毛織物と王の依頼
私達が話し合いをしている間に『モノマネ一座』のショーは終焉を迎えていた。じっくり見たかった気持ちもあるが、それ以上に実のある話が出来たのでよしとしよう。私は望むなら彼らのショーを見る機会はいくらでもあるのだから。
ただ、それで完全に割りを食ったのが私と話していた天巨人達である。彼らのためにもパントマイムにはなるべく雲上国でショーを開催して欲しいと言っておくべきだ。
「見ろ、魔王殿!これは今年とれた大羊様の羊毛だけを使って織られた毛織物だ!我が妃、エウロペが織った逸品だぞ!」
「母上はとっても器用なんだ!」
宴会が終わった後、私は一人でステルギオス王とリュサンドロス君の二人と共に王宮の一室に通されていた。彼らが私に見せているのは、三メートル四方ほどの一枚の布だった。これこそ、先程の話に出てきた古代雲羊大帝の羊毛を使った毛織物のようだった。
何にも染められていない純白の生地は柔らかそうでありながら、繊維の一本一本が絹のように艶やかである。まだ触っていないが、きっといつまでも触っていたくなることだろう。
一目見て上等な布だとわかる毛織物であるが、最大の特徴は別にある。それは布がひとりでに浮こうとしていることだった。ステルギオス王は布の端を掴んでいるのに、その向かい側は上にあるのだ。
「カッカッカ!やはり驚いたか!雲羊の羊毛は放っておいたら勝手に浮かぶのよ。そのお陰で雲羊は浮いておる訳だ」
「羊毛そのものが風船のようなモノなのか。そしてこの性質は織物にしても変わらない、と」
「ここ雲上国でも他の植物から縄を作ることはあれど、勝手に浮いていくモノなどこれ以外にない。その様子だと地上でも珍しいようだな!」
「ああ。探せばあるのかもしれないが、少なくとも私は知らない。興味深いな…」
「そうだろう、そうだろう!」
ステルギオス王は自国の産物が褒められたからかご満悦である。リュサンドロス君も同じく嬉しそうだ。これをただ見せてくれた訳ではないだろう。だが、いくら私達がこれから友好関係を結ぼうとしているとしても、無償でこれほどの品を譲渡する理由がないからだ。
「それで、だな。実は頼みたいことがあるのだ。聞いてくれるのであれば、これ一枚だけでなくこれからも大羊様の毛織物を可能な限り作って魔王国へと輸出しよう」
「頼みか。内容を聞いてみなければ返答は出来んぞ」
「うむ。実はな、魔王国にリュサンドロスを留学させたいのだ」
「ほう」
「えぇっ!?」
リュサンドロス君の留学と聞いて私よりもリュサンドロス君本人が驚いていた。どうやら息子には話していなかったらしい。逆に今いないエウロペ妃は知っている可能性が高い。知らないところでこんな重大なことを決めたら張り倒されそうだ。
それにしても、留学とは予想外ではあるが気持ちはわからんでもない。雲上国はこれまで他国との付き合いがほとんどなかったらしい。せっかく友好国が生まれたのだから、次代の王であるリュサンドロス君には様々な経験をして欲しい。そんなところだろうか。
「こちらとしては構わないが、リュサンドロス君専用の建物が必要になるな。だから今すぐというのは無理だぞ」
「構わん。随行させる者達の人数も調整せねばならんだろう」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!留学するってもう決まってるの!?」
「余はそれが最善だと確信しているぞ」
「私も別に構わない。準備が必要というだけだ」
困惑しているのはリュサンドロス君だけであり、私とステルギオス王は留学することを前提として話を進めていた。留学させたいステルギオス王は当然として、私も留学のための施設を整える必要があるだけで異論はない。魔王国の民にとっても良い刺激になるだろうからだ。
ただ、リュサンドロス君はそれが気に入らないらしい。ステルギオス王の気持ちがわかるのと同じく、彼の気持ちも私はわかっている。大人達に自分の将来を勝手に決められているのが不快なのだ。リュサンドロス君は露骨に顔を顰めてステルギオス王を睨んでいた。
「勝手に決めないでよ、父上!」
「勝手にではないぞ、息子よ。エウロペも認めておる」
「そういうことじゃないってば!」
「ならばどういうことなのだ?」
リュサンドロス君は反発するが、ステルギオス王は息子が何に怒っているのかわからずにキョトンとしている。その惚けた様子がリュサンドロス君をより強く刺激しているようだった。
これはマズい流れだ。二人の感情が理解出来ている者が間に入らなければ親子関係が拗れることになりかねない。そして止められるのはここにいる私だけ。私は急いで割って入っ
た。
「リュサンドロス君、君の父上は息子に理不尽を押し付けるような凡愚な人物なのかい?」
「そんなことない!」
「そうだろう。ならば、話を聞いてあげて欲しい。意見を言うのはその後でも遅くはないだろう?」
私が真っ先に止めたのはリュサンドロス君だ。彼の怒りのボルテージが上がりつつあることは誰にでもわかること。まず彼を落ち着かせなければ、話をまとめるどころか話が始まることすらないだろう。
リュサンドロス君は天真爛漫で自由奔放だが、同時に知的好奇心の強い聡明な少年だ。父であるステルギオス王を尊敬していることはこれまでの会話から察することは容易く、そこを刺激したことで冷静さを取り戻していた。
私の確認にリュサンドロス君は頷きを返す。よし、こっちはこれで良い。次は言葉足らずな父親の方をどうにかするとしようか。
「天巨人王殿、今すぐ出発させる訳ではないのだからまだまだ時間はある。リュサンドロス君にきちんと貴殿の考えを伝えておいた方が良いぞ」
「む、そうか?いや、魔王殿の言う通りか」
ステルギオス王は素直に自分にも問題があったことを認めていた。あまりにも性急にことを進めすぎてリュサンドロス君の感情を慮っていなかったことに気付いたらしい。バツが悪そうに頭をガリガリとかいていた。
ふう、何とか親子の衝突は回避出来たらしい。しかし、何で私がこんなことをやらなければならんのだ。いくら友好国とは言え、私は部外者だぞ?困ったものだ。
「留学するかどうかは別として、魔王国側に巨人族用の施設は作らなければならんのは間違いないか。天巨人だけでなく海巨人も使うことになると思うが、構わないか?」
「むしろ歓迎すべきことだな。遠く離れた同族と交流するのも良かろう」
リュサンドロス君に関係なく巨人用の施設は作ることになるだろう。久々に建築する必要が出てきたらしい。アイリスや鉱人達に相談しなければなるまい。
こうしてこれから先のことを話し合ったところで、私達も王宮の外へ向かうことになった。ステルギオス王とリュサンドロス君に案内してもらう。王と王子が直々に案内してくれるというのも贅沢な話である。
「おっと、その前に渡しておこう」
「それは…良いのか?」
出発する前にステルギオス王が私に渡したのは古代雲羊大帝の毛織物だった。留学の話は一旦保留することになったのだから求めるつもりはなかったのだが…意図は何なのだろうか?
「何、元々先日の贈り物の礼に渡すつもりであったモノだ。受け取ってもらわんと余が恥をかく」
「そういうことならありがたく受け取ろう」
「大事にしてね!」
単純に先日持たせた贈り物の返礼であるようだ。それならば受け取るのも礼儀であろう。私は毛織物を受け取り…その軽さと手触りに改めて驚いた。ひとりでに浮かぶ軽さと艶を放つ手触りは想像していたよりもずっと素晴らしい。いつまでも撫でていたい欲求が湧き上がってきた。
その欲求を何とか抑えつつ、私は【鑑定】を行う。その結果は以下の通りであった。
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古代雲羊大帝の天上毛布 品質:優 レア度:L
古代雲羊大帝の羊毛、その中で最も織物に適した毛だけを用いて作られた毛織物。
優れた職人の手によって織られたことで毛織物としては世界最高クラスの仕上がりとなっている。
物理・魔術の双方に高い耐性があり、この布を用いて作られたアイテムには飛行の能力が必ず付与される。
魔力が込められた染料で染め上げれば、追加効果を得ることも可能。
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うーん、強い!そうとしか形容出来ない説明文であった。これまで見たどんな布よりも優れているアイテムである。物凄く高価なのだろうが、これが定期的に手に入るようになると考えれば心が踊るな。
しかしなぁ…これだけのアイテム、誰が使うべきだ?誰か一人用の装備に加工するのはもったいない気がする。だが、それと同時にこれから定期的に手に入ると考えれば思い切って誰か一人のために使っても良い気もする…ううん、悩ましい。これも仲間達と相談しなければなるまい。
最高の布をインベントリにしまった後、私はステルギオス王達と共に王宮の外に出る。さあ、雲上国観光と洒落込もうではないか!
次回は11月30日に投稿予定です。




