宴会中の商談
挨拶はそこそこに早速宴会が始まった。私達は円座に座ると雲上国の料理が運ばれてくる。料理は当たり前のように天巨人サイズであった。
これは嫌がらせではない。むしろ料理はもてなし用の最上級のモノだそうだ。私は食べられないが、とても良い香りが漂っていることからもそれは嘘ではないのはわかった。
では何故こんなことになっているのか?それは単純にそこまで気が回らなかったからだそうだ。料理に気合を入れすぎたせいで我々のサイズに合わせることをすっかり忘れていたのである。
当然ながら、ステルギオス王とエウロペ妃は申し訳なさそうに謝罪していた。だが、私を含めてプレイヤーで目くじらを立てるような者はいない。大きさに圧倒される者の方が少なく、大多数はリアルでは絶対にあり得ない大きさの料理にテンションが上がっていたのである。
私のように食事が物理的にとれない者達以外は料理に舌鼓を打っていた。そのまま齧り付く者もいれば、食事用に用意された魔物の骨製らしいナイフを大剣として使って武技を発動させて切り分けて食べる者もいる。味がちゃんとする上に美味しい料理は彼らを楽しませていた。
ちなみに天巨人は雲羊を食べないらしい。彼らにとって雲羊は友人である以上に自分達を住まわせてくれる古代雲羊大帝の子孫にあたる神聖な動物なのだそうだ。
雲羊を食べるどころか故意に傷付けただけでも批判されてしまうらしい。私達にも決して雲羊を傷付けないで欲しいと頼まれている。このことは外交問題に繋がりそうだ。雲上国に行きたい者達には徹底して周知しておかなければ。
「おうおう!こりゃあ聞きしに勝る大道芸だ!」
「ね!凄いでしょ!」
我々が料理で楽しんでいるとするなら、天巨人達は『モノマネ一座』のショーを楽しんでいた。雲上国に娯楽はあるが、『モノマネ一座』のショーに類似する芸事の文化はない。彼らが夢中になるのも無理はなかった。
リュサンドロス君やステルギオス王だけでなく、この場に集まった者達のほぼ全員が熱中している。パントマイム達が何かアクションを起こす度に歓声を上げていた。
「なるほど。そちらは慢性的な金属不足を起こしているということか」
「その通りですじゃ、魔王陛下」
「幸いにもこちらには鉱山が近くにあります。安定的な採掘は既に行われているのですが…」
「我らにとって必要な量はどうしても多くなってしまうという問題ですね」
大多数がショーを楽しんでいる中、私とアイリスと共に真面目な話をしているのは天巨人のお爺さんと若い女性だった。二人は雲上国の資源を管理している一族らしい。彼らステルギオス王は小難しい話を苦手としているということで、事前にある程度話をまとめておきたいと頼まれたのだ。
とても申し訳なさそうだったこともあり、私も応じることにした。『モノマネ一座』のショーは何度見ても飽きないように毎回異なる趣向を凝らしているので私達も見たいのだが、彼らもそれを我慢しているのだ。ステルギオス王への忠誠心を評価して私も我慢することにした。
最初は私一人で話し合うつもりだったのだが、アイリスも付き合ってくれることになった。話し合いの内容はこれから行うであろう交易についてであった。
雲上国が最も求めているのは鉱物資源である。古代雲羊大帝の背中にあるので、雲上国に鉱山は存在しない。この国において鉱物資源は大変貴重なのだ。
ただ、鉱物資源はあれば便利だがなければ国が滅ぶという訳でもないらしい。古代雲羊大帝の身体住む様々な魔物や植物から糧を得ることで暮らしていけるからだ。
それでも鉱物資源を求めるのはやはり便利だからだろう。驚くことに雲上国にも鍛冶師は存在しており、貴重な金属製品の作成や修復などを仕事としているそうだ。
「ふと気になったのだが、金属はどうやって手に入れているんだ?」
「あ、私も気になってました。口ぶりからして極稀に手に入るみたいなニュアンスでしたから」
「お察しの通り、金属を入手することは確かにございますじゃ。数十年に一度ほどと不定期ですがの」
「数十年…誰かが届けに来ている風でもなさそうだが…?」
数十年という期間はあまりにも長い。リアルであれば一生に一度か二度しか遭遇し得ないことになる。交易によって安定した供給を欲するのも当然であろう。
ただ、数十年に一度だけと言われたら入手方法が全くわからなくなった。不定期ということは得られるタイミングは彼らにもわからないということではないか?首を捻る私と触手を傾けるアイリスを見て二人の天巨人は想定外の答えを教えてくれた。
「魔王陛下とお連れの方々が乗ってきたような空飛ぶ船ですじゃ。あれほど大きく、美しく、何よりも傷のない船は見たことがありませんがの」
「大昔の戦争で壊れた後、浮かび続けて空を彷徨っている船が残っているんです。それと極稀に遭遇することがあって、ありがたく使わせてもらっています」
正解はまさかの浮遊戦艦だった。つまり、彼らが行っていることをリアルに当てはめれば沈没した船舶をサルベージして分解しているということなのだ。空中を彷徨うゴミをリサイクルしているのである。
それを聞いた私とアイリスは暫し言葉を失った。それはそうだろう。彼らの行為はとてももったいないのだから。
「こっ、壊しちゃったんですか!?」
「落ち着け、アイリス。鉱物資源はこちらが用意する。だから今後、浮遊戦艦を発見した場合は譲ってもらいたい。そこから得られるだろう金属の…そうだな、状態と質にもよるが最低でも三倍と交換しよう」
浮遊戦艦は高度に発展していたらしい第一文明の産物だ。浮かんでいるだけの残骸であっても得られる情報は多々あるはず。壊れているからといって価値がない訳ではないのだ。
というか、未だに飛び続けている時点でまだエンジンは生きていることになる。装甲を貼り付けるだけでも浮遊艦として使えるではないか?それを解体するなんてもったいなさすぎるのだ。
そして魔王国が誇る研究区画の変態達ならば完全に修復していてもおかしくない。それを考えれば三倍でも安すぎるかもしれない取り引きだ。細かい相場はアイリス達と相談して決めることになるだろうが、彼女が今何も言わないことから相場から大きく外れてはいないのかもしれない。
「さっ、最低でも三倍ですと!?」
「私達にとってはそれだけの価値があるということだ。君達の一存では決められないだろう。今すぐに返事をしろとは言わない。ステルギオス王達と相談してくれ」
「ありがとうございます。ですが、私は少し席を外しても良いでしょうか?鍛冶師に作業を中断するように命じて来ますので」
それでは失礼します、と言い残して彼女は足早に退出していった。ちょっと待て。作業を中断、だと?それはまさか…
「ひょっとして現物があるんですか!?」
「え、ええ。二十年ほど前に漂着した空飛ぶ船はありますじゃ。節約しながら使っておりますので、外側と内側の一部以外はまだ残っております」
「それは良いことを聞いた。是非とも譲り受けたい。この宴席が終わったら…アイリス、任せて良いか?」
「もちろんです!」
雲上国には今まさにパーツを引っこ抜いている最中の浮遊艦があるらしい。どれほど原型を留めているのかは不明だが、少しでも損傷がない方が利益に繋がる。そう思ったからこそ、宴席から退出してでも鍛冶師に話を通しに行ったのだ。
そして浮遊艦の常体などをチェック出来るのはアイリスしかいない。そっちは彼女に任せることになるだろう。ならば私は別の役割を果たすだけだ。
「こちらからは主に金属ということになるが、対価として雲上国からは何を輸出してくれるんだ?雲上国でしか手に入らないモノだと価値が高くなるぞ」
「それでしたら何と言っても毛織物ですじゃ。雲羊の毛で作った布は丈夫で柔らかく、魔術の触媒にもなりますわい」
やはりそうか。これだけ雲羊が生活に密着していて、しかも編み物で家を作り出す文化なのだ。毛織物が特産品ということになるのは素直に頷ける話だ。
そしてこれは雲上国でしか中々手に入らない。どこかに野生の雲羊がいるのかもしれないが、広い空の上をあてもなく探すのは苦行でしかないだろう。それが安定的に手に入るとなれば交易しない手はなかった。
「最高級品は大羊様の毛になりますじゃ。これは金属以上に希少ですぞ」
「大羊様というと、古代雲羊大帝様のことか。だが?金属以上に希少?いくらでも手に入りそうだが…」
「偉大なる大羊様の毛はとても頑丈ですじゃ。しかし頑丈すぎてほとんどの毛は織物に向きませぬ。強度はそのままに織物に最適な柔らかさを持った毛を探す手間がかかりますじゃ」
古代雲羊大帝の毛は刈り放題だと私が勝手に思っていたが、どうやらそんなことはないらしい。使える毛を選別しなければならないとは。
ただ、毛織物にグレードをつけられるのは悪い話ではない。品質の異なる商品があるとそれはそれで商売になるからだ。サンプル品をいくつか取引しておき、コンラートに値付けをしてもらおうか。
まだ毛織物の現物を【鑑定】していないが、きっと王宮の床に敷かれている絨毯と同じモノだろう。それだけでも大きく期待出来る。魔王国がまた一つ豊かになると確信し、私は思わず笑みが浮かんでしまうのだった。
次回は11月26日に投稿予定です。




