大樹のような羊毛によって押されているのか、その身体は牙以外の部分が表皮から浮いていた。
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種族:巨大壁蝨 Lv100
職業:大吸血寄生虫 Lv2
能力:【吸血牙】
【体力超強化】
【防御力超強化】
【体力回復速度超上昇】
【魔力回復速度上昇】
【付与術】
【吸血成長】
【吸血回復】
【魔力変換】
【負傷超硬化】
【物理超耐性】
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硬い。硬すぎる。本当にこの一言に尽きる能力構成だ。攻撃方法が存在しておらず、全てを防御と回復にのみ注ぎ込んでいる。ここまで来るといっそ清々しくも感じるぞ。
さらに衝撃の事実は巨大壁蝨の成体は私達と同格であることだ。勝手にレベル80前後だろうと予想していた分、私の驚きはより大きくなっていた。
「どうしたモンですかね?」
「奇襲しても意味は薄いだろうが、一応はやってみよう」
体力が膨大過ぎて即死させられるとは思っていないが、初手で削れるだけ削るのは悪いことではないだろう。私は巨大壁蝨も使えるらしい【付与術】を全員に掛けた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。助かるよ」
ただ、今回は私以外にもキュウリの持つポーションで強化することが可能だった。『YOUKAI』はリーダーであるユキが幽霊ということもあり、彼はあらゆる種族を強化する多種多様なポーションが揃っている。ユキだけでなく私にも効果があるポーションを常備しており、彼から受け取って自らを強化した。
このステータスを強化するポーションに関して、同じ錬金術師であるしいたけはあまり作っていない。不死を回復させる薬は作っても、ステータスを強化させる普通の意味で有用なポーションにあまり興味がないらしい。実用性よりもユニークな攻撃アイテムの作成に夢中だからだ。
ある意味で住み分け出来ているのでお互いにとって悪くないのかもしれない。キュウリは自分のポーションを売買する気があるようだし、定期的にお世話になることだろう。
「うぅぅ…近付きたくないよぅ…」
「はいはい、文句を言わない。貴女が適任なんですから」
そうして強化した私達だったが、奇襲による初撃を加えるのはユキという話でまとまっていた。幽霊である彼女の攻撃は、近接攻撃でありながらも判定は魔術扱いになるらしいのだ。
巨大壁蝨には【物理超耐性】はあっても魔術系に対する防御はない。つまり魔術が弱点と言えるのだ。
ここで魔術扱いの近接攻撃という、巨大壁蝨に対しての特効とでも言うべき攻撃手段を持つユキがいる。彼女に奇襲を任せないという選択肢はなかった。
ただ、ユキは自分の下半身が蜘蛛だというのに虫は苦手らしい。巨大壁蝨に自分の節足で触れるのを物凄く嫌がっている。基準がわからんぞ?
「こうなったらさっさと終わらせちゃうんだからぁ…えぇい!」
覚悟を決めたらしいいユキはフワリと浮かび上がると、巨大壁蝨に上から忍び寄ってその八本ある節足を思い切り突き刺した。刺さった場所はバキバキと凍り付き、その氷は巨大壁蝨の半身ほどを覆っていた。
「我々も畳み掛けるぞ」
「了解でござんす!」
「お任せあれ!」
ユキの奇襲が決まったところで私達も攻撃を開始する。さて、削り切るのにどれほど時間が掛かるのだろうか?
次回は12月16日に投稿予定です。




